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投稿日:2021年02月24日





 翌日、腑に落ちない気分のまま、集合場所である王宮の裏口に向かうと、ルーフェンは既にその場所にいた。
一応、立場的にはルーフェンの方が上であるため、オーラントは自分が先に着くようにと早めに出たのだが、その試みはどうやら失敗したらしい。

(……全く、次期召喚師のお守りなんて、立派な要人警護の任務じゃねえか。ぜってえ今日のことは勤務時間に含めてやる)

 そう決心して、ルーフェンに近づく。
ルーフェンは、大きめの外套の頭巾で銀髪を隠し、ぼーっとした様子で壁に寄りかかっていた。

「おはようございます。随分とお早いですね」

 そう声をかけると、ルーフェンは、頭二つ分ほど高いオーラントを見上げて、ぼそりと答えた。

「……早く目が覚めてしまったので」

「ふーん……」

 味気ない返事を聞きながら、オーラントは、ふと、ルーフェンの無表情を壊してみたくなって、からかうように言った。

「なんです? 今日が楽しみすぎて、興奮して目が覚めちゃったみたいな?」

「…………」

「冗談ですよ……」

 子供らしく憤慨してくると思ったのに、思いがけず冷たい視線を返されて、オーラントは肩を落とした。
本当に、恐ろしく可愛いげのないくそガキである。
どうせ護衛をするなら、もっと可愛らしい子供がよかった。

 オーラントは、はあっとばれないように嘆息した。
すると、ルーフェンが目を細めて、抑揚のない声で言った。

「……別に、着いてきたくないのなら、着いてこなくて良いですよ。ガラドさんには、貴方はちゃんと護衛の任を果たしたと伝えておきますから。俺も、一人で大丈夫ですし」

 ルーフェンの言葉に、オーラントは、げっと顔を強張らせた。
そんなに露骨に態度に出ていただろうかと反省して、気まずそうに頭を掻く。

「ああー、いや、まあ……でも、引き受けちゃったもんは、最後までちゃんとやり遂げますよ。俺だって、そこまで落ちぶれちゃいません」

「……そうですか」

 ルーフェンは、淡々と答えると、そのまま目線を下げる。
その横で、身悶えするほどのやりにくさを感じながら、オーラントは再び、頭をばりばりと掻いた。

 この次期召喚師の少年は、きっと自分にとって、一番苦手なタイプだ。
冗談は通じないし、会話も続かない。おまけにくそガキだ。
プライドばかり高い、取っつきにくい奴なのだろう。
こういう奴とは、極力関わりたくない。

 次期召喚師ということは、将来的にはこのルーフェンが、魔導師団の統括を担う──つまりは宮廷魔導師の上司にもなるわけだが、その頃にはオーラントも、年齢的に引退しているだろう。
とにかく、こいつとは今日限りでおさらばだ。
今日だって、さっさと用事を済ませてしまおう。

 そう結論付けると、オーラントは、ルーフェンに向き直った。

「ま、ちゃっちゃと行きますか。城下ですよね。馬だと目立つんで、歩きでいいですか?」

 早口で尋ねると、ルーフェンは、小さく首を振った。

「……城下には、行きません」

「へ?」

 突然の告白に、オーラントが硬直する。

「い、行かないって……じゃあ、昨日仰ってたことはなんだったんです?」

「あれは……全部嘘です」

「うそぉ!? ものすっごいそれっぽいこと言ってたのに!?」

 素っ頓狂な声を挙げたオーラントに、ルーフェンは微かに溜め息をついた。

「だって……それっぽいこと言わないと、ガラドさん納得しないでしょう。あの人、すごい面倒臭いんですよ」

 ルーフェンの意外な言葉に、オーラントは眉を上げた。
くそガキであることには変わらないが、その反骨精神には、若干の親近感が湧く。

 それに、確かにガラド・アシュリーは、敏腕ではあるがとてつもなく柔軟性がないことで有名だ。
彼はとにかく、自分のやり方、価値観以外、絶対に認めないのである。

 加えて、そんな性格のくせに、妙なところにこだわる性分だから、余計に面倒臭い。
ガラドがいなければ仕事効率は落ちるであろうが、彼の部下だけには絶対になりたくないと、オーラントも常日頃から思っているのだ。

 ルーフェンは、微かに眉を寄せて、続けた。

「……ああやって、職務中にそれなりのことを屁理屈っぽく言えば、許されることが多いんです。ガラドさん、いつも忙しいし、仕事中はそれ以外のことを考える余裕がなくなってくるんでしょうね」

「……なるほど。まあ、考えたら俺も、若い頃よくアシュリー卿に口喧嘩で挑んでましたし、貴方の気持ちも分からんでもないですよ……」

 懐かしそうに目を細めて、オーラントが呟いた。

「ほら、あの人、なんか知らんが、やたら古い考えにばっかこだわるでしょう? それが、若い頃の俺は気に食わなくてね。アシュリー卿、今は年取ってちょっと目元が優しくなったけど、昔はもっと、ぎらぎらぎょろぎょろした目だったんですよ。それで俺、一回、『このカマキリ野郎!』って指差して、叫んじゃったんだよなあ……」

 途端、ルーフェンが、ぶっと吹き出した。
顔を背けて、背中を震わせながら笑っている。

 オーラントは、しばらくそんなルーフェンをまじまじと見つめていた。
しかし、ついに彼の無表情を切り崩せたことに気づくと、更に続けた。

「いや、だって、あいつ全体的にカマキリに似てません? 細いし、顔も逆三角形だし、目玉でかいし。もしカマキリが、『それはなりません、次期召喚師ぁ!』とか言い始めたら、それもう、ただのガラド・アシュリーじゃん」

 追い討ちをかけるように畳み掛けると、ルーフェンは更に笑いながら、こくこくと頷いた。
そういえば、六年前に初めてガラドに会ったとき、ルーフェンも、随分と眼力のある男だと思ったのだ。
あの時は、何か下らないことを考える余裕なんてなかったから、なんとも思わなかったが、言われてみれば、確かにガラドはカマキリっぽいかもしれない。

 ルーフェンは、何度か深呼吸を繰り返して、必死に笑いを収めると、目尻に軽く溜まった涙を拭いながら、オーラントに視線をやった。

「はあ……。貴方のせいで、これからガラドさんの顔、まともに見られない」

 息も絶え絶え、といった様子で言うルーフェンに、オーラントもつられて笑う。

「いや、大丈夫大丈夫。俺も、アシュリー卿と会う度に、頭にカマキリがちらつきますけど、だんだん慣れてきますから」

「じゃあ昨日も、カマキリを思い浮かべながら、ガラドさんと話してたんですか?」

「ええ、もちろんですよ」

 意味もなく自慢げに頷くと、オーラントは鼻をならした。
そんな彼に再び笑いを溢して、ルーフェンは肩をすくめる。

「……貴方、面白い人ですね」

「そうですか?」

 オーラントは、少し嬉しそうにはにかんだ。

「なんなら、尊敬の意を込めてオーラント様と呼んでくれていいですよ」

「分かりました」

「えっ?」

 しかし、ルーフェンの返答に焦ったように目を見開くと、慌てて首を振る。

 当然、様付けで呼べなどというのは、冗談で言ったのだ。
次期召喚師に様付けで呼ばれるところを目撃されたら、お偉方に何を言われるか、想像するだけで恐ろしい。

「いやいや、ちょっと。本気にしないで下さいよ……普通にオーラントでいいですって」

 困惑したように返すと、ルーフェンはいたずらっぽく笑った。

「そっちこそ、本気にしないで下さい。冗談に決まってるでしょう?」

 続けて、苦笑しながら言う。

「まあ、言われた通り、オーラントさんとでも呼ばせてもらいます。実際、堅苦しいのはやりづらいですしね。別に敬えとか言うつもりもないので、貴方もそんなにかしこまらず、俺のことは、適当に名前で呼んでくれて構いませんよ。次期召喚師って、なんか長いし」

「は、はあ」

 オーラントは、それを聞いて、思わずルーフェンを見つめた。
気取っていて、若干人を小馬鹿にしたような冷めた態度のクソガキだと思っていたが、今度は、妙に気さくなことを言い始めたからだ。
いまいち、どれが本性なのか分からない。

 オーラントは、やりにくそうに前髪を掻き上げた。

「……と、言われましてもね。貴方は俺より上の立場ですから、そんな友達みたいには呼べませんよ」

 そう答えると、ルーフェンは大して気にした様子もなく、意外に真面目なんですね、と返した。

 オーラントは次いで、人差し指をぴんと立てると、ルーフェンに向き直った。

「じゃあ、『じっきー』ってどうです? 次期召喚師のじっきー。確かに、次期召喚師様と呼ぶのは、長いですからね」

 あからさまにふざけた様子で言ったが、ルーフェンはにこりともせず、きょとんとしてオーラントを見た。

「……じっきー?」

「……あ、いや、これも冗談ですからね? じっきーなんて馬鹿みたいな呼び名、使いませんよ?」

 まさかこれも通じないのか、あるいはまたからかわれているのかと、オーラントは補足したが、それでもルーフェンは、しばらく笑わなかった。
しかし、ふと思い出したように吹き出すと、笑いながらオーラントを見つめた。

「やっぱり、貴方は面白い」

「はあ……えっと、誉め言葉として受け取っておきますよ?」

 くすくすと笑うルーフェンを見て、何か少し安心に近い感情を抱きながら、オーラントは息を吐いた。

「……それで、話の腰を折っておいて何ですが、城下じゃないならどこに行くんです?」

 オーラントが問うと、ルーフェンはああ、と呟いて、歩き始めた。

「アーベリトに行きます」

「アーベリト?」

 ひとまず歩き始めたルーフェンに着いていきながら、オーラントは首をかしげた。

「アーベリトって……。馬車で行くにしても、二刻はかかりますよ? 行って帰ってきたら、それだけでもう日が暮れちゃいますけど」

「ええ。だから、これを使います」

 そうして立ち止まったルーフェンの視線の先には、地下へと続く階段への入り口があった。
王宮の裏口に程近いこの場所は、普段は滅多に使われることがないため、入口の天井には蜘蛛の巣がはっている。

「これって……まさか、移動陣使うんですか?」

「はい」

 ルーフェンの返答に、オーラントは目を見開いて驚嘆した。

 移動陣とは、シュベルテに三ヶ所、ハーフェルンに二ヶ所、他には各街に一ヶ所ずつ敷かれている特殊な魔法陣のことで、これを使用すると、陣から陣へと瞬間的に移動できるのである。
しかし、使用した場合は魔力の消費が著しいため、一般の商人などが荷物の運搬に使うことなどは当然不可能であったし、魔導師でさえも、通常は五人から十人でかからなければならないので、ほとんど日常的には使われていなかった。

 特別な事態が発生した場合にのみ、使用されるこの移動陣を、ただの散歩に使うなど聞いたことがない。
オーラントは、どんどんと地下への階段を下りていくルーフェンを追いかけながら、早口で言った。

「ちょっと、こりゃあまずいですって。移動陣は、勅令が降りたときしか使わないような代物ですよ?」

「大丈夫です。言わなきゃばれません」

「いや、そうじゃなくて」

 まるで大したことでもないかのように言うルーフェンの腕を、オーラントは掴んだ。

「二人じゃ無理があるって言ってるんですよ。第一、あんた移動陣使ったことあるんですか?」

 ルーフェンは、立ち止まってオーラントを見上げると、静かに首を振った。

「ありませんけど。……オーラントさんは?」

「俺は、一応ありますが……」

「なら大丈夫です」

 きっぱりと言い放って、ルーフェンはオーラントの腕を外すと、再び歩き出す。
オーラントは、慌てて彼に追い付くと、呆れたように言った。

「何が大丈夫なのか、さっぱり分からないんですが。俺は、若い頃に任務で二回使ったことがあるだけです。しかも、何人もの魔導師の手を借りてやりました。未経験のあんたを含めて、二人だけでなんて──」

「貴方は、自力で移動陣を使えるってことなんですよね?」

 落ち着き払った様子でありつつも、オーラントの言葉を遮って、ルーフェンは言った。
それに対し、オーラントがおずおずと頷く。

「分かりませんけど、まあ、俺一人なら……」

「それなら、大丈夫なんです。俺も講義で習いましたし、多分自力でできると思うので」

「多分って……」

 机上と実際は違うというのに、何を根拠に出来ると言ってるんだ、と反論したくなったが、その瞬間、ぱっと辺りが明るくなって、オーラントは反射的に口を閉じた。


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