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投稿日:2021年02月24日
ルーフェンが、石壁にかけられた無数の燭台をなぞるように、手を空中で動かす。
すると、次々と蝋燭の火が灯されて、薄暗かった地下通路があっという間に明るくなった。
同時に、自分達が既に開けた場所──移動陣の間にたどり着いていたことに気づくと、オーラントは、いよいよ本気か、と顔をしかめた。
「……本当にやるんですか? 失敗したら、時空の狭間に迷いこむって聞きましたよ」
「…………」
ルーフェンは、オーラントの言葉を無視して、広間の中心に敷いてある移動陣の上に立った。
そして、ゆっくりと屈み込むと、その表面をさらりと撫でる。
石床に蓄積していた土埃がふわりと舞って、かび臭さが鼻をつく。
だが、ルーフェンは気にせず、しばらくそのままでいた。
揺れる燭台の光に照らされたルーフェンを眺めながら、オーラントは妙な不気味さを感じていた。
おそらく気のせいではないこれは、昔、移動陣を使用したときにも覚えのある感覚である。
(何度来ても、気味悪いところだな……)
寒気に身を震わせて、オーラントは嘆息する。
そもそもこの移動陣というのは、オーラントが思うに、古代魔術から引っ張り出してきた強力なものか何かなんだろう。
禁忌魔術、とまではいかないかもしれないが、あまり安全な魔術と言えないのは確かである。
だから、流通も然程しなかったに違いない。
サーフェリアの魔導師たちは、この移動陣から発せられる奇妙な違和感を、感覚的に察知していたのだ。
でなければ、いくら魔力の消費が激しいとはいえ、瞬間移動などという便利な魔術が放っておかれるはずもないのだから。
目に入ろうとした虫を手で払いながら、そんなことを考えていると、ふと、ルーフェンが呟いた。
「……リーヴィアス・シェイルハート……」
聞いたことのない名前に、オーラントが眉をあげる。
「どなたです? それ」
「さあ。俺も聞いたことないので、十代以上前の召喚師でしょうね。移動陣の術式に名前が組み込まれてました」
「術式に?」
オーラントは、思わず目を剥いた。
「じゃあ、移動陣を作り出したのは、召喚師一族ってことですか?」
「そうなんでしょうね」
平然と返ってきた答えに、オーラントは納得したように声をあげた。
道理で、移動陣からは危ない臭いがすると思っていたのだ。
召喚師が関わっていたとなると、なんとなく頷ける部分がある。
ルーフェンは立ち上がって、汚れた掌をぱんぱんと払うと、息を整えた。
「では、時間もないので行きましょうか」
意気揚々と告げたルーフェンに、オーラントは嫌そうに顔を歪める。
「……すごく、行きたくないです」
それを聞くと、ルーフェンはさらりと答えた。
「じゃあ着いてこなくていいです」
「いや、もしそれで、あんたに何かあったら、俺の首が飛ぶんですけど」
「それなら、着いてくればいいんじゃないですか?」
勝手極まりないことを言ってのけるルーフェンに、わずかな殺意を覚えながら、オーラントは渋々移動陣の上に移動した。
仮にここで何かあっても、それは次期召喚師の命令に従った結果である。
護衛の任を投げ捨てた上に、問題を起こされるよりは、後々科される罰が軽い気がする。
急に老け込んだかのように項垂れるオーラントの横で、ルーフェンは目を伏せて、手を床と平行に翳した。
途端、移動陣が中心から縁へと目映い光を放って、二人は、その光に圧縮されるように包みこまれ、目を閉じた。
ふと、目を開くと、目の前に一本の光の筋が見える。
オーラントは、それに沿って舞い上がると、ひたすらその筋を追って飛んだ。
周囲は一面暗闇で、自分が移動出来ているのか分からない中、ひたすら全身で強い向かい風を受けながら進む。
すると、光る筋の先に、ぼんやりと鈍い光を放つ、穴のようなものが見えてきた。
あの中に入り込めば、アーベリトに敷かれている移動陣に出られるのだ。
ルーフェンのほうは大丈夫だろうか、と思ったが、己にもそんなことを確認している余裕はなく。
強風に飛ばされないよう、筋を見失わないようにと集中しながら飛び上がると、オーラントは、その穴の中に舞い込んだ。
身体にかかっていた圧が消えて、一瞬の解放感の後、どんっと背中を打ち付けられる。
どうやら、背中から着地したらしい。
けほっと咳き込んでから、鈍く傷む関節を摩りながら辺りを見回すと、そこには森が広がっていた。
アーベリトに隣接する、リラの森だ。
鼻に残る地下通路のかび臭さを払拭するべく、森の匂いを吸い込むと、次いで、オーラントはルーフェンの姿を探した。
すると、立ち上がった瞬間、存外近くにルーフェンが佇んでいることに気づいて、思わず後退した。
「うわ、びっくりした……」
声を出すと、ルーフェンは一通り周囲を見回してから、ゆっくりとオーラントに視線を向けた。
「成功しましたね」
「あ? え、ええ……大丈夫ですか?」
「何が?」
心配して尋ねると、ルーフェンは、不思議そうに首を傾げた。
オーラントが移動陣を初めて使ったのは、二十歳の頃であったが、目的地に到着したとき、身体中の関節が恐ろしく痛んで、しばらくまともに動けなかったものだ。
これは、オーラントが特殊というわけでなく、普通はそうなる。
しかし、ルーフェンは例外らしい。
オーラントは、多少納得がいかない気持ちで、小さく肩をすくめた。
「いや、大丈夫ならいいんですけどね」
そう言って、目の前に広がる茂みを掻き分ける。
ルーフェンも、そんなオーラントに続いて、少々ぬかるんだ地面を踏みつけると、一気に身体を前に出して、茂みから抜け出した。
木々の遮りがなくなって、日光が二人を照りつける。
その眩しさに、思わず目を閉じたとき、すぐ近くで、きゃっと高い悲鳴が上がった。
驚いて顔をあげると、同じく驚愕の表情でこちらを見つめる、中年の女性と目が合った。
女性は、腰を抜かしたのか、地面にへたりこんでいた。
そして、採ったばかりであろう薬草籠を抱えて、その細い目を目一杯見開き、硬直している。
当然だろう。茂みから、突然人が二人も飛び出してきたのだから。
「あ……えーっとですね……」
口ごもりながら、オーラントが必死に言い訳を考えていると、脇に控えていたルーフェンが頭巾を深くかぶり直して、前に出た。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか?」
そう言って、ルーフェンは笑顔で女性に手を差し出す。
女性は、しばしぽかんとした様子でルーフェンを見上げていたが、やがて、状況が把握できたのか、恥ずかしそうに手を握って立ち上がった。
「あ……あらあら、嫌だわ。声なんて上げてしまって。まさか、森に人がいるなんて思ってもいなかったものだから……」
「いいえ、悪いのはこちらですから。お怪我はありませんか?」
「ええ、全く」
優雅に、そしてにこやかに女性と会話するルーフェンを見て、呆気にとられたのは、今度はオーラントのほうであった。
誰しも、余所行きの顔や愛想笑いといったものは持ち合わせているだろうが、ルーフェンのそれは、極端すぎる。
もはや先程までのルーフェンと、今のルーフェンは別人なのではないかという錯覚に陥りながら、オーラントは絶句した。
ルーフェンは、その完璧な笑みを崩さぬまま、穏やかな口調で言った。
「実は私達、シュベルテに行商に出たその帰りなのですが……道中で常備用の薬が切れてしまいまして。よろしければ、傷薬を少し分けていただけないでしょうか?」
女性は、すぐに頷いた。
「あらまあ、それは大変。ええ、もちろんです。私、ちょうどそこにある施療院の者ですし、どうぞいらっしゃってください」
とんとん拍子に事を運ぶと、ルーフェンは何食わぬ顔で女性についていく。
そんな彼の意図がよく理解できないまま、オーラントもそれに続くと、ルーフェンに耳打ちした。
「施療院なんか上がり込んで、なにするんです?」
ルーフェンは、女性の方を向いたまま、目線だけオーラントのほうに移した。
しかし、開きかけた口を閉じて、その質問に答えることはなかった。
オーラントは、怪訝そうにルーフェンの後ろ姿を見つめながら、ただその後を着いていくことしかできなかった。
To be continued....
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