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投稿日:2021年02月24日




†第一章†──索漠たる時々
第四話『探求』


 アーベリトの初代領主、ドナーク・レーシアスは、元は診療所を営む医師であった。
彼は、内戦や飢饉があったと聞けば、自らその地に赴き、一ゼルも払うことができないような貧しい人々を、治療し続けた。
そして、それが原因で自分の診療所の経営が苦しくなっても、その活動をやめることは、決してなかった。

 サーフェリア歴、一二五二年。
やがて、その手腕と活動が時の国王に認められ、ドナークは、伯爵の爵位を授けられることとなる。
土地を与えられ、貴族の仲間入りを果たしたのだ。

 ドナークを領主としたその街は、アーベリトと名付けられ、医療技術に特化した街として、瞬く間に名を挙げた。
しかし、それでもドナークが慈善事業をやめることはなく、シュベルテからの援助はあったものの、アーベリトの貧しさはいつまで経っても変わらない。
加えて、貴族の大半は、人が良いだけの平民出の医師ごときが、自分たちと同じ階級になったことを快く思わず、レーシアス家は長年苦汁を舐め続けることになる。

 そんな中、転機が訪れたのは、十一代目領主、アラン・レーシアスの時代であった。
彼は、実弟であるサミルと共に慈善事業に取り組む傍ら、医療魔術の研究に没頭し、遺伝病の治療法を確立したのである。

 この治療法に食いついたのは、リオット族を奴隷として雇っていた、サーフェリア中の宝石商や武器商であった。
当時、南方のココルネと呼ばれる森に棲む、特殊な地の魔術を操るリオット族は、鉱物の採掘に大いに役立つと注目され、沢山の商会に奴隷として取引されていた。

 しかし、リオット族は多くが短命で、おまけに身体中の皮膚が焼け爛れたかのように変形しており、不気味な容姿をしていた。
その原因が、リオット族のみに発症する遺伝病──リオット病だったのである。

 リオット病は、劣性の遺伝病と言われていたが、リオット族の半分以上にその症状が見られた。
もし、アーベリトで治療を受け、リオット族の寿命が伸ばすことで、長く労働力として使えるようになり、かつ見た目も改善されるならと、商会の人々は目の色を変えて、アランに遺伝病の治療を求めたのである。

 これにより、莫大な財力を得たレーシアス家は、ついに下流貴族を脱却。
他の貴族達の不満など、簡単に蹴散らせるような地位と名誉を、手に入れたのであった。

 だが、その数年後、事件は起きた。
奴隷として不当な扱いを受けていたリオット族達が、シュベルテにて暴動を起こしたのだ。

 肉体の発達したリオット族達の騒擾は、騎士団の動員も余儀なくされる大事となり、最終的に、手に負えないと判断した王宮、及び商会の人々は、リオット族を追放。
彼らを、南方のノーラデュースと呼ばれる険しい谷底に、押し込めた。

 それと同時に、リオット族を手放した商会の関心はアーベリトから離れた。
加えて、リオット族の力に未練のあったいくつかの商会が、ノーラデュースの様子を見に行った際、治療により幾分か整っていたはずのリオット族の皮膚の変形が、元の化け物のような形状に戻っていたことを発見する。

 商会は、揃ってアーベリトを非難した。
「レーシアス家の医療はでたらめだ。遺伝病の治療法は、確立などできていなかったのだ」と。

 あっという間に広まったこの噂は、アーベリトの栄華を途端に没落させた。
レーシアス家は、再び下流貴族の烙印を捺され、シュベルテからの僅かな援助金で慈善事業を繰り返す、哀れでお人好しな一族というレッテルを貼られることとなる。

 更には、この年、領主であったアランが出先で死亡。
こうして、アーベリトの地位や名誉がみるみる失われていく中。
街を背負って立つことになったのが、アランの実弟であり現領主の、サミル・レーシアスである。


  *  *  *


 ルーフェンとオーラントは、施療院の診察室に通された。
薬をとってくるから、少し待つようにと言われて、用意された椅子に腰を下ろす。
その間、ルーフェンは、終始ぼんやりとした様子で、窓の外を眺めていた。
アーベリトに来たのは、六年前にサミルに救われた、あの時以来である。

 外からは、楽しげに騒ぐ子供達の声が聞こえてくる。
ルーフェンは、その声に耳を傾けながら、ぽつりと呟いた。

「近くに、孤児院があるのかな……」

 独り言のようなそれに、オーラントは、返事をするべきかどうか悩んだが、一瞬間をおいてから、そうかもしれませんね、と答えた。

 梁(はり)部分には、沢山の薬草が吊るされて干されており、その独特の香りが、そよぐ風に乗って部屋に充満している。
ルーフェンは、その匂いを嗅ぎながら、アーベリトのどこか寂れた雰囲気を、確かに感じ取っていた。

(……六年前も、こんな感じだっただろうか)

 かつて、サミルと暮らしていた白亜の屋敷を思い出しながら、ふと、考える。
あの時は、ヘンリ村から移ってきて最初に見たのがサミルの屋敷であったから、とても豪勢で綺麗な屋敷だと思ったけれど、アーベリトは本当は、こんなにも廃れた街だったのだろうか。
それとも、ルーフェンが離れたこの六年間で、廃れてしまったのか。

 どちらにせよ、今のアーベリトは、ただ人の気配がするだけの廃墟のような、物寂しい雰囲気に包まれていた。

──もはやアーベリトでは、これ以上受け入れられません……施療院も、養護施設も、資金も、何もかもが足りないのです。

 王宮でのサミルの言葉が、脳裏に蘇る。
ルーフェンは、無意識に窓から白亜の屋敷を探しながら、しばらく、その言葉を頭の中で繰り返していた。

 ふと、人の歩いてくる気配がして、ルーフェンとオーラントは扉のほうを見た。
すると、小さな薬瓶を二本、お盆に乗せて、先程の女性が入ってきた。

「お待たせしてしまって、ごめんなさい。これ、一応切り傷とか擦り傷用のお薬なんですけど、日持ちもしますし、創傷面の消毒作用もありますから」

 そう言って渡された薬瓶を手に取ると、ルーフェンはオーラントのほうを見て、小声で言った。

「……いつか立て替えるので、とりあえず薬代払ってください」

「えっ」

「手持ちがないんです。お願いします」

 オーラントは、不審そうな目付きでルーフェンを見たが、こんなことで言い争うのも大人げないと思ったのか、渋々といった様子で、女性に金を手渡した。

女性は、それを会釈してから受け取り、懐に大切そうにしまいこむと、オーラントのほうを見た。

「行商ということですが、そのご様子だとほとんど売れたのですね。どうでしたか、シュベルテは」

 オーラントやルーフェンの手荷物の少なさから、そう判断したのだろう。
女性はにこりと笑って尋ねると、自分も近くの椅子に腰かけた。

「ああ、えーっと、相変わらず賑やかでしたよ。やっぱりいいもんですね、中心部は。華がありますから」

 あはは、と笑いを浮かべながら、オーラントが答える。
この女性には、ルーフェンが先程、自分達はシュベルテまで行商に出ていた、と説明しているのだ。
おそらく彼女の中で、ルーフェンとオーラントは、地方から出てきた商人の親子か何かだと思われているに違いない。

 ルーフェンが頑として、頭巾で銀髪や表情を隠している辺り、次期召喚師と明かす気はないようだから、きっとこの設定で押し通す気なのだろう。
そう予想して、自分も宮廷魔導師の腕章をさりげなく外すと、オーラントは話を合わせた。

 女性が、きらきらと目を輝かせて言う。

「いいですね、羨ましいわ。シュベルテなんて私、もう何年行ってないのかしら。若い頃に一度、花祭りに参加したことがあったのですけれどね。街中が色とりどりの花々に装飾されて、本当に綺麗だったのを、今でも覚えてますわ」

 オーラントが同調して、うんうんと頷いた。

「花祭りは、まあ名物みたいなものですしねー。あの行事の人気っぷりは、衰えを知らないと言いますか。とにかく毎年、すごい盛り上がりを見せますから」

「ふふ、変わらないんですね。機会があれば、是非また見に行きたいものです」

 女性は、昔を思い起こすように目を細めて、楽しそうにそう言う。
その横で、不意に、ルーフェンが呟いた。

「……アーベリトは、変わりましたね」

 オーラントと女性の視線が、ルーフェンに移る。
女性は、不思議そうな表情を浮かべると、ルーフェンに向き直った。

「前にも、アーベリトに来たことがあるのですか?」

「……はい、六年前に。といっても、短期間しかいなかったので、記憶も曖昧なのですが」

 困ったように笑って、答える。
次いでルーフェンは、窓の外を一瞥してから、何か決心したように真剣な顔つきになると、女性を見つめた。

「……付かぬことを伺いますが、貴女は、賑やかだった頃のアーベリトを、知っていますか?」

「え……?」

 思わぬ問いに、女性が瞬く。

「賑やか、というと……?」

「アラン・レーシアス伯が、領主だった時代。彼が、遺伝病の治療法を確立した頃の話です」

 その瞬間、女性の目が揺れる。
この質問には、オーラントも驚いたらしく、どういうつもりだ、というようにルーフェンに視線を送った。

 先程までの、楽しげな表情を暗いものに変えて、女性が問うた。

「……貴方、いくつなの?」

「十四です」

「そう……」

 女性は、浅く息を吸った。

「若いのに、よく知ってるわね。もう、アラン様が亡くなってから、十年以上も経つのよ」

「……少し、興味があるんです。表面的な史実は、歴史書を読んで知りました」

 そう、表面的な史実は。

 だが、ルーフェンの仕入れた知識は、あくまでそれだけだった。
アレイドに借りた教本と、図書室の歴史書をかじった程度である。
だから、サミル以外の当事者の話を聞きたかったのだ。
今日、アーベリトに訪れたのも、そのためである。

 女性は、小さくため息をついた。

「……知っています。あれは、誰もが革新的な医療魔術の進歩だと思ったわ。遺伝病に治療法が存在するなんて、今ですら信じられないでしょう? だから、アーベリトはあの時、サーフェリア中の注目を集めたのよ。考えられないくらい、莫大なお金が流れ込んできてね。街中の建物がすべて一新されたんじゃないかってくらい、施療院も孤児院も、とにかく大きく立派になった。患者も増えたけれど、慈善事業に協力したいっていう商会や貴族も、次々に名乗り上げてきて。でも……」

 女性は、微かに俯いた。

「そんな時代、すぐに終わってしまったわ。本当に、あっという間に。……その様子じゃ、知っているのかもしれないけど、遺伝病の治療を主に受けていたリオット族が追放されて、しかも、あの治療法はでたらめだ、なんて噂が流れてしまったのよ」

 女性が、再び顔をあげて、ルーフェンを見る。

「途端に、アーベリトは全てを失ったわ。慈善事業を続けてはいたから、シュベルテからの資金援助は継続して受けられたけど、それ以外の後援者はすべて失った。患者も、それなりにお金のある家の人達は、皆、騙されたみたいな顔をして、アーベリトを去ったわ。……ほら、外に見える建物。大きいけれど、崩れた壁は修繕出来てない。あれは、あの時代の名残なんだけどね。実際、お金がない状態では、大きい建物なんて負担なだけだわ」

「…………」

「しかも、不幸なことって続くものでね。その頃、アラン様は度々王宮に召集されるようになっていたのだけど、シュベルテからアーベリトへ帰る途中、馬車ごと崖に転落して、亡くなってしまったのよ。それで、アーベリトは一層活気を無くしてしまったの。こんな、はずではなかったのにね……」

 ルーフェンは、しばらく黙って女性の話を聞いていたが、女性が話を終えて息を吐くと、口を開いた。

「その、遺伝病の治療法というのは、本当に失敗していたんですか?」

 女性は、首を振った。

「失敗なんかじゃない。アラン様は、とても研究熱心で、それこそ睡眠や食事の時間もほとんど摂らずに、必死の思いであの治療法を完成させたのよ。それに、あの人は天才だったもの。失敗なはずがないわ。リオット族の病状だって、確かに改善されていたし……」

 女性は、瞳にきつい光を宿して、言った。

「ノーラデュースで病状が復活していたなんて、そっちの方こそでたらめなんじゃないかって、私は思うのよ。きっと、商人が見間違えたか、腹いせにそんなこと言ったんだわ。リオット族もリオット族で、なんて野蛮なことを仕出かしたのかしら。これじゃあ、アラン様が蛮人を救った逆賊のように思われてしまって、報われないじゃない……!」

 ルーフェンは、女性を見つめて、静かに言った。

「……では、あの治療法は本当に確立されたものだったんですね? アランさん以外に、施せる人はいますか」

「ええ。私の知る限りだと、サミル様なら」

 ルーフェンは、確信的な女性の目を見て、胸の底が冷たくなるのを感じた。
領主であるだけでなく、遺伝病の治療法を扱える数少ない人物の一人だとすると、今後アーベリトをどうこうするには、少なからずサミルがその鍵を握ることになるだろう。

(とすると、どうしても巻き込んでしまうことになるか……)

 出来れば、ルーフェンの思惑にサミルを巻き込みたくはなかったのだが、やはりそれは難しそうである。


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