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投稿日:2021年02月24日
ルーフェンが何かをじっと考えていると、同じく黙りこんでいた女性が、はっと顔をあげた。
「いえ、そういえば、もう一人。レック・バーナルドという人が、治療法について知っているはずよ。アーベリト出身の方でね、サミル様の古いご友人らしいわ。といっても、今は宮廷医師をやられているそうだから、到底お会いできる方ではないけれど……」
「レック・バーナルド……」
呟いて、ルーフェンは記憶の糸を手繰った。
どこかで、聞いたことのある名前だったからだ。
しかも、宮廷医師ということなら、探しだして話を聞くことも可能だろう。
有力な情報を入手できたと、その名を記憶に留めると、続けて女性が言った。
「貴方、本当にこの街に関心があるのね。もし、更に詳しく聞きたいというなら、サミル様をお呼びしましょうか? 今すぐは無理だけれど、今夜なら……」
女性のその言葉に、ルーフェンは、一瞬焦ったように目を見開いた。
しかし、すぐに落ち着いた表情に戻ると、小さく首を振った。
「いえ、領主様のお耳に入れるほどのことではありません」
「そうですか? サミル様はお優しい方ですから、きっと貴方のお話も聞いて下さると思うけれど……」
「……はい。きっと、そうですね」
ルーフェンは、ふっと目元を緩めて、穏やかに言った。
「でも、いいんです。ありがとうございました。色々と教えてくださって。あと、薬も」
軽く頭を下げて、礼を言う。
すると、女性も少しくすぐったそうに微笑んだ。
「いいえ、いいんです。今のアーベリトを気にかけてくださる方なんて、そうそういないもの。私も、お話できて嬉しかったわ」
ルーフェンは、椅子から立ち上がって、もらった傷薬を外套の内側に入れると、再び女性に会釈して、別れを告げた。
オーラントも、ルーフェンの意図が全くわからないまま、とりあえず女性に改めて礼を述べ、部屋を出る。
そして、施療院の外で周囲を見回していたルーフェンに追い付くと、呆れたように言った。
「……目的は達成されたんですか? 俺には、あんたが何をしたかったのか、全然分からなかったんですけど」
「はい。来た甲斐はありました」
ちょっとくらい説明しろ、という皮肉を込めて言ったのだが、ルーフェンはそんなこと一切気にしていないようで、返ってきたのは淡々とした答えだった。
(……ほんと、なに考えてんだ、こいつ)
多少の苛立ちを、顔に出さぬよう気を付けながら、ばりばりと頭を掻く。
遺伝病の治療云々ももちろんだが、特にリオット族については、サーフェリアの汚点といっても過言ではない存在であり、あまり軽々しく口に出すものではないのだ。
それを、このルーフェンは、平然と口走り始めたものだから、先程は正直驚いた。
ルーフェンは、相変わらず何やら考えている様子で、施療院の周囲の建物を見つめている。
うっすらとひびが入った状態で、放置されている白亜の壁。
雑草に覆われた、崩れたままの石積みの塀。
かつては鮮やかな青であったと思われる、灰色の風化した瓦。
どこもかしこも、昔の栄華の面影が見えるほどに、痛々しい。
オーラントは、それらを呆然と眺めるルーフェンを見ながら、長いため息をついた。
「まだ、なんか気になることでも?」
「いえ……」
ルーフェンは、短く返事をすると、そのままリラの森の方へと歩き始める。
本当は馬車で帰りたいところだが、行きがそもそも移動陣で来たため、待っている馬車などない。
一日に二回も移動陣を使うなんて、なかなかに無謀だと自覚しつつも、諦めたようにオーラントも歩を進める。
すると、突然ルーフェンが立ち止まって、こちらに振り返った。
「帰り、もう一ヶ所行きたいところができました。行き先は、王宮の裏口ではなく、シュベルテの東門付近の移動陣にしてください」
「は?」
驚く間もなく、ルーフェンが駆け出す。
オーラントは、それを追いかけながら、叫ぶように尋ねた。
「行くって、他にどこにいくんです! もう日暮れ過ぎてるんですよ!」
「多分間に合うので、平気です!」
今日一日で分かったこと。
それは、次期召喚師がいかに身勝手で奔放なやつか、ということだ。
オーラントは、このことを他の魔導師連中にも言いふらしてやろうと心に決めて、前を行くルーフェンを恨めしそうに睨み、再度ため息をついた。
シュベルテに存在する三つの移動陣の内、東門近くにある陣に到着するや否や、ルーフェンは、王都とは反対側の、山の方に向かって再び走り出した。
時刻は、もう夕刻を回っているだろう。
既に、お互いの顔がはっきりとは見えないくらい、辺りは薄暗くなっている。
オーラントは、ひたすらルーフェンを追いかけながら、彼がどこへ行こうとしているのか、徐々に検討がついてきていた。
東門から、隣山に向かって、かつ短時間で到着する場所と言えば、一つしか浮かばない。
(──ヘンリ村の跡地か……?)
何故、というのが真っ先に浮かぶ疑問であった。
詳しい事情は知らないが、ヘンリ村なんて、もはやルーフェンにとっては、思い出したくもない土地ではないのか。
行き先は検討がついても、ルーフェンの考えていることは、一切分からなかった。
小半刻(約三十分)ほど走って、ついに、低い丘を登りきったとき。
眼下に、かつてヘンリ村が存在していた、狭い平地が見えてきた。
六年前にはあったはずの瓦礫も、風に流されたのか、あるいは撤去されたのか、そこにはもう何もない。
唯一広がるぱさついた土も、もはや褐色というよりは黒に近く、まるで灰のようだ。
ここは、人が住んでいたとは到底思えない、虚無の空間であった。
ルーフェンは、上がった息を整えながら、乾燥した唇を一嘗めした。
空気がひどく冷たく、風も強い。
この土地自体が、ルーフェンの訪問を拒んでいるようだと思った。
ただ広がる黒い土が、日暮れの闇と入り交じっている。
そうしてそこにわだかまっている暗黒が、ふと、見覚えのある人の顔に見えた。
それは、昔、自分を食い殺そうとした父親の顔にも、母親の顔にも、また、兄弟達の顔にも似ていた。
暗闇は、様々な色の点となり、形を変えて、煙のごとく這い回っている。
そして、ただじっとルーフェンを見つめて、何かを訴えかけてきているようだった。
本当は、この丘も下って、もっと近くでヘンリ村の跡地を目に焼き付けたかったのだが、その蠢く暗闇が恐ろしくて、ルーフェンにはそれ以上進むことはできなかった。
「ああ、もう……ちょっと、おっさんの体力を考えて動いてくださいよ……」
はあはあと微かに息を乱しながら、オーラントが追い付いてきた。
ルーフェンは、彼の方を見なかったが、やがて、眼下に広がる光景を見たオーラントが、微かに息を飲んだのはすぐに分かった。
オーラントは、少し気まずそうにルーフェンを一瞥して、黙っていた。
しかし、沈黙に耐えられなくなったのか、しばらくすると、軽い口調で話しかけてきた。
「今更、こんなところに何しに来たんです? 墓参りですか?」
「…………」
ルーフェンは、無表情のままオーラントに視線を移すと、言った。
「ここ、また人が住んだりできると思いますか?」
オーラントは、ちらりと眼下の景色を見ると、肩をすくめて言った。
「……無理でしょうね、この荒れようじゃ。第一、こんな曰く付きの場所、住みたいなんて人いるわけないでしょう」
ルーフェンにとっては、随分と棘のある言い方であったが、さして気にはならなかった。
オーラントが、発言してから、少し後悔したようにこちらを窺っていたからだ。
ルーフェンは、微かに苦笑を浮かべると、すとんとその場に腰を下ろした。
「……この場所、俺の土地に出来ないかな。一応、俺の故郷だし……」
「……住みたいんですか?」
「そういうわけじゃないけど、あったら使えそうだなって……」
オーラントは、ためらいがちにルーフェンの横に座ると、ふうっと息を吐いた。
「でも、残念ながら、ここは無法地帯ってわけじゃないらしいですよ」
驚いて視線を動かすと、同じくこちらを見たオーラントが、肩をすくめた。
「確か、ヘンリ村の跡地はカーノ商会の所有地になってたはずです。だから、自分の土地にしたいなら、買い取らないといけません」
「……そうなんですか。知らなかった」
数回瞬きをして答えると、ルーフェンは、しかし、再び苦笑いした。
「でも、それにしたって、安く売ってくれると思いません? なんせ、曰く付きだから」
多少おどけたようにそう言うと、オーラントも口元を歪めた。
「いやいや、それはどうでしょう。相手は金にがめついと有名なカーノ商会ですからね。とんでもない額を提示されるかもしれませんよ」
「あの商会、そんな悪どいことするんですか?」
「まあ、そうですね。あそこは、売り上げ一位の座を狙って、必死ですから」
「へえ……じゃあ、取引する場合は気を付けないと」
「全くです。特にあんたは、次期召喚師ですから、きっと狙われちゃいますよ。世間知らずだろうから簡単に騙せるさ、ってね」
そうふざけた口調で言ってから、オーラントはふいっと笑みを消して、目を細めた。
「……で、そんな次期召喚師様が、結局、何を企んでるんですか? 今日一日、ついて回りましたけど、あんたの目的がさっぱり分からない」
「…………」
ルーフェンは嘆息すると、目を伏せて、はっきりとした口調で言った。
「オーラントさんには、関係ありません」
すると、オーラントはなんとも言えない表情になって、はあっと肩を落とした。
「随分と素っ気ないですねえ……こう、十四って歳は、みんなこんな感じなんですかね……」
「……はい?」
急に年齢のことを出されて、訳が分からないと言ったように、ルーフェンが首をかしげる。
オーラントは、ふてくされたように唇を尖らせた。
「いやね、俺にもあんたと同い年の息子がいるんですけど、これまた無愛想っつーか、素っ気ないっつーか。あんたほどひねくれてはないですけど、とにかくあんた以上に愛想がないんですよ」
「はあ、そうですか」
「なんなんです、あれ? 父親が面倒で仕方ないんですか?」
「……いや、俺は分かりませんけど……」
「臭くて不潔な父親は嫌だと?」
「それは嫌でしょうね」
オーラントは、肺中の空気を出しきったのではないかというほど、盛大に息を吐いた。
「あー、世の中は頑張る父親に冷たいですね」
「……お疲れ様です」
「……って、いや、違う違う。俺はあんたの真意を聞きたいんですよ。勝手に話をそらさらないで下さい」
「俺はそらした覚えありませんけど」
そんなルーフェンの突っ込みを無視して、オーラントはぐいと顔を近づけると、真剣な顔つきで言った。
「……言っておきますけどね、俺だって無関係だと思ったのなら、無理に詮索しようとなんてしません。関係あるかもしれないと思ったから、こうして聞いてるんですよ」
ルーフェンが、微かに眉を寄せる。
「……関係あるとは?」
問うと、オーラントはルーフェンを指差して、強く言った。
「あんたはアーベリトで、やたらと遺伝病の治療法とやらを気にかけていましたね? あの医療に深く関わっていたのは、リオット族です。そして、そのリオット族に深く関わる人間の一人なんですよ、俺は」
「……どういう意味ですか?」
「どうもこうも、あんたは知らんでしょうが、俺は、ノーラデュース常駐の宮廷魔導師ですよ。リオット族の牽制が、俺の仕事です」
胡散臭そうにこちらを見ていたルーフェンの目が、驚きで見開かれる。
相当の衝撃だったのだろう。
何に対しても淡々と返していたのに、ルーフェンは珍しく絶句していた。
「……本当ですか?」
「嘘ついてどうするんですか」
オーラントは、頷いた。
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