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投稿日:2021年02月24日





  *  *  *


「次期召喚師様! 次期召喚師様……!」

 ガラドは、複数の侍従と共に、足早に本殿の長廊下を駆け回っていた。
昨日から、ルーフェンの姿が見当たらないと、王宮中が騒ぎになっているのだ。

「君、次期召喚師様のお姿は……」

「い、いいえ、どこにもいらっしゃいません……」

 探しているうちに、出くわした二人の侍従に問いかける。
すると侍従の一人は、蒼白な顔で首を横に振った。

 空を見れば、もう随分と日が高くなっている。
かれこれ、半日は探し回っているのだ。
おそらくルーフェンは、王宮にはいないのだろう。

「いかがいたしましょう、アシュリー様。陛下や召喚師様にも、このことをお伝えしたほうがよいのでは……」

 狼狽した侍従が、ガラドに言う。
しかしガラドは、疲弊しきった表情で目を閉じると、否定の意を表した。

「……いえ、陛下も召喚師様も、今はお身体の具合が優れぬご様子。このようなことをお伝えして、心労をおかけすることがあってはなりません」

「し、しかし……それでは、いかように?」

 侍従の言葉に、ガラドは深くため息をつくと、一拍おいた後、口を開いた。

「……ひとまず、騎士団の者を呼びなさい。捜索の手を城下まで広げましょう」

 ガラドの言葉に、侍従が頷こうとしたそのときだった。
廊下の奥のほうから、高い声が響いてきた。

「政務次官様! こちらを、こちらをご覧ください!」

 息を切らせながら走ってきたのは、侍女のアンナだ。
その後ろには、彼女に連れられて、気まずそうな表情のリュートとアレイドも立っている。

「あの、これ……次期召喚師様のお部屋に、置いてあったのですが……」

 そう言って、アンナが手渡してきたのは、一枚の書き置きだった。
そこには、ルーフェンの文字で、一時的にノーラデュースに渡り、リオット族との接触を試みているとのことが記されており、その右下には、書かれている内容の許可として王家の印が捺印されていた。

「こ、これは……!」

 衝撃の出来事に、ガラドは大きく目を見開く。
そして、すぐさまリュートのほうを見た。

「殿下! これはどういうことですか! この王印、殿下のものでしょう!」

「いや、えっと……」

 焦った様子で口ごもるリュートの横で、アレイドが弱々しく口を出した。

「……違うんです、ガラドさん。リュート兄上は、ノーラデュースへ渡る許可を求められていただなんて、知らなかったんです。ただ、勝負に負けたら捺印しろって──」

「お前は黙ってろ!」

 大声で怒鳴って、リュートがアレイドの言葉を遮る。
何事かと怪訝そうな顔になったガラドに、リュートはたどたどしく語った。

「……あ、あいつが……ルーフェンが、南に行きたいと言うから、許可を出したまでだ。それの何が、問題だって言うんだよ」

「なにがですって? 問題大有りです!」

 ガラドは、大きな目を怒らせて、リュートに顔を近づけた。

「そのようなお話、何故私に一度ご相談してくださらなかったのです! ノーラデュースがいかに危険な土地なのか、殿下もご存知でしょう! しかも、リオット族に接触したいなど、言語道断です。独断でこんなことをして、もし次期召喚師様になにかあれば、全ての責任は殿下、貴方様に向かうのですよ。それをご理解の上で、このようなことをなさったのか!」

 ガラドのあまりの剣幕に、リュートは、しばらく何も言い返すことができなかった。
しかし、やがて、ぎりっと歯を食い縛ると、顔を赤くして言い放った。

「う、うるさい! 俺に指図をするな! ノーラデュースに行ったくらいでどうにかなるようなひ弱な次期召喚師なら、端からいらぬ!」

 言い捨てると、リュートはアレイドの襟首を掴み、踵を返して離宮へとずんずん歩いていく。
ガラドは、それを追うように侍従の一人に指示を出すと、そのまま柱に寄りかかって、再度ため息をついた。

「ど、どうしましょう、ノーラデュースなんて……。申し訳ありません。私が、もっと次期召喚師様のご様子を伺っていれば……」

 今にも泣き出しそうな声音で、アンナが言う。
ガラドは、アンナを一瞥すると、厳しい表情のまま返した。

「誰のせいだと、責任を問うていても仕方ありません。どのような理由でリオット族に興味をお持ちになったのかは分かりませんが、次期召喚師様の御身が危険にさらされていることに、変わりはない。とにかく、ノーラデュース常駐のルンベルト殿とバーンズ殿に連絡を。それと、ノーラデュースまでの道のりに魔導師を配備させましょう」

「は、はい、かしこまりました!」

 ガラドの指示に、勢いよく返事をした侍従だったが、すぐに言葉を濁らせて、しかし、と続けた。

「ですが、その……現在、陛下のハーフェルンへの療養の件に、遠征可能な魔導師はほとんど回しておりまして……。そちらを割いて、ノーラデュースに向かわせますか?」

「…………」

 ガラドはそれを聞くと、考え込むようにして黙りこんだ。

 最近、体調を崩している国王エルディオと召喚師シルヴィア、加えてシェイルハート家の子供たちに宛てて、ハーフェルンの領主クラークが、療養も兼ねて近々ハーフェルンに一時滞在しないかと、招待状を送ってきたのだ。

 ハーフェルンは、目前に広大な海が広がる港町であり、食料から医療品まで、多義に渡り物資が豊富である。
普段は王宮にこもっているエルディオやシルヴィアにとって、賑やかな港町の空気に触れることは、良い気晴らしになるだろう。
また、今後も良い外交関係を築いていきたいという意思表示の意味でも、シュベルテ側は、クラークからの申し出を快諾したのである。

 しかし、国王と召喚師一族、これらシュベルテの要人が一気に抜けて、他の街に滞在するなど、これまでにはなかった試みだ。
そのため、エルディオたちがハーフェルンへ出発し帰ってくるまで、その道中は魔導師団が総力をあげて護衛に当たろうと、現在準備をしているところなのだ。

 ガラドは、悩ましげに呻き声をあげた。

「……確かに、ハーフェルンの件に関しては、人員を割きたくはない。だが、次期召喚師様を、このままにしておくわけには……」

 その場にいた全員が、言葉をつまらせた時だった。

「──では、次期召喚師様の件は、私にお任せを」

 不意に、側方から声がして、ガラドは顔をあげた。

「これはこれは、リラード事務次官殿……」

 一人の官僚と共に、廊下に現れた小太りの男に、アンナや侍従が慌てて頭を下げる。
リラードと呼ばれたその男は、ガラドに並ぶサーフェリアの事務次官、モルティス・リラードであった。

「なに、魔導師団を使わずとも、この私が騎士団を動員して、必ず次期召喚師様を連れ戻して見せましょうぞ。アシュリー卿はご多忙中と存じます故、どうぞ、私にお任せを」

 モルティスは、きれいに整えた口髭をいじりながら、坦々とそう言った。
それに対し、ガラドは微かに眉を寄せた。

「……しかし、行き先はノーラデュースですぞ? リオット族の蔓延はびこるかの地では、魔導師でなければ遠征は難しいでしょう。騎士団には、王都の守護が命ぜられているはず」

 モルティスは、手を後ろに組んで、ガラドに向き直った。

「いいえ、この緊急時に、何を仰いますか。騎士団とて、リオット族などという蛮族共に易々と倒されるほど、柔ではありませぬ。それに、魔術を必要とするならば、ノーラデュース常駐の魔導師たちにも、力を貸すように言えばよいだけのこと」

「しかし、彼らは……」

「アシュリー卿、どうぞ本来の業務に集中なさいませ。このモルティス、必ずや次期召喚師様をシュベルテにお連れします故」

「…………」

 モルティスが笑顔でそう言っても、ガラドは、しばらく頷かなかった。
というのも、このモルティスという男は、政を取り仕切ることはあれど、これまで、武力が関わることに口を出してきたことは一度もなかったのだ。

 それが、なぜ突然、このような申し出をしてきたのか。
ガラドは、そこに妙な不自然さを感じざるを得なかった。

 だが、実際、次期召喚師の失踪という心配事を抱える余裕が、ガラドにはなかった。
それに、真意は分からずとも、このモルティスが敏腕であることは事実なのだ。

 ガラドは、長い沈黙の末、微かに顔をあげると、モルティスを見つめた。

「……そこまで仰るなら、この件はリラード卿にお任せします。よろしく頼みますぞ」

「ええ、もちろんです」

 モルティスは、満足げに首肯すると、一度かしこまって礼をしてから、官僚と共に元来た道を戻っていった。

 しばらく歩いて、完全にガラドたちの姿が見えなくなると、ふと、官僚がモルティスに小声で言った。

「モルティス様、ルーフェン・シェイルハートの救助を申し出るなど、なにをお考えなのですか? まだ正式に召喚師に就任していないとはいえ、奴には、サンレードを潰された怨みがございます。モルティス様自らが動く必要など──」

「口を閉じろ。ここでは、誰が聞いているか分からぬ。我々がイシュカル教徒であることが露見すれば、全てが無になるのだぞ」

 言葉を遮って、モルティスが厳しい声音で告げると、官僚は慌てて口を閉じた。
しかし、廊下を更に行った先で、モルティスの自室に入ると、今度はモルティスが先に口を開いた。

「……先程の話だがな」

「はい」

 どかりと椅子に座ったモルティスの前に、官僚がひざまずく。

 モルティスは、先程とはうって変わった不機嫌そうな表情になると、憎らしそうに言った。

「確かに、あの次期召喚師の小僧には、サンレードを潰された怨みがある。そう……だからこそだ」

「だからこそ……?」

 言われた意味が分からず、聞き返した官僚に対して、モルティスは鼻で笑った。

「分からぬか。次期召喚師が、あのノーラデュースの地にいる……この事態こそが、我らにとっての好機。イシュカル様の思し召しなのだ」

 モルティスは、真剣な表情になると、早々に椅子から腰をあげた。

「そなた、礼拝堂に赴き、教徒たちの中から手練れを数人、連れてこい。そやつらを武装させ、次期召喚師救助のために編成した騎士団の部隊に、紛れ込ませるのだ。そして、あの小僧が真実にリオット族の元へ向かっていたのなら、ノーラデュース常駐の魔導師共に伝えろ。サーフェリアの次期召喚師、ルーフェン・シェイルハートがリオット族に拐われ、奈落の底に捕らえられていると」

「捕らわれている、ですか……」
 
 モルティスを見上げて、官僚が言う。

「し、しかし、ルーフェン・シェイルハートがノーラデュースに赴いた真の理由は、まだ分かりません。それに、ルンベルトの隊の魔導師たちが、そのような虚偽の協力要請を、受けてくれるでしょうか。彼らは、リオット族の排除だけを目的とした部隊と聞きます。次期召喚師の捜索に、快く協力してくれるかどうか……」

 官僚の言葉に、モルティスは更に笑みを深めた。

「……ふん、よく考えてみよ。ルンベルトの隊は皆、リオット族の殲滅を願う者ばかり。故に、王宮から正式にリオット族を滅せよとの命令が下りず、長い間燻っていたのだ。ところが、捕らわれた次期召喚師を救うためとなれば、どうだ。野蛮なリオット族を殲滅させる理由として、不足はなかろう。ルンベルトが次期召喚師に興味関心を抱かずとも、リオット族を滅せる理由ができたとあれば、ルンベルトにとってもこの話は朗報。全戦力を以てノーラデュースに攻めこむであろう」

 モルティスは、目付きを鋭くさせると、続けた。

「騎士に扮した教徒が、混乱に乗じて次期召喚師を殺害したところで、皆こう考えるはずだ。リオット族との激しい争いに巻き込まれ、哀れ次期召喚師は死んでしまったのだ、と。素晴らしい筋書きではないか……! なに、覚醒し始めた息子の方さえ殺せば、臥せっているシルヴィアなど容易く首を取れる。召喚師一族などという邪悪な存在は、サーフェリアにあってはならぬのだ」

 頷きながら、目を輝かせる官僚を満足そうに一瞥して、モルティスは部屋の扉に手をかけた。

「さあ、行け。しくじるでないぞ。私も、時間があけばすぐに行く」

「はっ!」

 官僚は一礼し、襟に隠していた小さな女神像を掲げると、祈るように目を閉じた。

「我らがモルティス様に、どうかイシュカル神の御加護があらんことを──」


To be continued....


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