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投稿日:2021年02月24日






 硬い岩の上で、寝返りを打ったとき。
外套の枕から頭が落ちた痛みで、ルーフェンは目を覚ました。

 岩穴の中は相変わらず薄暗く、どれほどの時間が経ったのか、分からなかった。
だが、いくら疲れているとはいえ、これ以上岩の上で寝ていたら、いい加減身体を痛めそうだ。
ルーフェンは、気だるげに起き上がると、岩壁に寄りかかって寝ているオーラントに、自分の外套をそっとかけ、荷物だけ持つと、こっそり岩穴から出た。

 洞窟を少し進んで、また見知らぬ洞に出ると、ルーフェンは、眩しそうに上を見た。
どうやら、外界は朝を迎えたらしい。
地上に繋がる縦穴からは、眩い太陽の光が差し込んできていた。

 日光を懐かしむ思いで、空を仰いでいると、奥の方から、かつかつと何かを削るような音が聞こえてきた。
そちらに視線を向けてみれば、洞の端の方で、一人のリオット族の少年が、何やら屈みこんでいる。

 顔はやはり、焼けたように爛れていて、年齢がどれくらいなのかは分からなかったが、他の大柄なリオット族の男たちに比べれば、体躯が小さい。
身長も、立てばルーフェンと変わらない程度のようであったから、まだ子供なのかもしれないと思った。

 気になって、背後から近づいても、少年は手元に集中しているようで、ルーフェンの気配には全く気づいていない。
何をやっているのだろうかと覗き込むと、少年はどうやら、石を叩いて削ったり、魔術で形を変えるなりして、何かを作っているらしかった。

「……何作ってるの?」

 さりげなく、ルーフェンがそう問いかけると、少年は、大袈裟なほど身体を震わせて、はっと後ろを見た。
そして、前触れもなく現れたルーフェンを認めると、凄い勢いでその場から飛び退いた。

「あ、ちょっと!」

 少年の手から、ころんと石の造形物が落ちる。
ルーフェンは、それを咄嗟に拾い上げると、今にでもこの洞から飛び出そうとする少年に、優しく声をかけた。

「待って、別になにもしないよ」

 両手をあげて、ルーフェンが言う。
少年は、それでもその場から逃げようとしていたが、その時、自分がいじっていた石を、落としたことに気づいたのだろう。

 その石が、ルーフェンの手に握られていることに気づくと、警戒したように立ち止まった。

「……ぁ、ぅ……か、返して……」

 か細い声で言いながら、少年がルーフェンを見る。
ルーフェンは、手に持つ石を一瞥してから、少年にゆっくりと近づいていった。

「ごめんね、作業の邪魔をするつもりじゃなかったんだけど。はい、どうぞ」

 そう言って、ルーフェンが石を差し出すと、少年は、びくびくしながらその石を受け取った。
そして、その石を掌で転がすと、欠けた場所がないことを確認できたのか、ほっとしたように息を吐いた。

「……それ、何を作ってたの?」

 同じ質問を繰り返すと、少年は、戸惑ったように一歩後退した。
しかし、やがておずおずとルーフェンに石を見せると、小さな声で答えた。

「……つ、土蛇……」

「土蛇?」

 思わず聞き返して、少年が見せてきた石の面を見る。
すると、そこには確かに、咆哮する土蛇の顔が、見事に彫られていた。
まだ未完成故か、見る方向によってはただの石ころで、先程は気づかなかったのだが、どうやら少年は、石で土蛇の彫刻を作っていたようだ。

「へえ、すごい……上手だね。思ったより精巧で、びっくりしちゃった」

 感心してそう告げると、少年は、少し驚いた様子で顔をあげた。
まさか、褒められるとは思っていなかったのかもしれない。
相変わらず、ルーフェンの顔を見ようとはしなかったが、心なしか嬉しそうに、彫刻を握りこんだ。

 ルーフェンは、そんな少年を見つめて、にこりと笑った。

「ねえ、それが完成するところ見たいんだけど、作業の続き、眺めててもいい?」

「…………」

 俯いたまま、少年が口ごもる。
やはり、ルーフェンが近くにいるのは嫌なのだろう。
嫌だけれど、話しかけられてしまっては、立ち去ろうにも立ち去れない、という感じだった。

 ルーフェンは、そういった少年の気持ちを汲み取りながらも、引き下がらずに、言い募った。

「俺はルーフェン。歳は十四。君は?」

 少年は、困ったようにもじもじしていたが、ルーフェンのほうをちらっと見ると、低い声で答えた。

「……ハインツ。……八歳」

 八歳、という思いがけない年齢を聞いて、ルーフェンは瞬いた。

「八歳? 本当に?」

 ハインツが、こくりと頷く。
ルーフェンは、ぽかんとした表情でハインツを見つめていたが、ふと笑うと、自分の身長とハインツの身長を見比べた。

「リオット族の男って、やっぱり、子供の内から大きいんだね。身長ほとんど変わらないし、てっきり俺と同い年くらいかと思ってたよ。手が大きくて、指も太いのに、そんな繊細な彫り物ができるなんて、ハインツくんは器用なんだね」

 警戒を解いたわけではないが、あまりにルーフェンが気さくに話しかけてくるため、徐々に緊張がほぐれてきたらしい。
ハインツは、ルーフェンの問いに、間をあけずに返事をした。

「よく、作る。……好き」

 ルーフェンは、微笑んだ。

「そっか。俺、趣味とか特にないし、好きなことがあるのは羨ましいな」

 そう告げると、ルーフェンは、足元に落ちている適当な石を拾い上げ、ハインツの目の前で、それにぐっと魔力を込めた。
すると、石がめきめきっと形を変えて、あっという間に茎を伸ばし、葉をつけ、花を咲かせる。
しかし、その石でできた花は、やはりどこか歪で、ハインツが作ったような表面の滑らかさはなかった。

「……さっき、ハインツくんが作るところ見てたから、できると思ったんだけど、やっぱりそう上手くはいかないか」

 苦笑して、ルーフェンが肩をすくめる。
その様子を、黙って見ていたハインツは、ふと不思議そうに尋ねた。

「……それ、なに」

「なにって、これのこと? 花だけど」

 花かどうかが分からないほど、出来が悪いわけではないのに、なぜそんなことを聞くのだろうと、ルーフェンは疑問に思った。
しかし、花だという答えを聞いても、ハインツは首をかしげたままである。

「……もしかして、花を知らない?」

 まさかと思い、そう聞いてみると、ルーフェンの予想通り、ハインツは小さく頷いた。

 花を知らないなんて。
これには、流石のルーフェンも驚いたが、よく考えれば、当然のことだった。
リオット族が、このノーラデュースに追いやられたのは、約二十年前のこと。
つまり、八歳のハインツは、生まれたときから、この雑草一本見つけることすら難しい、ノーラデュースで暮らしているのだ。
花を見たことがなく、知らないと言うのも、おかしな話ではなかった。

 ルーフェンは、特に表情を変えることもなく、ハインツに自分が作った石の花を見せた。

「……花って言うのは……えっと、植物が実をつける前に、咲かせるものなんだけど……地上に行けば沢山見られるよ。俺も、庭園の花くらいしか見たことないけど、色とりどりで、良い匂いもして。本物は、俺が石で作ったものなんかより、ずっと綺麗だ」

 地上、というルーフェンの言葉に、ハインツは、ぼんやりと縦穴を見上げた。

 外界から降り注ぐ、ノーラデュースの日光は、大地から潤いを奪い、灼いてしまう恐ろしいものだ。
だがその一方で、こうして暗い奈落の底を照らしてくれていると思うと、とても崇高なもののように感じられた。
あの、いつも変わらず輝いている太陽の光を、もう少しだけ近くで浴びてみたいと思うことだって、ないわけではない。

 黙って上を見るハインツを見ながら、ルーフェンは問うた。

「……地上に出たいとは、思わない?」

「…………」

 ハインツは、黙ったままであった。
黙って、しばらくじっとルーフェンを見つめていたが、やがて、小さく首を横に振った。

「……地上、沢山、人間いる。怖い」

「…………」

 ルーフェンは、真剣な面持ちになると、続けて尋ねた。

「じゃあ、俺のことも怖い?」

 ハインツは、微かに俯いて、呟くように返事をした。

「……よく、分からない」

「…………」

「分からない、けど……人間、リオット族、嫌い。俺たち、見ると、ひどいことしてくる。リオット族も、人間、嫌い」

 その言葉に、ルーフェンは、ふっと目を伏せた。

 問題なのは、やはり人間とリオット族たちとの間にある、深い溝だ。
地上に出たくないのかと尋ねれば、昨日も今日も、返ってくる答えは、人間への憎しみの言葉ばかり。
このまま奈落の底で生活を続ければ、リオット族たちは死に絶えるというのに、それでもリオット族たちは、人間との共存を拒んでいる。

(……自分達の命よりも重い、憎悪か……)

 その気持ちが、全く理解できない訳ではない。
それでもこうして、一方的に荒地に追い詰められ、一族が朽ちていくのをただ待っていることが、リオット族たちの本当の望みではないはずだ。

 彼らは、このノーラデュースの奈落の底で、死んでいきたいわけではない。
ただ、地上に出れば人間たちに殺されることが分かっているから、もうこのまま朽ちていくのも仕方がないと、諦めているのだ。

 ──その時。
不意に地面が揺れて、どこからかリオット族たちの騒ぐ声が聞こえてくる。

 ルーフェンは、はっと顔をあげると、ハインツを見た。
ハインツは、複数ある洞窟の内の一つに視線を定めると、ぽつりと呟いた。

「土蛇……」

「土蛇が出たってこと?」

 ハインツは、頷き様に走り出すと、いくつもある洞窟の枝道を、迷うことなく選んで駆けていく。
ルーフェンも、慌ててハインツを追いかけると、やがて二人は、昨日会合が開かれた広間へと出た。

 広間には、沢山のリオット族たちが集まっており、そのすぐ近くには、巨大な土蛇が倒れていた。
全身の至るところに鋭い岩の槍が突き刺さり、だらんと舌を出して力なく横たわっているところを見る限りは、この土蛇は、既に死んでいるようだった。

 集まって騒いでいるリオット族たちの間に、ハインツが身体をねじ込んで前に出ると、その中心には、若いリオット族の男が一人、脚を押さえて呻いていた。
脚には、鋭い刃物で抉られたような傷があり、そこからだらだらと赤黒い血が流れ出ている。


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