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投稿日:2021年02月24日




†序章†『渇望』


 その日、サーフェリアの王都シュベルテは、召喚師の話題で持ち切りだった。

 召喚師とは、契約悪魔の召喚という高等魔術を扱える唯一の魔導師である。
彼らは、世界に在る四つの国——獣人の国ミストリア、人間の国サーフェリア、精霊の国ツインテルグ、闇精霊の国アルファノルに、それぞれ一人ずつ存在する絶対的守護者であった。

 サーフェリアの現召喚師、シルヴィア・シェイルハートは、銀の髪と瞳も持つ美しい魔女である。
サーフェリアの場合、国王と召喚師が同一とされる他三国と違い、召喚師は国王に次ぐ第二の権力者という位置付けだったが、強大な魔力に加えて妖艶な容姿を持つシルヴィアは、国王エルディオ・カーライルの寵愛ちょうあいを受けており、その地位を絶対的なものにしていた。

 ただ一つ、問題なのは、彼女の才能を受け継ぐ子——つまり、次期召喚師が未だに生まれていないことだった。

 シルヴィアには、国王エルディオを含めた三人の男たちとの間に、各々子供がいた。
だが、その中に召喚師としての力を持つ子供は、一人としていなかったのだ。

 異様と言えるほど若々しく、美しい姿のシルヴィアだったが、今年で三十を迎える。
万が一次期召喚師が生まれない、などということがあれば、サーフェリア存亡の危機である。

 そう騒がれていた、折のこと。
なんと、その待ち望まれていた次期召喚師が、発見されたのだという。

 シュベルテの町民たちは、外に出ては皆口々に噂し合っていた。

「おい、ヘンリ村で次期召喚師様が見つかったらしいぞ」

「ヘンリ村……って、あのごみ溜めか? 嘘だろう?」

「本当さ。数日前、王宮から沢山の騎士様がヘンリ村の方に歩いていくのを、見たやつが大勢いるんだって!」

「でも、なんだって次期召喚師様がヘンリ村なんかに……? 本当なら、召喚師様の元で育てられるはずじゃないのか?」

「さあ、そこまでは分からねえが……。ただ、ヘンリ村で子供が一人、生きてたらしい。その子供が、召喚師様と同じ銀の髪と瞳を持ってるっつぅんだ。こいつぁ、次期召喚師様に間違いねえだろう?」

 ヘンリ村は、王都シュベルテと山や森を挟んで並ぶ、貧しい村だった。
王都からあぶれた者たちが移住し、過密化しており、使い物にならなくなった奴隷を棄てる場所だとさえ、囁かれるようになっていた村である。

「それにしても、ヘンリ村の人々が全員変死って、どういうことなのかしら。騎士様が仰るには、村ごと消し炭になってたらしいわ……怖いわね。次期召喚師様がやったっていう噂よ」

「そうとしか考えられないじゃない。ヘンリ村なんて、村人でない限り誰も近づかないし……ましてその中で生きてたのが次期召喚師様一人だっていうんだから……」

 大概、噂には尾鰭がつくものだが、シュベルテに出回っていたこの噂は、ほとんどが真実だった。

 数日前の深夜、山向こう——ヘンリ村の方に大きな雷が落ち、騎士数名が視察に向かった。
すると、そこは辺り一面焼け野になっており、ヘンリ村の人々は一人残らず炭になっていたのだという。
ただ一人、銀の髪と瞳を持つ子供を除いては。

 子供を焼け野の中心で見つけた騎士たちは、大急ぎでその子供を王宮へと連れ帰った。
サーフェリアでは、銀の髪と瞳は、召喚師一族の象徴のようなものだったからだ。

 子供は、七、八歳ほどの少年だった。
痩せこけてはいるが、顔立ちもシルヴィアに似ており、誰もが次期召喚師だと信じていた。
しかし、当の召喚師シルヴィアは、首を縦に振らなかった。

「私、そんな子供知りませんわ」

 にこやかに微笑んで、シルヴィアは言った。

 だが、ヘンリ村の人々の変死も、この子供が衝動的に召喚術で起こしたものだとすれば、辻褄が合う。
現に、あの落雷が尋常ではない魔力で引き起こされたもの——悪魔召喚術によるものだろうと、宮殿中の魔導師達が口を揃えて言っているのだ。

 シルヴィアは、最後まで否定を続けていた。
しかし、この子供こそが次期召喚師だと確信した国王は、子供の治療が済み次第、彼をシルヴィアの住む離宮で同居させることにしたのだった。


  *  *  *


 子供は、恐ろしい夢を見ていた。
父の断末魔が耳に響き、育った村が一瞬で灰に変わる。
肉の焦げる臭いと、眼に焼けつく死の光景。

 涙さえ、流すことはできなかった。
身の内に入り込んだ闇が、身体中を這い回り、まるで自分を取り込もうとしてるかのようだ。

(苦しい、苦しい——!)

 水中に沈められたように、息ができない。
助けを求めて、もがきながら手を伸ばすと、誰かがその手を取った。

「大丈夫、夢ですよ。怖いことはありません」

 低くて、穏やかな声だった。

「眠ってください。次に起きたときは、きっと楽になれましょう」

 温かな手に頭を撫でられて、ふっと呼吸ができるようになった。

 子供は、そのまま水中から引き上げられるように、ゆっくりと悪夢から解放されていった。


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