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投稿日:2021年02月24日




†第二章†──新王都の創立
第三話『覚醒』


「伝令! 伝令!」

 その叫び声と共に、馬を駆けてきた十数名の騎士たちを見て、イグナーツは眉をひそめた。
身に付けている鎧からして、ノーラデュース常駐の者ではない。
とすれば、シュベルテから派遣された騎士たちであろうが、本来王都の守護に勤めているはずの騎士団が、南の土地に出向くというのは不自然であった。

「貴殿、魔導師団ノーラデュース部隊隊長、イグナーツ・ルンベルト殿とお見受けする」

 騎士たちは、砦の門の前で馬を止めると、そろってイグナーツの前にひざまずいた。
イグナーツは、険しい表情のまま、その面々を眺めると、強い口調で尋ねた。

「いかにも。私がイグナーツ・ルンベルトである。貴公ら、この南の地まで何用か」

 先頭に立っていた騎士の一人が、すぐさま懐から書簡を取り出し、イグナーツに手渡す。
その書簡には、次期召喚師であるルーフェン・シェイルハートが、リオット族の手よって奈落の底に囚われているため、至急救い出し、リオット族を討て、といったような内容が記されていた。
しかし、その書簡に、王家の印などは捺されていない。

 イグナーツは、更に顔つきを険しくすると、騎士たちを睨み付けた。

「……リオット族の討伐は、王宮からの勅命ちょくめいが下らねば行えぬ。貴様ら、真に騎士団の者か?」

 その言葉に、イグナーツの周囲に控えていた他の魔導師たちも、ざわりと戸惑いの声をあげる。
騎士は、ひざまずいた状態で顔をあげると、口早に返事をした。

「我々は、次期召喚師様が、リオット族の元に囚われているとの情報を入手致しました。故に、ルンベルト隊長の戦列に加わり、共にリオット族を討伐せよとのご命令を受けております」

「…………」

 持っていた書簡を別の魔導師に渡して、イグナーツは訝しげに目を細めた。

 確かに、本当に次期召喚師がリオット族に誘拐されたと言うなら、勅命が下る前であろうと、救助しに向かうべきなのだろう。
だが、この騎士たちは、一体誰の命令で動いているのか、明かそうとはしない。
そもそも、どのようにして、次期召喚師が囚われているなどという情報を掴んだのだろうか。
普段リオット族を監視している、ノーラデュース常駐の魔導師達より先に、情報を手に入れることなど有り得ない。

 イグナーツの傍らにいた若い魔導師が、そっと、小声で耳打ちをした。

「ルンベルト隊長、我々には、次期召喚師様がノーラデュースにいらっしゃったという情報すら知らされておりません。この者達の言い分が真実かどうかは、信憑性に欠けるかと。ここは、宮廷魔導師のバーンズ殿にも、ご相談してからのほうが……」

 オーラント・バーンズ──。
その名前を聞いて、ふと、イグナーツの脳裏に、数日前王都から戻ってきた、オーラントの姿がよぎった。

(あやつ、確か子供を連れていたな……)

 目を伏せて、オーラントとのやり取りを思い出す。

 オーラントは、連れていた子供を、奴隷の子か何かだろうと言っていたが、思えばあの時の彼は、どこか様子がおかしかった。
子供の奴隷印を確認できた訳ではないし、そういえば、王都に住む次期召喚師は、あの子供くらいの年齢ではないだろうか。

 イグナーツは、ひとまず部下の言葉を制すると、再び騎士たちに目を向けた。

「次期召喚師がリオット族の元にいるというのは、真実なんだろうな?」

「……はい、そのように伺っております」

 騎士たちのはっきりとした肯定に、次いで、イグナーツはすっと目を細めた。

「……ほう。では仮に、貴様らの話が真実だったとして、今、ノーラデュースに攻め込むのは得策と言えないだろう。奈落の底に攻めこんだところで、リオット族は、次期召喚師を人質にとる可能性がある。返って次期召喚師を危険に巻き込むことになるぞ」

 探るような目付きで言って、騎士たちの反応を伺う。
騎士たちは、つかの間沈黙してから、先程と同じことを繰り返した。

「……我々は、リオット族討伐の戦列に加わるようにとの、ご命令を受けております」

「…………」

 次期召喚師の救助を理由にしながら、彼の安否を無視し、そして、真の目的を決して明かそうとはしない──。
そんな騎士たちの姿勢に、あることを確信すると、イグナーツは、はっと鼻で笑った。

「……なるほど、我らルンベルト隊を利用しようとは。イシュカル教会も、随分と厚かましくなったものだな」

 魔導師たちが驚いた様子で、騎士──否、武装したイシュカル教徒たちを見る。
イグナーツは、目元を歪めて、言い募った。

「貴様らの目的は、次期召喚師か。我々にリオット族を討伐する大義名分を与える代わりに、次期召喚師を殺害する口実を寄越せと、そう言うわけか?」

「…………」

 イシュカル教徒たちは、何も言わず、ただひざまずいている。
しかしその沈黙こそが、真実を雄弁に物語っているようだった。

 全知全能の女神、イシュカル神を崇め、国の守護者たる召喚師一族を、否定し続けているイシュカル教徒たち。
つまり彼らは、リオット族討伐の争いに乗じて、次期召喚師ルーフェン・シェイルハートの殺害を目論んでいるのだろう。
リオット族を殲滅させるきっかけを、長年欲しがっていたイグナーツたちを、わざわざ駆り立ててまで──。

 囚われた次期召喚師を救うために、リオット族討伐に乗り出したとなれば、王宮側から非難されることはない。
また、その混乱に巻き込まれ、次期召喚師が死んでしまったという偽の筋書きを唱えれば、悪は、リオット族のみということになるわけだ。

 イグナーツは、しばらく不愉快そうに眉をしかめていたが、やがて、すっと息を吸うと、イシュカル教徒たちを見下ろした。

「……いいだろう、利用されてやる。ただし、我々は貴様らの都合など知らん。次期召喚師をどうするかに関しては、一切手を貸す気はない。良いな?」

「……はい」

 イシュカル教徒たちが、短く返事をして、畏まる。
イグナーツは、振り返ると、部下である魔導師たちを見渡し、言った。

「至急、ノーラデュースの底に向かうぞ。リオット族は、全員皆殺しだ──……」


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