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投稿日:2021年02月24日





 しかし、その時だった。
突然、法螺ほらを吹きならす音が、頭上から降ってきた。
同時に、地を揺らす馬蹄の音が響いてきて、一同はびくりと顔をあげる。

 天から降り注ぐ日光を手で遮りながら、ノーラデュースの亀裂を見上げる。
するとそこには、太陽を背に奈落を見下ろす、数百の黒い点のような影が、ずらりと並んでいた。

「聞け! 愚かなるリオット族たちよ! 我は、サーフェリアの正当なる忠義者、魔導師団、ノーラデュース部隊隊長、イグナーツ・ルンベルトである! 次期召喚師、ルーフェン・シェイルハート様はご無事か!」

 影の一人が、鋭い声を放つ。
魔術を使っているのか、不自然なほど大きく反響してくるその声に、リオット族達は、何が起きているのか分からないと言った様子で、呆然と亀裂を見上げていた。

 思いがけず名を出されたルーフェンは、はっと身を強ばらせると、オーラントを見た。

「ルンベルト……? ここの魔導師団の、隊長ですよね……?」

 オーラントは頷くと、額に手を当てた。

「まずいな……あんたがノーラデュースに来てること、早速嗅ぎ付けられたか」

 小さく舌打ちして、オーラントは耳に手を当てると、地上のイグナーツに向けて、魔力を練り上げた。
イグナーツ同様、風に声を乗せ、遠くに響かせるのである。

「ちょっと待て! 俺だ、オーラント・バーンズだ! 次期召喚師様はご無事だ! 地上に戻ってから、事情は話す! だから、ひとまず退いてくれ!」

 亀裂を囲む、魔導師の数を目測しながら、オーラントは叫んだ。
距離がある上に、逆光で魔導師たちの表情など伺えなかったが、イグナーツの言葉通りなら、彼らはルーフェンを救出しに来たのだろう。
だが、このノーラデュースの魔導師たちは元々、リオット族に強い恨みを持っている者達だ。
この奈落の底を前に、いつ攻撃をしかけてくるか分からない。

 そんなオーラントの言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
イグナーツは、手に持った長杖を掲げると、続いて口を開いた。

「貴様らリオット族は、二十年前の王都での騒擾そうじょうより現在まで、多くの人命を奪い去っただけでなく、次期召喚師様を、この穢れた土地に連れ去り、御身を危険に陥れた! その狼藉の数々は、到底許し難いものである! よって我々魔導師団は、貴様らリオット族に、厳正なる罰を与える──!」

 リオット族たちの顔が、一瞬にして真っ青になる。
地上の魔導師達とは、長年殺し合いを続けてきたが、こうして直接攻め込まれるのは、初めてのことであった。

「お前、騙したのか……!?」

 リオット族の一人が、ルーフェンに言った。
ルーフェンは、リオット族のほうに振り向くと、慌てて返した。

「違う! 魔導師たちの勘違いだ! 今から俺が行って、彼らに事情を話すから──」

 しかし、言い終わる前に顔面を殴られて、ルーフェンはその場に倒れ込んだ。
先程までの、すがるような目から一転。
殺気立った色を瞳に浮かべて、リオット族たちがルーフェンを睨んでいる。

「最初から、リオット族、殺させるために来たのか!」

「俺達、救いたいというのは、嘘だったのか……!」

 詰め寄ってくるリオット族たちの、深い悲しみの目を見つめ返して、ルーフェンは唇を噛んだ。
ようやくリオット族たちに、思いが伝わったというのに、まさかこのタイミングで、イグナーツたちが攻めてくるとは思わなかった。
この状況では、リオット族たちが、ルーフェンのことを魔導師団からの刺客だと疑ってしまっても仕方がない。

(……だけど──)

 殴られて、血の滲んだ額を押さえて、ルーフェンは立ち上がった。
普通の人間より、遥かに腕力のあるリオット族が、本気でルーフェンを殴ったのなら、きっと流血するだけでは済まなかったはずだ。
だからきっと、彼らはまだ、ルーフェンのことを完全には疑っていない。

 ルーフェンは、まっすぐにリオット族たちを見つめた。

「嘘じゃない。俺は、貴方達リオット族を、この奈落から救い出したい。信じて」

「…………」

 リオット族たちの瞳が、頼りなく揺れる。
ルーフェンは、再び亀裂を見上げると、オーラントの真似をして、風に声を乗せた。

「ルンベルト隊長、私が次期召喚師のルーフェン・シェイルハートです。私は、リオット族に危害を加えられてはいないし、王宮にも、自らの意思でこのノーラデュースに来たことを書き残して来ました。今すぐ魔導師を退いて、砦に戻って下さい。全て貴方達の誤解だ」

 頭に血が昇っているであろう、イグナーツに対し、なるべく冷静な声で告げる。
すると、程なくして、点々と並んでいた魔導師達の影が、見えなくなった。

 緊迫した雰囲気の中、リオット族たちが、詰めていた息を、ほっと吐き出す。
その、次の瞬間──。
凄まじい爆音と共に、上方の岩壁が、一気に弾け飛んだ。

「────っ!」

 砕けて飛び散った岩石が、奈落の底に降り注ぐ。
ルーフェンたちは、大きく目を見開いて、落下してくる巨石を見つめた。

 魔導師たちは、退いたのではない。
岩壁を爆発させて、リオット族たちをこの奈落に生き埋めにしようとしているのだ。

 オーラントが、咄嗟にルーフェンをかばって、前に出る。
同時にラッセルは空に手を翳すと、上擦った声をあげた。

「わしが食い止める! 女子供は、洞窟の奥に下がれ……!」

 落下していく岩石が、刹那、空中でぴたりと静止した。
ラッセルによる、リオット族の地の魔術だ。

 イグナーツは、手綱を握る手に力を込めると、後ろに控える部下たちを見据えて、口を開いた。

「作戦通りだ。この岩を伝って、奈落の底に下るぞ!」

「──は!」

 魔導師たちが、強い決意を宿した目で、返事をする。
それに対し頷くと、イグナーツは、馬の腹を蹴って、勢いよく亀裂の中に飛び込んだ。

 元より、爆発を起こすくらいで、リオット族たちを皆殺しにできるなどとは思っていない。
リオット族は、その名の通り地の魔術に長けた民なのだ。
落盤など起こしたところで、今のように岩石を止められるだろうというのは、想定の範囲内であった。

「隊長に続け──!」

 だから、イグナーツたちの目的は、生き埋めにすることなどではない。
リオット族に、落下した岩を空中で静止させること──それこそが真の目的である。
そして、その浮遊した岩を足場に、リオット族たちの元に馬で降りていくというのが、今回の作戦なのだ。

 目論み通りいくかどうかは、賭けに近かった。
だが、リオット族たちからすれば、岩を静止させるか、そのまま岩の下敷きになるしかない。
確率としては、作戦通りに進む方が、高いと考えていた。

 また、卓越した乗馬技術が要される作戦であり、不安定な岩場を踏み外せば、魔導師側にも大きな被害が出るだろう。
それでも、深い奈落の底まで、断崖絶壁を下ることはできないし、何より今は、次期召喚師の救出を理由に、リオット族に復讐をできる好機なのだ。

 リオット族を殲滅できるならば、犠牲は厭わない。
復讐を成し遂げる、この時のために、ルンベルト隊は存在してきた。

 底光りする目で、イグナーツは叫んだ。

「総員、進め──!」


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