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投稿日:2021年02月24日
ラッセルが静止させた岩を足場に、奈落へと駆け下ってくる魔導師たちを見て、リオット族たちは目を剥いた。
オーラントは、降ってくる土砂をルマニールで払いながら、舌打ちした。
「くそっ、あいつらなに考えてる……!? こっちにはまだルーフェンがいるんだぞ!」
このまま攻撃を開始すれば、ルーフェンが巻き込まれることなど、容易に想像できるはずなのに。
そんなことには構わず、攻めてきた魔導師に、ルーフェンは、吐き捨てるように言った。
「……多分、俺の生死なんて、気にしちゃいないんでしょう。俺を出しにして、リオット族の殺戮を正当化させたに過ぎない」
次いで、リオット族の女子供たちが洞窟の奥へと下がったのを確認すると、ルーフェンは、ラッセルに駆け寄った。
「ラッセル老、浮遊の魔術を解いて。あとは俺とオーラントさんがどうにかするから!」
ラッセルは、苦しげに呻くと、翳していた手を引いた。
これだけ大量の巨石の落下を、魔術で制御していたのだ。
相当な負荷を受けていたに違いない。
ラッセルは、ひどく疲弊した様子で、よろよろと後ろに下がった。
頭上が暗くなり、無数の岩石が、自分達目掛けて落ちてくる。
ルーフェンは、掌を向けて、詠唱した。
「──集え、光輪よ……貫け!」
宙に出現した光の刃が、鋭く残光を引いて、落下してくる岩々を破壊する。
同時に、オーラントも素早く詠唱すると、四散した岩石を強風で吹き飛ばした。
足場が崩壊し、飄風に巻き込まれた魔導師たちが、地面に落下して、土煙に飲まれる。
しかし、各々魔術で身を守った魔導師たちは、すぐさま体制を立て直すと、雄叫びをあげながら攻め入ってきた。
馬を失った者も、まだ騎乗している者も、積年の恨みを晴らさんと、一斉に押し寄せてくる。
その足音が大地を揺らし、迫ってきて、間断なく、血塗れの虐殺が始まった。
空中に複数の魔法陣が展開し、燃え盛る炎の矢が、リオット族たちの頭上に降り注いでくる。
オーラントは、咄嗟に炎の矢をルマニールで弾くと、攻撃体制に入った魔導師たちを睨んだ。
一体どんな経緯で、奈落の底に攻め込んできたのかは分からないが、この無差別な攻撃方法を見る限りでは、ルーフェンの言う通り、次期召喚師の救出というのは建前に過ぎないようだ。
悲鳴があちらこちらで上がり、炎の矢に貫かれたリオット族たちが、次々と倒れていく。
肉体が頑丈なリオット族も、魔術で攻撃されては、ひとたまりもない。
絶え間なく炎の矢を出現させてくる魔導師に対し、仕返しとばかりに突進していくリオット族の男たちを見ながら、ルーフェンも、どうすれば良いのか分からなかった。
リオット族の味方をすれば、被害を減らすことができるかもしれないが、それでは、根本的な解決はできない。
リオット族を地上へと連れ出すには、この魔導師たちとの間に出来てしまった、深い憎しみの連鎖を断ち切る必要がある。
ルーフェンはあくまで、中立の立場にいなければならないのだ。
「ルーフェン! 伏せろ!」
突然、オーラントの鋭い声が飛んできて、反射的に屈みこむ。
すると、頭上を剣先が掠めていって、ルーフェンは素早くその場から飛びずさった。
前に出たオーラントが、ルーフェンを狙った男の顎を、ルマニールの石突で打ち上げる。
仰け反った男の腹を、槍先で突くと、オーラントは、ルーフェンのほうに振り返った。
「無事か!」
戸惑った様子で、ルーフェンが頷く。
リオット族ではなく、確実にルーフェンを狙ってきたその男を見下ろして、ルーフェンは眉をしかめた。
格好を見るだけでは、素性を特定することはできない。
しかし、ルーフェンの命を狙う者の素性など、すぐに見当がついた。
「こいつ、イシュカル教徒か……」
ルーフェンの呟きに、オーラントが瞠目する。
「イシュカル教徒って……なんでルンベルト隊と一緒に行動してるんだよ」
「……分かりません。でも、俺の命を狙うのは、イシュカル教徒くらいしかいない」
言ってから、身を翻すと、ルーフェンは、まるで地獄のような戦場を見た。
魔導師たちの炎の矢は、リオット族たちを貫き、その身を焦がす。
炎に蝕まれたリオット族は、じたばたともがき苦しみながら、やがて息耐えた。
侵入経路は亀裂だけではなかったのか、洞窟の奥に逃げ込んだ女子供たちも、いつのまにか、魔導師たちに乱暴に引きずり出されている。
泣き叫び、嗚咽を漏らす彼女達の声は、聞くに耐えなかった。
リオット族に飛び付かれた魔導師たちは、容赦なく殴られ、踏み潰され、即死した。
怒り狂い、凶暴な獣と化したリオット族に襲われれば、魔導師たちも成す術はなく、血と土埃の中に身を埋めていった。
目の前で、宙を掻きむしりながら灰になったリオット族を見て、ルーフェンは唇を噛んだ。
百近くいる魔導師たちに対し、リオット族は、五十にも満たない。
数だけで言えば、リオット族のほうが圧倒的に不利だ。
このままでは、本当に死に絶えてしまう。
(でも、一体どうすれば……!)
焦りと混乱で、立ち尽くすルーフェンの横で、また別のリオット族の男が、炎の矢に射られた。
──ゾゾだ。
ルーフェンは、慌ててゾゾに駆け寄ったが、ゾゾは、それには構わず、苦悶の声をあげながら、自力で立ち上がった。
その目からは、幾筋もの涙が溢れ出している。
最期に、その瞳にルーフェンを映すと、魔導師たちの陣に目掛けて、ゾゾは走り出した。
炎を纏ったゾゾは、高く飛び上がると、数人の魔導師にしがみついて、もつれるようにして倒れこんだ。
捕まった魔導師たちは、ゾゾの身を焼く炎に巻き込まれて、大声で喚きながら、同じく息絶える。
なんとか逃れようと暴れる魔導師たちを押さえ込んで、炎に飲まれていったゾゾの泣き顔が、ルーフェンの頭に、こびりついて離れなくなった。
ゾゾの戦い方を見ていたのか、防戦一方になりつつあったリオット族たちが、突如、勢いよく魔導師たち目掛けて突進し始める。
「やっ……」
炎の矢が身体に刺さるのも構わず、自分の身を守ろうともせず。
ただただ憎むべき相手を見つめて、リオット族たちは前進していく。
ゾゾのように、自分達の命を引き換えにしてでも、魔導師たちを殺そうとしているようだった。
「やめろ……っ」
ルーフェンは、うずくまっているラッセルの元に行くと、震える声で叫んだ。
「こ、こんなこと、もうやめさせて……! このままじゃ、本当にリオット族は……っ!」
ルーフェンの必死の訴えに、しかし、ラッセルは耳を貸さなかった。
ルーフェンを見て、小さく微笑むと、ラッセルは言った。
「若君よ、生き残っている我らの子たちを連れて、逃げてくれ。土蛇の通り道を辿っていけば、地上に出られる……」
天に手をかざして、ラッセルが、魔力を練り上げる。
同時に、このノーラデュースの岩壁全体が振動し始めたことを感じて、ルーフェンは息を飲んだ。
ラッセルは、この奈落全体を崩壊させて、魔導師共々生き埋めになるつもりなのだ。
「駄目だ! 地上に出たいって──こんな奈落の底で死にたくないって、皆、そう言ってたじゃないか……!」
ルーフェンは、掠れた声でそう言ったが、それでもラッセルは、魔術の発動を止めなかった。
「おぬしには、召喚師一族としての立場があろう。地上の人間として、魔導師を殺すことも、この奈落の底で殺されることも、許されぬ……。行ってくれ……。おぬしがリオット族を救おうとした、その想い……確かに伝わった。我らは、それだけで十分じゃ」
「────!」
何かを言い返す前に、誰かに羽交い締めにされて、ルーフェンはラッセルから引き離された。
抜け出そうと暴れるも、その腕は力強く、ぴくりともしない。
腕は、オーラントのものだった。
「くっ、離せ! 離せっ!」
「黙ってろ! このままじゃ、俺たちも生き埋めになって死んじまう! 地上に戻るぞ!」
戦線離脱しようとするオーラントに、ずるずると引きずられながら、ルーフェンは、激しくぶつかりあう魔導師と、リオット族たちの波を見つめていた。
(──……)
一体自分は、この奈落の底に、何をしにきたのだろうか。
ただリオット族たちを、再び太陽の下に連れ出したかった。
それだけなのに、結果的に、こんな争いを招いてしまった。
(やめてくれ……)
皆、お前には、次期召喚師としての立場があるのだからと、そう言う。
次期召喚師だから、国を守らねばならない。
次期召喚師だから、強く、非情に、敵を散らさねばならない。
次期召喚師だから、死んではならない──。
だが、本当に次期召喚師だと言うなら、どうして自分はこんなに無力なのだろう。
アーベリトを救い、リオット族たちを救い、そして、サミルの助けになること──。
初めて、自分の意思で成し遂げたいと思ったことですら、果たすことも出来ずに、何故自分は、国の守護者なのだと言えるのだろう。
(やめろ……見たくない……)
リオット族や魔導師の断末魔を聞きながら、ルーフェンは、目を閉じた。
(嫌だ……もう、これ以上は……)
悲しみと虚しさ、罪悪感がせめぎ合う心の奥に、冷たい刃が刺さった。
閉じた目の、暗闇の先で、沢山の目がこちらを見ている。
いつか見た悪夢と同じように、まるで、ルーフェンを責め立てるかの如く。
悲しみを孕んだ目で、こちらを見つめている。
ルーフェンに殺された、ヘンリ村の者達や、イシュカル教徒たちの目。
憎悪にまみれた、ノーラデュースの魔導師たちや、リオット族たちの目。
沢山の視線が、ただじっと、ルーフェンを貫いていた。
同時に、自分の奥底から、いくつもの声が聞こえてきた。
──辛い、苦しい……見たくない……。
ルーフェンの心情を、そのまま読み上げるかのように。
何層にも重なる声が、語りかけてきた。
──こんな窮屈な運命は、嫌だ、嫌だ……。
──望んで生まれたわけではないのに、何故……?
──ああ、もう見たくない……。それならいっそ、全て消してしまおうか……?
最後の声は、バアルの声だった。
深く醜い、殺戮願望を促してくる声。
それらの忌まわしい声を聞いているうちに、どんどん息が苦しくなってきて、ルーフェンは、喘ぎながら身をよじった。
「うるさい……っ!」
口を閉ざしていたルーフェンが、突然、大声で叫んだ。
驚いたオーラントは、その姿を見て、ぎょっとした。
ルーフェンの手足の皮膚が、ぬらぬらと光る、黒い鱗のようなものに覆われていたからだ。
「お、おい! どうした……!?」
ひとまず足を止め、抱えていたルーフェンを揺らすが、何の返事もない。
ルーフェンは、真っ青な顔で喘鳴しながら、焦点の合わない瞳をさまよわせている。
予期せぬ事態に、オーラントは何度もルーフェンの名を呼んだが、その声は、ルーフェンには聞こえていなかった。
──悲しい、虚しい……皆、無くなってしまえばいいのに……。
──力が欲しい……全て思いのままにできる、強大な力が……!
ルーフェンの中に響いているのは、無数の悪魔たちの声だけだ。
ルーフェンを、終わりのない闇の中に誘い、取り込もうとする甘言。
しかし、その声を聞いても、これまでのような、強い殺戮願望は現れなかった。
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