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投稿日:2021年02月24日
オーラントは、素早くルーフェンの前に飛び出すと、強くルマニールを突きこんだ。
それを長杖で受け、イグナーツは怒鳴った。
「邪魔をするな、バーンズ! 宮廷魔導師でありながら、リオット族の肩を持つとは、一体どういうつもりだ!」
ルマニールと長杖を交わらせたまま、オーラントも、大声で返した。
「それはこっちの台詞だ! 分かってるのか! リオット族云々以前に、お前らは今、次期召喚師を殺そうとしたんだぞ!」
「黙れ!」
イグナーツの長杖から炎が噴き出して、オーラントに襲いかかる。
その炎を風で巻き上げ、後方に跳びずさったオーラントは、ルーフェンの近くに着地した。
ルーフェンは、どくどくと血の流れ出る肩口をおさえて、うずくまっている。
イグナーツは、ルーフェンとオーラントを睨みつけた。
「長年憎しみ合ってきた我々が、今更分かり合えるはずもない! 何を言われようと、ルンベルト隊は最期まで戦う! それでも止めたいと言うならば、我らを全員殺してみるが良い! そのご自慢の、召喚術を使ってな……!」
「──っ!」
ルーフェンが、微かに表情を歪める。
オーラントは、舌打ちすると、すくい上げるようにルマニールを振って、イグナーツの脚を斬りつけた。
「く……っ!」
バランスを崩したイグナーツに、詠唱させる暇も与えず、ルマニールの穂先が迫ってくる。
イグナーツは、咄嗟にその一撃を受け流したが、そのあまりにも重い突きに、思わず地面に手をついた。
その隙を逃さず、オーラントのルマニールが、イグナーツの右腕を切り裂く。
利き手を損傷し、呻いたイグナーツを見下ろして、オーラントは怒鳴った。
「いい加減に頭を冷やせ! あんたが復讐に命をかけるのは自由だが、ルンベルト隊はあんただけじゃないんだぞ! ちったぁ周りを見ろ!」
オーラントに言われて、初めてイグナーツは、背後にいる部下たちの顔を見た。
リオット族を憎み、怒りに目をぎらつかせている者もいるが、中には、躊躇いの表情を見せている者もいる。
復讐を果たすためとはいえ、自分の命を危険にさらすこと。
そして、リオット族討伐の大義を手に入れるため、次期召喚師まで手にかけたことに対し、戸惑っているのだ。
もし次期召喚師を意図的に傷つけたことが王宮に露見すれば、極刑は免れない。
煮え立っていた興奮が徐々に冷めてきて、イグナーツは、周囲を見回した。
どうすれば良いか分からずに、イグナーツの指示を待つ魔導師たち。
そんな魔導師たちを警戒しながらも、ルーフェンを見つめるリオット族たち。
肩口の痛みに耐えるルーフェンと、こちらを睨むオーラント。
そして、地面で踏み荒らされ、ぽっかりと口を開けたまま事切れる、沢山の死体。
「…………」
──二十年前に起きた、騒擾の現場のように。
血に染まった奈落を見渡して、イグナーツは、歯を食い縛る。
不意に、鋭い絶叫があがり、リオット族の中から、ノイが飛び出してきた。
ノイは、魔導師の死体から抜き取った剣を振りかざし、イグナーツに向かって、一直線に走ってくる。
イグナーツは、立ち上がろうとしたが、脚と腕をオーラントに切り裂かれた状態では、すぐには立てなかった。
「駄目だ! 止まれっ!」
ノイの意図を汲んだルーフェンが、掠れた声で叫ぶ。
しかし、そんな声に構わず、ノイは走った。
「止めるな! 今なら……今なら殺せるっ! 私の、母の仇──!」
死を覚悟したように、瞠目するイグナーツを、確かに視界で捉える。
そうして、渾身の力を込めて、ノイが剣を降り下ろした瞬間。
肉を裂く音がして、辺りに、血しぶきが飛んだ。
「────!」
だがそれは、イグナーツの血ではない。
イグナーツをかばい、ノイの剣を受けたのは、リオット族の長、ラッセルであった。
「……え……?」
思わず剣を取り落とし、信じられないといった様子で、ノイが、ラッセルを見る。
予想外の光景に、その場にいた全員が、目を見開いたまま立ち尽くした。
鮮血が溢れだす胸部に、ラッセルが息を詰まらせる。
ノイは、自分の全身に付着したラッセルの返り血を見て、がたがたと震え始めた。
「……ぁ……あ、なんで……」
ラッセルは、ノイを見た。
そして、力ない腕で優しくノイを抱き寄せると、言った。
「もう、やめよう……」
ノイの瞳から、涙がこぼれる。
ラッセルは、困惑するリオット族たちを見てから、次いで、ルーフェンに視線をやった。
「……憎しみの連鎖を……どこかで、誰かが、必ず断ち切らねばならない……。そうじゃな、若君よ……」
ルーフェンが、瞠目する。
ラッセルは、ノイから離れると、今度はイグナーツの方へと近づいていった。
「わしらリオット族は、二十年よりも前からずっと、地上で虐げられ、利用されてきた……。お前たちのことが、憎くて憎くて、仕方がない……」
身構えたイグナーツの前で、腰を下ろすと、ラッセルは弱々しく告げた。
「じゃがわしは、その憎しみ以上に、我が同胞たちが愛おしい……。だから、頼む。もう、リオット族を殺さんでくれ。わしは、仲間の死を見たくない……。こんな争い、続けても虚しいだけじゃ。殺しを繰り返したところで、犠牲になった同胞達は、浮かばれぬ」
ラッセルは、ゆっくりとした動作で、イグナーツに土下座をした。
「これまで、わしらも、沢山の人間を殺してきた。……本当に、すまなかった。リオット族を殺すことで、お前たちの無念が晴れるのなら……わしの命を差し出そう。じゃが、他の者達は、どうか許してやってくれ……」
魔導師たちが、ラッセルを見たまま、絶句する。
リオット族たちは、はっと我に返ったようにラッセルに駆け寄ると、口々に言った。
「長! 人間に頭下げるなど、必要ない……!」
「地上の人間、ずっと我らを蔑み、貶めてきた!」
「殺されて当然だ……!」
ラッセルは、顔をあげると、静かに首を振った。
「悪いのは、わしらも同じなのだ……。憎しみに駆られ、道を誤ってしまったのだから……」
リオット族たちが、涙をこらえるように、唇を歪ませる。
ラッセルは、全員を見回して、言い募った。
「ずっと、この奈落で朽ちることが、我らリオット族にとって一番良いのだと、そう信じ込んでいた。じゃが、違ったのだな。長い間、わしの考えを押し付けて、お前たちには、本当に申し訳ないことをした。最も大切なのは、憎むべき仇を討つことでも、死んだ仲間を想うことでもない。今を生き、そして生きていく、お前たちの意思を尊重することじゃ。だから……まだお前たちが、希望を見出だせるなら。生きたいと、そう思うならば、若君に──召喚師様に、着いていくが良い。どこまでも強く、そして誇り高く、行け、我が同胞たちよ。それが、わしの願いであり、長としての最期の言葉じゃ」
「……っ」
堪えきれず、涙を流すリオット族たちに、ラッセルはそう告げた。
そして、更に一歩、イグナーツに近づくと、再び土下座をした。
「憎しみを、捨てろとは言わぬ。じゃが、この気持ち、どうか分かっておくれ。もしおぬしら魔導師の中にも、家族を持つ者がいるならば、理解できるじゃろう。憎しみ、争って死んでも、おぬしらの身内とて、誰も喜ばぬ。ただただ、悲しみ、そしてまた、憎むだけじゃ。……わしの首を、くれてやる。じゃから、それでもう、終わりにしよう……」
まるで、殺されるのを待っているかのように、ラッセルが頭を下げる。
その姿に、ノイは崩れ落ち、激しく息を詰まらせてむせび泣いた。
リオット族たちは、ラッセルの想いを汲んだのか、もう誰も、魔導師たちに攻撃しようとはしない。
イグナーツは、そんなリオット族を見つめながら、胸の奥に、やるせない怒りが湧いてくるのを感じた。
部下達も、もはや戦う気力を失っている者達が多い。
自分も、先程のオーラントとの戦いで、負傷している。
だから、これ以上抵抗するのは、得策でないと分かっているのに。
目の前に、リオット族がいる。
それだけで、心の中に積もった憎悪と怒りが、爆発した。
(そうだ……こいつは、自分から命を差し出してるんだ! 殺しても構わないと、自分から……!)
イグナーツは、腰にある短剣を左手で引き抜き、痛む脚に力を込めて、立ち上がった。
手を止めなければと、そう頭では分かっていたのだが、目の前にいるリオット族殺してやりたいと思う気持ちの方が、ずっと強かった。
ラッセルの首めがけて、思いきり、短剣を振り上げる。
だが、それを降り下ろした瞬間、ラッセルの前に、ルーフェンが飛び出してきた。
「──……」
同時に、イグナーツの首筋に、ひやりとしたものが当てられる。
ルーフェンを貫く寸前に、イグナーツが短剣を止めたのと、オーラントが、イグナーツの首筋にルマニールを突きつけたのは、ほぼ同時だった。
「……ラッセル老」
静かな声で、ルーフェンが呼び掛ける。
ラッセルは、おずおずと顔をあげると、自分をかばうように立ちはだかる、ルーフェンを見つめた。
「仲間の元に戻って。……早く、傷の手当てをしてください。俺が、地上に出るときは……貴方も一緒がいい」
「若君……おぬし……」
涙声で返事をして、ラッセルは、身を起こした。
その身体を支えようと、リオット族たちが駆けてくる。
ルーフェンは、ラッセルがリオット族たちの元に下がったのを見届けると、短剣を突きつけられたまま、イグナーツを見た。
「……まだ、戦いますか」
「…………」
ルーフェンの、銀の瞳に射抜かれて、イグナーツが、はっと息を溢す。
それから、持っていた短剣を捨てると、イグナーツは、その場に崩れて、座り込んだ。
オーラントは、未だルマニールを引くことはなく、イグナーツを睨んでいた。
しかしイグナーツは、そんなことは気にしていない様子で、虚ろな瞳をルーフェンに向けた。
「……一つ、教えてくれ。俺に斬りかかってきたあの少女……名は、なんと言う」
ルーフェンは、微かに眉を寄せると、振り向いて、リオット族たちのほうを一瞥した。
先程イグナーツに斬りかかった少女といえば、ノイのことだろうが、今更どうしてそんなことを聞いてくるのか、分からなかった。
「……何故、名前なんて尋ねるんですか?」
問うと、イグナーツは、俯いた。
「ずっと、探していたのだ……」
ふと、昔の光景を思い出すように、目を閉じる。
「……私はこれまで、何人ものリオット族を殺してきた。リオット族は野蛮で、獣のような、理性も心もない害虫だと、そう思い込んで……。だが、あの少女の母親を殺した時のことは、はっきり覚えている。恐怖に震える少女を、母親は、殺される寸前に奈落へ突き落とし、逃したのだ。……あの時の、少女の泣き叫ぶ声が、ずっと私の頭から、離れなかった。私の妻と娘も、あのように殺されたのかと思うと、急に、恐ろしくなった。リオット族たちにも、私たちと同じように、心があるのではないか。私たちがやっていることは、正義でなく、虐殺なのでないか、と……」
「…………」
ルーフェンは、少し意外そうに、目を見開いた。
「それを分かっていたなら、どうして……」
イグナーツは、平坦な声で答えた。
「……認めたく、なかったのだ。私たちの仕事は、復讐であるのと同時に、サーフェリアの害虫を消す正義であると、ずっと信じていたかった。しかし、あの少女を見て、果たして本当にそうなのかと、怖くなった……。そして私は、目をそらした。復讐を正義だと考え、生きてきた私の二十年間を否定するより、リオット族を蛮族として憎み、殺し続ける方が、ずっと楽だったのだ……」
「…………」
「分かっていても、根付いてしまった憎しみは、リオット族を殺すことでしか晴らせなかった。私は、そうやって生きてきた……」
まるで、突然魂が抜けてしまったかのように、イグナーツはぼんやりと語る。
ルーフェンは、しばらくしてもう一度、リオット族たちのほうを見ると、口を開いた。
「……あの子は、ノイという名前です」
「…………」
イグナーツが、微かに顔をあげる。
ルーフェンは、その顔を見つめて、呟くように言った。
「一体、いつからこの憎しみが始まってしまったのか……。何が正しくて、貴方達がどうするべきだったのか、俺には、分かりません……」
つかの間、言葉を止めて、ルーフェンは目を伏せた。
「それでも、やっぱり……こんな憎しみ合いは、間違ってるんだと思う」
「…………」
イグナーツは、うっと息を詰めると、震え始めた。
そして、地面にうずくまると、背を丸めて、泣いた。
胸の中にわき上がってきたのは、自分の生き方を否定された悲しさでも、妻子を殺された憎しみでもなかった。
イグナーツが感じていたのは、心が悶えるような、底知れぬ虚しさであった。
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