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投稿日:2021年02月24日
争いが鎮まった後でも、奈落の底は、騒然としていた。
動ける者は、負傷者の手当てを急ぎ、休む暇もなく走り回っている。
手当てといっても、治療道具などないノーラデュースでは、止血を施すくらいしかできない。
だが先程、魔導師たちが数人、土蛇の通り道をたどって、地上に向かった。
砦にある治療道具を、取りに行くためである。
馬を飛ばしても、行って戻ってくるのに、一日はかかってしまう。
しかし、沢山の負傷者を抱えて、奈落から這い上がることは難しい。
この方法をとるしかなかったのだ。
怪我人の手当てを終えると、リオット族たちは、死んだ同胞の遺体を埋葬した。
魔導師たちの遺体は、地上に出てから弔うということで、布にくるまれ、一ヶ所に集められていた。
同胞の亡骸を囲み、リオット族たちが、声を押し殺して泣いている。
魔導師たちも、疲れきった表情で、粛々と遺体を運び続けていた。
そんな彼らを、呆然と眺めているイグナーツに、不意に、ラッセルが話しかけた。
「……傷は、もう良いのか」
ぎょっとした様子で、イグナーツが振り向く。
まさか話しかけられるとは思っていたなかったのか、少し躊躇ったように俯いてから、イグナーツは返事をした。
「……私より、貴方の方が重症だろう」
ノイの一撃で引き裂かれた、ラッセルの胸部を一瞥する。
リオット族の強健さ故なのか、幸い、もう血は止まっているようだ。
それでも、止血に使っていた布切れには、どす黒い血が染み込んでいて、ひどく痛々しかった。
ラッセルは、イグナーツの隣に腰を下ろすと、小さく嘆息した。
「……どうにも、わしは悪運が強いようじゃな。リオット族の長でありながら、一族に沢山の犠牲を出した……。その、贖罪になるならと、死ぬ覚悟はできておったんじゃが、結局、生き残ってしまったよ」
「…………」
イグナーツと同じように、立ち働くリオット族や魔導師たちを見つめて、ラッセルは微かに笑った。
「わしらは共に、間違っていたのじゃな。醜い感情に支配されて、本当に大切にすべきは何なのか、完全に見失っておった。そんな我らでも……まだ生きよと、希望を持てと、若君がそう仰られるのならば……。わしはまだ、この世に留まっていようと思うよ」
「若君……? 次期召喚師のことか」
イグナーツの問いに、ラッセルが頷く。
イグナーツは、傷ついた自らの右腕を見下ろして、口を開いた。
「バーンズ殿から、聞いた。あの次期召喚師、リオット族をこの奈落から出そうと、そのために自らノーラデュースに飛び込んだのだと。……リオット族は、次期召喚師に着いていくのか」
「そのつもりじゃ」
答えたラッセルに、イグナーツは眉を寄せた。
「……私が言う台詞ではないが、次期召喚師について地上に出ても、お前たちの居場所などないぞ。確かにあの次期召喚師は、強い。あの年で、召喚術も使いこなしているように見えた。……だが、所詮はまだ子供だ。無知で、王宮という狭い檻の中しか知らぬ。そのような者が、あんな強大な力を持っていることが、私は恐ろしい……。イシュカル教徒のように、召喚師一族の存在に異を唱えるつもりはないが、あのような無垢な子供に、国が抱える醜悪に満ちた一面を、理解することはできまい」
目を伏せて、イグナーツは言った。
長い顎髭を撫でながら、それを聞いていたラッセルは、やがて、ふっと苦笑を浮かべた。
「果たして、そうじゃろうか。若君は、我らが思っている以上に、多くのものを見て、考えているように思える」
イグナーツが、訝しげにラッセルを見る。
ラッセルは、笑みを深めた。
「なに、我らは元々、この奈落で朽ちるはずだった一族じゃ。今更、何を恐れるというのか。若君は、我らに初めて、手を差し伸べてくれた人間。それに報いることが、我らリオット族の総意じゃ」
「…………」
「醜い我らを、それでも良いと認めて下さる限り、何があってもリオット族は、若君に忠義を尽くそう……」
イグナーツは、魂が抜けてしまったような顔で、じっと黙りこんでいた。
しかし、ふと立ち上がると、ラッセルに背を向けた。
「……私には、もう何もない。もはや、復讐という生きる目的も無くしてしまった……。此度のリオット族襲撃の件を伝え、王宮に戻れば、私は次期召喚師を殺害しようとした大罪人として、処されることになるだろう」
イグナーツは、自嘲気味に笑った。
「私はいつから、間違っていたのだろうな……」
「…………」
それだけ言うと、イグナーツは、長杖で身体を支えながら、ゆっくりと歩き出した。
そして、作業をする魔導師たちの元に向かうと、集合をかけた。
「聞いてくれ……お前たち。私たちは、王宮の許可なくノーラデュースに攻め込み、挙げ句、次期召喚師様を危険にさらしてしまった。……ルンベルト隊は、解散することになるだろう」
集まってきた部下たちは、不安が隠せぬ様子で、イグナーツを見つめている。
すっと息を吸って、イグナーツは言った。
「……今後、我らがどうなるのか、それは分からない。だが、お前たちはあくまでも、私の命令に従っただけだ。罪に問われることのないよう、私が計らう。……あとは、お前たちの自由にするが良い。リオット族への復讐を果たせなくなった今、魔導師を続ける気がないというならば、去れ。それを止める権利は、私にはない」
一度、魔導師たちの顔を見回してから、イグナーツは続けた。
「だが、もしまだ魔導師として、陛下に仕える気があるならば、地上に出て、一度王都に戻れ。此度の出来事を王宮に報告したあと、召喚師一族の下で、再び戦いに身を投じることになるだろう」
「…………」
魔導師たちは、沈んだ表情で、長い間、押し黙っていた。
だが、やがてぽつりぽつりと顔をあげると、口を開いた。
「……俺は、隊長に着いていきます」
「俺も。……まだ魔導師として、陛下に仕えます」
口々に言いながら、魔導師たちが頷き合う。
その中で、とりわけ疲れきった顔をしていた魔導師の一人が、ずいと前に出た。
「なぜ、復讐が果たせないなどと言うのですか、隊長……」
すがるように、イグナーツに詰め寄ってきたのは、ルーフェンに最初に攻撃をした、あの若い魔導師だった。
「俺は、リオット族が憎いです! 後々罪に問われようが、仇討ちで命を落とそうが、そんなことはどうでもいい! 私は、妹をリオット族に殺されたあの日から、復讐だけを考えて生きてきたんです! 隊長も、そういうお方なのだと思ったから、ついてきたのに……! 何故、今更そのようなことを言うのですか!」
瞳孔の開ききった、狂気的とも言える魔導師の瞳を見て、イグナーツは、ぞっとした。
同時に、胸の奥に、鋭い悲しみが広がった。
憎悪の念に取り込まれ、復讐だけを糧に生きてきた。
そんな自分達の哀れさ、異常さを、改めて目の当たりにしているようだった。
イグナーツは、苦しそうに顔を歪めて、首を振った。
「すまない……。私ではもう、お前の憎しみを晴らしてやることは、できない……」
細い声でそう言ったイグナーツに、若い魔導師は、眉をしかめた。
そして、イグナーツから一歩下がると、暗い声で言った。
「そうですか……。それなら俺は、王都には戻りません……」
「…………」
さっと踵を返して、若い魔導師は、その場から去った。
つかの間、気まずい空気が流れて、何人かの魔導師たちが、その若い魔導師の後を追っていく。
二十年間、共にいた魔導師たちの後ろ姿を、イグナーツはじっと見つめていた。
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