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投稿日:2021年02月24日






 ルーフェンは、落下してくる巨石の下に、もたついているリオット族たちを見つけると、駆けていって、咄嗟に手を翳した。

「────っ!」

 魔術で、巨石の動きを止めるも、瞬間、腕に刺すような痺れが走る。
その痺れに耐えながら、振り返ると、下でうずくまっていたリオット族の女は、脚が焼け爛れて、立てない様子だった。
その周りにいる他の女や子供たちも、どうやら上手く動けずにいるようだ。

「召喚師、様……」

 弱々しい声で呼ばれて、そちらを見ると、怯えた表情で、ハインツがこちらを見ていた。
以前、石に土蛇を彫っていた少年だ。

 ルーフェンは、舌打ちすると、近くを走っていく魔導師たちを呼び止めた。

「手を貸して! この人達を、連れていって」

 切迫した声でルーフェンが言うと、魔導師たちは、一瞬困惑した表情になった。
しかし、迷っている時間はないと思ったのだろう。
躊躇いながらも、リオット族の女子供たちを立たせて、その場から走っていった。

「若君! おぬしも早く逃げよ! あとはわしが抑える……!」

 背後から、ラッセルがよろよろと歩いてくる。
しかし、そのとき、地面が激しく揺れて、ルーフェンとラッセルは転倒した。

「……っ!」

 魔術で支えていた巨石が、すぐ近くに落下して、その破片が飛び散ってくる。
それらを防ぎながら、ラッセルの元に急ぐと、傷が痛むのか、ラッセルはうめいて倒れ込んでいた。

(このままじゃ、全員逃げ切れない……!)

 崩れた岩々がぶつかり合い、盛り上がって、逃げ惑う人々を飲み込もうと流れていく。
ルーフェンは、ラッセルを支え起こすと、早口に行った。

「俺が抑えます、貴方は逃げて」

 ラッセルが、目を見開いて、首を振った。

「無理じゃ! この崩壊を、抑えることなど……!」

「俺より貴方の方が傷が深い、早く行って──」

 言い終わる前に、新たに崩れてきた岩石が、降り注いでくる。
ルーフェンは、再び右手をかざすと、魔術でその動きを止めた。

「早く!」

 ルーフェンの鋭い口調に、ラッセルが顔を歪める。
そして、すまぬ、と一言告げると、リオット族の男と共に、その場を去った。

 次から次へと崩れ、襲いかかってくる岩石を、全て魔術で受け止めながら、ルーフェンは、歯を食い縛った。
ラッセルの魔術を、見よう見まねで使っただけだが、時間稼ぎくらいはできると思っていた。
しかし、想像以上に消費されていく魔力に、全身の震えが止まらない。

(あと、もう少し──!)

 全身が、燃えるように熱くなってきた。
同時に、肩口の傷が開いたのか、右手を血が伝い落ちていく。

 そうして、翳していた右手がびくっと痙攣した時。
張りつめた弦が切れたかのように、一気に、魔術が解けた。

 空気が唸って、頭上が暗くなる。
しかし、ルーフェンが押し潰される寸前に、鋭い風の刃が大気を突き破ってきて、迫る巨石を木端微塵にした。

「────っ!」

 飛んでくる岩の破片に、思わず身体を縮めて、その場に屈み込む。
必死の形相で駆け寄ってきたオーラントは、ルーフェンの左腕を掴むと、すぐさま走り出した。

「大方避難できた! 行くぞ!」

 激しく振動する地面を踏みしめ、土蛇の通り道へと繋がる洞窟を目指す。
だが、岩壁の崩壊で、洞窟への退路が断たれていることに気づくと、二人は立ち止まった。

「まずいな……絶体絶命ってか」

 焦った様子で、オーラントが言う。
同様に、ルーフェンも懸命に逃げ道を探したが、そうしている内にも、どんどんと視界が土砂で埋まっていく。

 その時ふと、目の端で何かが光った。
慌てて振り向くと、崩れた岩壁の残骸に、先程の輝く蝶が止まっている。
その内、蝶はまたすうっと消えてしまったが、その様は、ルーフェンに何かを伝えようとしているように見えた。

(そこに、何か……?)

 ルーフェンは、その蝶に導かれたように、岩壁に近づくと、手を出して、唱えた。

「──爆!」

 爆発音と共に、岩壁が吹き飛んで、その奥に開けた空洞が現れる。
奥へと続く空洞は、見る限り、洞窟や土蛇の通り道へと繋がっているように見えた。

 この空洞も、いつ崩壊するか分からないが、今は、この道を行くしかない。

「オーラントさん! こっちです!」

 オーラントが、弾かれたように振り返って、走り寄ってくる。
二人は、勢いよく空洞に飛び込むと、地上を目指して駆け出した。



 最後に一人、洞窟に子供を押し込むと、ノイは、自分も逃げようと洞窟に踏み入れた。
しかしその時、地面が陥没して、足を踏み外す。

「あっ……!」

 崩れる岩石と共に、落下したノイは、反射的に何かにしがみつこうとして、手を伸ばした。
その手を掴んだのは、イグナーツだった。

 一瞬、顔を強張らせたノイを引き上げ、イグナーツは言った。

「行け……まだ間に合う」

 その言葉に、ノイは踵を返して、再び洞窟へと走り出す。
だが、イグナーツが着いてきていないことに気づくと、立ち止まった。

「お前は!?」

 問いかけても、イグナーツは、洞窟に向かおうとはしなかった。
降りかかってきた岩石を避け、イグナーツは、再びノイを見た。

「……行け」

 ノイは、ぎゅっと唇を噛み締めると、潰れた己の左目に触れた。
母を殺されたとき、この男に潰された左目だ。

「…………」

 ノイは、洞窟の方に向くと、一心に走っていった。

 イグナーツは、ノイの後ろ姿が見えなくなると、その場に崩れるようにして座り込んだ。

 すぐ近くで、崩壊した岩同士ぶち当たっては弾け、地面に突き刺さる音がする。
その音を聞きながら、目を閉じると、瞼の裏に、死んだ妻と娘の顔が浮かんだような気がした。

 落下してきた岩石が、己の身体を押し潰す、鈍い音が響く。
その音が、耳の奥で空虚な響きとなって、イグナーツの中に広がっていった。


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