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投稿日:2021年02月24日





 地上に出ると、地平線から覗く太陽の光が、全身を照らしてきた。
乾いた風が、岩肌を撫でて、ルーフェンたちを包み込む。
夜明けの空気を吸い込み、顔を上げれば、空は、暁の色に染まっていた。

「太陽……」

 二十年ぶりに間近で浴びた日光に、眩しそうに目を細めて、リオット族たちが天を仰ぐ。
ラッセルは、通ってきた土蛇の巣穴を見て、呟くように言った。

「助かったのは、これで全員か……」

「…………」

 つかの間、辺りが静寂に包まれる。
今、この場にいるのは、十数名のリオット族と、五十名ほどの魔導師たち。
他の者達は皆、先程の争いと落盤で、奈落に沈んだようだった。

 落ち着かなさそうな様子で、周囲を見回す魔導師たちに、ノイが言った。

「あいつは、死んだわ……」

 魔導師たちが、はっと目を見開く。
あいつ、と言うのが、イグナーツを指すのだということは、全員が理解しているようだった。

 ノイは、ルーフェンのほうに向くと、唇を震わせた。

「あいつ、私のこと、助けて死んだんだ……。ずっと、あいつのこと、殺したくて殺したくて、仕方がなかったのに、何でだろう……。今、すごく胸が苦しい……」

 消え入りそうな声で言って、ノイが俯く。
ルーフェンは、静かな声で返した。

「……ルンベルト隊長、言ってたよ。君のことが、ずっと忘れられなかったんだって」

 ノイが、涙を堪えた目で、ルーフェンを見上げる。
ルーフェンは、小さく頷いた。

「リオット族のことが、どうしようもないくらい憎いのに、君の母親を殺した時のことが、ずっと忘れられなかったんだって。自分の妻子も、あんな風に殺されたのだと思ったら、君の泣き叫ぶ声が、頭を離れなくなったんだって、そう言ってた」

 ノイが再び俯いて、嗚咽を漏らし始める。
リオット族たちは、苦しげな表情で、ノイのことを見守っていた。

「……次期召喚師様」

 魔導師の一人が、一歩前に出て、ルーフェンに声をかけた。

「我々は、王都に戻ります……。魔導師を続ける気があるならば、王都に戻り、召喚師一族の元で再び戦いに身を投じよと……。それが、ルンベルト隊長の最期のご命令でした故……」

 ルーフェンは、首肯した。

「……分かりました。俺もシュベルテに戻りますから、一緒に帰りましょう。今回のことをご報告するのに、多少は協力してもらいますが、あとは、現召喚師や魔導師団に判断を委ねます」

「……はい」

 魔導師たちは、神妙な面持ちで畏まると、ルーフェンに頭を下げた。

 次いで、ラッセルが口を開いた。

「若君、皆で話し合うたのじゃがな。……結果はどうあれ、おぬしは我らリオット族を、奈落の底から救ってくれた。わしらは、その恩に報いようと思う。もしおぬしが、我らを王都に連れていきたいと言うならば、その意思に従い、着いていくとしよう」

「ラッセル老……」

 ルーフェンが、微かに目を大きくして、リオット族たちの顔を見る。
リオット族たちは、ルーフェンの目を見て、一様に頷いた。

 しかし、ふと言葉を濁らせて、ラッセルが言った。

「……じゃが、一つだけ頼みがある。わしだけは、このノーラデュースに残ることを、許してはくれまいか」

 ルーフェンは、眉をひそめた。

「いいんですか? もちろん俺だって、無理にシュベルテへ連れていこうとは思ってません。……ただ、ノーラデュースでの生活は、決して楽なものじゃないでしょう?」

 食料どころか、水もない。
長年暮らしていた奈落も、今は落盤で立ち入れなくなってしまったのだ。
もはや焦土のようなこのノーラデュースで生き延びていくのは、困難なことだろう。

 ルーフェンは、心配そうに問うたが、それでもラッセルは、迷わず頷いた。

「承知の上じゃ。ノーラデュースは、多くの同胞が命を落とし、そして眠っている地……。故にわしは、ここを離れたくない。なに、心配せずとも、大丈夫じゃ。もうここで、二十年も暮らしてきたのじゃから」

 そう言って、笑みを浮かべたラッセルにかぶせて、ノイが口を開いた。

「私も、ここに残りたい。長を一人、置いていくことはできない」

 涙を拭って、ノイがはっきりと告げる。
オーラントは、肩をすくめると、ぶっきらぼうに言った。

「まあ、いざとなりゃあ、魔導師団の砦を使っていいんじゃないか。あそこなら多少の暑さは凌げるし、水も引いてある。リオット族が召喚師一族の傘下に入ったなら、俺らがあの砦を使うことはもうないんだろうし。なあ?」

 オーラントが振り返ると、魔導師たちは、こくりと頷いた。
表情は浮かないが、彼らには、もう敵意の色は見えない。

 ルーフェンが口を開こうとすると、今度は、リオット族の中から、ハインツが飛び出してきた。

「召喚師、様……!」

 ハインツは、ルーフェンの前でひざまずき、頭を下げると、辿々しい口調で述べた。

「俺、ついていきたい、です……! 頑張る、ので……俺、召喚師様、の、手下に、してください……!」

 一瞬瞠目して、リオット族たちが、顔を見合わせる。
ルーフェンも、驚いたように目を丸くすると、ややあって、ぷっと吹き出した。

「手下になんかしないよ。……でも、ありがとう、ハインツくん。一緒に、王都に行こう」

 ハインツの正面に立って、手を差し出す。
ハインツは、つかの間戸惑った様子でルーフェンの顔を見ていたが、やがて、その手を取ると、立ち上がった。

 ルーフェンは微笑んで、リオット族たちを見回した。

「……皆も、ありがとう。ここに残るか、俺についてくるかは、また改めて返事をくれればいいよ。俺も、無計画に出てきてしまったから、一度王都に戻って、貴方たちを受け入れる準備をする。シュベルテでも、それ以外の場所でも……リオット族が、安心して暮らせるように。それまで、俺を信じて待っていてくれる?」

 リオット族たちが、深く頷く。
ラッセルも柔らかく笑って、首肯した。

「いつまでも、お待ちしておりますぞ。召喚師様」

 ルーフェンは、少し困ったように苦笑した。

「その、召喚師様っていうのは、やめてくれません? 俺、まだ召喚師ではないし……」

 ラッセルは、ふむ、と呟くと、嬉しそうに言った。

「では、親しみを込めてルーフェン、と。わしらは別に、召喚師一族だと言う理由で、そなたに忠義を尽くそうと思ったわけではないからの。我が友ルーフェン、改めて礼を言う。我らリオット族は、どこまでもおぬしに仕えていくことを誓おう」

「…………」

 ラッセルの言葉を噛み締めながら、ルーフェンは、胸の中に暖かいものが広がってくるのを感じた。

 滅びようとしていたリオット族たちの運命をねじ曲げ、沢山の犠牲を払い、ここまで来た。
決して、全員が幸せだと言えるような結末にはならなかったし、今後も、リオット族と関係を持ったことで、周囲の反感を買うことにはなるだろう。
それでも、こうして笑って、感謝してくれる者達がいるならば、自分は少しでも、何かを守れたのだろうと思った。

 ルーフェンは、ラッセルの左手を握った。

「……ありがとう」

 それ以外の言葉は、出てこなかった。
リオット族や魔導師たち、そしてオーラントの顔を見て、ルーフェンは微笑む。

 その笑みに、微笑みを返してくれる者達に囲まれて、ルーフェンは、ずっと心にわだかまっていたものが、溶け出していくのを感じていた。



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