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投稿日:2021年02月24日






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 王都シュベルテに帰還したルーフェンは、早速、リオット族たちを国民として迎え入れる準備を始めた。

 独断でノーラデュースに向かったことに関しては、王位継承権を持つ第一王子、リュートの許可を得て行ったことだということで、謹慎処分を受ける程度で済んだ。
しかし、リオット族の受け入れに対する非難は、王宮内に留まらず、今回のルーフェンの計画は、愚作としてあっという間に王都全体に広まった。
ルーフェンは、王都の町民達の反発を招くことになったのだ。

 だが、その一方で、一部の者達──かつて、リオット族を奴隷として雇っていた商人達は、ルーフェンの動きに注目していた。
騒擾を起こしたとはいえ、二十年前まで、リオット族が鉄鋼業に莫大な利益をもたらしていたことは、紛れもない事実である。
野蛮で愚かだと認識されてはいるが、『地の祝福を受ける民』の異名を持つだけあって、リオット族の魔術は、商人達の心を惑わせる魅力があったのだ。

 しかも今回は、商人間だけでリオット族を取引していた時代とは違う。
リオット族の後ろには、ルーフェンがいる。

 強靭な肉体を持つリオット族が騒擾を起こせば、騎士団や魔導師団でも、そう簡単には沈静化できない。
しかし、そのリオット族の手綱を、あの召喚師一族であるルーフェンが握っている。
そのことが、商人達の心に、いくらかの安心感をもたらしていたのだった。

 また、ルーフェンが周囲の反対を受けながらも、リオット族の件を進められたのは、現在、国王エルディオたちが、港町ハーフェルンに長期滞在していたことが大きかった。
最近、体調が優れないという理由から、国王エルディオと愛妾のシルヴィア、そしてシェイルハート家の子供であるルイス、リュート、アレイドは、揃ってハーフェルンに療養に出掛けていたのである。
このことは、以前から計画されていたことであったが、その滞在が、ちょうどルーフェンの帰還と重なった。
つまり、今の王宮には、ルーフェンに意見できるほどの権力を持つ者が、ほとんど存在しないのだ。

 国王が不在なのを良いことに、リオット族を受け入れる準備をするというのが、強引である自覚はあった。
それでもルーフェンは、これを好機として、話を進めていったのであった。

 ルーフェンがまず商談に向かったのは、土地の売買や輸出入品全般を扱うカーノ商会と、武具を取り扱うレドクイーン商会であった。

 リオット族を労働力として提供する代わりに、ルーフェンが商会に提示した条件には、以下のようなものがある。
一、リオット族には、働きに見合った報酬と適切な労働環境を与えること。
二、商会は、定期的にルーフェンと連絡を取り合い、リオット族があげた利潤とその仕事内容を、嘘偽りなく報告しなければならないこと。
三、リオット族の雇い主はあくまでルーフェンであり、商会はその雇用関係に口を出す権限は持たないということ。
四、リオット族があげた利潤の分配に関しては、商会側の意見を尊重するが、その最終決定権はルーフェンが持っていること。
五、リオット族を労働力として受け入れる場合は、必ず彼らにリオット病の治療を施すこと。
これらの契約違反を犯すことは、召喚師一族を敵に回す行為であると、ルーフェンはそう告げたのだった。

 アーノック商会と並び、サーフェリア有数の商会だと謳われるカーノ商会は、首を縦には振らなかった。
世間はまだ、リオット族を受け入れることに納得していない。
そんな中、労働力としてリオット族を招くことは、世間の反感を買う行為だと考えたのだろう。

 一方のレドクイーン商会は、小さな武具商家であった。
質の良い魔法武器の生産を主として行っているが、貴族の後ろ楯もなく、ただ職人階級の一族が集まっただけの商会であるため、知名度もない。

 何故こんな権力も財力もないような弱小商会に、声をかけたのか。
オーラントは不思議でならなかったが、商談の場で、レドクイーン商会が二つ返事でリオット族の受け入れに頷いたとき、ルーフェンの狙いが分かった。
単純に、レドクイーン商会には後がなく、儲け話に食いつく他なかったのだ。
彼らは、商会として成功するために、リオット族の力でもたらされるであろう利益に賭けたのである。

 その後のレドクイーン商会の躍進は、目覚ましかった。
ひとまずルーフェンは、ほとんど人手の入っていなかったノーラデュースの鉱床を利用して、高価だとされるシシムの磨石を中心とした鉱物資源を、レドクイーン商会に独占させた。
それも、大量に採掘して資源の価値を下げるような真似はせず、少しずつ市場に売り出すことによって、『他にはない、ノーラデュースの鉱物資源は、リオット族しか採掘できない貴重なものである』という認識を、世間に広めていったのだ。

 加えてルーフェンは、移動陣を利用した。
移動陣は本来、勅命が下った際にしか使用されないような魔術であり、また、膨大な魔力を消費するため、行使には複数の魔導師たちを動員しなければならない。
しかし、召喚師一族が関与すれば別であった。
サーフェリアの召喚師が呼び出せる悪魔に、バシンという悪魔がいるのだ。

 バシンは、移動陣と同じ原理で、人や物を陣から別の陣に、瞬間移動させる能力を持っている。
歴代の召喚師も、この能力を兵力の移送などに使っていたようだったが、ルーフェンはこの召喚術を、軍事ではなく商業に利用した。
すなわち、レドクイーン商会が、採掘場にも移動陣を敷き、そこから鉱物資源を移送させる時にのみ、ルーフェンがバシンの力を貸すことにしたのである。

 元々、知名度がなく大量生産に向かなかったというだけで、レドクイーン商会の魔法武器の加工技術は、卓越していた。
そこに、リオット族しか採掘できない貴重な鉱物資源が加わり、更には、ルーフェンの召喚術により、移送という問題が消え去った。
鉱物資源が、ルーフェン一人の力で瞬間移動できるならば、大幅な時間短縮になる上に、輸送業者等もいらなくなる。
もちろん、ルーフェンとて頻繁に召喚術を使うのは消耗が激しいため、いつでもバシンの力を貸すというわけにはいかない。
それでも、ごく少ない人数と時間で、莫大な利益を出せるというのは、商会にとって大きなことであった。

 短期間で、無名の商会から武具商会の代表格に名を連ねるようになったレドクイーン商会の存在は、他の商会のリオット族に対する認識を変えるのに、十分なものとなった。
愚策だと罵り、警戒の色に染まっていた商人達の目が、レドクイーン商会の快進撃を経て、羨望の眼差しに変わったのだ。
 
 レドクイーン商会の躍進が世間に広まった頃、ルーフェンは、再びカーノ商会を訪れた。
そして、「アーノック商会かカーノ商会、どちらか一方との契約を考えている」と告げた。
すると、一度目は断ったカーノ商会が、すぐに首を縦に振った。
既に、国内有数の商会として、確固たる地位を築くカーノ商会だが、その唯一の競合相手が、アーノック商会である。
競合相手にこの儲け話を取られては敵わないと、カーノ商会は頷いたのだった。

 カーノ商会にとっても、リオット族による鉱物資源の提供と、ルーフェンの召喚術を得られることは、大きかった。
そして、手広く市場を展開し、強い影響力を持つカーノ商会の成功は、輸入品を多く扱う故に、王都シュベルテの市場を潤した。
結果、ルーフェンは、「この市場の活性化は、リオット族を受け入れたことの恩恵である」という認識を、王都に広めることができたのである。

 当然、リオット族の存在に反発する者や、本来軍事に関わるべきルーフェンが、商業に介入していることに対して、疑問を持つ者はいた。
しかし、短期間でカーノ商会とレドクイーン商会を押し上げ、市場に革新的な変化をもたらしたルーフェンに対する非難の声は、王都に帰還して二月が経過する頃には、ほとんどなくなっていた。
ルーフェンは、リオット族を王都に受け入れることに、成功したのだ。

 ただし、ルーフェン自身、商業の世界に深く踏み入ろうとは考えていなかった。
移動陣を商売に使いすぎれば、輸送業者の失業にも繋がるし、もし魔術の素人が安易な気持ちで真似をして、瞬間移動に失敗して命を落とせば、世間に混乱を招くことにもなる。
だから、移動陣は危険な魔術なのだという認識をしっかりと残して、「この魔術はルーフェンと契約した二つの商会のみが使える特権である」とした。
これまでと同じように、勅命が下ったような場合を除いて、一般の使用は禁止のままにしたのだ。

 それに、多くの商会と手を組めば、リオット族もルーフェンも、手が回らなくなってしまう。
ルーフェンの目的は、あくまでアーベリトのサミルに資金援助を行うことであり、必要以上に金儲けをすることではなかった。

 次期召喚師としての本来の業務に加えて、商談など慣れない仕事をこなして忙殺されている内に、季節は過ぎ、冬になった。

 最初は愚策だと非難されたものの、ルーフェンの行動が市場を大きく発展させることになり、世間がいよいよ、リオット族の存在を認めざるを得なくなった頃。
ルーフェンは、オーラントと共に、アーベリトを訪れた。
サミルに、リオット病の治療をしてほしいと依頼するためだ。

 サミルには、王宮で「サンレードの子供達の居場所がない」と打ち明けられて以来、ずっと会っていない。
久々にルーフェンと面会したサミルは、かつて、でたらめだと批判された遺伝病の治療法を求められて、少し混乱している様子だった。

「それで、その……私達アーベリトの医師が、リオット族の方々に、治療を施すと……」

 辿々しく言ったサミルに、ルーフェンは頷いた。

「はい。カーノ商会と、レドクイーン商会からの依頼です。今はまだ、リオット族はノーラデュースにいますが、近々、このアーベリトにも連れてきたいと思っています。
その時に、貴殿方にリオット病の治療をお願いしたいんです。かつて、サミルさんとその兄君であるアランさんが確立したという遺伝病の治療法は、医療の街と言われるこのアーベリトにしか、ない技術ですから」

「……しかし、あの治療法は……」

 口ごもりながら、サミルは尚も言葉を濁した。
アーベリトが世間から冷たくあしらわれるようになり、廃れ、ただのお人好しという烙印を捺されたのは、「遺伝病の治療法がでたらめだ」という噂が広まってからだ。
今更その技術を引っ張り出してくることに、サミルは弱気になっているようだった。

 ルーフェンは、サミルの顔を見つめた。

「……サミルさんは、あの遺伝病の治療法が、周囲の言うようにでたらめだと思うんですか?」

 サミルは、はっと顔をあげると、すぐさま首を横に振った。

「いいえ! あの治療法は、私と兄が大成して、自信を持って世に送り出したものです。決して、でたらめなどではありません!」

 口調を強めたサミルに、ルーフェンはにこりと笑った。

「それならそうだと、堂々と世間に知らしめてやりましょう。俺も医療魔術に関しては素人なので、断言はできませんが、先程もご説明した通り、ノーラデュースでリオット病が再発したのは、ガドリア原虫をもつ刺し蝿から身を守るための、進化の過程である可能性が高いです。まだ明確な根拠はないですが、なんならそのことも正式に調査して、発表すればいい。刺し蝿のいない地域で治療すれば、きっとリオット病は治ります。俺も、サミルさん達の治療法が、でたらめだとは思えません」

「次期召喚師様……」

 何と言ったら良いのか、言葉を探している様子で、サミルはルーフェンを見つめた。
その瞳を見つめ返すと、次いで、ルーフェンはオーラントから金貨の詰まった大袋を受け取り、サミルの前の机に置いた。

「とりあえず、一億ゼル入ってます。使ってください」

「一億……!?」

 思わず席を立って、サミルは目の前の大袋を凝視した。

「一億だなんて、そんな大金、頂けません……! 私達アーベリトの医療魔術が、リオット族に必要だというなら、喜んでお引き受けしましょう。ですが、こんな額は……!」

 戸惑いが隠せないサミルに、オーラントが言った。

「安心してくださいよ、怪しい金じゃありません。カーノ商会とレドクイーン商会からのリオット病の治療の依頼料と、リオット族があげた利益の内の、ルーフェンの取り分を合わせた額です。リオット族の派遣に加えて、瞬間移動の召喚術まで使って出た利益ですから、これくらい当然です」

「でしたら、依頼料のみで十分です! 次期召喚師様の取り分まで頂くなんて、そんな……」

 大袋を突き返そうとしたサミルの手に、ルーフェンは、手を重ねた。

「俺は王宮にいれば、衣食住に困ることもありませんし、何より、リオット病の治療はアーベリトでしかできません。これくらい、払う価値があります。リオット病の治療をしたことで、リオット族たちの命を縛るものがなくなって、今後より活躍できるようになるなら、尚更」

 ルーフェンは、微笑んだ。

「使ってください、サミルさん。貴方と、このアーベリトに暮らす、皆のために」

「…………」

 サミルは、大袋をぎゅっと掴んで、目を閉じた。
その目から、じわじわと涙がにじみ出している。

「次期召喚師様……貴方は、以前お話しした、サンレードの子供達のことを、気になさっているのですか。私が、難民を受け入れるには資金が足りないなどと、そんな話をしてしまったから……」

「…………」

 一度、すっと息を吸うと、ルーフェンは穏やかな声で返した。

「それは違います。偶然が重なった結果、リオット病の治療が必要になっただけです」

 サミルの目を見つめて、ルーフェンは破顔した。

「……強いて言うなら」

 ぽつりと呟いて、サミルの手を握る。

「六年前、瀕死だった俺を貴方が助けてくれなければ、俺は、今ここに立ってはいなかった。優しくしてくれたのも、サミルさん、貴方が初めてだった。……だから、もしこのお金が、俺からの感謝に見えるなら、多分そうなんでしょう」

「…………」

 サミルの目から、一筋、涙が溢れ落ちた。
うつむいて、サミルはしばらく黙っていたが、やがてルーフェンの手を握り返すと、深々と頭を下げた。

「……ありがとう、ありがとうございます、次期召喚師様。貴方の大切なリオット族は、私達が必ず救います」

 ルーフェンは、強く頷いた。
返事をしようとしたが、込み上がってきた熱い感情を、上手く言葉にすることはできなかった。


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