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投稿日:2021年02月24日
アーベリトを出ると、ルーフェンたちは、ヘンリ村の跡地へと向かった。
カーノ商会の所有地になっていたこの跡地は、商会との契約後、ルーフェンが買い取った。
特に使い道を考えていた訳ではなかったが、仮にも自分が生まれ育ち、そして焼き尽くした土地である。
なんとなく、他人のものになっているのは嫌だったのだ。
カーノ商会も、特に手放したくない土地ではなかったのだろう。
ルーフェンが話を持ちかけると、あっさりとヘンリ村の所有権を、譲ってくれた。
ヘンリ村自体は、何もない焦土と化していたが、村近くの山中に、使われていない山荘があった。
この山荘は、カーノ商会から土地を買い取った後に見つけたのだが、それ以来、ルーフェンは度々ここに訪れるようになっていた。
いつから無人なのか、そもそも誰が住んでいたのか。
寝台や家具が放置されている、だだっ広い不気味な屋敷であったが、この山荘にいると、まるで世間から隔離されたような静けさに浸ることができる。
それが、ルーフェンは好きだった。
山荘にある寝台に、ルーフェンがどかりと倒れ込むと、途端に辺りに埃が舞った。
思わず咳き込んで、顔の前でぱたぱたと手を振る。
オーラントも、嫌そうな顔をして息を止めると、その場から一歩後退した。
「ちょっ、やめてくださいよ……そんなきったねえ寝台、使わない方がいいですって」
何がおかしかったのか、咳き込みながら笑って、ルーフェンは答えた。
「そうですね、誰が使ってたのかも分からないし。流石に寝台と食卓くらいは、新しく持ち込もうかな」
「持ち込むって……あんた、本気でここに住む気ですか」
所々石壁にひびが入っているような、古い室内を見回して、オーラントが眉をしかめる。
ルーフェンは、寝台に仰向けに寝転がったまま、返事をした。
「住むっていうか……そう、秘密基地みたいなものにしようかと。ヘンリ村も、折角取り戻せましたし、いずれ整備して、人がまた住めるようにして……。そうしたら、俺は時々この山荘にきて、新しいヘンリ村を眺めたりしたいな」
珍しく、子供らしい屈託のない表情で、ルーフェンは語った。
今日、正式にサミルにリオット病の治療を依頼することができて、少し興奮しているのだろう。
リオット族を、王都に連れ戻したいなどと言い始めてから、随分と危険で長い道のりを歩いてきた。
召喚師と敵対する勢力──イシュカル教徒の生き残った子供達を、難民として受け入れようとするアーベリトに、ルーフェンが手を貸したことが明るみに出るのはまずい。
だから、直接資金援助をするわけでもなく、リオット族を再び地上に出し、リオット病の治療法の需要を上げるという、遠回しな方法をとったのだ。
冷や冷やする場面が多すぎて、正直オーラントは、こんな無茶は二度と御免だと思っている。
だがルーフェンは、ようやくサミルの力になれて、長年の願いが成就したような達成感を感じているに違いない。
今のルーフェンは、夢が叶ってはしゃぐ、子供のようだった。
「そのまま、少し眠ったらどうです? あんた、ここのところ仕事に追われて、ろくに寝てないでしょう」
オーラントが呆れたように言うと、ルーフェンは、数回瞬いてから、微かに笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。まだまだやることがあるし、ちょっと休憩したら王宮に戻らないと。オーラントさんこそ、今日一日付き合ってもらったし、もう帰ってもいいですよ。忙しいんじゃないですか?」
オーラントは、ああ、と声を漏らすと、苦笑いした。
「忙しいったって、今回のリオット族の件で、大量の報告書を催促されているだけですよ。あんたのせいで、ノーラデュース常駐の魔導師団は解体されましたから、今は失業してるようなもんです。次の任務地がシルヴィア様から言い渡されるまでは、そこそこ時間あります。つか、シルヴィア様は今、ハーフェルンにいるみたいだし」
「…………」
ルーフェンは、つかの間オーラントの顔を見つめて、小さくため息をついた。
「……オーラントさんは、王都での勤務は希望しないんですか?」
「……ん? ああ、したことないな」
あっさりと返して、オーラントは頭をぽりぽりと掻いた。
「なんていうか、都会にいるのは向いてないんですよ、俺。そりゃあ王都のほうが暮らしやすいし、何かと便利ですけど、なんだかんだ、俺はサーフェリア中を回って仕事してるほうが、色んなものが見られるから好きですね。ま、宮廷魔導師の仕事なんて、どこ行ったって物騒なもんばっかりですけど」
「……確かに、一ヶ所にじっとしてるオーラントさんは、なんか想像できないかも」
納得したように言って、ルーフェンが肩をすくめる。
そんなルーフェンの顔を見て、オーラントがにやりと笑った。
「なんですか、急に。やだなぁー、もしかして次期召喚師様ったら、俺が王都からいなくなるのが寂しいんですか?」
「そうですね、寂しいです」
即座に頷いたルーフェンに、思わず拍子抜けする。
他人をからかうのは好きだが、そういえば、ルーフェンをからかって成功した試しなどなかった。
「相変わらず冗談通じないですねぇ。たまには子供らしく慌てて、『そんなことありません! オーラントさんの馬鹿!』とか言ってみたらどうです?」
「オーラントさん、罵られたいんですか? 気持ち悪」
「…………」
もう何も言うまいと、口を閉ざしてその場に座り込む。
わざとらしく拗ねているオーラントを見て、ルーフェンは上体を起こすと、ふっと笑った。
「……オーラントさんこそ、冗談通じないなぁ。俺は至って素直な良い子なのに」
「はぁ?」
どこがだよ、と突っ込みを入れようとして、しかし、オーラントは言葉を止めた。
ルーフェンは、何かをじっと考えている様子で、窓の外を眺めている。
その顔は、一見無表情だったが、どこか不安げな面持ちにも見えた。
「……リオット族を解放して、商会と契約したこと。一部からは改革だと賞賛されていますが、俺は、今回のことを成功だとは思っていません。一歩間違えれば、悲惨な結末を迎えていた可能性もあるし、何より、ここに来るまでに、リオット族と魔導師に沢山の犠牲を出してしまった。……多くの犠牲の上に成り立った成功を、俺は手放しで喜ぶことはできません」
淡々と告げたルーフェンを、オーラントはじっと見つめた。
「まさか、後悔してるんですか?」
ルーフェンは、首を振った。
「いいえ、後悔はしていません。結果的にアーベリトの財政に良い影響をもたらせたし、これでサンレードの子供たちの居場所も作れるでしょう。王宮を飛び出して、貴方と旅をしたのも楽しかったし、リオット族とも出会えた。……ある意味、俺が一番望んでいた結果です」
「…………」
ルーフェンの言葉の意味を図りかねた様子で、オーラントが眉を寄せる。
ルーフェンは、ふと目を伏せた。
「でも、何故でしょうね。……本当にこれで良かったのか、時々不安になるんです。サミルさんも喜んでくれたし、俺も嬉しいはずなのに、何かがまだ胸につっかえてる。このまま時が経てば、そんな不安、なくなるのかな……」
ぽつりと呟いて、ルーフェンは胸に手を当てた。
このまま時が経てば──。
もし、本当に何事もなく時が経っていれば、ルーフェンの歩む道も変わっていたことだろう。
しかし、この数日後、ルーフェンの抱えていた不安は、別の形で的中することになる。
ハーフェルンに療養に出ていた、国王エルディオ達の乗っていた馬車が、帰路の途中で崖に転落したのだ。
大勢の警護の中、何の問題もなく街道を進んでいたはずの馬車が、大橋を渡る際に突如暴走し、崖に身を投げたのだと言う。
すぐさま王宮に運び込まれ、治療を受けたが、頭部を打ち付けたエルディオは、意識不明の重体。
唯一、召喚師シルヴィアは軽傷で済んだものの、その息子であるルイス、リュート、アレイドの三人は死亡。
誰もが予想していなかった、突然の出来事であった。
To be continued....
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