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投稿日:2021年02月24日




†第二章†──新王都の創立
第四話『疑惑』


 冷たい夜風が、かたかたと窓を揺らす。

 静まり返った本殿の自室で、寝台に潜り込んでいたルーフェンは、じっとその風の音を聞いていた。

 ルイスとリュート、アレイドの葬儀が終わって、既に五日が経つ。
国王エルディオは、どうにか一命を取り留めたが、宮廷医師の話では、もう自力で立ち上がることもできないだろうとのことであった。

 療養先であった港町ハーフェルンの領主、クラーク・マルカンも、今回の事故に責任を感じたのか、アレイドたちの葬儀に来て、深々と謝罪した。
しかし、今回暴走した馬車は、ハーフェルンではなくシュベルテのものであり、その馬車の御者も、同じく崖に落下して亡くなっている。

 誰が悪いというわけでもない、不運な事故。
それでも、今回エルディオたちを襲った悲劇は、王都の人々に大きな絶望と不安をもたらしたのだった。

 眠ることもできず、ぼんやりと暗闇を見つめながら、ルーフェンは物思いに耽っていた。
こうして、自室の寝台に横たわっていると、かつて、サンレードを焼き尽くし、その罪悪感から部屋に引きこもっていたときのことを思い出す。

 あの時は、毎日毎日、「外に出ようよ」と、アレイドが訪ねてきていた。
他の兄たち、ルイスやリュートが、ルーフェンのことを良く思っていないことを知りながら、飽きもせずに、兄さん兄さんと呼んで。

「…………」

 あの後、教本を貸してもらったりしながら、なんだかんだ、アレイドとはよく話すようになっていた。
最初は、鬱陶しい奴だと思っていたが、徐々にそんな気持ちも薄れてきていたのだ。

 今回も、もしハーフェルンから帰ってきて、ルーフェンがリオット族を解放したなどと聞いたら、アレイドは呆れながらも、すごいことだと興奮して、手を叩いてくれただろう。
気が弱くて困り顔で、けれどよく笑っていたアレイドの顔が、ルーフェンの頭にふと浮かんだ。

(……家族、だったんだよな……俺の)

 そんなことを考えながら、もう寝てしまおうと目を閉じると、不意に、扉の外に誰かの気配が近づいてきた。

 ルーフェンが、寝台から起き上がったのと同時に、こんこん、と扉を叩く音がする。
こんな夜中に誰だろうと、燭台に手をかざして明かりをつけると、ルーフェンは、警戒したように言った。

「……誰だ」

 すると、一拍置いた後、予想外の声が返ってきた。

「……ルーフェン、私です。フィオーナです」

 フィオーナ・カーライル。
国王エルディオと、今は亡きその正妻ユリアンの子である、サーフェリアの第一王女だ。

 ルーフェンは、慌てて上着を羽織ると、すぐに扉を開けた。
護衛の騎士と共に立っていたフィオーナは、どこか申し訳なさそうにルーフェンを見ると、小さな声で言った。

「こんな夜更けに、ごめんなさい」

 ルーフェンは首を振ると、微かに眉を寄せた。

「それは構いませんが、突然どうなさったんです? とにかく中に入ってください、夜風は御体に障ります」

 フィオーナは、こくりと頷くと、護衛の騎士に外で待つように告げて、ルーフェンの部屋に入った。
そして、不安げな面持ちでルーフェンに向き直ると、口を開いた。

「……貴方に、お願いしたいことがあって来たの。女の私から、こんなことを言うのは、その……はしたないと軽蔑されてしまうかもしれないけれど……」

 いつもはきはきと発言する彼女にしては珍しく、何かためらった様子で口ごもっている。
ルーフェンが先を促すと、フィオーナは、ぎゅっと唇を引き結んで、言った。

「……私と、婚約してほしいの、ルーフェン」

 突然の言葉に驚いて、思わず目を見開く。
フィオーナは、冷たい手でルーフェンの手を握ると、苦しそうに続けた。

「分かってるわ、貴方がそんなこと望んでないって。だから、形だけで良いの。貴方は召喚師一族だし、もし力のある次期召喚師を誕生させるために、魔力の強い優秀な魔導師と結ばれたいと思うなら、私以外にも妻を持てばいい。……でもお願い、私と婚約して。この国を支えていくには、貴方の力が必要なの!」

 言い切ったフィオーナの顔は、憔悴しきっていて、いつもの快活さが全く見られなかった。
細くて白い指も、触れていると、細かく震えているのが分かる。

 これは、単なる色恋の話ではない。
フィオーナは、王位継承権を持つサーフェリアの王女として、この場に立っているのだ。

 ルーフェンは、フィオーナの手を優しく握り返すと、穏やかな声で言った。

「少し落ち着いてください、フィオーナ姫。話なら聞きます。時間もありますから、そんなに焦らないで」

 こちらを見上げてきたフィオーナに微笑みかけると、気分が落ち着いてきたのか、指の震えが、微かに収まり始める。
フィオーナは、ルーフェンから手を引くと、潤んだ瞳を拭いながら、深呼吸した。

「……ごめんなさい、取り乱してしまって。そうね、ちゃんと話すわ。そのために来たんですもの」

 ルーフェンは頷くと、フィオーナを自室の椅子に導いて、座らせた。
そして、その隣の椅子にルーフェンが座ると、フィオーナは、ぽつぽつと話し始めた。

「……あの、私……家臣たちが話しているのを、聞いてしまったの。次期国王が私では、心もとないって。あの姫の能力じゃ、うまく国を回していくことはできないだろうって」

 膝に手を置いて、うつむいたまま、フィオーナは言い募った。

「確かに私、頭が切れるわけでもないし、お転婆なだけの姫だ、なんて言われてきたわ。でも、それでいいと思ってたの。だって次の国王には、リュート殿下、つまり私の兄様が選ばれるのだと思っていたんだもの。兄様は、ちょっと強引な性格ではあったけど、頭も良いし、魔術の才もあった。私は、兄様がいずれ国王に即位して、それを見守れるだけで良いと思ってたのよ……」

 フィオーナは、吐き気をこらえるかのように口元を抑えると、再び震え始めた。

「……でも、今回の事故で、兄様は亡くなった。兄様だけじゃないわ。父上の愛妾、シルヴィア様の子である以上、ルイスにもアレイドにも、王位が回ってくる可能性はあったのに、皆、皆、亡くなってしまった……。私の母上は、もうずっと前に病で亡くなってしまったし、弟のシャルシスは、まだ一歳。バジレットおばあ様も、ご高齢だし、病気がちで臥せっていらっしゃることが多い。だから今、国王として国を支えるべき王族は、私しかいないの……」

 涙を目にためながら、フィオーナは顔をあげ、ルーフェンにしがみついた。

「分かってる、分かってるのよ。私ももう十六になるし、覚悟を決めなければならないわ。それでも、どうしても不安なの……。だからね、だからこそ、貴方と婚約して、民を安心させたいの。私だけじゃ頼りないって思われるかもしれないけれど、次期召喚師である貴方と私が結婚して、貴方が実権を握れば、うまくサーフェリアを動かしていくことができるんじゃないかしら。だって貴方は、シェイルハート家の中でも、特別に才に恵まれているって言われているじゃない。今回のリオット族のことだって、私は素晴らしいと評価してるのよ。あんな底辺で生きているような一族にも、価値を見出だして成功したんですもの。貴方の目の付け所は、他とは違うと感心したわ」

「…………」

「お願いよ、ルーフェン。召喚師一族の役目は、この国を守ることでしょう? もう、貴方しかいないのよ! どうか、お願い。私と一緒になって……!」

 倒れ込むように、ルーフェンの胸に顔を埋めると、フィオーナは、声を押し殺して泣き始めた。
その背をあやすように撫でながら、ルーフェンも、どうするべきか考えていた。

 フィオーナは、社交界の場でも物事をはっきりと言うことが多く、気位の高い姫だった。
そのフィオーナが、弱音を吐いて、泣きながら懇願するなんて、相当追い詰められているのだろう。

 寝たきりになった父エルディオと、王位を継ぐはずだった兄リュートの死。
愛する家族が亡くなっただけでなく、突然王座まで突きつけられて、不安で胸がいっぱいになっているのだ。

 無理もない。
そう思う一方で、ルーフェンも、この姫に国王は勤まらないだろうと思っていた。

 頭の良し悪しや、武術の才能の有無は、重要ではあるが大きな問題ではない。
そんなものは、信頼してくれる優秀な家臣さえいれば、十分補えるものだ。
しかしフィオーナは、ルーフェンと結婚することで、王権を完全に放棄しようとしている。
形だけの国王として即位し、国王としての権力や責任は全て、ルーフェンに押し付けようとしているのだ。

 もちろん、国王というのは、国の象徴でもあるから、ただ王座についているという行為が、無駄だと一概に蹴りつけることもできない。
それに、突きつけられた現実に怯え、誰かにすがりつきたいと思う気持ちは、ルーフェンにも痛いほど理解できた。

 ルーフェンとて、サミルやオーラントと出会い、最近になってようやく、召喚師としての運命を受け入れるしかないと割り切れるようになってきたのだ。
ついこの前まで、召喚師になどなるものかと全てを拒絶し、運命を憎んでいたのだから、国王になるのが不安だと言うフィオーナには、心から同情できる。


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