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投稿日:2021年02月24日





 ここで、弱っている彼女を慰めて、元気付けることは可能だろう。
だが、フィオーナのような、最初から王権を丸投げしようとしている者に、安易に「貴女なら大丈夫です、国王として頑張ってください」と言葉をかけるのも、何か違う気がした。

 ひとしきり泣いて、再び落ち着きを取り戻したのか、フィオーナは、ルーフェンの胸から離れた。
ルーフェンは、しばらくの間、一言も発さなかったが、やがて、フィオーナの涙を指で拭うと、静かに言った。

「……フィオーナ姫、貴女のお気持ちは、よく分かりました。私が召喚師の座から逃れられないように、貴方もまた、王座に縛られて苦しんでいる。周囲に望まれようと、望まれてなかろうと、その運命からは逃れられない。……人の上に立ち、国を動かすことを楽しめるような人間なら良かったのでしょうけど、残念ながら私達は、その器ではないようですから」

 自嘲気味に呟いて、ルーフェンは苦笑を浮かべた。

「貴女の不安も、葛藤も、全て投げ出したいと思う気持ちも、理解できます。……ですが、恐れながら申し上げます。自分は何もしようとせず、端から王権を手放すつもりで王座につくおつもりならば、やはり貴女に国王は勤まらないでしょう」

 ルーフェンの返答に、フィオーナは瞠目した。
それは、気分を害したというより、ルーフェンの言葉が、意外で驚いたといったような表情だった。

 すっと息を吸って、フィオーナは返した。

「……誰かを頼ったりせずに、私一人でサーフェリアを支えろと言うの?」

「……はい」

 ルーフェンは、頷いた。

「一人ではないなんて、安っぽい慰めをするつもりはありません。国王も、召喚師も、サーフェリアにたった一人きりです。ですから、本当にその苦しみを分かってくれる人間なんて、自分だけだと私は思います。……ただ、力になってくれる者はいるでしょう。道を踏み外さない限り、貴女を信頼して、国のために動いてくれる者達が、必ずいます」

 フィオーナは、心細そうな顔でルーフェンを見上げると、弱々しい声で言った。

「……私が、その道を踏み外さないために、貴方は何もしてくれないの?」

 ルーフェンは、困ったように笑って、肩をすくめた。

「私は、正しい道を示せるほど、立派な人間ではありません。私が出来るとすれば、こうして貴女の話を聞いて、思ったことを言うだけです。それが、次期召喚師としての発言になるのか、貴女の夫としての発言になるのかは、分かりませんが」

「…………」

 フィオーナは、目を伏せると、ルーフェンから顔を反らした。
そして、宙の一点を見つめて、口を閉じていたが、ややあって、はあっと息を吐いた。

「……そう。それが貴方の答えなのね」

「はい」

 首肯したルーフェンに、フィオーナは、小さく笑った。

「……なんだか、意外だわ。ルーフェンにそんなことを言われるなんて、正直予想していなかった。貴方はいつも笑顔で褒めてくれるから、今夜も優しく慰めてくれると思っていたのに」

 ルーフェンは、わざとらしく眉をあげた。

「優しく慰める方をご所望でしたか?」

「……やめてよ、違うわ」

 呆れたように首を振って、フィオーナは、ため息をついた。

「……ねえ、ルーフェン。もしも私が、お願いではなくて、婚約しなさいと命令したら、貴方に拒否権はないわ。王族の命令だもの。結婚した後、私が王権を放棄しないにしても、貴方は、王族に入って、国の中枢を担わざるを得なくなる」

「……そうですね」

 フィオーナは、ルーフェンの顔を覗き込むと、どこか寂しげに尋ねた。

「正直に言ってね。もし、私がそんな命令を下したら、貴方は悲しい?」

 ルーフェンは、つかの間返答に迷った後、微かに表情を緩めた。

「光栄なお話ですが、私じゃ、貴女には釣り合わないと思いますよ。先程、リオット族のことを底辺で生きているような一族だと仰っていましたが、それなら私も、貴女の言う『最底辺』から、ここにのし上がってきた一人ですから」

 そう答えて、にこりと笑うと、フィオーナは、少し寂しげに微笑んだ。

「……随分冷たい言い方をするのね。いいわ、分かった。婚約の話は、なかったことにしてちょうだい。きっと、私も民と同じように、父上が倒れて不安になってただけなのよ。それで、つい貴方に頼ってしまったの」

 フィオーナは、深く息を吐くと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「最後にもう一つだけ、聞いていいかしら。ルーフェンは、もし召喚師の座から解放されたとしたら、どうしたい?」

 ルーフェンは、一瞬、はっと息を飲んだ。
だが、すぐに思い直したように目を閉じると、目を開けて、フィオーナを見つめた。

「……答えづらい質問ですね。そんなことは、ありえないのに」

 フィオーナは、頷いた。

「そうね、ありえないわ。でもさっき、召喚師の座からは逃れられないって、悲しそうに言っていたから、聞いてみたくなったの。貴方が望む生き方って、どんなもの?」

「…………」

 少し躊躇った後、ルーフェンは、目線を下に落とした。
そして、諦めたように目を閉じると、答えた。

「……普通の、生活がしたいです。例えば家族がいて、畑を耕したり、商売をしたり……裕福ではなくても、笑って過ごしていられるような、そんな暮らしがしてみたかった」

 フィオーナは、瞬きをした。

「……それは、また意外な答えね。貴方は、力が欲しいとは思わないの?」

 ルーフェンは、すっと目を細めた。

「力って、なんでしょう? 王族や貴族が持つような、上に立って人々から搾取する権利ですか? それとも、召喚師一族が持つような、人殺しを正義だと言い聞かせて、敵を蹴散らす召喚術のことですか?」

「…………」

 目を見開いて、フィオーナが口を閉じる。
ルーフェンは、低い声で続けた。

「別に、上に立つ人間が悪で、その下に生きている人間が善だなんて、極論を言うつもりはありません。ただ、上に立って国全体を見渡していると、だんだん感覚が狂ってくるんです。人間一人の死を、軽んじるようになって、たとえ村や集落が一つくらい消滅しても、『反抗的な奴等だったから仕方ない』、『あんな村がなくても何の問題もない』、そんな風に感じ始める。私は、それがひどく恐ろしい……」

「…………」

 ルーフェンは、自嘲気味に笑った。

「皮肉なことに、次期召喚師になって、民の立場では到底見られない、多くのものを見てきました。おかげで最近、私にも守りたいものができた。その人達を守るためなら、多分、躊躇なく敵を殺します。ただ、その殺しを、『仕方がなかった』と思う、狂った人間にはなりたくありません。私は人殺しで、その罪を一生背負って生きていきます。今更、私を怨む人々の目から、逃げようとも思いません。その罪の感覚を、生涯失わずにいたいのです」

「…………」

 ルーフェンは、立ち上がって、フィオーナに向き直った。

「先程、普通の生活がしたいと言いましたが、それはあくまで夢だったものです。そんな叶いもしない夢物語にしがみついて、嫌だ嫌だと駄々をこねるのは、もうやめました。どうせ召喚師になる運命なら、俺は俺の、守りたいものを守るためだけに、召喚師になります。そして、召喚師の地位と力を利用して、好き勝手に生きてやります。それが今の、私が望む生き方です」

 フィオーナは、しばらく呆気に取られた様子で、黙りこんでいた。
だが、やがてぷっと吹き出すと、微笑を浮かべた。

「ルーフェン、貴方、すごいことを言うのね。稀代の次期召喚師が、『立場を利用して好き勝手に生きてやる』だなんて、そんなことを考えていたと知ったら、皆、驚いてひっくり返ってしまうわよ」

 ルーフェンは、肩をすくめた。

「私を責めるのは、お門違いというものですよ。私は一度も、身を尽くしてサーフェリアを守りますなどと、宣言した覚えはありません。ただ微笑んで、高貴な皆々様とお話ししていただけです。それを勝手に、聡明で純真な次期召喚師だと思い込んだのは、そちらでしょう?」

 ルーフェンのわざとらしい言い方に、フィオーナは、ますます笑みを深めた。

「じゃあ私も、まんまと貴方の笑顔に騙されていたってわけね。本当、とんでもない次期召喚師だこと」

 呆れたように呟いて、フィオーナは、しばらくくすくすと笑っていた。
だが、鮮やかな金髪を整え、改めてルーフェンを見上げると、フィオーナは言った。

「ルーフェン、私、明日になったら、父上とお話してくるわ。悲観的になってしまっていたけれど、父上はまだ、生きていらっしゃるんだもの。私の気持ちを伝えて、父上のお言葉もお聞きして、私も私なりに、この国の未来を考えねば……。今、サーフェリアの王位を継承できるのは、私しかいないんだもの。不安や悲しみに、とらわれている場合ではないわね」

 何も言わず、ただ頷いたルーフェンに、フィオーナは笑みを返した。

「話を聞いてくれて、ありがとう。なんだか、ルーフェンと話をしていたら、色々と吹っ切れてしまったわ。うじうじと塞ぎこんで、家臣の言葉に右往左往していた自分が、馬鹿みたい」

 フィオーナは、穏やかな声で続けた。

「今日、ルーフェンに会いに来て良かった。貴方に対する印象はちょっと変わったけど、やはり貴方はすごいわ。物事の見方も、考え方も、私達とは全然違う。貴方と話していると、色々なことに気づかされるもの」

 彼女らしい溌剌はつらつとした瞳で、ルーフェンを見つめ、フィオーナは言った。

「私も、自分なりに考えて、王族として今後どうすべきなのか、答えを出すわ。だから貴方も、貴方のやり方で良いから、サーフェリアを守りなさい」

「……はい」

 ルーフェンが恭しく頭を下げると、満足そうに頷いて、フィオーナは踵を返した。
そんな彼女の顔つきに、生気が戻っていることに気づくと、ルーフェンも、内心ほっと胸を撫で下ろしたのだった。


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