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投稿日:2021年02月24日







 翌日、午前中に事務仕事を終わらせ、午後は商会を覗きに行こうと、城門に向かっていると、一人の騎士が、長廊下でルーフェンに声をかけてきた。
走ってきたのか、顔を赤くして、はあはあと息を乱している。
何か良からぬ事態が起きているのは、すぐに見てとれた。

「何事ですか?」

 問いかけると、騎士は、一度かしこまって答えた。

「次期召喚師様! 至急、イシュカル教徒鎮圧の許可を頂けないでしょうか。イシュカル教会の暴徒たちが、城門前に押し寄せ、騒いでおります」

 ルーフェンは、顔をしかめた。

「暴徒たちの数は? 武装はしていますか?」

「多くはありません、ざっと五十名ほどです。武装もしておりませんが、しきりに次期召喚師様を出せと申し立てております」

「私を?」

 眉を寄せて、ルーフェンは問うた。

 宗教の自由が認められている王都、シュベルテでは、召喚師一族に害をなすイシュカル教徒だったとしても、非武装であれば、一般国民として扱われる。
そのため、表向き、騎士や魔導師が、独断で攻撃することは許されていなかった。
攻撃をしても許されるのは、教徒たちが武装しており、応戦せざるを得なかった場合。
もしくは、国王や召喚師一族が、鎮圧せよと命令を下した場合のみである。

 今回の場合、暴徒たちは非武装であるから、争うことはせずに、追い返してしまうのが良いだろう。
しかし、ルーフェンの身柄を要求しているとは、どういうことなのか。
確かに、イシュカル教会は召喚師一族を目の敵にしてはいるが、直接城まで押し掛けて、次期召喚師を出せなんて無茶な要求をするというのは、意味がよく分からなかった。
たった五十名でそんなことをしても、あっという間に鎮圧されるのは明白だし、そもそも、次期召喚師がのこのこと出ていくわけがないからだ。

 ルーフェンが沈黙していると、騎士は、言いづらそうに説明し始めた。

「……その、暴徒たちは、今回の王位継承者の死や、陛下がお怪我を負った原因は、召喚師一族の呪いだと騒いでいるのです。召喚師であるシルヴィア様だけが、無傷に近い状態でご存命なのはおかしい、だとか、次期召喚師であるルーフェン様が、リオット族をシュベルテに引き入れたから、災いが起きた、だとか……」

「……なるほど」

 相変わらず、こじつけも甚だしいが、民たちの中には、リオット族の受け入れを反対している者がまだいる。
イシュカル教徒がそんなことを城門前で吹聴すれば、リオット族を嫌う者達が、それに便乗する可能性がある。

 命は取り留めたものの、エルディオは、ほとんど国王として動けなくなってしまったし、その上、一気に三人の王位継承者まで失った。
シュベルテ全体が不安定になっているこの時に、更に不安を煽って、召喚師一族への不信感を高めようと言うのが、今回のイシュカル教徒たちの狙いなのかもしれない。

 はあっとため息をつくと、ルーフェンは騎士を見た。

「……分かりました、私が行きます」

「えっ」

 騎士は、血の気の失せた顔で、否定の意を表した。

「そんな、いけません! あの程度の規模でしたら、我々だけで鎮圧できます!」

 ルーフェンは、首を振った。

「鎮圧するだけでは、おそらくイシュカル教会の思う壺です。後々、召喚師一族の呪いを隠蔽しただの何だと吹聴して、中にはそれを鵜呑みにする人々も出るでしょう。それなら、私が直接行って、弁明しますから、追い返すならその後に──」

「──次期召喚師様、お取り込み中申し訳ありませんが、よろしいですか」

 ルーフェンの言葉を遮り、現れたのは、政務次官のガラド・アシュリーであった。
ガラドは、ずいとルーフェンの前に出ると、騎士に告げた。

「私が鎮圧の許可を出しましょう。抵抗するようなら、多少手荒な真似をしても構いません」

 騎士は、一瞬戸惑った様子でルーフェンを見たが、ガラドにぎろりと睨まれると、すぐさま敬礼して、城門の方へと駆けていった。

「……どういうつもりですか?」

 少し不機嫌そうな声音で尋ねると、ガラドは振り返って、ルーフェンに頭を下げた。

「出すぎた真似を申し訳ありません。しかし、今はイシュカル教徒なんぞに構っている時間はないのです。急ぎ、謁見の間にお越しください」

「…………」

 早口で述べたガラドに、ルーフェンは黙って頷いた。
普段なら、事情を聞いてから行くところだが、ガラドの青い顔を見ている内に、これは只事ではないと感じたからだ。

 ルーフェンは、緊張した面持ちのガラドに続いて、急いで謁見の間へと向かった。

 謁見の間に入ると、中には既に、王宮に勤める重役たちが揃っていた。

 政務次官ガラド・アシュリーに、事務次官モルティス・リラード。
召喚師シルヴィア・シェイルハートも、王座の下手に腰かけている。

 紅色の錦布に囲まれた広間には、少人数ではあるが、宮廷魔導師や騎士団、魔導師団の幹部たちも揃っており、その中には、オーラントの姿もある。
そして、謁見の間の奥、一段高くなった王座には、国王エルディオの母であるバジレット・カーライルが、鎮座していた。

(バジレット王太妃……? 国王の代理として、彼女が選ばれたのか……?)

 少し不思議に思いながら、ルーフェンはバジレットを見つめた。

 バジレットは、前王が崩御して以来、ほとんど表には姿を出さなくなった王族の一人だ。
五十近い女性とは思えぬ、鋭い薄青の瞳の持ち主であったが、病気がちだということもあり、その顔は白くやつれていた。
原因は、病気だけではないのかもしれない。
彼女もまた、シュベルテの現状を嘆いている、王族の一人なのだろう。
今回の事件で、息子であるエルディオが、ひどい怪我を負ってしまったのだから。

 ルーフェンが黙っていると、ガラドが一歩前に出て、ひざまずいた。

「召集に遅れ、大変申し訳ありません。城門前にて、イシュカル教徒が騒動を起こしていたとのことで、その対応をしておりました。騎士団に鎮圧を命じましたので、直に事態は収束するかと思われます」

「……そうか」

 バジレットは、落ち着いた声で言った。

「では、そなたらも前へ」

 かしこまって返事をすると、ルーフェンはシルヴィアの隣の席へ、ガラドはモルティスの隣の席へ座る。

 二人が席についたのを確認すると、バジレットは、ふうと息を吐いた。

「……急な召集をかけた故、集まれる者のみに話すことなるが、許せよ。此度、そなたたちに話すのは、次期国王の選定についてである」

 バジレットは、それだけ言うと、傍に控えていた侍従に合図を送った。
その合図を受け、侍従は一度広間から下がると、今度は、複数人の他の侍従を連れて、広間の中心に戻ってくる。

 彼らが運んできたのは、純白の布で全体を覆われた担架であり、そこには、人が一人寝かされているようだった。
ぴくりとも動かない、その様子からして、寝かされているのは遺体だ。

 その布の端から、鮮やかな金髪がこぼれ落ちているのを見て、ルーフェンは、一瞬目を見張った。

(……あの、金髪は……)

 バジレットは、遺体を見つめたまま、額を手で覆って黙り込んでいる。
だが、やがてすっと顔をあげると、厳しい眼差しを家臣たちに向けた。

「……先程、我が孫娘、フィオーナ・カーライルの死亡が確認された。自室で首を吊っているところを、侍女が発見したのだ」

 瞬間、耳を傾けていた家臣たちに、ざわりと動揺が走る。
ルーフェンも、全身を凍てつかせて、大きく目を見開いた。

「……侍女の話では、フィオーナは最近、次期国王に己が選ばれるのではないかという不安から、塞ぎこんでいたとのことだ。その重圧に耐えきれなくなり、今朝、自害を図ったとのではないかと踏んでおる」

「…………」

 バジレットの説明も、ざわめく家臣たちの声も、ほとんど耳に入らなかった。
ルーフェンは、息苦しさに浅く呼吸を繰り返しながら、思わず、口を開いた。

「嘘だ……」

 全員の目が、ルーフェンに向く。
ルーフェンは、席から立ち上がると、バジレットに向かって言った。

「バジレット様、お言葉ですが、フィオーナ姫が自害したなど、信じられません……。確かに姫は、兄君であるリュート殿下の死を経て、王位を継ぐことに不安を感じていらっしゃるようでした。しかし、ご自分でサーフェリアの未来を考えねばならないと、前向きにご検討なさっていたのも事実です。自害なさるとは思えません」

 ルーフェンの言葉に、バジレットは眉をひそめた。

「それは、フィオーナ本人がそう申したということか?」

「……はい。昨晩、ご本人がそう仰っていました」

「…………」

 真剣な眼差しでバジレットを見つめると、バジレットは、ふと目を細めて、シルヴィアの方を見た。

「……だ、そうだが。今朝の様子では、思い詰めた様子であったと言っていたな。どうなのだ」

 問いかけられて、シルヴィアはふわりと微笑んだ。

「どうかと言われましても、私のご報告に嘘偽はありませんわ。昨晩の姫殿下のご様子は存じ上げませんけれど、今朝、私とエルディオ様の元にいらっしゃったフィオーナ様は、ひどく思い詰めておられるようでした。……申し訳ありません。私がその時に、もっと姫殿下のことを気にかけて差し上げれば、このような事態にはならなかったかもしれませんのに」

 ルーフェンは、警戒したように、シルヴィアを睨んだ。

 確かにフィオーナは、昨晩、父である国王エルディオの元に、話をしに行くと言っていた。
おそらく、夜が明けた後に、早速エルディオの部屋に行ったのだろう。
しかし、その時、本当に自害を考えるほど追い詰められていたのだろうか。

──今、サーフェリアの王位を継承できるのは、私しかいないんだもの。不安や悲しみに、とらわれている場合ではないわね。

 すっきりとした顔つきで、確かにそう言っていたフィオーナ。
あの言葉が、嘘だったようには思えなかったし、フィオーナが、自ら死を選んだというのは、ルーフェンにはどうしても信じられなかった。

「……フィオーナ姫は、陛下と何をお話になったんですか」

 強ばった声で、ルーフェンが尋ねると、シルヴィアは淡々と答えた。

「何も話していなかったわ。姫殿下はお話にいらしたのでしょうけど、今朝のエルディオ様は、ご容態が悪くて、お話ができる状態ではなかったの。もしかしたら、ご自分のお父上のそんな姿を見て、余計に絶望してしまったのかもしれませんわね」

「…………」

 ルーフェンは、這い上がってくる寒気に耐えながら、ひとまず自分の席に戻った。

 シルヴィアは、何故こんな状況下でも、微笑んでいられるのだろう。

 フィオーナは、臥せった父の姿を見て、本当に絶望してしまったのか。
昨晩の口ぶりでは、父の死を既に覚悟しているようにも思えたのだが、改めて目の当たりにして、心が折れてしまったのだろうか。

 悶々と考え込んでいると、不意に、宮廷魔導師の一人が、すっと手をあげた。
バジレットが発言を許すと、宮廷魔導師は一歩前に出て、その場にひざまずいた。

「宮廷魔導師の、ヴァレイ・ストンフリーと申します。……お話を戻しますが、フィオーナ姫までお亡くなりになったとあれば、次期国王については、どのようにお考えなのでしょうか」

 これこそが本題だとばかりに、家臣たちの意識が、バジレットに集中する。

 リュート、フィオーナが亡くなった現在、王族の血を引き、次期国王になる可能性があるのは、エルディオの子である第二王子シャルシス・カーライルである。
しかし、シャルシスはまだ、たったの一歳。

 王太妃バジレットも、可能性がないわけではないが、彼女は高齢で、心臓を患っている。
いつ倒れるか分からない身の上で表に立っていれば、民の不安の種にしかならないと、エルディオの即位後、自らの意思で姿を消したのがバジレットだ。
そんな彼女が、再び表舞台に立つというのは、考えづらい事態であった。

 王族の血を引かずとも、国王の妻である三人の女性には、王位継承権が認められていた。
だが、いずれも病で亡くなっており、唯一残っているシルヴィアは召喚師である。
シルヴィアの子であるルイスやアレイドも、先の事故で亡くなったし、今、王都シュベルテは、かつてない王権存続の危機に見舞われているのだ。

 バジレットは、ヴァレイを見据え、次いで広間全体を見回すと、言った。

「……余は、王都および王権を、他に移すことも一つとして考えておる」

 これまでにない、大きなどよめきが、謁見の間に起こった。

 王都と王権を移す、つまり、王都をシュベルテではなく別の街に移し、その際に王権すら手放す、ということだ。
五百年続いてきた、王都シュベルテの歴史に終止符を打つ──それは、シュベルテの全ての民たちにとって、苦渋の決断となるだろう。

 狼狽える家臣たちに、口を閉じるよう言い放つと、バジレットは、揺らがぬ強い意思で、言い募った。

「まだ、方法の一つとして思案している段階である。だが、これまでのサーフェリアの歴史において、遷都が世に平定をもたらした例はあるのだ。度重なる王位継承者の死に、王宮には何か不穏な呪いがかかっているのではないかと信じ込む民まで出始めた始末。そして、今シュベルテが抱えるこの危機は、既に他の街にも知られつつある。……となれば、王位を狙い、シュベルテに攻め込む輩が現れる前に、信頼できる他の街に、サーフェリアの統治権を委ねるのが最善と余は考える」

 バジレットが言い終えると、政務次官のガラドが進み出て、発言した。

「バジレット様の仰る、信頼できる他の街とは、具体的にどこを指すのでしょうか」

 バジレットは頷くと、静かに答えた。

「我らと長年、交流のある北東の港湾都市ハーフェルン。力のある街と考えれば、かつての王都であった西の軍事都市セントランス。現在、シュベルテと敵対関係にない全ての街に、王都となる権利はあるが、以上の二つが有力だと考えておる。……異論は?」

「……いえ」

 ガラドは、何か考え込んだ様子で、つかの間沈黙したが、ひとまず頭を下げると、自分の席へと戻った。
続いて、発言権を乞うたのは、騎士団長レオン・イージウスであった。

「バジレット様、よろしいでしょうか」

 バジレットが頷くと、レオンは前に出てひざまずき、屈強な体躯には似合わぬ、穏やかな声で告げた。

「恐れながら、次期国王には、シャルシス殿下が相応しいと存じます。まだ幼いとはいえ、シャルシス殿下は正統な王族の血を引く、国王となるべき存在。シャルシス殿下が即位なされば、民の不安もなくなりましょう。確かに、バジレット様の仰る通り、今の王宮には、とても偶然とは思えぬ不幸が続いております。しかし、だからといって、王都シュベルテの歴史を終らせ、遷都する必要などあるのでしょうか。遷都などすれば、それこそ我らは、王都の民としての誇りを失います。それすなわち、余計に民の不満を煽ることになりかねません」

 穏やかだが、その裏に、敵意を孕んだような言い方だった。
しかし実際、レオンの言い分にも一理あるように思えたし、家臣たちの表情を見る限り、今のレオンの発言に同調している者は多い。

 何より、家臣たちは、バジレットのことをあまり良く思っていないようだった。
彼らにとって、バジレットはしょせん、『倒れたエルディオの代わりに仕方なく出てきた老いぼれ』である。
一度表から姿を消していたくせに、突然現れて、事態を取り仕切っている。
そのことを、家臣たちは納得しかねているようだ。


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