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投稿日:2021年02月24日
ぴりぴりとした雰囲気の中、他の騎士や魔導師の要人たちを指し示すと、レオンは続けた。
「バジレット様は、他の街に攻め込まれることを懸念しておられるようですが、王都シュベルテは、サーフェリア一の軍事力を持つ街です。我が騎士団にも、魔導師団にも、他の街に遅れをとるような者はおりません。一体、何を恐れる必要がありましょう? それに、我らには、絶大な力を持つ召喚師様がおられるではありませんか。……いや、召喚術の才は、既に次期召喚師様に渡っているのでしたかな」
話を振られて、シルヴィアは、何も言わずに微笑んだ。
ルーフェンは、バジレットの方を見て、彼女が何も言わないことを確認すると、レオンに言った。
「……バジレット様が懸念しておられるのは、戦の勝敗ではなく、出さずに済む犠牲は出したくない、という点では? 騎士団長殿の仰る通り、シュベルテの軍事力はサーフェリア一であり、万が一攻め込まれても、それを打ち破るほどの力はあるでしょう。ですが、衝突が起きれば、勝つ負けるに関係なく、犠牲が出ます。他の街との関係にも、亀裂が入るでしょう。王都の民として、強気に出るべきだと仰る騎士団長殿のお気持ちもお察し致しますが、ご心配なさらずとも、既にシュベルテは、他の街に一目置かれた存在。私は、バジレット様のお言葉には、無用な争いは避けるべき、という意味が込められていると愚考しておりましたが、騎士団長殿は、そうは思われませんか?」
わざととぼけたような口調でそう言うと、一瞬、レオンの口元がひきつった。
まさに、『小賢しいクソガキが』、とでも言いたげな顔つきである。
しかし、ここで反論するほど、レオンも馬鹿ではなかった。
もし今のルーフェンの言葉に噛みつけば、レオンの意図がどうあれ、犠牲など厭わない、と発言していることになってしまう。
そんなことをすれば、少なからず周囲から反感を買うし、騎士団長としての信用も落ちるだろう。
そのことを理解しているようで、レオンは黙ったままでいる。
そうなるように仕向けたのだから、ルーフェンも、それ以上は何も言わなかった。
別に、ルーフェンも、遷都に賛成している訳じゃない。
ただルーフェンは、単純に、この騎士団長のレオン・イージウスという男が、気に食わなかった。
言葉も上手いし、頭の良い人物なのだろうが、この男の根底にあるのは、おそらく『裏から政治に口を出したい』という欲だ。
たった一歳のシャルシスを国王にすれば、必ず誰かが、シャルシスに代わって政権を握らねばならなくなる。
その際に、我こそがシャルシスを国王に推薦した筆頭だ、とでも言えば、レオンは強い発言権を得ることになるだろう。
シャルシスを推す者達の中には、純粋に、王族の血を途絶えさせるべきではない、と考えている者もいる。
しかし、このレオンという男は、そうではない。
なんとなく、バジレットもそう勘づいているように見えた。
バジレットは、自分もシャルシスも、王座につくべきではないと考えている。
王座を狙っているのは、他の街だけではないからだ。
レオンのように、王座を利用しようとしている者は、シュベルテの中にも多くいる。
だからこそバジレットは、遷都して、シュベルテと王権を遠ざけようと考えているのかもしれない。
そうすれば、無用な争いも避けられる上、孫のシャルシスを何者かに利用されることもないからだ。
ルーフェンは、そう予想していた。
(……バジレット王太妃も、立ち位置は弱いけど、洞察力のある人だ)
そんなことを思いながら、バジレットを見つめていると、今度は、場にそぐわぬ、ゆったりとした声が響いてきた。
「皆様、少しよろしいかしら?」
立ち上がったのは、シルヴィアであった。
銀の髪をさらっと耳にかけ、美麗に微笑んでみせると、気味が悪いほど、家臣たちの視線がシルヴィアに釘付けになる。
シルヴィアは、優雅な足取りで、前に出た。
「先程から、私達の中だけで、次期国王についてお話ししてしまっているけれど、この件に関して、最も発言権を持っているのは、現国王のエルディオ様ではなくて? 私は、エルディオ様が選んだお方こそ、次期国王に相応しいと思いますわ」
まるで緊張感のない、滑らかな口調に、バジレットは、すっと目を細めた。
「我が息子エルディオは、話せるほどに回復していないと聞くが?」
シルヴィアは、ふふっと笑みをこぼした。
「そんなことありませんわ。私、ずっと寝たきりのエルディオ様についていますけれど、何度かお話しましたのよ。それに、指は動かせますもの。……例えば、こんなのはいかが? 紙に次期国王候補の名前を書いて、エルディオ様に、指で示して頂くの」
にんまりと口の端を上げて、シルヴィアは微笑んだ。
「シャルシス殿下と、この私、どちらが次期国王に相応しいのか、選んで頂くのよ……」
つかの間、シルヴィアの言っていることが理解できず、ルーフェンは眉をしかめていた。
シルヴィアは、この国の召喚師だ。
サーフェリアが、召喚師と国王を別の存在として分けている以上、シルヴィアが国王に選ばれることはない。
それなのに、何故この女は、シャルシスと己の名前を並べているのか。
そこまで考えて、あることに気づくと、ルーフェンはぎょっとした。
(……まさか……!)
鼓動が、どくどくと加速し始める。
ぶわっと全身に鳥肌が立って、ルーフェンは、シルヴィアを凝視した。
そして、そのおぞましいほど整った、シルヴィアの満面の笑みを見て、心の底からぞっとした。
(この女、王座を狙ってる……?)
召喚術の才は、ノーラデュースでフォルネウスを召喚したあの時から、既にルーフェンに移っている。
つまり、直にルーフェンが召喚師に就任することになるし、そうなれば、シルヴィアの称号は、『国王エルディオの妻』になる。
そして、国王の妻は、王族の血を引いていなくとも、王位継承権を持っている。
「──……!」
嫌な汗が噴き出して、震えが止まらなくなった。
単なる推測に過ぎない。
過ぎないが、もしシルヴィアが、国王の座を狙っているのだとしたら。
自分が王座につくために、自分より順位の高い他の王位継承者を、殺していたのだとしたら──。
そんな考えがよぎって、頭から離れなくなった。
証拠はない。
王位継承者の死は、本当にただの偶然かもしれない。
しかし、シェイルハート家の兄弟たちはともかく、あのフィオーナの自害は、未だに信じられないのだ。
もし、自害と見せかけた殺害だったら──。
全て、シルヴィアの仕組んだ罠だったとしたら──。
この女なら、やりかねない。
そんな強い確信が、ルーフェンにはあった。
王位継承者の候補の中に、バジレットやシャルシスだけではなく、召喚師退任後のシルヴィアも含まれていたことに気づくと、家臣たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。
「そうか、まだシルヴィア様がいらっしゃったな」
「陛下はシルヴィア様をご寵愛なさっているし……」
否定的でない家臣たちの声を聞いて、ルーフェンの中に、焦燥感が生まれた。
いつも思うことだが、なぜ自分以外、シルヴィアの正体に気づかないのだろう。
この女の中に見え隠れする闇は、形容しがたい恐ろしさを内包している。
それなのに、いつだってこの女に怯え、嫌っているのは、ルーフェンたった一人だ。
だが、今のルーフェンは、この場で発言することができなかった。
シルヴィアが、他の王位継承者を殺害した証拠など、何一つないからだ。
バジレットは、無表情のまま、じっとシルヴィアを見つめていた。
だが、やがてふうっと息を吐くと、シルヴィアに言った。
「……なるほど、そなたの言う通りだ。エルディオが意思表示できるまでに回復しているのなら、次期国王の決定権はエルディオにある。この件は、そなたに任せよう」
「……はい、お任せください。バジレット様」
バジレットは、最後に、シルヴィアの意見に対する異論がないか、家臣たちを見回して確認した。
騒がしかった広間が静まり、しばらく、沈黙が流れる。
現国王の意向を優先するのであれば、それに反論する者はいないようだ。
バジレットは、密かにルーフェンを一瞥すると、その場を閉じたのだった。
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