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投稿日:2021年02月24日







 解散の流れに身を任せて、謁見の間を出たルーフェンだったが、自分でも、どうやって長廊下まで出てきたのか、よく分からなかった。

 シルヴィアが、王座を狙っているかもしれない。
にっこりと笑って発言していたシルヴィアの顔が、頭に焼き付いて、他のことは何も考えられなくなっていた。

 シルヴィアが、本当に国王に即位してしまったら、どうなるのだろう。
彼女が治める国で、自分は召喚師としてやっていくのだろうか。
そんな絶望にも近い感情が、胸の奥にこびりついて、離れなくなった。

 しばらく立ちすくんでいると、同じく謁見の間から出てきたらしいオーラントが、話しかけてきた。
しかし、その声も耳に入らず、返事をしないでいると、ルーフェンの異変に気づいたのか、オーラントが眉を寄せた。

「おい、どうした、顔が真っ青だぞ?」

 肩を揺さぶられて、はっと我に返る。
ルーフェンは、緩慢な動きでオーラントを見上げたが、その瞳は暗く、何も映っていなかった。

「……オーラントさんは……」

 低い声で、ルーフェンは言った。

「次の王は、誰になると思いますか」

「…………」

 オーラントは、ルーフェンの様子を伺いながら、答えた。

「誰って……さっきの感じだと、シルヴィア様が召喚師の座をあんたに譲った後、即位しそうな雰囲気でしたけど」

 ルーフェンの目が、大きくなった。
やはり、その認識なのだ。
次期国王には、シルヴィアが即位する可能性が高いと、皆そう思い込み始めている。

 爪が食い込むほど強く、拳を握ると、ルーフェンは呟いた。

「そんなこと、させてたまるか……」

 言うや否や、さっと身を翻して、ルーフェンが歩き出す。
オーラントは、慌ててその腕を掴むと、ルーフェンを引き留めた。

「おい、だからどうしたんだよ! さっきからおかしいぞ!」

「──うるさい!」

 強引に腕を振りほどくと、ルーフェンは叫んだ。

「どうして皆、分かんないんだよ! きっとあいつが……あの女が、全員殺したんだ! 自分が国王になるために!」

 突然の発言に、オーラントが身を強ばらせる。
オーラントは、大急ぎで周囲に人がいないことを確認すると、近くの使われていない客室に、ルーフェンを連れて飛び込んだ。
本殿の長廊下で、あんな物騒な発言をして、誰かに聞かれていたら洒落にならない。

 客室の周りに、何の気配もないことを確認すると、オーラントはルーフェンの肩に手を置いた。

「とりあえず、落ち着いてください。何があったんですか。あんた、さっきまで余裕ぶっこいて、レオンの奴に喧嘩売ってたじゃないですか」

「…………」

 ルーフェンは、込み上がってきたものを抑えるように、ふうっと息をついた。
そして、背中を壁に擦るようにして、ずるずるとその場に座り込んだ。

「……昨晩、フィオーナ姫と話したんです。とても、自害を考えてるようには見えなかった……。きっと、全部シルヴィアが仕組んだんです。ハーフェルンからの帰り道に、馬車が転落したのも、全部、全部……。王位継承者を殺して、最終的に自分が王座に上り詰めるために、シルヴィアがやったんだ」

 ルーフェンの弱々しい声に、オーラントは、どう答えて良いか分からなかった。

 正直、言葉の内容よりも、ここまでルーフェンが狼狽えていることに、驚きが隠せない。
ノーラデュースに行って、命を落としかけた時だって、ルーフェンはこんなに追い詰められたような顔はしていなかった。

 シルヴィアが、王位継承者──つまり、自分の子供たちまで殺しただなんて、ルーフェンは何を言っているのだろう。
そう思ったが、何も聞かずに突っぱねるのも躊躇われて、オーラントは、がしがしと頭を掻いた。

「……まーた突拍子もないことを。シルヴィア様が王位継承者を殺したって、本当なんですか? 正直俺には信じられねえし、彼女がそこまでして王座につきたい理由も分かりません」

 立てた膝の間に顔を埋めて、ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。

「そんなの、俺にも分かりません……。あの女のことは、もう、何も分からない……」

 困ったように眉を下げ、オーラントは、ルーフェンを見つめた。

 ルーフェンの言っていることは、支離滅裂だ。
根拠も証拠も分からないのに、シルヴィアが殺人犯だと決めつけて、一人で混乱している。

 オーラントは、肩をすくめた。

「あんたの言ってることを、疑ってる訳じゃありません。王位継承者が連続で四人も死んで、何か事件性があるんじゃないかって思うのも、まあ分かります。ただ、シルヴィア様の名前をあげるってのは、よく理解できません。シルヴィア様は、これまでこの国を守ってきた召喚師であり、あんたの母ちゃんでしょう。どうしてそんな風に思うんです?」

 なるべく優しく問いかけたつもりであったが、ルーフェンは、顔すら上げなかった。
塞ぎこんだように俯いて、ルーフェンは、冷ややかに笑った。

「……あの女が母親だっていうなら、どうして……」

「…………」

 微かに目を見開いて、オーラントが黙りこむ。
途中で言葉を切ったルーフェンは、膝から顔を出すと、疲れたように続けた。

「……俺には、あの女が、薄気味悪い人形にしか見えません。いっつも同じ顔で、壊れたみたいに、同じこと言ってて、何を考えているのかも分からない。見ていると、吐き気がする。……でも、そう感じているのは、俺だけなんです。最初は、俺があの女のことを嫌ってるから、感覚的にそう感じてるんだと思ってたんですけど、多分違う。本当に、あの女を見てると、狂いそうなくらい気持ち悪くなるんです。……俺が、俺だけが、おかしいんでしょうか」

「…………」

 平坦な光を瞳に浮かべて、ルーフェンは目を伏せた。
きっと誰にも分かってもらえないのだろうと、諦めたような目だった。

 正直なところ、やはりオーラントにも、ルーフェンの言い分はよく分からなかった。
これといって、シルヴィアのことを深く考えたこともなかったが、これまで、彼女に関する悪い噂を聞いたことはない。
むしろ、国王が寵愛する美しく強力な魔女だと聞き及んでいたから、優れた召喚師なのだと思い込んでいた。

 今回、シルヴィアが次期国王に即位する可能性があると知ったときも、別に、まずいとは思わなかった。
サーフェリアの歴史上、召喚師一族が国王になるというのは、例のないことだから、全く抵抗がないかと言われたら、嘘になる。
しかし、たった一歳のシャルシスに王座を押し付けるよりは、ずっと良いと思った。

 ルーフェンが、シルヴィアのどこに嫌悪感を抱いているのか。
不思議でたまらない。
しかし、膝を抱くルーフェンの手が、微かに震えていることに気づくと、オーラントは瞠目した。

「ルーフェン、お前、怖いのか……」

「…………」

 ルーフェンは、何も答えなかった。
答えなかったが、その姿は、怯えているようにしか見えなかった。

 オーラントは、すっと息を吸った。
そして、力任せにルーフェンの背中をぶっ叩くと、言った。

「よし、分かった! もういい、今日は寝ろ! たっぷり夕飯食って、寝ろ! んで、頭がすっきりしたら、また俺に説明しろ」

 突然ぶっ叩かれて、目を白黒させていたルーフェンは、訝しげにオーラントを見上げた。

「せ、説明って、何を……」

「は? 全部ですよ、全部。シルヴィア様に対して、あんたが思ってることを、俺が理解できるまで、全部説明してください」

 ますます困惑した様子で、ルーフェンが眉を寄せる。
説明なら既にしたし、したところで、どうせ理解されないと思っているのだろう。

 オーラントは、ルーフェンの頭を掴んで、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「正直な、今のあんたの話、俺にはさーっぱり分かりませんでした。でも俺は、実のところ、シルヴィア様のことは超絶美人であるということ以外、何も知りません。一方ルーフェン、あんたのことはそこそこ知ってる。だから俺は、シルヴィア様とルーフェン、どっちを信じるかと言われたら、間違いなくあんたを信じます!」

「…………」

 ぽかんとしているルーフェンの顔を、真っ直ぐに見つめて、オーラントは言った。

「もちろん、あんたにだって勘違いはあるでしょうから、俺は、根拠もなくシルヴィア様を疑ったりはしません。ただ、あんたが意味もなく、人を殺人犯呼ばわりしたり、薄気味悪いだの何だの言うような奴じゃないってことも、ちゃんと分かってます。シルヴィア様に対して、あんたが何かを感じたなら、そう感じた理由があるはず。もし、彼女が国王として即位することを阻止するなら、その理由をちゃんと明らかにした後です! でないと、何の証拠もなくシルヴィア様を貶めようとした、罪人扱いされちまいますからね」

 オーラントは、夕暮れの空が覗く窓を見て、続けた。

「──でも、今日はとにかく終わり! もう暗くなってきたし、くたくたの頭で何したって、効率が悪いだけです。前にも言いましたが、あんたの悪い癖は、ごちゃごちゃ難しく悩んで、一人で勝手に混乱していくこと。動くなら、焦らず慌てず明日から! いいですね?」

「わ、分かりました……」

 オーラントによってぼさぼさにされた頭をおさえながら、ルーフェンは、珍しく素直に頷いた。
もはや、オーラントの勢いに押されて、思考が停止しているようだ。

 オーラントは、再度周囲に人がいないことを確認すると、ルーフェンと共に、客室から出た。
そして、群青の混じる茜色の空を見上げて、大股で長廊下を歩き始めた。

「いやぁ、随分話し込んじまったな。おかげで仕事もたまったし、問題は山積みだが、今からあんたがやることはなんだ?」

「……寝る」

「そうだ! さっさと寝ろ寝ろ! さあ帰るぞー」

 オーラントは、妙に楽しげに笑いながら、ルーフェンを自室へと引きずっていったのだった。


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