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投稿日:2021年02月24日
ルーフェンを、自室まで送り届けた後。
薄暗い長廊下を歩きながら、オーラントは、ルーフェンと交わしたやりとりを、何度も思い返していた。
ルーフェンには、「動くなら明日から」と言ったが、もし本当にシルヴィアの即位を妨害しようと思うなら、のんびり寝ている暇などない。
臥せっているエルディオが、今夜にでも、次期国王としてシルヴィアを指名してしまうかもしれないのだ。
そうなれば、シルヴィアの即位は免れない。
先程のルーフェンは、どこか様子がおかしかった。
物事を冷静に判断できていないようだったし、あのまま放っておけば、シルヴィアの元に特攻して、何をしでかすか分からない。
だから、動くなら明日からだとなだめて、ひとまず自室に帰した。
──だが、もし本当にルーフェンの言う通り、シルヴィアには裏の顔があるのだとしたら。
そんな考えにたどり着いて、オーラントは、ふと足を止めた。
(今、動けるのは俺だけ……なんて。何を考えているんだろうな、俺は)
同時に、何か苦いものが込み上げてきて、オーラントは苦笑した。
冷静でないのは、自分の方だ。
たった十四の子供の言葉を気にして、自分は何をしようとしているのだろう。
仮に、シルヴィアの即位を妨害できたとしても、残る次期国王の候補は、まだ赤ん坊のシャルシスのみ。
バジレットの言葉に従って、遷都をしても、おそらく反発してくる者は多い。
シルヴィアを即位させるのが、一番穏便な道だ。
そう思うのに、怯えたように震えていたルーフェンの姿を思い出すと、何かが胸に突っかかった。
ルーフェンが、嘘をついているとは思えない。
だが、何の根拠もなくシルヴィアを陥れようとすれば、悪になるのは絶対的にこちらだ。
ならば、どうしたら確信を持って、ルーフェンの言葉が真実だと証明できるだろう。
ルーフェンの味方になるためには、どう動くべきだろう。
闇に飲まれていく夕日の影を見つめながら、オーラントは思った。
そうして、ルーフェンとの会話を一つ一つ辿っている内に、オーラントは、ある言葉を思い出した。
──……あの女が母親だって言うなら、どうして……。
真っ青な顔で、そう呟いていたルーフェン。
あの言葉の先は、なんだったのだろう。
どうして──……。
(……どうして……自分はヘンリ村で育ったのか、とか?)
そう思いついたとき、オーラントは、はっと目を見開いた。
そうだ、何故ルーフェンは、幼少期をヘンリ村で過ごしていたのだろう。
次期召喚師は、召喚師の元で育てられるはずなのに。
途端に、色々な疑問が押し寄せてきて、オーラントは息をのんだ。
召喚術の才を持っている以上、ルーフェンがシルヴィアの実子であることは確かだ。
それなのに、どうしてルーフェンは、ヘンリ村にいたのだろうか。
それどころか、八歳のルーフェンがヘンリ村で発見されるまで、王都では『次期召喚師はまだ生まれないのか』と、騒がれていた。
つまりそれは、十四年前にルーフェンが生まれたこと自体、世間には知らされていなかったということだ。
(何故ルーフェンの誕生は、知らされていなかったんだ……? シルヴィア様がルーフェンを生んだとき、一体何があった……?)
十四年前、オーラントは既にノーラデュースに常駐していたし、特別王都での出来事に関心を持っていたわけではないから、詳しいことは分からない。
しかし、今改めてルーフェンの出自について考えてみると、不可解な部分が多かった。
まず、生まれてから八年間、何故ルーフェンは存在に気づかれず、ヘンリ村で暮らしていたのか。
生まれた瞬間に、賊に誘拐でもされたというのだろうか。
いや、それならもっと騒動になって良いはずだし、ルーフェンの誕生自体を、世間が知らなかった理由にはならない。
(……とすると、ルーフェンが生まれたことは、何者かによって意図的に隠されていたってことか……? わざわざヘンリ村に捨てて? 誰が、一体何のために……?)
恐怖にも似た息苦しさが、喉の奥からせり上がってきた。
そもそも、何故こんな重要なことを気にしていなかったのだろう。
自分だけではない。
この王宮にいる者達全員、どうしてシルヴィアとルーフェンの関係に、疑問を持たず、平然と過ごしているのか。
既に、周囲が定かに見えなくなった夕闇の中、オーラントは歩き出した。
どうするかなんて決めていなかったが、気づけば足は、シルヴィアが暮らす離宮の方へと向いていた。
何かがおかしい、という思いが、唐突に突き上げてくる。
ルーフェンの出生の謎に、これまで誰も触れようとしなかっただなんて、普通に考えて、あり得ないはずだ。
ルーフェンの過去を隠蔽するために、誰かが、王宮の者達の意識を操っていたのではないか、とさえ思う。
ルーフェンだけが感じる、シルヴィアに対する嫌悪感。
それは、確かに存在するのではないか。
第一、シルヴィア・シェイルハートとは、一体何者なのだろう。
既に三十半ばを過ぎているはずなのに、まるで二十歳そこそこの娘のように、若々しく見える。
彼女は、最愛の夫、エルディオが重体で臥せり、息子三人も死んで間もないというのに、今日の謁見の間で、にこやかに微笑んでいた。
その笑みを思い出した瞬間、どっと冷や汗がにじんできて、オーラントは足を速めた。
ルーフェンの言う、シルヴィアの薄気味悪さというものが、分かったような気がする。
まだ、確たる証拠を見つけたわけではない。
だが、まるで夢から覚めたかのように、頭の靄が消え去って、シルヴィアに対する違和感が拭えなくなった。
シルヴィアとルーフェンの間に、何があったのか。
気味が悪いほど、誰もその理由を知らないし、気にしようともしていない。
しかし、彼を産み落とした張本人──シルヴィアならば、確実に何かを知っているはずだ。
シルヴィアが次期国王に相応しいかどうかよりも、ルーフェンの不安を除いてあげたい一心で、オーラントは長廊下を早足で抜けた。
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