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投稿日:2021年02月24日
本殿を出ると、冷たい冬の夜風が、肌をかすってくる。
少し歩く速度を緩めて、庭園の茂みに身を隠すと、オーラントは、そっと離宮の方を覗き見た。
(シルヴィア様は、まだ陛下のところか……?)
離れの庭園に、ぽつりと聳える離宮。
アレイド達が亡くなった現在、住んでいるのはシルヴィアだけだが、今は、その唯一の主も不在らしい。
離宮の中は真っ暗で、人の気配も感じられなかった。
思えば、この離宮の在り方もおかしいのだ。
シルヴィアは、普段から離宮には人を近づけようとせず、警備の者すら置いていなかった。
それを奇妙だと思ったことなど、これまではなかったが、仮にも国の重要な立場である彼女が、護衛を一人もつけないというのはおかしな話であった。
確かに、王宮自体には守護の結界も張ってあるし、騎士や魔導師も大勢警備についているから、わざわざ離宮にまで警備を置く必要がないと言われれば、それまでだ。
しかし、やはり召喚師一族が、守りの固い本殿から離れて暮らしているだけでなく、警備も置かずに離宮で過ごしているなんて、怪しい。
今は、シルヴィアがこの離宮に、『人に勘づかれたくない何か』を隠しているとしか思えなかった。
周囲の気配を探りながら、夜闇に身を潜め、そっと離宮の扉に近づく。
その取っ手に手をかけようとして、つかの間動きを止めると、オーラントは嘆息した。
(……俺も、焼きが回ったか……)
ルーフェンへの情にほだされて、離宮に侵入しようとするだなんて。
もし、このことがばれれば、オーラントは正真正銘の罪人になる。
今ならまだ、言い訳もつくが、万が一シルヴィアの部屋に忍び込んだところを見つかってしまったら、もう言い逃れは出来ないだろう。
(……ごめんな、馬鹿な親父で)
息子の顔を頭に浮かべながら、オーラントは、素早く離宮の中に侵入した。
あまりにも簡単に侵入できて、一瞬、何かあるのではないかという不安に駆られる。
しかし、暗い螺旋階段を上り、最上階のシルヴィアの部屋の前に来ると、意を決して、オーラントはその扉を開けた。
「──……」
部屋に入った途端、ひとりでに燭台に火が灯って、視界が明るくなった。
白亜の石床に、豪華な金縁の寝台。
窓際に置かれた文机と、その隣に並ぶ小さな本棚。
見た限りでは、特に変わったものは置いていない。
オーラントは、ごくりと息を飲むと、物音を立てないように気を付けながら、ゆっくりと部屋の中に踏み込んだ。
どこかに、シルヴィアの正体を暴く“証拠”があるかもしれない。
十四年前の、ルーフェンの出自に関する手がかりでも良い。
シルヴィアが戻ってくる前に、何かしらを見つけなければ──。
慎重に、しかし焦りながら、手近な文机に手を伸ばした。
──その時だった。
「……こんばんは、バーンズ卿」
突然、背後から声がして、部屋の扉が勢いよく閉まる。
咄嗟に振り返ったオーラントは、はっと身を凍らせると、気配もなく現れたシルヴィアに、大きく目を見開いた。
「っ、召喚師、様……」
思わず、声が震える。
シルヴィアは、微かに目を細めると、ゆっくりとオーラントに近づいてきた。
「……そんなに怯えないで。大丈夫よ。貴方を呼んだのは、私なのだから……」
シルヴィアが、微笑む。
穏やかに──この上なく、美しく。
オーラントは、文机を背後に後ずさると、くっと歯を食い縛った。
ルーフェンの出自を明らかにしたくて、この部屋に侵入した。
だが、何故自分は、シルヴィアの部屋に来ることを選んだのだろう。
十四年前のことを探るなら、別の方法もあったはずなのに。
何の迷いもなく、自分は離宮のシルヴィアの部屋を訪れた。
そう、まるで誘い込まれるように──。
(まずい。まさか、全部この女の手の中だったのか……?)
ぐらぐらと揺れてきた視界に、オーラントは、頭を押さえた。
ルーフェンがヘンリ村で育ったことを知っていたのに、十四年前に何が起きたのか、全く疑問に思わなかった。
そして今回も、何故か離宮に来れば、シルヴィアの秘密が掴めると確信して、この部屋に入り込んでしまった。
自分で考えた末の行動だと信じこんでいたが、もしかしたら全て、シルヴィアの術中にはまっていたが故に、とらされていた行動だったのではないか。
そんな考えが押し寄せてきて、背筋が凍る。
オーラントは、ぐっと全身に力を込めると、その場にひざまずいた。
「……無断で、召喚師様のお部屋に侵入したこと、許されることではありません。大変、申し訳ありません。……ですが、貴女様にお聞きしたいことがあって、参りました」
シルヴィアは、首を傾けた。
「……何かしら?」
相変わらず、シルヴィアは笑みを崩さない。
その余裕そうな表情が、ひどく不気味に思えた。
今、自分が吐いているこの台詞も、シルヴィアに言わされていることなのかもしれない。
そう思うと、恐ろしくて、言葉が出てこなくなる。
しかし、なんとか喉の奥から声を絞り出すと、オーラントは、口を開いた。
「……十四年前……ルーフェン──次期召喚師様に、何があったのですか……。何故彼は、貴女様の元で育てられなかったのです」
「…………」
つかの間沈黙して、シルヴィアは、口を開いた。
「……何故? だってあの子は、私の息子ではないんだもの」
何の躊躇いもなく、そう言い放ったシルヴィアに、オーラントは眉を寄せた。
「何を、言って……。貴女様の息子じゃないというなら、どうしてルーフェンは、召喚術が使えるんですか! 銀の髪、瞳、顔立ちもそっくりで……血の繋がりがないなんて、とてもそうは思えない……!」
思わず立ち上がって、シルヴィアに詰め寄る。
シルヴィアは、ふわりと微笑んで、オーラントを見上げた。
「血の繋がりがあったら、何故息子だと認めなくてはならないの?」
「は……?」
一瞬、耳を疑って、オーラントは瞠目する。
この女は、笑顔で何を言っているのだろうと、心の底から震えが走った。
「何故って……それは」
困惑しているオーラントに、シルヴィアは、すっと手を伸ばした。
「あんな子、私は最初から望んでいなかったの。それなのに、どうして息子だなんて、認めなくてはならないの?」
「…………」
オーラントの頬を、滑らかな細い指が、するりと撫でる。
シルヴィアは、鼻先が触れあうほどに近く、オーラントに顔を近づけると、すっと銀の睫毛をあげた。
「……やっぱり、貴方を呼んで良かったわ。ねえ、バーンズ卿」
とろけた蜜のような、甘くて艶のある声が、オーラントの耳をくすぐる。
その声を聞いていると、だんだん思考する気もなくなってきて、オーラントは、その場から動けなくなった。
「ルーフェンに、何か言われた? それとも、ノーラデュースまで二人で旅をして、あの子に情が湧いたのかしら」
くすりと笑って、シルヴィアは、オーラントの耳元で囁いた。
「いい? ルーフェンは、私の息子じゃないわ。あの子は、私から全てを奪う、略奪者なのよ……」
すっと目を閉じて、シルヴィアは、オーラントの唇に口付けた。
「……っ」
何度も角度を変えて、柔らかく──。
そうして、優しく唇を啄まれている内に、もはや、返す言葉も思い付かなくなって、オーラントも目を閉じた。
ルーフェンは息子じゃない。
息子じゃない。
息子じゃない──。
この女は、その一点張りだ。
もう、何を言っても無駄なのだ。
そう思うと、わざわざ危険を冒してまで、シルヴィアの正体を突き止めようとした自分が、馬鹿らしく思えてきた。
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