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投稿日:2021年02月24日






 三階の手術室にたどり着くと、何人もの宮廷医師達が、焦った様子で治療に当たっていた。
彼らの取り囲む手術台には、青白い顔のオーラントが寝かされている。

 魔術の光で照らされて、うっすらと浮かび上がったオーラントの輪郭は、まるで死人のように薄く、唇には、全く血の気がなかった。

「一体、何が……」

 強張った声で、ルーフェンが呟く。

 手術室の前に立つ、ルーフェンとジークハルトに気づいたのだろう。
宮廷医師の一人が、額の汗を拭いながら近寄ってきた。

「今朝、城下の東にある森で、倒れているところを発見されたのです。右腕に深い裂傷を負っていたので、今、治療したところなのですが……」

 言葉を濁した宮廷医師に、ルーフェンは詰め寄った。

「命に別状はないんですよね?」

「…………」

 宮廷医師は、どこか言いづらそうに口ごもった。

「……それが、全く分からないのです。右腕の治療は終わったのに、どんどん衰弱していて……。現状命に関わるほどではありませんが、運ばれてから今までの短時間で、徐々に体温が下がっています。意識も戻りません。今後も体温が低下し続ければ、どうなるか……。他に外傷はなく、毒物の類いも検出されない。そもそも、何が原因でこのような怪我を負ったのかも不明です。怪我の原因が分かれば、衰弱している理由も探しやすくなるのですが……」

 ルーフェンは、さっと顔色を青くすると、手術室の隅に置いてあった宮廷魔導師用のローブ──オーラントの上着を手に取った。

 何か手がかりがないかと、手当たり次第に、オーラントの持ち物を探る。
すると、はらりと一枚の封筒が落ちて、ルーフェンはそれを拾い上げた。

(シルヴィア・シェイルハート宛の手紙……。差出人、アリア・ルウェンダ……?)

 心臓が、どくりと収縮する。
一瞬、ルーフェンが動きを止めていると、ジークハルトがその横から手を伸ばしてきて、オーラントのローブを奪い取った。

 ずたずたに引き裂かれた、右の袖を見て、ジークハルトが眉をひそめる。

「森に倒れていましたし、裂傷からして、獣にやられたのではないかとも思うのですが……」

 暗い顔で、宮廷医師が言う。
だが、ジークハルトは、ぐっと眉間に皺を寄せると、低い声で否定した。

「獣なんかに、やられるわけがないだろう。俺の親父は、宮廷魔導師だぞ」

「…………」

 獣が原因でないことは、おそらく、この場にいる全員が分かっている。
宮廷医師も、ジークハルトの言葉を聞くと、そうだろうな、という風に押し黙った。

(そうだ……オーラントさんが、そんな簡単に、やられるわけがない……)

 封筒を握りしめる手に、力が入る。

 シルヴィアに宛てた手紙が、どうしてオーラントの上着から出てきたのか。
答えは、火を見るより明らかだった。

(オーラントさん、昨夜……まさか……)

 宮廷医師のレック・バーナルドが、ふと、口を開いた。

「もしかすると、呪詛の類いかもしれません。全く見たことがない例なので、解除法どころか、どのような呪詛かも分かりませんが……」

 ルーフェンとジークハルトが、はっと顔をあげる。
ルーフェンは、詰めていた息を吐き出すと、レックの方を向いた。

「どうにかできないんですか! 呪詛なら、身体のどこかに術式が現れるはずだし、魔力だって感じるはずじゃ……!」

「術式も見つからないし、魔力も感じられません。申し訳ありません、本当に原因が分からないのです」

 レックが、焦った表情で声を荒らげる。
周囲を見ても、宮廷医師たちは皆、疲れはてた様子で俯いていた。

(そんな……)

 ルーフェンは、ふと、オーラントの右腕を見た。
傷口が膿んで、微かに腫れてはいるようだが、完全に出血も止まっているように見えるし、きちんと治療して包帯も巻かれている。
致命傷とは言えない。
宮廷医師たちの言う通り、この傷が衰弱の原因とも思えなかった。

 ルーフェンは、ぎゅっと拳を握りしめた。
そして、宮廷医師たちの間に割って入り、手術台に跳び乗ると、オーラントを跨いで立った。

「じっ、次期召喚師様……!?」

 宮廷医師たちが、慌てた様子で、ルーフェンを見上げてくる。
ルーフェンは、手術台に手をつくと、早口で言った。

「汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ。従順として求めに応じ、可視の姿となれ……! ──バシン!」

 ルーフェンが詠唱を終えた途端、ふうっと、手術室に生温い風が吹きわたる。
同時に、地面に巨大な鱗のようなものが浮き上がってきて、ぞろりと動いた。

 ルーフェンは、狼狽えている宮廷医師たちに向かって、言った。

「今から、移動陣でアーベリトに行きます! アーベリトなら……サミルさんなら、何の呪詛か分かるかもしれない!」

 宮廷医師たちが、ぎょっとしたようにルーフェンを見る。
レックは、勢いよく首を振ると、ルーフェンに駆け寄った。

「無茶です……! 移動陣は、陣から陣へ移動することしかできないのでしょう!? この手術室から、王宮内の移動陣まで、この状態のバーンズ卿を運ぶのは大変危険です! アーベリトの移動陣も、敷いてあるのはリラの森でしょう! 施療院までは距離があります!」

「…………」

 ルーフェンは、歯を食い縛った。

 確かに、移動陣がある場所でないと、瞬間移動することはできない。
移動陣とは言わば、出発点と終着点の印のようなもの。
悪魔バシンの力を使えば、今いる場所に新たな移動陣を敷き、そこを出発点として指定することはできる。
だが、終着点に関しては、あらかじめ赴いて移動陣を敷いておかなければ、飛ぶ際にどこへ移動するのか指定ができないのだ。

「……どうにかして……ここから、直接サミルさんのところに飛びます……!」

 手元に、オーラント一人を囲めるくらいの移動陣を展開させると、ルーフェンは言った。

 正直、できるか分からなかった。
移動陣は、使うだけでかなりの魔力を消費するし、加えて、今回は、出発点と終着点に同時に新しい移動陣を敷かなければならない。
それこそ、今まで経験したことがないくらいの、極大な魔術を発動させることになるだろう。
しかも、終着点となる“何か”を、今から探さなければならないのだ。

「次期召喚師様! おやめください、移動陣がない場所に飛ぼうなど……!」

「失敗して、次期召喚師様の身に何かあったら、どうなさるおつもりですか……!」

 宮廷医師たちが、ルーフェンを止めようと、口々に騒ぎ出す。
その時、ふと、ジークハルトの声が響いてきた。

「できるのか……!」

 目線を上げて、ジークハルトを見る。
宮廷医師たちが、混乱と不安の表情でこちらを見上げている中、ジークハルトだけは、強い瞳で、ルーフェンをまっすぐに見ていた。

 ルーフェンは、頷いた。

「やる──!」

 展開した移動陣が、二重に広がって、ルーフェンとオーラントを包み込んでいく。
ルーフェンは、目を閉じると、周囲の魔力を探り始めた。

 サーフェリア中に幾筋も広がる、魔力の糸。
それらを手繰り寄せ、アーベリトへと続くサミルの魔力を見つけると、ルーフェンは、はっと目を見開いた。

(バシン、この魔力をたどれ……!)

 移動陣を構成する魔語──召喚術にのみ使われる特殊な言語が、弾けて、空中に散った。
その魔語を、指先を動かして書き換えながら、目線で指示を出せば、散っていた魔語が、次々と移動陣に当てはまっていく。

 そうして、完成した移動陣がかっと眩い光を放つと、ルーフェンは、ジークハルトに手を伸ばした。

「君も行こう……!」

 ジークハルトが、目を見張る。
連れていく人数が多ければ多いほど、移動陣を展開したルーフェンへの負担は、大きくなる。
そのことを懸念したのか、一瞬躊躇したジークハルトに、ルーフェンは頷いて見せた。

「大丈夫、君のお父さんだろう。一緒に行こう……!」

 ジークハルトが手を伸ばして、ルーフェンの手を握る。

 ルーフェンは、ジークハルトの手を握ったまま、空いた手を移動陣に叩きつけた。

「────っ!」

 移動陣の発する光が増して、手術室全体が、白に包まれる。

 眩しさに目を閉じ、うずくまった宮廷医師たちが、次に目を開けたときには、もうルーフェンたちの姿はなかった。

 暗闇の中を飛びながら、光の筋をたどっていくと、ぱっと目の前が開けて、ジークハルトたちは硬い地面の上に落ちた。

 刺すような冬の外気に、思わず身体を震わせる。
ジークハルトたちが着地したのは、アーベリトで最も大きな施療院の扉の前であった。

 初めて移動陣を体験したジークハルトは、すぐに立ち上がることができなかったが、ルーフェンは、弾かれたように走り出すと、施療院の扉にすがりついた。

「サミルさん! サミルさん!」

 木造の扉が軋むのも構わず、どんどんと扉を叩く。
ややあって、慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、扉が開いて、中からサミルが現れた。

「次期召喚師様……?」

「サミルさん! 助けてください……!」

 息を乱しながら、ルーフェンが地面に横たわっているオーラントを示す。

 サミルは、つかの間状況が理解できていなかったようだが、汗だくのルーフェンを見ると、すぐに険しい表情になった。

「とにかく、中に入ってください。彼は極力動かさないように。今、担架を持ってこさせます」


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