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投稿日:2021年02月24日






 施療院の他の医師たちの手も借りて、オーラントを慎重に室内に運び込むと、ルーフェンは、状況をサミルに説明した。

 サミルは、そんなルーフェンの話を聞きながら、オーラントの様子を診ていたが、やはり、すぐには原因が分からなかったようだ。
ひとまず加温した点滴だけ用意すると、他の医師たちと何度も話し合っていた。

 初老の医師──ダナが、オーラントの喉を覗き込みながら、言った。

「はて、症状としては低体温症そのものですが、王宮に運び込まれてからも尚、体温が低下し続けているというのは、確かに奇妙ですな。次期召喚師様、宮廷医師たちはどのような処置を?」

 問いかけられて、ルーフェンは、暗い声で答えた。

「とりあえず、右腕の治療だけ……。体温が低下してるけど、現状命に関わるほどではないって。でも、このまま衰弱し続けるなら、どうなるか分からないと言ってました。もしかしたら、呪詛の類いかもしれないとも」

 ルーフェンの言葉に、サミルは眉を寄せた。

「呪詛……。そうですね、直接的な原因が見つからない以上、そう考えるのが妥当ですが……」

 微かに唸って、顎に手を当てる。

 呪詛らしい症状も見られないが、オーラントは、既に宮廷医師たちにかかっているのだ。
宮廷医師は、サーフェリアでも有数の腕を持つ者たちである。
そんな彼らが、『衰弱の原因が分からない、身体に異常が見当たらない』と判断したなら、オーラントを蝕むのは、普通の探し方では見つからない“何か”なのだろう。

 オーラントの脈を測っていた若い医師が、焦った様子で言った。

「サミル先生、脈拍数も呼吸数も、かなり低くなっています。もし本当にこのまま低下していけば、仮死状態にも陥りかねません」

 サミルが、顔をあげて、オーラントの瞳孔を確認する。
 
 そうして、慌ただしく立ち動く医師たちを見ながら、ルーフェンは、ぎゅっと唇を噛んだ。

(昨夜のことを、サミルさんに言ったら、何か分かるだろうか……)

 懐に手を入れて、オーラントの上着から出てきたシルヴィア宛の手紙に触れる。

 昨日、ルーフェンと別れた後、オーラントはきっとシルヴィアの元に向かったのだ。
そうでなければ、オーラントの上着から、シルヴィアの手紙なんてものが、出てくる理由がない。

 詳しい経緯は知らないし、オーラントが、どういうつもりでシルヴィアに会いに行ったかは分からない。
だがオーラントは、シルヴィアが王位継承者たちを殺したかもしれないということを、知っている。

 そのことを、彼が直接シルヴィアに言ったのだとしたら──。
そして、もし本当に、王位継承者たちを殺したのが、シルヴィアだったのだとしたら──。
その真実を知ってしまったオーラントを、シルヴィアが消そうと考えても、おかしくはない。

(俺がオーラントさんに、あんなこと言ったから……)

 ルーフェンは、拳を握りしめた。

 シルヴィアのことを、サミルに言うのは躊躇われた。
心配をかけてしまうだろうし、証拠もない疑いの段階で言っても、混乱させてしまうだけだからだ。
しかし、オーラントを救うために、今はどんな情報でも惜しんでいる場合ではない。

「……あの」

 医師たちやジークハルトの目が、ルーフェンに向く。
ルーフェンは、緊張した面持ちで、サミルに向き直った。

「オーラントさん、昨夜、シルヴィアの所に行ったんだと思うんです……」

「…………」

 サミルの目が、微かに大きくなる。
ルーフェンは、サミルを見つめた。

「事情は後で話します。何があったのかは俺も分からないし、こんなこと、信じてもらえないかもしれません。……でも、オーラントさんがそうなった原因は、召喚師……シルヴィアだと思います」

 言われている意味が分からない、といった風に、医師たちやジークハルトが眉をしかめる。
しかしサミルは、何かを思い出したように駆け出すと、隣の部屋から分厚い紙束を持ってきて、それをばらばらとめくって読み出した。

 手書きの文字がぎっしりと並ぶ、古い紙束。
それらを乱暴に漁って、はっと息を飲むと、サミルは突然、小刀を取り出して、オーラントに近づいた。

「先生!? 何を──」

 困惑する若い医師を制して、サミルがオーラントの右腕の包帯を、小刀で裂いていく。
そして、意を決したように小刀を振り上げると、むき出しになった右腕めがけて、一気に降り下ろした。

「────!」

 かんっ、と甲高い音が響いて、小刀が宙に飛ぶ。
サミルの頬をかすり、やがて、地面に落下した小刀を、一同は、唖然として見つめていた。

「……小刀が、弾かれた…?」

 若い医師が、ぽつりと呟く。
サミルは、頬から垂れた血を拭うと、ふうと吐息をこぼした。

「今、一瞬だけ魔力を感じましたね……。誰の魔力か、分かりますか」

 微かに震えた声で、問いかける。
すると、ジークハルトが、表情を険しくした。

「……親父の魔力だった」

 それを聞くと、サミルは、何かを確信したように目を閉じ、開いた。

「これは、呪詛です。それも、かなり特殊で、強力な……」

 ルーフェンは、訝しげにオーラントの右腕を見つめた。

「でも、今感じたのは、オーラントさん本人の魔力でした。それに、術式も全然見当たらない……」

 サミルは頷くと、掠れた声で告げた。

「だから、特殊なのです。具体的にどのような原理で、バーンズさんの命を蝕んでいるのか、それは分かりません。ですがこの呪詛は、放置すれば、宿主を必ず死に至らしめる強力なものです。もし私の予想が当たっていれば、術式は、皮膚表面ではなく骨に刻まれているはず。この呪詛は、かけた術者ではなく、かけられた本人──つまり、バーンズさんの魔力を喰らって発動します。核はおそらく、この右腕……。だから、右腕という寄生先を失えば、この呪詛は効力を失います。故に、小刀が弾かれたのです。私が、核を傷つけようとしたから……」

 全員が息を飲んで、その場に立ち尽くす。

 魔導師であるジークハルトも、召喚師一族であるルーフェンでさえ、知らない呪詛だった。

 呪詛は本来、かけた術者本人の魔力に依存し、その魔力の残滓(ざんじ)は、少なからずかけられた者の内に残る。
また、術式──その呪詛を発動させるための陣や呪文が、目に見えない場所に刻まれているというのも、かなり特別な例だ。
加えて、発動源である核が、自ら傷つけられることを拒むなんて、そんな異様な呪詛は、聞いたことがなかった。

 呪詛とは、恐ろしいものではあるが、それほど複雑な魔術ではない。
もし感じる魔力が、知っている者の魔力ならば、呪詛をかけた張本人を特定することもできるし、術式が目に見える場所に刻まれていれば、読み解いて解除することもできる。
重要なのは、呪詛の複雑さではなく、かけられた者が死ぬ前に呪詛を解除しなければならないという、時間の問題なのだ。
しかし、今回のオーラントにかけられた呪詛には、そういった前提が当てはまらない。

 ジークハルトが、低い声で尋ねた。

「……解除することは、できないのか」

 サミルは、床の小刀を拾い上げて、目を伏せた。

「……私の知る限りでは、解除する術は、ありません。かつて一度だけ、同じ呪詛を見たことがあります。……バーンズさんを救う方法があるとしたら、右腕を……切り落とすしか」

 無表情だったジークハルトの瞳が、微かに動く。
ダナや若い医師も、悔しそうに俯いた。

 サミルは、オーラントの右肩に触れると、言い募った。

「……強制的に、バーンズさんと核を切り離すことはできます。幸い、呪詛をかけられてから、そんなに時間は経っていないようです。……まだ、間に合います」

 ルーフェンは、オーラントの白い横顔を見つめて、言った。

「……オーラントさんは、宮廷魔導師なんですよ……?」

 その呟きに、全員が言葉を詰まらせる。

 右腕を失えば、オーラントはもう、短槍を十分に扱うことはできなくなる。
宮廷魔導師として、生きていくことはできなくなる。
そんなことは、言わずとも、この場にいる全員が分かっているようだった。

(解除、できない……? 本当に……?)

 オーラントの右腕を凝視しながら、ルーフェンは、手を伸ばした。
この呪詛をかけたのが、シルヴィアだったとして、自分なら、解除できるのではないだろうか。
右腕を切り落とすことなく、オーラントを助けられるのではないだろうか。

 オーラントには、沢山の借りがある。
ルーフェンの無茶苦茶な思いつきにも向き合い、ノーラデュースまで一緒に旅をしてくれた人だ。
次期召喚師ではなく、一人の人間としてルーフェンを見てくれた、暖かい人だ。
彼を、悲しませることは、絶対にしたくなかった。

(俺が、どうにかして──……)

 そうして、オーラントの右腕に触れたとき。
ふと、オーラントが呻いて、うっすらと目を開けた。

「オーラントさん……!」

 はっと身を乗り出して、オーラントの顔を覗きこむ。
苦しいのか、上手く声は出せないようだったが、オーラントは、確かにこちらを見ていた。

 焦点が合っていない、ぼんやりとした目で宙を見ていたオーラントは、ルーフェンを瞳に映すと、微かに唇を動かした。

「──……」

 呻き声に近い、微弱なオーラントの声。
それを聞いて、ルーフェンは目を見開くと、その場から一歩下がった。

(……駄目、だ……)

 今、オーラントの瞳に映っているべきは、自分じゃない。
その時、ルーフェンはそう思った。

 オーラントが呼んだのは、ルーフェンではなく、ジークハルトだったからだ。

(……俺じゃ、駄目なんだ……)

 もう一歩下がって、ジークハルトの方を見る。
ルーフェンが、どんな気持ちで振り返ったのか。
そんなことは、当然分かるはずもなかったが、ジークハルトは、オーラントのほうに近づくと、語りかけた。

「……親父、聞こえるか」

 オーラントの目に、微かに光が戻る。
ジークハルトは、すっと息を吸うと、はっきりと告げた。

「右腕を、切るぞ。そうすれば、助かるかもしれない」

「…………」

 オーラントは、何も言わなかった。
ジークハルトの声が、聞こえているのかどうかも定かではなかったが、虚ろな目を閉じると、再び眠ってしまった。

 ジークハルトは、サミルの方を見ると、迷いなく言った。

「右腕を、切って下さい」

 サミルは、どこか悲しそうに眉を下げたが、すぐに頷くと、強い口調で返した。

「……分かりました。私達に任せてください」

 ジークハルトが、軽く頭を下げる。

 ルーフェンは、そんな彼らのやり取りを、ただじっと、遠巻きに眺めていた。

 だんだん意識がぼんやりしてきて、視界が揺れてくる。
ルーフェンは、突然襲ってきた激しい目眩にうずくまると、そのまま意識を失った。


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