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投稿日:2021年02月24日







 闇を切り裂いて、誰かの悲鳴が上がった──。

 恐怖に戦慄わななき、一歩後ずされば、足元で、何かがころりと転がる。
それが、アレイドの頭であることに気づくと、ルーフェンは、その場に崩れ落ちた。

「ア、レイド……?」

 震える声で呼び掛けても、彼はもう、目を開けない。
ふと顔をあげれば、他にもルイスやリュート、フィオーナの顔が、まりのように地面に落ちていた。

「おい、ルーフェン! こっちだ!」

 オーラントの声が響いて、ぐいっと強く腕を掴まれる。
引っ張られるまま、ルーフェンも走り出すが、刹那、前を走っていたオーラントの頭も、一瞬にして弾け飛んだ。

「──……!」

 どしゃり、と胴体が倒れ、ややあって、宙を舞った頭が落ちてくる。
かっ斬れた首から、大量に噴き出した血が、ルーフェンの身体にねっとりとまとわりついた。

「……オーラント、さん……?」

 名前を呼んでも、やはり返事はない。
深い深い闇と、吐き気がするほどの濃い血臭。

 ひたり、ひたりと、血の滴る音がする。
近づいてきた死の足音は、転がるオーラントの頭を踏み潰し、ルーフェンの前で立ち止まった。

「お前は、私の息子じゃない……」

 聞き慣れた、呪いの言葉。
見上げれば、そこにはシルヴィアが立っていた。

「お前は、私の息子じゃない……」

 銀色の魔女は、美しく嗤う。
そうして振り下ろされた、血濡れた刃は、ルーフェンの身体を、真っ二つに切り裂いた──。



「────っ!」

 胸に鋭い痛みが走って、ルーフェンは、寝台から跳ね起きた。

 全身が、汗でぐっしょりと濡れている。
脈打つ心臓を確かめるように、胸を押さえながら、ルーフェンは、はあはあと荒い呼吸を繰り返した。

「……起きたか」

 寝台脇の椅子に腰かけていたジークハルトが、ふと、口を開く。
ルーフェンは、一瞬呆けた様子でジークハルトの顔を見つめていたが、ややあって、きょろきょろと辺りを見回した。

「……俺、寝てた?」

 ジークハルトは、頷いた。

「寝てた、というより、あの後、急にぶっ倒れた。魔力切れでしょう。移動陣の使いすぎかと」

「…………」

 少し驚いたように瞬くと、ルーフェンは、自分の掌を見つめた。
確かに、アーベリトに来るまでに、オーラントとジークハルト、二人分の魔力も賄った上で、移動陣のない場所に瞬間移動するという無茶をした。
だが、まさか倒れるほど消耗していたとは思わなかったのだ。

 ジークハルトは、未だぼんやりとしているルーフェンを一瞥して、小さくため息をついた。

「……かなりうなされてましたけど、悪い夢でも見たんですか」

 一瞬、先程の血の臭いが、鼻の奥によみがえってくる。
ルーフェンは、込み上げてきた吐き気をこらえると、困ったように眉を下げた。

「うなされてたなら、起こしてよ」

「は? なんで俺が」

 うっかり素が出て、ジークハルトがはっと口をつぐむ。
目を丸くしたルーフェンを見て、罰が悪そうに頭を掻くと、ジークハルトは言い直した。

「……いえ、よく眠ってらっしゃったもので」

 ルーフェンは、肩をすくめた。
彼はどうも、口下手なようだ。
無愛想で、どこか近寄りがたい雰囲気を持っているジークハルトだが、一応次期召喚師相手には、かしこまった態度をとらなくてはと気を張っていたのだろう。
そう思うと、なんだか親近感が持てた。

「別に、無理に敬語使わなくてもいいよ。そういうの苦手なんでしょ?」

「…………」

 ジークハルトは、少し躊躇ったように口を開いたが、結局なにも言わなかった。

 ルーフェンは、次いで窓に触れると、ぽつりと呟いた。

「ねえ、ジークハルトくん。……オーラントさんは?」

 ジークハルトが、気持ち悪そうに顔をしかめる。
腕を組むと、彼はきつい口調で言った。

「長い。ジークハルトでいい」

「じゃあ、省略してジークくん」

「……人の話聞いてたか?」

 呆れたように言って、ルーフェンを睨む。
しかし、窓の外を眺めるルーフェンは、どこか上の空で、いまいち言葉が耳に入っていないようだ。
ジークハルトは、深く息を吐いた。

「……親父は、助かった。右腕の切断が終わって、今は隣の部屋で寝てる」

 振り返ったルーフェンの目に、一瞬、安堵の色が浮かぶ。
しかし、すぐに目を伏せると、ルーフェンは、ぎゅっと拳を握った。

「……俺、どれくらい寝てた?」

「さあ。二刻くらいじゃないか」

「二刻……」

 ルーフェンは、結露した窓を手で拭って、空を眺めた。
まだ、日は高い──。
アーベリトに到着して、二刻程度しか経っていないなら、今は昼過ぎだろう。

 ルーフェンは、突然窓を開くと、寝台から身を乗り出して、窓の外に飛び降りた。

「──!?」

 ぎょっとしたジークハルトが、思わず窓に駆け寄る。
一階であったため、軽い段差を飛び越えるような勢いで着地すると、ルーフェンは、ジークハルトを見た。
 
「君は、オーラントさんについていて。……俺は、シルヴィアのところに行く」

「は? 行くって、どうして」

 眉をひそめ、問いかける。
ジークハルトは、同じように外に出ると、ルーフェンと対峙した。

 白い息が、ふわりと空気に溶ける。
ルーフェンは、強く決心したような顔をしていた。

「問い詰めるんだよ。昨夜、オーラントさんとの間に何があったのか。王位継承者の殺害までして、シルヴィアは、一体何を企んでいるのか……」

「王位継承者の、殺害……?」

 サミルたちと会話をしていたとき、ルーフェンが「オーラントが呪詛にかかったのはシルヴィアが原因だ」と述べていたことを思い出す。
あの時は、オーラントを救うことに必死で気が回っていなかったが、改めて考えると、ルーフェンの発言は信じがたいものであった。

「お前、何言って……」

 ジークハルトが、顔を歪める。
ルーフェンは、表情を険しくした。

「俺は、シルヴィアが他の王位継承者達を殺したんだと踏んでる。シルヴィア自身が、王座につくために……。俺は昨夜、そう疑っていることを、オーラントさんに話してしまった。だから彼は、シルヴィアにあんな呪詛をかけられたんだと思う。シルヴィアにとって、秘密を知ったオーラントさんは、邪魔者に他ならないから……」

 ルーフェンは、ジークハルトの様子を伺いながら続けた。

「ちゃんとした証拠は、ない。だから、君が信じられないと思うなら、信じてくれなくてもいい。……でも、俺は行く」

「…………」

 怪訝そうに細められていたジークハルトの目から、徐々に疑いの色が抜けていく。
ジークハルトは、しばらく睨むようにルーフェンを見つめていたが、やがて、施療院のほうを一瞥すると、ため息をついた。

 少しだけ驚いたように、ルーフェンが瞠目する。

「……信じるの?」

 ジークハルトは、冷静に答えた。

「……別に。ただ、あり得ない話じゃないと思っただけだ。あんな複雑怪奇な呪詛、親父相手にかけられるとしたら、召喚師一族くらいだろう」

「…………」

 続けて、ルーフェンと距離を詰めると、ジークハルトは言った。

「だが、仮にお前の話が本当だとして、召喚師を問い詰めるなんてやり方が、得策とは思えない。相手が相手だ。そう簡単に、尻尾を掴めるとは考えづらいだろう。焦って、無鉄砲な行動をとるのは避けるべきだ」

 ジークハルトの言葉に、顔をあげる。
ルーフェンは、乾いた笑いをこぼすと、微かに俯いた。

「そう……」

 そして、ジークハルトの胸に指を向けると、そのまますっと指先を動かした。

「ごめんね、ジークくん」

──瞬間、足元から水が噴き上がったかと思うと、それらが細い渦を成して、ジークハルトを取り囲んだ。
まるで強固な鎖のように、水の輪がジークハルトを縛る。

 ルーフェンは、ジークハルトが動けなくなったことを確認すると、リラの森──移動陣があるほうに向かって走り出した。

「なっ、待て! てめえ!」

 身体を捩りながら、ジークハルトが叫ぶ。
しかし、ルーフェンは振り返りもせず、一直線に移動陣のほうを目指していた。

 「焦って無鉄砲な行動をとるのは避けるべきだ」なんて、ジークハルトは、オーラントと似たようなことを言う。
だが今は、焦らねばならない時なのだ。

 もちろん、ルーフェンだって、何の策もなしに動くのが、良いことだとは思っていない。
しかし、策なんて立てている間にも、シルヴィアとて動いている。
そうして手薬煉てぐすねを引いている間に、オーラントが、標的にされてしまったのだから──。


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