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投稿日:2021年02月24日






 ルーフェンは、くっと歯を食い縛った。

 オーラントは、どうにか助かった。
否、ぎりぎりのところで、シルヴィアに生かされたのだ。

 完全に殺さなければ、ルーフェンの注意はシルヴィアから外れ、オーラントを救う方向に向く。
言わばこれは、時間稼ぎに違いない。
そうでなければ、シルヴィアがみすみすオーラントを逃がすわけがないのだから。

(シルヴィアを止められるとしたら、俺しかいない──!)

 そのまま、リラの森に入ろうとしたところで、急に足が動かなくなって、ルーフェンはつんのめった。
咄嗟に手をついて、足を見ると、先程ジークハルトに放ったのと同じ水の輪が、ルーフェンの足にも絡まっている。

 驚いたのと同時に、背後からすごい勢いでジークハルトが跳びかかってきて、二人は、もつれるようにして地面に倒れた。

「っ、何するんだよ!」

 馬乗りになってきたジークハルトを、ルーフェンが睨み付ける。
ジークハルトは、濡れた前髪をかきあげると、鼻を鳴らした。

「はっ、それはこっちの台詞だ! 魔術なら、誰にも負けないとでも思ってたか?」

「────!」

 そう言われて見て、ジークハルトが自由に動いていることに気づくと、ルーフェンは目を大きくした。
ジークハルトを縛る水の輪は、もうない。
自分が放った魔術を、こんな風に誰かに解かれたのは、初めてであった。

 しかもジークハルトは、全く同じ水の魔術を、今度はルーフェンの足に仕掛けてきたのである。
これは、明らかな当て付けだ。

 ルーフェンは、悔しげにジークハルトを怒鳴った。

「どけ! どうして止めるんだよ! 君だって、お父さんを殺されかけたんだぞ!?」

「俺は、感情的になるなって言ってんだよ! 真実がどうであれ、証拠がないんじゃ問い詰めることもできないだろ!」

 ルーフェンは、足を縛る水の輪を解くと、力ずくでジークハルトを押し返した。

「もう時間がないんだ! 今すぐにでも、陛下がシルヴィアを次期国王に指命してしまうかもしれない! 証拠を探す暇なんてないんだよ! だからシルヴィアに直接会って、無理矢理にでも吐かせる!」

「だから! そんなことしてどうするってんだよっ!」

 ルーフェンの胸ぐらを掴むと、ジークハルトは声を荒げた。

「もし、召喚師の悪巧みを妨害できたとして、どうするんだよ! 次期国王は、赤ん坊のシャルシスか? 発言権の弱いバジレット(ばばあ)か? それとも、周囲の反対をねじ伏せて、王権を他の街に移すのか!?」

 ジークハルトの言葉に、ルーフェンの瞳が揺れる。
以前謁見の間で行われた会議の内容は、既に、ジークハルトたちのような、一般の魔導師たちにも伝わっているのだろう。

 ルーフェンは、すっと息を吸うと、ジークハルトの腕を掴み返した。

「……君は、シルヴィアが……次期国王になればいいって言ってるの?」

「…………」

 一瞬、言葉を詰まらせる。
一拍置いてから、ジークハルトは、ルーフェンを掴む力を緩めた。

「……お前は、宮廷医師共の反対を押しきって、ぶっ倒れるまで魔力使って、親父を助けてくれた。……だから、お前の言葉は、信じてもいい」

 ふっと目を伏せて、ジークハルトは続けた。

「だが、それとこれとは、話が別だ。もし、召喚師が王位継承者を殺していただなんて話が広まったら、サーフェリアはどうなる? シルヴィア・シェイルハートという頼みの国王候補が消えて、更に混乱するだろう。考えなしで動いて、召喚師を陥れたら、その混乱の矛先が、お前に向く可能性だってあるんだぞ? 王位継承者が次々死んで、王都は今、不安定だ。そんな中で、シルヴィア・シェイルハートは唯一の希望であり、心の拠り所になってる。世間では、“そういう”認識だ。お前は、それをぶち壊すのか?」

「…………」

 ルーフェンは、苦しげに唸った。
そして、何かをこらえるように俯くと、口調を弱めた。

「……わかってる、そんなこと……」

 震える唇を噛んで、ルーフェンは言った。

「……皆、シルヴィアのことを疑わない。勝手に憎んで、嫌悪してるのは、いつも俺だけだ。彼女が国王になることが、周囲の望みだっていうのも、わかってる。わかってるけど……そうじゃないだろう……!」

 ジークハルトの肩を掴むと、ルーフェンは顔をあげた。

「君は、世間が納得するなら、オーラントさんを殺そうとした奴が国王になってもいいっていうのか!?」

 ジークハルトが、ルーフェンを突き飛ばす。
勢いよく背中を地面に叩きつけられて、ルーフェンは呻いた。

 ジークハルトは、少し戸惑ったように自分の手を見たが、大声で返した。

「……そうだ。俺は、国に仕える魔導師だ! 国のことを一番に考え、国のために動く! 私情を優先したりしない!」

 言い切ったジークハルトに、ルーフェンが顔をしかめる。

 ジークハルトは、オーラントのことを蔑(ないがし)ろにして、そんな台詞を言った訳じゃない。
それはちゃんと理解していたし、ジークハルトの言い分が、正しいことも分かっていた。
それでも、国のためなら全てを捧げようなんて考えに、ルーフェンは頷く気になれなかった。

 立ち上がると、ルーフェンは、怒鳴り返そうと口を開いた。
しかし、激情を飲み込むように言葉を詰まらせると、ゆるゆると息をはいて、唇を震わせた。

「……なんで、そんな冷静になれるんだよ。一歩間違えたら、オーラントさん、死んでたかもしれないのに……」

 ルーフェンは、弱々しく言った。

「君の、お父さんだろ。血の繋がった、唯一の……。君が、何よりも国を優先するべきだって思うなら、そうすればいい。でも、もっと怒れよ。サーフェリアがどうとか、次期国王がどうとか言う前に、『よくも親父を殺そうとしやがって』って、怒れよ……。その役目は、俺がやったって駄目なんだ。息子である君が、やるべきなんだよ」

 いきなりそんなことを言われて、ジークハルトは、呆気にとられた様子で立ち尽くした。
ルーフェンは、はっと我に返ると、気まずそうに俯いた。

「……もう、いいよ。……分かった。俺は、シルヴィアを絶対に許さないけど、そんなに言うなら、無理に行動は起こさない。まだ陛下のご意志もはっきりしていないようだし、少し様子を見る」

 平坦な声で言って、ルーフェンはジークハルトに向き直った。

「……でも、その代わり、君とオーラントさんは、しばらく王宮に戻らないと約束して。シルヴィアは、多分オーラントさんが生きていることを、知っている。真実を知っているオーラントさんを、彼女が見逃すとは限らない。次にいつ仕掛けてくるか分からないし、もしかしたら、息子であるジークくんのことも狙ってくるかもしれない。魔導師団には、俺から適当に何か言っておくから、今は目立つことはしないで」

 ジークハルトは、不機嫌そうに眉を寄せた。

「ふざけるな。親父はともかく、俺は明日には王宮に戻るぞ。もし何かあったとしても、自分の身くらい、自分で守れる」

 ルーフェンは、首を振った。

「駄目だよ、危険だ。俺はしばらく、シルヴィアの動きを把握するのに精一杯になるだろうし、何かあったとき、上手く君のことを助けられるか分からない」

「だから、自衛するっつってんだろ! 俺のことをなめてるのか」

「足手まといになるって言ってるんだよ!」

 ジークハルトの眉が、怒りでぴくりと動く。
しかしルーフェンは、気にせずジークハルトに顔を近づけると、刺々しく言った。

「いいか、自衛できるとかできないとか、そういう問題じゃない。君は確かに優れた魔導師だと思うけど、相手は召喚師、シルヴィア・シェイルハートなんだ。君の言う“強さ”が、通用する相手じゃない」

 ジークハルトは、舌打ちした。

「通用するかどうかなんて、やってみなきゃ分からないだろ! 調子に乗るなよ。お前だって、召喚術さえなけりゃ俺は──」

「そうだよ。俺には、召喚術がある」

 ジークハルトの言葉を遮って、ルーフェンが口を開く。
その銀の瞳が、不気味な光を宿して、ジークハルトは、思わず言葉を止めた。

 ルーフェンは、続けた。

「召喚術、それこそが俺と君達との、絶対的な力の差であり、越えられない壁だよ。俺も君も、同じ人間だけど、置かれている立場は全く違う。逆に言えば、俺はシルヴィアの同類で、唯一彼女に力で対抗できる人間だ。対抗できるどころか、今は全ての才が俺に渡っているから、やろうと思えば、シルヴィアを殺すことだってできる。俺が読み違いさえしなければ、負けることはない」

 今までの雰囲気とは違う、ルーフェンの冷たい声。
人間離れした、透き通った銀の瞳で見つめられて、ジークハルトの中にわき上がってきたのは、得体の知れない恐怖だった。

「召喚術の強力さも、恐ろしさも、一番分かってるのは、俺だよ。だから、事態が収まるまで、もう君は関わらない方がいい。オーラントさんを巻き込んでしまって本当に申し訳ないけど、言うことを聞いて」

「…………」

 返す言葉が見つからないのか、ジークハルトが押し黙る。
分かってくれただろうかと、顔を離したルーフェンは、しかし、次の瞬間、ジークハルトに頭をぶっ叩かれた。

「いっ──」

 まさか殴られるとは思わず、ルーフェンが頭をおさえる。
ジークハルトは、ふんっと鼻を鳴らすと、ルーフェンを睨んだ。

「何が、俺には召喚術がある、だ。自惚れるのも大概にしろ。なよっちいぼんぼんが!」

 ぴきり、と青筋を立つ。
ルーフェンは、仕返しにジークハルトの顔面を殴り返すと、頭ごなしに叫んだ。

「さっきから立て続けに殴りやがって、いい加減にしろこの石頭!」

 泥が跳ねて、ジークハルトの身体が地面に突っ込む。
しかし、すぐに起き上がると、ジークハルトは再び殴りかかってきた。

「うるせえ! この白髪野郎! てめえが先に喧嘩吹っ掛けてきたんだろうが!」

「白髪じゃない銀髪だ! よく見ろ馬鹿!」
 
 咄嗟に身体を沈ませて、拳を避ける。
ルーフェンは、そのまま懐に飛び込むと、ジークハルトの足に蹴りを入れた。

 足を払われ、ジークハルトが、体勢を崩す。
だが、受け身をとってくるりと立ち上がると、今度はジークハルトが、ルーフェン目掛けて回し蹴りを放った。

 二人はそうして、しばらく取っ組み合いを続けていた。
全身泥だらけ、擦り傷だらけになって、お互いを罵る言葉が出てこなくなっても、やめなかった。

 やがて、息が切れて動けなくなると、ようやく二人は、動きを止めた。
その頃には、一体なんでこんな取っ組み合いを始めたのか、よく分からなくなっていたが、気分はどこかすっきりしていた。

 二人はそうして、草地に仰向けに倒れると、何も言わずに、赤く染まり始めた空を見つめていた。


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