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投稿日:2021年02月24日






 ルーフェンとジークハルトが施療院に戻ってきたのは、空が青い薄闇に沈み始めた時分だった。

 隣の部屋にいたはずのルーフェンたちが、何故か玄関から入ってきたときは、サミルも驚いた。
しかし、全身ずぶ濡れで、ぼろぼろの姿になった二人を見ると、サミルは苦笑して、何も聞かずに迎え入れてくれたのだった。

 風呂に入り、ひとまず病衣を借りて着替えた頃には、眠っていたオーラントが、目を覚ましていた。
右腕を失い、まだ自力で寝台から起き上がることも出来なかったが、思いの外、内面は元気そうだった。

 オーラントは、部屋に入ってきたルーフェンとジークハルトを見ると、左手を挙げて、にっと笑った。

「……よう、なんか、久しぶりだな。二人とも」

 掠れているが、低くて穏やかな、オーラントの声。

 ジークハルトは、無愛想な態度のままだったが、やはり父親の姿に安堵したようで、胸を撫で下ろしていた。
ルーフェンは、オーラントとは昨日も会ったはずだったが、それでも、彼の声を聞いたのは、本当に久々なような気がした。

 右肩から先がない、オーラントの姿を見ていると、ちりちりと身の内を焼くような、そんな熱が込み上がってくる。
だが、その一方で、生気の戻ったオーラントの笑顔を見ると、涙が出そうなほどほっとした。

「大体のことは、レーシアス伯から聞いた。いやぁ、悪かったな。なんか、心配かけたみたいで」

 申し訳なさそうに頭を掻いて、オーラントが言う。

 ジークハルトは、肩をすくめた。

「今朝は死にそうな顔してたくせに、半日で復活するとはな。三十路過ぎの中年とは思えん」

「お前、もうちょっと労りの言葉は出てこないのか……」

 オーラントは、呆れたようにため息をつくと、今度は、ルーフェンの方を見た。

「ルーフェンも、王宮からアーベリトまで、俺を運んでくれたんですってね。昨晩、あんたを誤魔化してまでシルヴィア様んとこに乗り込んだっていうのに、こんな有り様ですんません」

 まるで何でもなかったかのように言って、オーラントが笑う。
ルーフェンは、込み上がってきた熱を押し止めると、微笑みを作った。

「いいんですよ、そんなの。……貴方が、助かって良かった」

 声が震えないように、告げる。
それからルーフェンは、少し躊躇った後、再び口を開いた。

「……オーラントさん、シルヴィアとの間に、何があったんですか?」

 一瞬、オーラントの顔が強張った。
しかし、すぐに緊張感のない表情に戻ると、オーラントは、ルーフェンに軽く頭を下げた。

「それがですね……その、非常に申し訳ないんですが、さっぱり記憶がなくて」

「え……」

 瞠目して、サミルを見る。
サミルは、ルーフェンの意図を察すると、真剣な表情で頷いた。
──呪詛や怪我の後遺症ではない、ということだ。

(シルヴィアが……消したのか?)

 考え込むルーフェンに、オーラントは言った。

「昨晩、あんたと別れた後、そのシルヴィア様に対する違和感、って言うんですかね……それが、なんとなく俺にも分かった気がしたんです。次期国王の件については関係ないんですが、そもそもあんたは、何故ヘンリ村で育ったのか。ヘンリ村であんたが見つかるまで、どうして俺達には、次期召喚師の誕生を知らされていなかったのか。色々考えてたら、どうにも気味が悪くなってきて、直接、シルヴィア様の秘密を探るために離宮に向かったんです。……が、気づいたら、アーベリトの寝台の上、という状態でして」

「…………」

 役に立たないな、などと呟いたジークハルトのを、オーラントが睨む。
そんな二人のやりとりを見ながら、ルーフェンは、無意識にほっと息を吐いた。

 オーラントに記憶がないことは、シルヴィアの情報が得られなかったという意味では、非常に残念だ。
しかし、考えてみれば、情報を引き出せないオーラントなど、シルヴィアにとっては無意味な存在だと言える。
まだ油断はできないが、わざわざ記憶を消したなら、シルヴィアにはもう、オーラントを狙う気はないのかもれない。
そう思うと、心に貯まっていた不安が、少し軽くなった気がした。

 それに、今回のオーラントの行動が、記憶を失ったからといって無駄になったわけではない。
シルヴィアが、オーラントの記憶を消した──。
それはつまり、シルヴィアにとって“知られたくない何か”を、オーラントが見たということだ。

 その何かが、『やりとり』に含まれていたのか、それとも『離宮』にあるのかは分からない。
だがこれは、十分に価値のある情報である。

 サミルは、何か物思いしているルーフェンの肩に手を置くと、小声で囁いた。

「次期召喚師様、少し、話しませんか」

 はっと顔をあげて、ルーフェンが首肯する。
サミルは、席を外す旨をオーラントたちに告げると、ルーフェンを別の病室へと案内した。

 二人きりになると、ルーフェンは、不安そうに顔を曇らせた。

「サミルさん、話って……。まさか、オーラントさんの呪詛のことで、何かありましたか」

 サミルは、慌てて首を振った。

「ああ、いえいえ、違います。バーンズさんに関しては、回復に向かっていますよ。右腕を失ってしまいましたから、精神的な面で心配な部分はありましたが、とても強いお方です。きっと、息子さんや次期召喚師様がいれば、大丈夫でしょう」

 穏やかな声で言われて、ほっと息を漏らす。
突然話そうと言われたので、オーラントやジークハルトには言えないような、重い話をされるのかと思ったが、そうではないらしい。

 ルーフェンは、幾分か表情を緩めると、尋ねた。

「じゃあ、話って?」

 サミルは、ルーフェンに寝台に座るように勧めると、自分は、脇にある椅子に腰を下ろした。
そして、少し躊躇ったように口ごもって、言った。

「……何故、貴方様はヘンリ村で育ったのか……。気になりますか?」

 少し意外な聞き方をされて、瞠目する。

 先程オーラントも言っていた話なので、話題としては、別に驚くような内容ではない。
しかし、この聞き方では、まるでサミルがその質問の答えを知っているような、そんな口ぶりに感じられた。

(……いや、もしかしてサミルさんは、何かを知っている……?)

 思えば、ヘンリ村から直接ルーフェンを引き取ったのは、サミルだ。
王都の人間ではないが、何かを知っていても不自然ではない。
だとすれば、気になります、と答えたら、どうなるのだろう。
十四年前の真実を、サミルは教えてくれるだろうか。

 そんな考えに至って、一瞬口を開きかけたルーフェンだったが、すぐに閉じた。

 シルヴィアは、サミルが十四年前の真実を握っていることを、まだ知らないかもしれない。
それならば、今ここでサミルから情報を得るのは、危険だ。

 ルーフェンの出自を探りに行ったオーラントが、記憶を消された。
つまり、シルヴィアにとって、ルーフェンの出自に関すること──十四年前の真実は、後ろめたいことなのだ。
万が一、サミルがその“後ろめたいこと”を知っている人間だとシルヴィアに露見すれば、彼女の標的が、次はサミルになってしまうかもしれない。
──もう、周りを巻き込んでは駄目だ。

 ルーフェンは、苦笑して見せた。

「……正直なところ、今更どうでもいいです。俺を忌み嫌うシルヴィアの様子を見る限りじゃあ、彼女が俺をヘンリ村に捨てたんだろうなって、なんとなく想像できますし」

「…………」

 サミルの顔が、暗く沈む。
組んだ指を見つめながら、サミルは、再び問うた。

「召喚師様を……シルヴィア様を、憎んでいますか?」

 ルーフェンは、目を伏せた。

「……そうですね。あの女の笑みを見て、こいつが王位継承者達を殺した殺人犯だと、確信してしまうほどには。……でも別に、ヘンリ村に俺を捨てたことに関しては、何とも思っていません」

 サミルが、顔をあげる。
ルーフェンは、穏やかな声で言った。

「ヘンリ村での生活は、確かに地獄でした。俺を食い殺そうとした父を、怨んだ時期もあります。彼らだって、村を滅ぼした俺を怨んでいるに違いない。……それでも、今思えば俺は……あの村が、嫌いではなかったんです」

 燭台の炎に照らされて、ルーフェンの影が、ゆらゆらと揺れる。
その影を見つめながら、ルーフェンは、懐かしそうに目を細めた。

「……悪い人達じゃ、なかったんです。明日の食事もままならないのに、俺を拾って、八歳まで育ててくれた。……俺を食い殺そうとしたのも、仕方がないことだったんです。だって俺は、兄弟たちの中で、唯一血の繋がらない人間だったから」

 ルーフェンは、サミルの方を見た。

「食糧も、家畜も、姉でさえ、役人が全てを奪っていった。飢えて渇いて、絶望して、もうまともな思考も回らなくなった父が、俺を狙うのは必然だった。血の繋がった家族より、拾った他人を切り捨てるのは当たり前です。最近になって、ようやくそう思えるようになりました。だから俺の原点が、王宮ではなくヘンリ村だったことを、悪いことだったとは思っていません」

 悲しそうな表情で黙っているサミルに、ルーフェンは微笑んだ。

「……いえ、すみません。こんな暗い話がしたかったんじゃないんです。ただ俺は、血の繋がりとか家族の絆って、本当に強いんだなって、そういう話がしたかったんです。俺はシルヴィアに対して、家族らしい感情なんて湧きませんが、きっと本来、血の繋がった家族には、他人が踏み入れる隙なんてないような、強い絆があるんだろうなって。オーラントさんとジークくんを見て、ふと、そう思いました」

 サミルが、はっと目を見開く。
そして、何かを察したように、慌てて首を振った。

「何を仰ってるんですか。私はもちろん、バーンズさんだって、次期召喚師様のことをちゃんと──」

「いいんです」

 言葉を遮って、言い含める。

「俺は、そういう立場じゃないので……いいんです」

「…………」

 サミルの顔が、苦しそうに歪んでいくのを見ながら、ルーフェンは続けた。

「少し前まで、召喚師になんてなるものか、とも思ってました。でも、あがくのも疲れてしまったので、やめました。……俺は、もう大丈夫です。安心してください。俺は俺の、守りたいものを守るためだけに、召喚師になります」

 ルーフェンは、すっと息を吸った。

「血の繋がりは、強い。召喚師一族として生まれてしまった以上、その罪深い闇の系譜からは、一生抜け出せない。シルヴィアから逃れることは、もうできないし、彼女もまた、俺という存在に囚われて、狂わされている。きっと俺達は、そういう一族なんです」

「そんなことは……」

「いいえ、そうなんです。俺達は、国の守護を義務付けられた、人殺しの一族。でも、そういうものなのだと割り切ったら、少しだけ、心が楽になりました。俺は、召喚師という運命に逆らいはしませんが、従順に従おうとも思っていません」

「…………」

 ルーフェンは、寝台から立ち上がった。

「サミルさん、俺は大丈夫です。シルヴィアのことも……現状手が出せないので、しばらくは様子を見ます」

「…………」

「俺のことを心配して、話を聞こうとして下さったんですよね。でも本当に、俺は平気ですから、もう、気にしないで下さい」

 返す言葉を探しているのか、サミルは、盛んに口を開こうとしている。
それを分かっていてルーフェンは、部屋の扉に手をかけた。

「……俺、着替えて、そろそろ王宮に戻りますね。オーラントさんとジークくんのことは、すみませんが、しばらくここに置いてあげて下さい。オーラントさんのこと、ありがとうございました」

 扉を開け、部屋の外に出る。
すると、勢いよく椅子から立ち上がって、サミルが口を開いた。

「次期召喚師様!」

 振り返らずに、立ち止まる。
サミルは、悩んだ末に、優しい声で言った。

「孤児院を……見ましたか」

 ルーフェンは、返事をしなかったが、構わずサミルは言い募った。

「……崩れていた壁を、修繕しました。子供たちの夕飯に、一品増えました。サンレードのあの子、イオもいます。今後、増築も考えていますし、孤児院の次は、この施療院も、より多くの患者を受け入れられるように、変えていきたいと思っています。……全て、貴方様とリオット族の方々のおかげです。皆、次期召喚師様に感謝しています」

 ルーフェンが、ゆっくりとサミルの方を見る。
その目に、どこか不安定な色が浮かんでいるのを見ると、サミルは、悲しそうに微笑んだ。

「ですからどうか、私達が力になれることがあったら、何でも言ってください」

 ルーフェンは、返事をしなかったし、頷くこともしなかった。
ただサミルを見て、少し困ったような微笑みだけ返すと、部屋から出ていった。


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