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投稿日:2021年02月24日




†第一章†——索漠たる時々
第一話『排斥はいせき


 シュベルテがサーフェリアの王都となって、今年で五百年目を迎えた。
今日は、その式典が開かれる日で、シュベルテ中がこれまでにないほどの賑わいを見せている。
式典自体は毎年行われているが、五百年目ということで、今回は特に盛大な規模だったのである。

 王宮では、各街の領主や貴族たちが集まって、王族を囲んでの晩餐会を始めていた。
そこには、当然召喚師一族も出席が義務付けられており、ルーフェンは人目から外れた広間の隅で、窓の外を眺めていた。

 華やかに飾り付けられた広間に、豪華な食事。
誰もが羨むであろう祝いの席だが、街に降りた方がずっと楽しいだろうと、ルーフェンは常々思っていた。

 こういった席は、晩餐会と称した腹の探り合い会に過ぎない。
あるいは、家柄への媚売り会、娘を嫁がせたい貴族達のご機嫌とり会、とも言えるだろう。

 嫌悪感がする、とまではいかないが、息が詰まるのは事実だった。
わざとらしい笑顔を浮かべて、機嫌をとられるのはもちろん、立場上こちらも相手が機嫌を損ねないように接しなければならない。
それが、些か苦痛だった。

 とはいっても、最近はそれさえ癖になって、なにも感じなくなってきた。
慣れとは恐ろしいものである。

「ルーフェン、窓の外なんか見て、どうしたの?」

 背後から可愛らしい声がして、ルーフェンは我に返った。
振り返ると、鮮やかな巻き毛の金髪の少女が、笑みを浮かべて立っていた。
第一王女のフィオーナ・カーライルだ。

 その横には、銀のドレスを来たブルネットの少女が、恥ずかしげに立っている。
どこかで見たような顔だったが、いまいち思い出せなかった。

「どうもいたしませんよ、フィオーナ姫」

 如才なく微笑んで見せると、隣のブルネットの少女の顔が、一瞬で赤くなった。

「あの、次期召喚師様……お、お久しゅうございます。えっと……」

「ご機嫌麗しゅう存じます。再びお会いできて光栄です」

 緊張からか、上手く話せない少女の手を取って軽く口づけると、彼女が更に真っ赤になって黙り込んだ。

「……この子、あまりそういうのは慣れてないのよ。社交界にも、最近出てきたばかりなんですもの」

 フィオーナに睨まれて、ルーフェンは苦笑した。
そしてブルネットの少女を一瞥すると、優雅に礼をした。

「それは、大変失礼いたしました。お顔が赤いようですので、何か冷たい飲み物でも持ってこさせましょう」

 慇懃(いんぎん)にその場を誤魔化して立ち去ると、ルーフェンは近くにいた使用人に飲み物をフィオーナ達の元へ持っていくよう告げて、そのまま人気のないバルコニーへ出た。
晩餐会中にこんなところへ出る人はほとんどいないから、ここにいればしばらく人目を避けられるだろう。

 冷たい夜風に当たりながら、シュベルテの街を見下ろすと、そこは見渡す限り人で埋め尽くされていた。

 どの通りにも、露店が所狭しと立ち並んでいる。
様々な色合いに装飾された街は、高いところから見ると息を飲むほど綺麗だった。

 加えて、今日ばかりは各店の予算を公費で落としているらしく、酒や食べ物全てが無料同然になっているため、旅人達も数多く訪れているようだった。
街全体が、楽しげな雰囲気に包まれている。

(……色んな、世界があるんだな)

 家族すら食い殺そうとするヘンリ村での生活が脳裏に蘇って、ルーフェンはふと思った。
別に、だからといってシュベルテの民が妬ましいとか、そういった感情は抱いていない。
ただ、同じ国の民であるのに、どうしてこうも差があるのかと疑問に思った。
現に、自分は底辺から上流階級での暮らしに移ったのだ。

 物思いに耽っていると、すぐ近くに誰かの気配がした。
今度は誰だと、面倒に思う気持ちを抑えながら振り返ると、アレイドが立っていた。

 彼は、自分のように面倒だからといって、人気のないところに身を隠すような性格ではないから、おそらくルーフェンを追ってきたのだろう。
アレイドは、他の二人の兄——ルイスやリュートと違い、ルーフェンに話しかけてくることが多いのだ。

「兄さん、ロゼッタ嬢たちとは、もう話さなくていいの?」

「……ロゼッタ嬢?」

 興味がなさそうに聞き返してきたルーフェンに、アレイドは眉を下げた。

「さ、さっき話してたじゃない。フィオーナ姫と……ほら、ハーフェルンの領主様のご息女だよ。この前、花祭りの時にもお会いしたでしょう?」

「ああ……そういえば、そうだった気がする」

 ハーフェルンは、シュベルテの北にある港町である。
なかなかに発展した街で、おそらくシュベルテの次に大きいだろう。

 アレイドは、ルーフェンと広間とを交互に見て、困ったように言った。

「……よ、良かったの? 多分、兄さんともっと話したかったんじゃないかな……ロゼッタ嬢……」

 ルーフェンは、わざとらしく肩をすくめた。

「さあ? どっちにしても、戻る気はないよ。……まあ君が素直に、ロゼッタ嬢と話したいからついてきてって言うなら、考えるけど」

「ちっ、違うよ! そんなんじゃ——!」

「そ。じゃあ戻らない」

「…………」

 分かりやすく肩を落としたアレイドとは対照的に、ルーフェンはふっと笑うと、再び街の方を見た。

 ルーフェンは、王宮に身を置くようになったこの六年間で、すっかり少年らしくなっていた。
身長も随分と伸びたし、当初は上流階級としてのことなど何一つ身に付けていなかったが、今は文字も作法も覚え、次期召喚師として多くの魔術を使えるようにもなった。

 さあっと吹いた夜風に、ルーフェンの銀髪が靡くのを見ながら、アレイドは、やはり彼こそシルヴィアの息子なのだろうと感じた。
未だに、彼を我が子ではないと言い張っている母、シルヴィアだが、その銀髪も、整った顔立ちも、そして魔術の才も、血が繋がっているとしか思えないほど似ている。

 アレイドは、小さな頃は母の言葉を鵜呑みにして、ルーフェンから遠ざかるように生活していたが、今は兄弟として、その距離を縮めたいと思っていた。
こんな気持ちを母や他の兄達が知ったら、良い顔はしないだろう。
それは分かっていたが、ルーフェンとは年の差も一つしかなかったし、単純に仲良くなりたかったのだ。

 ただ、ルーフェンには、どこか人を寄せ付けない独特の雰囲気があった。
普段共に過ごしているときは、そんなこと微塵も思わない。
しかし、一人で物思いしている時のルーフェンからは、とても十四の少年とは思えない、深く暗い静けさを感じることがある。
それは、時折、自分と彼は薄い壁を隔てて違う世界にいるのではないだろうかと感じるほどだった。

 だから、どんなに仲良くなろうと思っても、ルーフェンにはあと一歩というところで、距離を置かれているような気がした。
薄壁一枚分、線一本分、そんな本当にわずかな距離だけれども、近づくと彼はいつも逃げてしまっている感じがするのだった。

 広間の方から、わぁっと拍手が沸き起こった。
驚いてそちらを見ると、国王エルディオが何やら壇上で話しているようだ。
バルコニーにはほとんど声は届いていなかったし、何を話しているのかはっきりとは分からなかったが、単に式典の挨拶というだけのことだろう。

 アレイドがぼんやりとその様子を眺めていると、ルーフェンが街を見下ろしたまま呟いた。

「……戻りたいなら、戻った方がいいよ。二人も広間にいないってなると、流石にばれるかもしれない」

 アレイドは、首を横に振った。

「僕は、いいよ。兄さんこそ、戻った方がいいんじゃないかな……次期召喚師だもん」

「……俺はしばらく戻らないよ、面倒くさい」

「でも、兄さんと話したいって人、沢山いたよ?」

「…………」

 煩わしい、とでも言いたげに軽く睨まれて、アレイドは黙り込んだ。
しかし同時に、ルーフェンがアレイドの背後を見て、硬直した。

 アレイドの影に、別の影が重なる。
微かに香る花のような甘やかな匂いに、アレイドがゆっくりと振り返ると、そこにはシルヴィアが立っていた。

「母上……」

 アレイドが呟くと、シルヴィアはふわりと微笑んだ。

「こんなところで、何をしているの? まだ晩餐会の途中でしょう。戻りなさい、アレイド」

「は、はい。すみません……」

 慌てて頭を下げ、顔をあげると、ルーフェンが素早くシルヴィアの脇を抜けて、室内に入っていくのが見えた。
表情は伺えなかったが、きっとルーフェンは、恐ろしく冷たい表情をしているだろう。
彼は、シルヴィアに対して、いつもそうだった。

 一方シルヴィアは、ルーフェンには目もくれずに、アレイドの手を握ると、そのまま室内に導いた。
その手はまるで絹のようになめらかで、白く美しい。

「……あの、母上。ルーフェン兄さんと話したこと、怒ってますか?」

 か細い声で問いかけると、シルヴィアは優しげな顔でこちらを見た。

「……話して、楽しかった?」

「…………」
 
 楽しい、とは少し違う気もしたが、ルーフェンとは仲良くなりたい。もっと話してみたい。
アレイドは、そう言いたかった。

 しかし、穏やかなようで、どこか威圧感のあるシルヴィアの言葉に、アレイドは何も言うことが出来なかった。
どうして自分には、こうも度胸がないのだろうと、時々悲しくなる。

 シルヴィアは、何も言わないアレイドを見つめながら、にこりと笑んだ。

「楽しくなんて、ないわよねえ。だってあの子、シェイルハート家の子ではないんですもの」

「……はい……」

 シルヴィアの笑顔につられるように、力ない笑いを浮かべて、アレイドはそう返事をした。

 ルーフェンのこととなると、シルヴィアは「我が子ではない」と、その一点張りだった。
今や、誰もがルーフェンを次期召喚師として認め、シルヴィアの子だと認知しているにも拘わらず、だ。

 シルヴィアは、世間的にも美しく気高い召喚師として、立派な地位を築いていたし、当然アレイドも、そんな母を慕っていた。
だが、繰り返し繰り返し、壊れたようにルーフェンの存在を否定するシルヴィアは、少し異様だと思うこともあった。

 今更、いくら「ルーフェンは自分の子ではない」と言ったところで、もう彼が次期召喚師であることは絶対に揺らがない。
それでも、ひたすらそう主張するシルヴィアは、まるでその言葉を自分に言い聞かせているようで──。

 常に浮かべられたその笑顔の裏で、母は何を思っているのだろうと考えるようになったのは、つい最近のことであった。


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