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投稿日:2021年02月24日





「──アラン・レーシアス……。アーベリトの前領主、私の兄が、ルーフェン様の父親です」

 一言一言を噛み締めるように、サミルははっきりと言った。

 オーラントは、ぽかんと口を開いて固まっていたが、ややあって、はっと目を見開いた。

「アラン・レーシアス……えっ、それって、リオット病の治療法を編み出した?」

「ええ、その通りです」

 サミルは、深く頷いた。
それから少しの間、悩ましげに眉をひそめていたが、やがて、心を決めたらしく、口を開いた。

「……二十年前、リオット族が王都シュベルテで騒擾を起こし、ノーラデュースへと追いやられた年……。その時のレーシアス家は、まだ栄華の中にありました。リオット病の治療法が必要なくなり、商会の関心はアーベリトから離れたものの、当時は、医療の街と呼ばれるに足る卓越した技術力を、私達が有していると認められていたからです。
初代領主、ドナーク・レーシアスの時代から続く慈善事業の功績もあり、王都との関係も良好。とりわけ、遺伝病の治療法を確立させた私の兄、アランは、医療魔術の先駆者として注目され、王宮から呼び出しがかかることも増えていました。……それが、きっかけだったのでしょう。兄は、王宮へと通う内に、召喚師シルヴィア様に、心奪われてしまった……」

 オーラントとジークハルトが、顔を強張らせる。
サミルは、細く息を吐き出した。

「当時、アランとシルヴィア様の間で、どのようなやりとりがあったのか……それは、私にも分かりません。ただ、優れた医療魔術の腕を持っていたアランは、シルヴィア様の相手として、周囲から認められていたようでした。それに、私自身、シルヴィア様のことを嬉しそうに語る兄を見て、上手くいけば良いと考えていました。アーベリトの宝である医療技術が、兄を通して王都に渡ってしまうのは、少し不安でしたが……。それでもアランは、本当に研究一筋で生きてきた人でしたから、できることなら、普通の人としての幸せも掴んでほしいと、私なりに願っていたのです」

 それから、表情を暗くすると、サミルは言い募った。

「……悲劇が起きたのは、それから六年後。つまり、今から十四年前のことです……。その頃、シルヴィア様は、ルイス様とリュート様に次ぐ、三人目の御子を身籠っておられました。アランは、その子のことを、自分の子だとはっきり言っていました。しかし、その三人目の子は、生まれたその日に死産だったと発表されたのです」

 聞きながら、オーラントが、ごくりと息を飲む。
三人目の子供が死産だったという発表は、オーラントにも、覚えがあった。
その頃、オーラントは既にノーラデュースにいたが、知らせが届いた時は、「三人目も次期召喚師ではなかったらしい」と話題になったものだ。

 サミルは、微かに表情を険しくした。

「次期召喚師様の誕生を願っていた王都の民たちは、大層悲しみましたし、当然アランも、その知らせを聞いて、すぐに王宮に向かいました。ですが、行ったその帰り道で、アランは亡くなりました。落馬による事故死だとして片付けられましたが、彼の遺体を引き取った私は、どうしても納得できませんでした。彼は左足を骨折していたのですが、それが、致命傷になるほどの大怪我には見えなかったからです」

 ジークハルトが、すっと目を細める。

「親父と同じ、か……」

 サミルは、首肯した。

「そう。バーンズさんの状況と、酷似しています。アランの経験があったからこそ、私は今回、バーンズさんを蝕んでいたのが、特殊な呪詛であることに気づけたのです。……私は、アランの遺体を解剖しました。亡骸に刃を入れるなんて、不謹慎だと思われるかもしれませんが、どうしても、ただの事故死だとは思えなかったのです……。そして、気づきました。骨折した左足が呪詛の核であり、その核さえ身体から切り離していれば、呪詛は効力を失っていたことを……」

 青い顔で、サミルはため息をついた。

「あの呪詛は、一体なんなのか……。私は必死に調べましたが、結局、未だに分かっていません。同時に、とても怖くなりました。アランの死は、本当にただ不運なだけの事故だったのだろうか。もしや、何者かによって謀られたものではないだろうか、と。しかし、そんなアランの死の謎を探る間もなく、アーベリトに、次なる不幸が訪れました。リオット病の治療法が、でたらめだという噂が世間に出回ったのです……」

 ノーラデュースに行った商人が、再びリオット病の蔓延を確認し、アランの治療法を批難した──。
アーベリトの地位が陥落することとなった、きっかけの出来事である。

 サミルは、首を横に振った。

「ですが、その噂は、かなり不確かなものでした。ノーラデュースにて、リオット族の皮膚の変形が元に戻っているのを見た、という商人の証言は事実だったようですが、その科学的根拠を、王宮側は全く提示してくれなかったのです。治療法に絶対の自信を持っていた私は、『リオット病の症状が戻ったのには、他に理由があるはずだ。治療法自体がでたらめなどと言うなら、証拠を出してほしい』と、王宮にお願いしたのですが、一切取り合ってもらえませんでした。根拠など無くとも、広まった噂は留まることを知らず、レーシアス家は下流貴族に逆戻り。後のアーベリトの有り様は、ご存知の通りです。何かおかしいと思っていた私は、王宮を問い詰めることをやめませんでした。そして、知ったのです。商人の話を聞き、治療法がでたらめだったなどと吹聴した宮廷医師が、当時召喚師シルヴィア様の担当をしていた医師の一人であった、ということを」

  神妙な面持ちのオーラントとジークハルトに、サミルは言った。

「私の、被害妄想だとも思いました。しかし、多くのものを失った私には、どうしてもこれらの出来事が、偶然に起こったことだとは思えなかった……。遺伝病の治療法の話題で、死産のお話が世間から押し流されていくのを見て、私は、日に日に疑念を募らせていったのです。アランの不審な死、見たこともない呪詛、そして、リオット病の治療法がでたらめだというがせ情報……。その黒幕は、もしやシルヴィア様なのではないか、と。
……確信は、ありませんでした。アランの話に出ていた、聡明でお優しいシルヴィア様が、嘘だとも思えなかったからです。……ただ、もしかしたら、シルヴィア様も変わられたのかもしれない。どんな形であるにしろ、今のシルヴィア様には何か裏があるのだと、そう疑っていたのもまた事実です。けれど、それを探って、王宮に影響を及ぼせるほどの地位や権力が、その時の私には、もうありませんでした。……しかし、その八年後。私はその疑念を、確信に変えました」

 オーラントが、ため息混じりに呟いた。

「ルーフェンが……ヘンリ村で発見された、か……」

 ぐっと眉根を寄せて、サミルが頷く。

「銀の髪と瞳、召喚術の才からして、シルヴィア様の実子であることは確か。そして、ルーフェン様を一時的に引き取った私は、『絶対にこの子は、死産だと発表されたあの子だ』と確信しました。年齢を考えても計算が合いますし、何より、彼の魔力をよく読み取れば分かります。ルーフェン様の魔力は、当然シルヴィア様のものと酷似していますが、その内には、アランのものも確かに混じっていますから……」

 サミルは俯いて、拳を握った。
その瞳には、微かに哀しみの色が浮かんでいる。

「……私が、守って差し上げねばと、そう思いました。アランが残した子供です、叔父である私が守らねばと……。理由は知りませんが、シルヴィア様は『その子は私の息子ではない』の一点張り。死産だと言い張って、ルーフェン様の存在を隠蔽しようとしていた時点で、やはり彼女には、何かあるのだと思いました。周囲も、話題にした割には、気味が悪いくらいルーフェン様の出自を気にしませんし、イシュカル教徒の勢力拡大も、気がかりです。正直、王宮に返したくはありませんでした。もちろん、そんなことは叶いませんでしたが……」

 それから、つかの間沈黙して、サミルは言った。

「あれから更に六年の月日が経ち、十四になったルーフェン様と、偶然王宮で再会しました。次期召喚師としての運命を嘆き、人を殺したくないのだと言うルーフェン様を見て、哀れに思う一方、少し安心しました。ルーフェン様が、まだ正常な感覚をお持ちであることに、ほっとしたのです。同時に、己の無力さに腹が立ちました。
……リオット族の一件を経て、ルーフェン様は、明るくなったように思います。きっと、バーンズさんや、リオット族の方々のお陰なのでしょう。私はいつも、どうするべきなのか悩むばかりで、結局何もできませんでした。だから、どのような形でも良いのです……。今、ルーフェン様が王位継承のことで苦しんでおられるなら、今度こそは、力になりたいと思うのです」

 サミルは、力なく微笑んで見せると、そこで言葉を切った。
オーラントは、しばらく天井を眺めながら、考え事をしているようだったが、やがて、ふとサミルの方を見ると、ぽつりと言った。

「何もできませんでしたなんて、そんなこたぁ、ないですよ」

 一瞬口を閉じて、それからにっと笑う。

「貴方には秘密ってことだったので、言ってませんでしたけどね。ルーフェンがリオット族をノーラデュースから出して、リオット病の治療法の需要を高めたのは、全てアーベリトのためだったんですよ。……まあ、薄々気づいていらっしゃったとは思いますが」

 見つめ返してきたサミルに、オーラントは、やれやれといった風に続けた。

「ノーラデュースに行った時も、あいつは、口を開けば『サミルさん、サミルさん』って、うるさいのなんの。俺はね、リオット族を王都に連れ戻すなんて無理だって、止めたんですよ? だけど、『アーベリトの財政難を救うにはこの方法が良いんだ』って、聞きゃしない。つまり、なりふり構わず奈落の底に特攻させるくらいには、ルーフェンにとって、レーシアス伯は大きな存在だってことです。だから俺が偉そうに言うことでもないですけど、何もできなかったなんて、そんなこたぁないですよ。だってあいつ、ノーラデュースに行く前、リオット病のことを調べるとか言って、八日間も図書室に不眠不休でこもってたんですよ。八日間も! 正直俺は、どん引きしましたね」

 何の躊躇いもなくルーフェンを貶すオーラントを見て、サミルは、困ったように笑った。

「……そういうところは、兄のアランにそっくりなんですね」

 そして、懐かしそうに目を細めながら、サミルは言った。

「アランも、一度こうと決めると、なかなか譲らない人でした。生粋の医師であり、研究者でしたから、少しでも気になることができると、何日も部屋に籠って、寝食すら忘れて作業に没頭するような人だったんです。世間からは、医療魔術の先駆者などと評価されている兄でしたが、蓋を開けてみれば、中身はいまいち子供っぽいというか、なんというか……」

 サミルは、胸に手を当てると、そっと目を閉じた。

「十数年も経て、兄の生きた証が、こうして私の前に現れるなんて……。運命とは、斯くも不思議なものなのですね」


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