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投稿日:2021年02月24日





 バジレットは、冷たい笑みを浮かべた。

「文章自体は私が代筆したものだが、その横に捺してある血印は、我が息子エルディオのものだ。そこに書いてあることは全て、紛れもないエルディオの意思。そして、この書簡の存在は、まだそなた以外には知らせておらぬ。……当然、召喚師シルヴィアにもな」

 ルーフェンは、バジレットの意図を探るように、目を細めた。

 国王エルディオは、シルヴィアを寵愛している。
故に、彼が次期国王に指名するとしたら、シルヴィアの他にはいないと思っていた。
シルヴィア自身も、自分が選ばれると確信していたから、先日謁見の間で、エルディオの意向に従うべきだ、などと発言したのだろう。

(……遷都したがっているのは、陛下というより、バジレットの方だ。彼女が陛下に、遷都を指示するようにけしかけたのか……? )

 ルーフェンは、怪訝そうに眉を寄せた。

「……恐れながら、これが真に陛下のご意志とは思えません……。陛下は、召喚師を退任したシルヴィアを、次期国王に指名なさるのだと考えておりましたが……」

 警戒した様子のルーフェンに、バジレットは、淡々と言い放った。

「だから、言ったであろう。この国を回しているのは、そなたたち召喚師一族ではない、と……」

 言葉の意味を図りかねて、ルーフェンが顔をしかめる。
バジレットは、侍従が用意した紅茶を一口すすって、続けた。

「……余は、まだ話すこともできぬシャルシスを、薄汚れた王座につかせる気はない。しかし、だからといって、あのシルヴィアの思い通りにさせるつもりもない。残る道は、ただ一つ……王都と王位を、他の街に移すこと。これが余の意思であり、現国王エルディオ・カーライルの真の意思でもある」

「シルヴィアの、思い通り、って……」

 言いかけて、はっと口をつぐむ。
バジレットだけではない、エルディオもまた、シルヴィアの正体に気づいていると言うのだろうか。

 バジレットは、忌々しそうに眉を歪めた。

「エルディオが倒れ、ルイスらも死に、城下では、王家には不穏な呪いでもかけられているのではないか、と噂される始末。……だが、これまでも王宮では、似たような不審死が起こっておる。十年前には、エルディオの正妃ユリアンが。一年前には、シャルシスの母クロエも、出産後に原因不明の死を遂げた。ユリアン、クロエ、ルイス、リュート、アレイド、そしてフィオーナ……全員、王位継承権を持つ者達だ」

 椅子の背もたれに寄りかかって、バジレットは、表情を険しくした。

「そなた、フィオーナらの死は、シルヴィアが仕組んだことではないか、と申しておったな。証拠はあるのか?」

 ルーフェンは、首を振った。

「……ありません」

 ルーフェンが答えると、バジレットは、口端を歪めた。

「……これだけ多くの者達が死んで、何の証拠も出ないというほうが、不自然だとは思わぬか」

「…………」

 ルーフェンの目が、徐々に見開かれる。
硬直しているルーフェンを見ながら、バジレットは言い募った。

「無論、 真に王位継承者たちが病死、事故死したというのなら、証拠なんてものは出るまいよ。だが、まるで王位継承者を狙ったかのように病死や事故死が連続して起こるなど、それこそ奇妙なことだ。もしこれが本当に偶然だと言うならば、王宮は、民衆達の言う通り、呪われているのだろうな。……その呪いの正体こそが、そなたの母、シルヴィア・シェイルハートだと余は考えておるが」

 ルーフェンは、緊張した面持ちで尋ねた。

「……つまり、バジレット様や陛下は、シルヴィアが王位継承者たちを殺害したのかもしれないということに、最初から気づいていたのですか?」

 バジレットは、口元を引き締めると、真剣な顔つきに戻った。

「そうだ、と言い切れるわけではない。しかし、ユリアンやクロエが死に、ヘンリ村で見つかったそなたを、息子ではないなどと主張するようになった頃から、シルヴィアの様子がおかしいとは思っていた。エルディオ自身も、ユリアンの死は、正妃の座を羨んでいたシルヴィアが謀ったことなのではないかと、疑っていたようだ」

 ルーフェンは、眉を寄せた。

「そう疑っていたなら、何故陛下はシルヴィアをご寵愛なさっているのですか。ユリアン様を殺したかもしれない相手なんて、側には置きたくないはずでしょう?」

 バジレットは、鼻で笑った。

「寵愛? たわけ、誰があのような女を寵愛するというのだ。シルヴィアの化けの皮に騙される男共と、エルディオを一緒にするでない。エルディオはただ、側に置いて夫婦の真似事をしていたほうが、シルヴィアも大人しくしているだろうと踏んで、あの女に妾の地位を与えたのだ」

 予想外の答えに、ルーフェンは顔を強張らせた。

 シルヴィアとエルディオは、相思相愛なのだと思い込んでいた。
しかしエルディオは、ただシルヴィアの恋情を利用していただけだったのである。

 バジレットは、静かな声で続けた。

「……皮肉なことに、民衆達がシルヴィアのことを支持しているのは、紛れもない事実。あの女も、いくら我らが探りを入れようと、ぼろは出さなかった。そもそも、どのような理由があろうと、サーフェリアは召喚師を失うわけにはいかぬ。故に我ら王族は、シルヴィアを王宮から出すことなく、あくまで国の誇る召喚師として、監視していなければならなかったのだ。……これまではな」

 ふと、バジレットが立ち上がる。
その顔には、微かな笑みを浮かべていたが、瞳には、冷徹な光が宿っていた。

「……状況が、変わった。召喚術の才は、ルーフェン、そなたに移ったのだ。つまり、シルヴィア・シェイルハートはもう要らぬ。あの女、こうなることを恐れて、召喚師の次は国王の座に居座ろうとでも考えたのだろうが、そんなことは、余が認めはしない……」

 そう言うと、バジレットは懐から白い包み紙を取り出し、ルーフェンの目の前に置いた。
包みに覆われていたのは、きらりと光る、緋色の耳飾りであった。

「ランシャムの、耳飾り……」

 息を飲んで、耳飾りを見つめる。

 このランシャムという緋色の魔石は、魔力に敏感に反応し、その出力量を制御するという、特殊な性質を持っている。
この魔石で作られた耳飾りは、サーフェリアの召喚師に、代々受け継がれているのである。

 これを受け取ること──それはすなわち、召喚師を継ぐ、ということを意味する。
召喚師の座をルーフェンに譲り、次は王座に君臨しようと考えているシルヴィアから、バジレットが預かったのだろう。

 バジレットは、鋭い声で告げた。

「──本日、この場をもって、そなたを正式に召喚師とする」

「…………」

 心臓が、どくんと収縮する。
バジレットの言葉が、自分に向けられているのだと自覚しながら、ルーフェンは、ゆっくりと顔を上げた。

 バジレットは、続けた。

「明朝、余はエルディオが遷都を望んでいる旨を、家臣達に知らせる。その知らせが出回った頃に、ルーフェン、その耳飾りをつけ、シルヴィアの元へ行け。そして、王位継承者たちの死の真相を、聞き出すのだ。明日、シルヴィアは召喚師の座を奪われ、国王への即位という逃げ道すらも絶たれることになる。追い詰められたシルヴィアが、召喚師となった今のそなたに逆らうことはできない。ようやく、あの女に罪を認めさせることが、できるやもしれぬ」

「…………」

 淡々としたバジレットの声を聞きながら、ルーフェンは、ぐっと拳を握った。

 これで、良いのだと思った。
シルヴィアを、次期国王にしてはならない。
バジレットたちもそう考えているならば、好都合ではないか。

 ルーフェン自身、たとえどんな手段を使うことになっても、シルヴィアの即位を阻止しようと動いてきたのだ。
バジレットやエルディオが加わることで、より確実にシルヴィアを陥れられるというなら、何も迷う必要はない。

(……そうだ。シルヴィアは、私欲のために王位継承者たちを殺し、オーラントさんまで巻き込んだ。俺だって、あの女が、憎い……)

 ふわりと笑う、シルヴィアの顔を思い、ルーフェンは歯を食い縛った。
同時に、アンナやバジレットの言葉が、次々と脳裏に浮かんでくる。

──……シルヴィア様は……ただ、陛下の隣で、召喚師として、在り続けたかっただけなのです……。

──普通の女性としての幸せを、許されないお立場なのです。

──召喚術の才は、ルーフェン、そなたに移ったのだ。つまり、シルヴィア・シェイルハートはもう要らぬ。

(…………)

 冷たいものが心に触れて、全身が痺れたように、動かなくなった。

 召喚師一族として生まれ、過酷な運命を呪いながらも、国王エルディオに付き従うことで、己の価値を見出だしていたシルヴィア。
そのエルディオからも、本当は見放されていたのだと知ったら、シルヴィアは、どうなるのだろうか。
それでも美麗に笑って、立っていることができるのだろうか。

 召喚術の才さえなくなれば、もう用済み。
そうして捨てられる、シルヴィアの有り様は、召喚師の在り方を、改めてルーフェンに見せつけているようだった。
しょせん召喚師など、使い捨ての道具に過ぎないのだ、と──。

「…………」

 ルーフェンは、深く息を吸うと、微かに震えた声で、問うた。

「……そこまで、する必要があるのでしょうか」

 バジレットの眉が、ぴくりと動く。
ルーフェンは、血の気のない顔で、バジレットを見つめた。

「シルヴィアが、王位継承者殺害の罪を認めようが、認めまいが……どちらにせよ、陛下が遷都を望まれている以上、王都と王権は他の街に移ることになるでしょう。彼女に残るものは、もう何もない。地位も力も失い、シルヴィアにできることは、なくなるはず。ですから……」

「──だから、そのまま見逃してやれ、とでも言うつもりか?」

 ルーフェンの言葉を遮って、バジレットが言う。
彼女の厳しい表情には、はっきりと怒りが滲んでいた。

「我が娘も同然であったユリアンやクロエ、孫のリュートやフィオーナすらも、無惨に殺された。今、息子エルディオの命までもが、あの女の手によって奪われようとしている。シルヴィア・シェイルハートは、この王宮を蝕む“呪い”そのものだ。余は、この命が尽きるその時まで、あの女を許しはしない。召喚師一族として国の象徴になっている以上、投獄することはできぬ。しかし、罪を認めさせ、我ら王族、カーライルの名の下に屈服させてやるくらいはせねば、この怒りは収まらぬ……!」

 憤怒に顔を歪ませ、バジレットは、ルーフェンを睨んだ。

「ルーフェン、そなたも、あの女を恨んでいるのだろう。そなたら二人の間にある溝も、エルディオから聞いておる。
第一あの女は、己の息子であるルイスらが死んでも、薄ら笑いを浮かべているような女だ。仮に、王位継承者たちの死に、シルヴィアが関わっていなかったのだとしても、あのような気味の悪い女に、情けをかけてやることはない。そうは思わぬか」

「…………」

 口を開き、閉じる。
ルーフェンは、唇を噛むと、俯いて黙りこんだ。

 シルヴィアの気持ちも、またバジレットの気持ちも、双方理解できてしまうことが、とても辛かった。

 バジレットは、込み上がってきた怒りを無理矢理抑え込むように、震える手で額を覆った。
そして、ゆっくりと息を吐きながら、再び目に冷たい光を浮かべた。

「余とエルディオは、この命をかける……。あの女を止めたいと思うならば、その耳飾りをとれ、ルーフェン」

 強くて、真っ直ぐな、迷いのない声。
揺れ動くルーフェンの瞳を見つめながら、バジレットは言った。

「シルヴィア・シェイルハートを、地の底へ引きずり下ろすぞ」

 激しかった雨足が、一層強まって、忙しなく窓を叩く。

「…………」

 ルーフェンは、握り締めていた拳を解くと、ゆっくりと手を伸ばしたのだった。






 サーフェリア歴、一四八八年。
ルーフェン・シェイルハートは、召喚師に就任した。

 当時、十四歳だったルーフェンの台頭は、後のサーフェリアの命運を、大きく左右することになる──。



To be continued....


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