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投稿日:2021年02月24日




†第二章†──新王都の創立
第五話『創立』



 立ち込める暗雲の隙間から、時折西日が覗いて、ゆらゆらと寝台を照らす。

 寝台に横たわり、浅く呼吸しているエルディオの顔には、もう、ほとんど生気が感じられない。
こけた頬の、骨に張り付いた皮膚を撫でながら、シルヴィアは尋ねた。

「……エルディオ様、遷都するようにバジレット様に遺言状を出したって、どういうこと?」

 静かな室内に、シルヴィアの声が響く。
エルディオは、吐息のような微かな声で、弱々しく答えた。

「……王に、相応しい者は……今の、シュベルテには、おらぬ……。シルヴィア、そなたを……王にはしない……」

 シルヴィアは、微笑みを浮かべたまま、エルディオの顔を覗きこんだ。

「……どうして? 私を選んでくれるって、仰っていたじゃない。私なら、エルディオ様のことを支えていけるわ。だって、貴方のことを、心の底から愛しているもの。貴方のためなら、どんなことだって、私は……」

 シルヴィアの言葉を聞きながら、エルディオは、乾いた呼気を漏らした。
それは、呼吸の音ではなく、明らかな嘲りであった。

「……何を、ほざくか。そなたが……我が妻、ユリアンを葬ったこと……分かって、おるのだぞ……」

「…………」

 瞬間、シルヴィアが、ぴたりと動きを止める。
エルディオは、光のない目を、シルヴィアに向けた。

「……そなたは、終わりだ。余の、遺言は……じき、我が母、バジレットを通じ……王宮内に、広まる……。召喚師として……役目を終えた、お前など……もう、必要ない」

「…………」

 シルヴィアは、顔を綻ばせた。
そして、エルディオの身体に手を沿わせると、以前の強堅さを失った薄い胸板に、そっと顔を埋めた。

「ひどいわ……バジレット様が、言ったのよ。次期国王の件は、私に任せるって。だから、私……ずっと待っていたのに。エルディオ様が、私のことを示してくれるまで、ずっと……。貴方だけは、信じて、待っていたのに……」

 すがるように言って、エルディオの首に腕を回す。
エルディオは、無感情な瞳で、淡々と告げた。

「……余は、そなたを……愛してなど、いない……」
 
 シルヴィアの銀の瞳が、夢から覚めたように閃く。
顔を上げ、色の薄いエルディオの唇を啄むと、シルヴィアは言った。

「私は、愛していたわ。本当に、愛していたの……」

 射し込んできた黄昏の光が、エルディオの輪郭をなぞる。
シルヴィアは、ふと目を細めると、エルディオの額に手を置いた。

「おやすみなさい、エルディオ様……。さようなら」

「…………」



 その夜、サーフェリア国王、エルディオ・カーライルは、深い眠りに落ちた。
国王崩御の知らせは、翌朝には、彼の遺言状と共に王宮中に広まった。

 五百年間、王都として発展したシュベルテは、この日、先王エルディオの意向に従い、遷都することが決まったのだった。


  *  *  *


 降り続いた雨は、やがて細かな結晶となり、雪が降り始めた。
遷都が決定し、一層慌ただしく往来する王宮の人々の足音を聞きながら、ルーフェンは、自室の椅子に座って、ぼんやりと緋色の耳飾りを眺めていた。

 新たな召喚師としてルーフェンが立ち、そして、王位は他の街に譲渡する。
これが、亡き先代国王の意思であり、王太妃バジレットが発表した、王都シュベルテの行く先だ。

 この知らせが王宮中に出回った頃、ルーフェンはシルヴィアの元に行き、王位継承者たちの死の真相を聞き出す。
そうバジレットと約束をしていたが、ルーフェンは、なかなか自室から出られずにいた。

 召喚師の地位と力が、ルーフェンの手の中にある。
あんなに恐ろしいと思っていたシルヴィアのことも、今は、脅威だとは思えない。

 シルヴィアの策略を打破し、彼女を陥れること。
それこそがルーフェンの望みであり、それはもう、達成されたというのに──。
心は、まるで重石が乗ったかのように、深く胸の奥底に沈んでいた。

 ふと、扉を叩く音が聞こえて、部屋の外から、侍従の声が聞こえてきた。
ルーフェンは、しばらく何も言わなかったが、やがて、短く返事をすると、侍従が入ってきてひざまずいた。

「……召喚師様、シルヴィア様が、お呼びですが……」

 少し驚いたように目を見開いて、ルーフェンが侍従を見る。
侍従は、目線だけあげて、言った。

「シルヴィア様を、こちらにお呼びしますか?」

「…………」

 ルーフェンは、黙ったまま、再び耳飾りの方を見た。

 召喚師になった今、地位は、シルヴィアよりルーフェンが上である。
つまり、ルーフェンが腰を上げるのではなく、シルヴィアがこちらに出向くのが順当、というわけだ。

 しかし、ルーフェンは立ち上がると、椅子の背もたれにかかっていた上着を羽織った。

「……いや、いい。俺が行く」

 侍従が畏まって、頭を下げる。

 ルーフェンは、緋色の耳飾りを左耳につけると、部屋を出たのだった。


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