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投稿日:2021年02月24日






 ようやく涙が収まり、サミルと共に孤児院を後にすると、ルーフェンは、オーラントとジークハルトがいる病室へ訪れた。
話をするなら、子供達の目につかない施療院の方が良いだろう、というサミルの計らいである。

 オーラントは、右腕のない生活に慣れず、まだ自由に動き回ることは出来ないようだったが、それでも、寝台から起き上がれるようにはなっていたし、以前見たときに比べれば、顔色もかなり良くなっていた。

「……そうか、バジレット様は、シルヴィア様の正体をご存知だったんだなぁ」

 ルーフェンが、バジレットとの会話や、やはりシルヴィアが王位継承者達を殺した犯人であったことなどを告げると、オーラントは、ため息混じりに言った。
立ったまま、壁に寄りかかっていたジークハルトも、同じように嘆息する。

「……なるほど、面倒なことになったな。遷都が決定した背景に、そんな血生臭い過去があったとは。混乱を避けるためにも、シルヴィアの愚行を言いふらす訳にはいかないが、何も知らん王宮の奴等は、意味も分からず遷都を決められて、納得するわけがないだろう。王太妃が、瀕死の息子を操って、陛下に遷都を命じさせたと思われるのが落ちだ。今後、必ず反対勢力が生まれるぞ」

「……うん」

 ぼんやりと返事をして、ルーフェンは頷いた。

 ジークハルトの言っていることは、もっともなことであったし、ルーフェンも、王権を失ったシュベルテに、反発する勢力が出てくるだろうという懸念はしていた。
しかし、赤ん坊のシャルシスを政治の駒にしたくない、というバジレットの思いも理解できたし、シャルシスを国王にしたところで、代わりに政治を取り仕切ろうとする者によって、悪政を敷かれるのが目に見えている。

 苦肉の策ではあるが、遷都し、王権をシュベルテから遠ざけることが、今は一番良いように思えた。

 暗い表情で、サミルが口を開いた。

「確かに今朝、各街の領主に宛てて、新たに王都を決定するという連絡が、王宮から届きました。四日後、次の王都の選定を、王太妃様の元で行う、と……。恐らく、召集されるのは、ハーフェルンの領主、マルカン候と、セントランスの領主、アルヴァン候だと思いますが」

「やっぱり、ハーフェルンとセントランスか」

 悩ましげに眉を寄せて、オーラントが言う。
サミルは、心配そうな面持ちで、ルーフェンの方を見た。

「次期……あ、いえ、召喚師様も、王都選定の場には、ご出席なさるのでしょう?」

「……はい、そうなると思います。俺は召喚師ですから、遷都した暁には、シュベルテを出て、新しい王都に移ることになりますし」

 サミルに入れてもらった茶を一口飲んで、ルーフェンは続けた。

「今のところは、ハーフェルンを王都にしようとする動きが、強いように思います。バジレット王太妃も、口には出していませんが、そう考えているんじゃないかと。……セントランスは、軍事力があるというだけで、ろくな街じゃありません。かつてはセントランスが王都だったようですが、他の地を侵略して食い潰していく様は、とてもじゃないが、国の中心地に相応しいとは言えなかった、と聞いています。もう五百年も昔のことですし、今は表面上、シュベルテとセントランスの間に確執はありませんが、セントランスの内情に、あまり良い噂は聞きません。今回、王都に返り咲こうとしているのも、シュベルテとの内戦で度々敗北した大昔の屈辱を、晴らそうと考えているだけなのでしょう」

 ルーフェンの言葉に、オーラントが明るく頷く。

「まあ、ハーフェルンなら、それこそシュベルテと長い間、親交が深いしな。召喚師一族にも、かなり好意的だろう」

 黙って聞いていたジークハルトが、呆れたように言った。

「俺は、ハーフェルンは好かん。あそこは、人の出入りや物流が盛んな分、怪しげな物も沢山入り込んでくる。発展してるのは、あくまで上辺だけ。貧富の差も深刻だ。一歩裏路地に踏み込めば、薬物中毒者やら、仕事のない酒浸りが、うようよ徘徊してる」

 知らない訳じゃないだろう、という風に言うと、ジークハルトは、オーラントにじろりと睨まれた。
わざわざ気分が落ち込むようなことを言うな、という牽制だろう。

 ハーフェルンかセントランス、どちらか一方、新しい王都となった方に、ルーフェンは移ることになるのだ。
今のところは、ハーフェルンが優勢なのだから、なるべくハーフェルンの悪い面は言わないように、と気遣っていたのに、それらをジークハルトがぶち壊したので、オーラントは怒ったらしい。

 ジークハルトは、鼻を鳴らすと、今度はルーフェンの方を見た。

「選定は四日後、だったな。王太妃は、どうやって新しい王都を決定するつもりなんだ」

 ルーフェンは、目を伏せたまま答えた。

「……それは、まだ聞いてない。今日中にシルヴィアのことを、王太妃に報告しなきゃならないから、その時に聞いてみるよ。……でも多分、話し合いで決めるんじゃないかな。通例だと、戦って勝利した方が王都になるんだろうけど、今回は国王自らの意思で王権を譲渡するわけだし、わざわざ争う必要はない。バジレット様も、あまり争いは好まれないようだし、そもそも、ハーフェルンは軍事ではなく、商業で発展してる街だ。軍事に力を入れているセントランスと争わせるのは、公平じゃない」

 ジークハルトは、微かに目を細めた。

「……本当に、そうなるといいがな。公平かどうかなんて綺麗事が、通じるとも思えん。立場は王太妃が一番だが、バジレットにも、大した発言権はないだろう」

「…………」

 つかの間、室内に、重苦しい沈黙が落ちる。
ルーフェンは、コップを握る手に、力を込めた。

「……次の王都がどうなるにしても、内戦は避けたい。もし、争いに発展するなら、その時は、召喚師一族の権力を使って止める。戦が絡んだ話で、召喚師一族に喧嘩を売ろうなんて命知らずは、流石にいないでしょうから」

 凄むような目つきになったルーフェンに、サミルが、眉を下げた。

「……召喚師様、あまりそのように、全てを背負おうとはなさいますな。王都の選定が、国の在り方を左右する大事であることは確かですが、ご自分の立場をそんな……政治の道具のように使ってはなりません。矢面に立たれるような真似を続ければ、召喚師様の御身が危険です」

 諭すように言ってきたサミルに、ルーフェンは、表情を緩めた。

「……いざという時は、の話です。大丈夫、基本は口を出さずにいるつもりですから。俺だって、権力争いに巻き込まれるのは、御免です」

「…………」

 どこか不安げな様子で、サミルが押し黙る。
二人のやりとりを見ながら、オーラントは、がしがしと後頭部を掻いた。

「俺がまだ宮廷魔導師を続けていれば、王都選定の場にも出席できたし、多少は発言も出来たんですがねえ。諸々の背景を知ってるのが、ルーフェンと王太妃様だけっていう状況は、どうにも心配です」

「え……」

 大きく目を見開いたルーフェンに、オーラントは苦笑した。

「え、ってなんですか。宮廷魔導師は、地位で言えば貴族と同等、領地だってもらえるご身分なんですよ? 言っちゃえば、領主みたいなもんです。今回は、有力候補がハーフェルンとセントランスだっていうだけで、他の領主が来ちゃいけないとは書いていない。俺は、面倒だから領地なんて貰ってないが、身分的には、明後日の選定会議とやらに、出席して問題ないはずです」

「いや、そうじゃなくて」

 どこか得意気に話し始めたオーラントを遮って、ルーフェンは言った。

「オーラントさん、宮廷魔導師、やめたんですか……?」

 瞠目して、オーラントが、目を瞬かせる。
それから、少し困ったように笑うと、オーラントは無くなった右腕を示した。

「そりゃあ、この有り様じゃ、続けられないですよ。宮廷魔導師団の方には、事情を省いて、説明しました。召喚師に即位したなら、近々あんたにも、連絡が行くんじゃないですか。俺は、晴れて無職です」

 あっけらかんと笑うオーラントに、ルーフェンは顔を歪めて、俯いた。

「……すみません、本当に。俺のせいで……」

 膝に置いた拳を握って、深々と頭を下げる。
オーラントは、首を振った。

「なに、あんたが気にすることじゃないですよ。元はといえば、俺が軽率に動きすぎたのが悪いんですから。幸い、金には困ってないし、早めに引退したと思って、のんびり隠居します」

「…………」

 何を返せば良いのかわからなくて、ルーフェンは唇を震わせた。

 オーラントが、わざと明るく振る舞っているのは、見てすぐに分かる。
オーラントだって、ちゃんと宮廷魔導師の仕事に誇りを持って、日々生活していたのだ。
その仕事を無くして、こんな風に笑っていられるわけがない。

 右腕を失い、誇りも失い、それでも変わらず接してくれるオーラントを思うと、再び目頭が熱くなった。

 溢れそうになった涙を拭うルーフェンを見て、オーラントは、肩をすくめた。

「なんだよ、今日は随分泣き虫だなぁ。さっきもわんわん泣いてたんでしょう。いつもの可愛いげの無さは、どこ行ったんですか?」

 茶化すような物言いに、ルーフェンは、涙声で返した。

「……本当に、ごめんなさい。俺が、召喚師になったら、オーラントさんの給料あげろって、頼まれてたのに……」

「ちょっ、今それ言ったら、色々台無しになるじゃないですか……」

 途端にばつが悪そうな顔になったオーラントに、サミルがくすりと笑う。
ジークハルトは、何も言わずに、呆れたように息を吐いた。

 オーラントは、場の空気を一新させるべく、左手を、膝に叩きつけるように置いた。

「まあ、とにかく、これ以上俺たちに出来ることはない。……悔しいけどな。あとは、ハーフェルンとセントランス、そして、王太妃様のお心次第、ってことです。……良かったじゃないですか、その……王位継承者達の死の真相が、突き止められたんだから。ルーフェンにとっちゃ、そんな喜べるような真相ではないでしょうけど」

「…………」

 ルーフェンは、ゆるゆると首を振った。

「……いえ、結果的には、良かったです。今回の件で、色々と知ることができたのは、事実ですから」

 抑揚のない声で、ルーフェンは言い募った。

「おかげで、自分の出自についても、突き止めることができました。シルヴィアが、俺をヘンリ村に捨てた理由も、俺の父親が、アラン・レーシアス氏だったことも……。そして、アランさんの殺害を謀ったのが、シルヴィアであったことも……」

 瞬間、サミルが、瞳に驚愕の色を滲ませる。
ルーフェンは、サミルの方を向くと、穏やかに告げた。

「……すみません、勝手に調べてしまいました。……サミルさんは、俺の、叔父さんだったんですね」

「…………」

 どこか戸惑った様子で、サミルが口ごもる。
それから、申し訳なさそうに下を向いて、サミルは言った。

「……申し訳ありません。もう少し、早くに打ち明けるべきでした……。ただ、ずっと迷っていたのです。お伝えすることが、果たして、召喚師様にとって良いことなのだろうかと……」

 ルーフェンは、微かに破顔した。

「俺は、知ることができて、良かったです。サミルさんが、俺の叔父だと分かって、嬉しかった」

 サミルは、少し目を大きくしてから、優しく目元を和ませた。

「……私も、嬉しかったのですよ。ヘンリ村で見つかった貴方様が、アーベリトに来たとき、まるで、兄の生きた証を見ているようで、本当に嬉しかった。兄もね、シルヴィア様がご懐妊なさったと聞いて、とても喜んでいたんです」

「…………」

 ルーフェンは、何かをこらえるように唇を引き結んで、俯いた。
そして、座っていた椅子を引いて、ゆっくりと立ち上がった。

「……そのお話が聞けただけで、もう十分です。ありがとうございます。……叔父さん」

 小さな声で言って、上着を羽織る。
ジークハルトは、顔をあげると、寄りかかっていた壁から離れた。

「……おい、王宮に戻るのか」

「うん。いい加減、バジレット様に、シルヴィアのことを報告しに行かないと」

「移動陣を使うんだろう。なら、俺も連れていけ。馬車を待つより早い」

 簡潔に用件を言って、ジークハルトも身支度を始める。
シルヴィアの一件が片付いたので、もう魔導師団に戻りたいのだろう。

 ルーフェンは、サミルとオーラントを、交互に見やった。

「それでは、お邪魔しました。孤児院の子達にも、よろしくと。……オーラントさんは、早く回復してくださいね」

 ああ、と頷いて、オーラントが笑う。
サミルは、朗らかに首肯すると、ルーフェンに尋ねた。

「召喚師様……アーベリトのことは、お好きですか?」

 振り返って、少し不思議そうに瞬く。
ルーフェンが、はい、と返事をすると、サミルは、どこか寂しそうに微笑んだ。

「……では、またいらしてくださいね」

「…………」

 曖昧に笑みを返して、ルーフェンが頷く。

 遷都の状況次第で、別の街に移り住むことになれば、再び、アーベリトに来られるか分からない。
それに、召喚師になった今、これまでと同じように、身軽に王宮を飛び出すことも出来ない。
声に出して約束するのは、躊躇われた。

 ルーフェンとジークハルトは、それぞれ帰る準備を整えると、部屋を出たのであった。



 二人が病室から出ていくと、大きくため息をついて、オーラントは寝台に横たわった。
ぼんやりと、何か物思いしながら、天井の一点を見つめている。

 だが、ふと口を開くと、独り言のように呟いた。

「サーフェリアは、これからどうなっていくんでしょうね……」

 静かな部屋の中に、どんよりとした空気が漂う。

 未だに、ルーフェンたちが出ていった扉を見つめていたサミルは、ふっと、息を吸った。
そして、オーラントに向き直ると、ゆっくりと口を開いた。

「バーンズさん、少しご相談があるのですが……よろしいですか?」


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