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投稿日:2021年02月24日
* * *
港湾都市、ハーフェルンの領主であるクラーク・マルカンと、軍事都市、セントランスの領主であるバスカ・アルヴァンの馬車が、王宮に到着したのは、ちょうど昼を過ぎた頃であった。
二人が謁見の間に通された時、王太妃バジレットは、既に王座についていた。
その下手には、新たな召喚師ルーフェンと、前召喚師シルヴィア、他にも、政を取り仕切る重役たちが揃っている。
バジレットの近くや、謁見の間の周辺には、宮廷魔導師や騎士たちが配置されており、どんな事態にも対応できるよう、目を光らせていた。
クラークとバスカは、謁見の間に入ると、その場でひざまずき、深く頭を下げた。
「この度は、お招き頂き、ありがとうございます。エルディオ様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます」
バスカは、そこで言葉を止めたが、クラークは、ルーフェンの方にも身体を向けると、再度お辞儀をした。
「ルーフェン様におかれましては、召喚師へのご就任、誠におめでとうございます」
一瞬、バスカが、気に食わないといった表情で、クラークを睨む。
クラークが治めるハーフェルンは、交易が盛んな港湾都市である一方、軍事力に関しては、王都シュベルテに依存している節がある。
そのため、シュベルテの軍事を統率する召喚師一族への“ご機嫌とり”は、クラークにとって最優先事項と言えるのだ。
国王が崩御したばかりの今、召喚師への祝いの言葉を述べるのは、不謹慎だ。
そう踏んで、故意にルーフェンには何も言わなかったセントランスの領主、バスカは、顰蹙を買う覚悟で抜け駆けしたクラークの言動が、心底不愉快だったのだろう。
早々に、緊張感のある空気が流れ始めた中、バジレットは、平坦な声で言った。
「マルカン侯、アルヴァン侯、よく来てくれた。面を上げ、席につくがよい」
は、と短く返事をして、クラークとバスカが立ち上がる。
二人は、広間の両端に用意してある椅子まで歩いていくと、それぞれ向かい合うようにして、着席した。
「……さて、王都シュベルテの現状は、そなたらも知っての通りだ。国王が不在の今、いつその地位を狙って、愚劣な輩がシュベルテに攻めこんで来るとも限らぬ。そうなる前に、余は、サーフェリアを導く力を持つであろう、ハーフェルンかセントランス、このどちらかを王都とし、その領主を勤める者に、王位を譲ろうと思う」
バジレットの言葉に対し、問答の口火を切ったのは、バスカであった。
「王太妃様、そのお申し出、是非私めがお受けしとうございます! 我がセントランスは、優秀な魔導師と屈強な騎士を備えた、シュベルテに次ぐ軍事都市! かつて、王都として国を治めていたのも、セントランスです。どのような脅威がサーフェリアに降りかかろうとも、必ずや打ち破ってみせましょう! 新たに王都を選定なさるのであれば、相応しきは我がセントランスの他にありません!」
鍛え上げられた太い腕で、身ぶり手振りをつけながら、バスカが捲し立てる。
一方のクラークは、どこか小馬鹿にしたような顔で、ぼそりと呟いた。
「真にセントランスが王都に相応しかったのなら、何故、現在の王都はシュベルテなのでしょうな?」
バスカの顔が、怒りで赤くなる。
クラークは、鷹揚に笑って見せた。
「おやおや、これは失敬。つい本音が出てしまいました」
クラークは、バスカには目もくれず、バジレットの方に向いた。
「私達ハーフェルンは、見苦しく、王位に執着しようとは思っておりません。ただ、私は心配なのです。王太妃様の仰るように、このままでは、不遜な輩が王都の権力を手に入れようと、すり寄って来るのではないか、と。そのような意地汚い者の手中に、王位が収まってしまうくらいなら、この私、クラーク・マルカンにお任せください。シュベルテとハーフェルンは、長年友好関係にあります。我らは決して、シュベルテを裏切りません。どうか、信用しては頂けないでしょうか?」
クラークが言い終えると、バスカが、すぐさま大声をあげた。
「不遜なのは、お前達のほうであろう! 媚び諂い、シュベルテからの恩恵に甘え、蜜を吸ってのうのうと暮らす羽虫めが! シュベルテの力なしでは防衛もできぬような脆弱なハーフェルンに、王都など勤まりはしない!」
顔色一つ変えず、クラークは言い返した。
「軍事力こそが全てと思い込んでいる辺りからして、失笑を禁じ得ませんな。敵を退けることだけが、統治ではありませんよ、アルヴァン候。貴殿のように、喧しくわめき散らす御仁が治めているとなると、セントランスの品位も、たかが知れておりますな」
「黙れ、野心深い狸めが!」
バスカは立ち上がると、クラークを指差した。
「王太妃様! 聞けば、崩御されたエルディオ様も、シェイルハート家のご子息達も、ハーフェルンでの療養からの帰り道に遭った転落事故が原因で、お亡くなりになったそうではないですか! 療養とは名ばかりで、きっとこの男が、馬車に細工をしたに違いありません!」
「なっ!?」
クラークが、思わず立ち上がる。
療養からの帰り道に起きた転落事故のことについは、クラークも、少なからず責任を感じているのだろう。
エルディオやルイスたちの死は、シルヴィアが仕組んだことなのだから、当然、クラークに原因はないのだが、彼らは、黒幕がシルヴィアであることを知らない。
余裕綽々としていたクラークも、痛いところを突かれては、黙っていられないようだった。
「憶測で物を言わないで頂きたい! あれは事故です! でたらめなんぞで私を陥れようなど、卑怯者のすることですぞ! 少しは頭を使って発言してはどうなのですか!」
「白々しい! 馬車に細工を施していなかったとしても、ハーフェルンの監督不行き届きが原因であることは事実! 貴殿のように平和ボケした者が、国王になろうなど、思い上がりも甚だしいわ!」
二人はそうして、しばらくお互いを罵倒し合っていた。
言い争っても仕方のないことを、いつまでも並び立てて騒いでいる姿を見ていると、だんだん、この場が時間の無駄だとさえ思えてくる。
ルーフェンは、呆れたように肩をすくめて、唾を飛ばし合う二人を眺めていた。
王都にするなら、ハーフェルンだと考えていたが、もはや、どちらでも良くなってきた。
浅薄なバスカは論外だが、対するクラークも、クラークである。
元々、計算高い男だとは思っていたが、その割には、随分と頭に血が昇りやすい。
港町ハーフェルンを、あそこまで大きく発展させた手腕は認めるが、いざクラークが国王となり、その下で働くことを考えると、ため息が出た。
長い言い争いの末、罵る言葉が出てこなくなると、クラークとバスカは、ようやく口を閉じた。
バジレットは、ふうと息を吐くと、冷たい声で言った。
「……今の双方の発言を元に、余が新たな王都をどちらにするか決するが……。もう、他に言い分はないか?」
一瞬、クラークとバスカが、しまった、といった様子で姿勢を正す。
バジレットの冷めた物言いに、やっと、自分達が口汚く罵倒し合っていたことに気づいたのだろう。
だが、今更申し開きをする方がみっともないと思ったのか、二人は、苦々しい顔つきで押し黙った。
バジレットが、改めて口を開こうとした、その時。
ふと、侍従の一人が前に出て、言った。
「バジレット様、謁見を申し出たいという者が……」
控えめな声で告げた侍従に、バジレットは、目を細めた。
「見て分からぬか、今は王都を選定している最中である」
「その、選定の場に、参加したいと申しておりまして……」
ほとんど決着もつきそうだというのに、一体誰だ、と全員が顔をしかめる。
侍従は、困ったような顔で、深々と頭を下げた。
「アーベリトのご領主、サミル・レーシアス様なのですが……お帰り頂きますか?」
「レーシアス伯だと?」
思わぬ人物に、全員が目を剥く。
興味がなさそうにしていたルーフェンも、ぎょっとして硬直すると、侍従の方を向いた。
確かに、今回の王都の選定については、全ての街に知らせてある。
ハーフェルンやセントランス以外の街には、王都に選出される資格がない、という決まりもない。
しかし、王都と成り得る財力や軍事力を備えた街、と考えると、やはりハーフェルンかセントランスのどちらかに絞られる。
言わずとも、そのことは全ての街の領主たちが理解していたし、それを承知した上で、王位欲しさにわざわざ王宮にやって来るなど、図々しいと指差されることになる。
まして、アーベリトは、遺伝病の治療法を批判されて以来、他とはほとんど縁を切られたような街である。
大した力もないのに、ハーフェルンとセントランスを相手にするなんて、恥をかきに来るようなものだ。
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