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投稿日:2021年02月24日





 バジレットは、少し迷った様子で黙っていたが、ややあって頷くと、答えた。

「……通せ。参加する権利は、ある」

 侍従がかしこまって、一度下がる。

 サミルは、一体何のつもりで王宮に来たのだろう。
ルーフェンは、はらはらした気持ちで、事のなり行きを見守っていた。

 やがて、広間の扉が開くと、サミルが入ってきた。
サミルは、ひざまずいて頭を下げると、場に合わぬ、朗らかな声で言った。

「この度は、お目通りをお許し頂き、ありがとうございます。参加が遅れてしまい、誠に申し訳ありません」

 深々と謝罪するサミルに、バジレットが頭を上げるように指示する。
バジレットは、怪訝そうな表情で、眉を曇らせた。

「……レーシアス伯。ここに参ったということは……分かっておるのか?」

 威圧的な声で、バジレットが告げる。
しかし、サミルは、微笑みながら答えた。

「はい。私のような者が、マルカン侯とアルヴァン侯に並んで申し出るなど、場違いとは自覚しておりますが、是非、我がアーベリトも、新たな王都の候補に加えて頂ければ、と」

「…………」

 バスカが、露骨に顔を歪めて、サミルを睨む。
クラークは、口調こそ穏やかだったが、どこか呆れた様子で口を開いた。

「レーシアス伯、お言葉ですが、アーベリトを王都にするというのは、些か見当違いなお話ではありませんかな? 王都というのは、サーフェリアを治める中枢です。それを成し得るお力が、アーベリトにあると?」

 とげを含む物言いに、ルーフェンが、クラークを睨む。
だが、ルーフェンが口を出そうとする前に、サミルは、あっさりと答えた。

「いいえ。残念ながら、そのようなお力は、アーベリトにはありません。ですから、どうでしょう? シュベルテ、ハーフェルン、セントランス、アーベリト、この四つの街で、協力体制をとる、というのは」

 クラークが、思わず眉を上げる。
随分と軽い口調に、全員が戸惑う中、サミルは、落ち着いた様子で続けた。

「長年王都として発展してきたシュベルテ、サーフェリア随一の物流量を誇るハーフェルン、圧倒的な軍事力を持つセントランス、そして、アーベリト……。もちろん、侵略などせず、互いを尊重し、足りぬところを補い合いながら、協力体制を築くのです。大勢の魔導師や騎士を抱えたシュベルテとセントランスが手を組めば、戦を仕掛けてこようなどと、無謀な真似をする者もいなくなるでしょうし、交易が盛んなハーフェルンが味方について下さるならば、財政面も安定します。いかがですか? 今後、より強固で安寧な、国造りが出来るとは思いませんか?」

 予想もしていなかった提案に、 バジレットとクラークが、目を見張る。
しかしバスカは、椅子にどかりと座り直すと、いきなり笑いだした。

「何を言うかと思えば、これが笑わずにいられるか! 協力体制をとる? アーベリトなんぞと手を組んで、我々に何の得があるというのだ。そもそも、レーシアス伯、貴殿は貴族の出でも何でもなかろう! 王家にすり寄り、偶然爵位を授かっただけの成り上がりの分際で、誰に対して意見を申しておるのだ!」

 クラークも、一つ息を吐き出すと、同調して頷いた。

「アルヴァン侯のその意見については、私も同意ですな。シュベルテならともかく、アーベリトに力を貸すことで、我がハーフェルンに何か見返りがあるとは思えませぬ」

「…………」

 緊張した面持ちで、ルーフェンがサミルを見つめる。
サミルは、慌てて椅子を用意しようとしている侍従に、お気遣いなく、と遠慮すると、バスカの方を見た。

「確かに、仰る通りです。しょせんレーシアス家は、成り上がりの一族に過ぎません。ですが、そのようにはっきりと『何の得があるのだ』と切り捨てられてしまうと、少し悲しくなりますね。アーベリトは小規模ながらも、サーフェリアに貢献してきた街の一つだと、私は自負しているのですが」

 サミルは、持ってきた荷物から書類の束を取り出すと、それらに目を通しながら、バスカに向き直った。

「アルヴァン侯、三十年ほど前に、セントランスを悩ませた二つの病を、覚えておいでですか?」

 バスカが、訝しげに眉を寄せる。
少し目を細めてから、バスカは答えた。

「……産後出血瘡さんごしゅっけつそうと、ミジア熱のことか? あれらは、三十年前は猛威を奮ったが、解明されてみれば、なに、大した病ではなかった。産後出血瘡は、分娩前の妊婦共の周囲の清潔環境を徹底すれば良いだけの話であったし、ミジア熱も、作物に付着した寄生虫が原因というだけであった。加熱さえすれば、あのような病、発症せん」

 ふんと鼻をならして、バスカが語る。
サミルは、深く頷いた。

「その通りです。では、当時は治療不可能な難病だと囁かれていたそれらの病が、実は大した病ではないと解明した医師の名を、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、確か、それは──」

 そこまで言って、バスカが、はっと口をつぐむ。
サミルは、にこりと笑った。

「ええ、アラン・レーシアスです。私の兄が解明しました」

 バスカの額に、脂汗がにじみ出す。
サミルは、更にぺらぺらと書類をめくりながら、語り出した。

「それだけではありません。一時期、セントランスは、領地拡大のために頻繁に内戦を起こしていましたが、それが原因で、多くの負傷者を抱えることになりましたよね。ですが、彼らは頑として治療を受けようとしなかったため、その大半が、次々と亡くなってしまった……。なぜなら、当時のセントランスには、麻酔──つまり、無痛手術の技術がなかったからです。戦に疲れ、命の危機に瀕した民たちに、激痛に耐えてまで治療を受ける精神力はなかったのです」

「…………」

「このままでは、戦の勝敗に関係なく、セントランスは多くの民を失うことになってしまう。お困りになった貴方様のお父上、先代のセントランスのご領主は、当時、唯一麻酔の医療魔術を有していた、我らアーベリトを頼りました。アーベリトの医師をセントランスに派遣するよう、ご依頼なさったのです。私もその頃、新人の医師として参加していたので、よく覚えていますよ」

 焦ったような顔で黙りこむバスカに、サミルは、悲しそうな笑みを向けた。

「お気を悪くされたら、申し訳ありません。恩着せがましく、昔語りをするつもりはないのです。ただ、先程アルヴァン候が、アーベリトは何の益ももたらさない、偶然爵位を授かっただけの成り上がり、と仰ったものですから、少し、悲しくなってしまいました。私達は、人の命を助けたくて動く、医師です。当然、損得で動いているわけではありません。ですが、寝る間も惜しんで研究に打ち込み、粉骨砕身の精神で病人や怪我人の治療をしておりますから、その努力を一切認めて頂けないというのは、やはり寂しいものなのです……」

 敵意や圧力を感じさせない、しかし、簡単には有無を言わせぬような物言いで、サミルが言う。

 ルーフェンは、そんな彼の態度に、驚きを隠せなかった。
サミルは、いつだって優しく、穏やかで、暖かい空気感を纏った男だ。
だが、口調や表情こそいつも通りでも、今のサミルからは、まるで別人のような迫力を感じる。
いざとなれば、自分が割って入るつもりだったのだが、サミルの発言には、全くもって入る隙がなかった。

 次いで、今度はクラークの方に向くと、サミルは口を開いた。

「マルカン侯、人の出入りが多いハーフェルンでは、やはり娯楽通りや花街も、随分と賑わっているようですね。私は日頃、あまりアーベリトから出ませんが、そのお噂は、かねがね耳にしております。ですが、最近、花街の一部で、流行り始めている病があるのだとか」

「…………」

 クラークが、警戒したように押し黙る。
しかし、すぐに笑顔になると、クラークは快活な様子で答えた。

「……あれは、ただの丘疹きゅうしん、でしたかな。私は医師ではないので、詳しくはありませんが、単なる皮膚病だそうですよ。うちの医師が、そう結論付けています。気に止めるようなことではありません」

「人が亡くなっていらっしゃるのに?」

 一瞬、クラークの目が泳ぐ。
サミルは、恭しく頭を下げてから、続けた。

「私ごときが、ハーフェルンの内情に口を挟んでしまい、申し訳ありません。しかし、つい最近、ハーフェルンから来たという方が、アーベリトを訪ねていらっしゃいました。彼が感染していた病が、ハーフェルンに流行しているものと同じならば、それは、ただの丘疹などではございません。命にも関わる、重大な病です。……アーベリトには、抗菌薬がありますので、ご入り用の場合は仰ってくださいね」

「…………」

 クラークとバスカが、憎らしそうな顔つきで、サミルを見つめている。
サミルは、そんな二人から目線を外すと、バジレットを見上げた。

「王太妃様、大変なご無礼を承知で申し上げますが、アーベリトの医療魔術は、他の街よりも数十年……いえ、分野によっては、百年と言っても過言ではないほど、進んでいる自信がございます。世間では未だに奇病、難病と言われる病のいくつかも、アーベリトでは原因を特定、解明し、治療法を見つけております。私を含めた、アーベリトの医師のみが持つ技術、知識もありましょう。──もし、アーベリトを王都とし、先程の協力体制をとるというご提案を受け入れて下さるならば、私達が持つ全ての医療技術を、シュベルテ、ハーフェルン、セントランスに開示することをお約束致します。サーフェリア屈指の発展ぶりを見せている私達が手を組めば、軍事面、財政面、医療技術において……いえ、それだけではない。召喚師様のお陰で、リオット族の力も得られるようになったわけですから、土木業や鉄鋼業、その他の様々な面でも、多岐に渡って安定、向上していくことができます。何一つ、損することはないように思います」

 どこか挑戦的な態度で、サミルがバジレットを見つめる。
びりびりと張り積めた空気の中、バジレットは、ややあって、ふっと笑った。

「……進言されている、というより、取引を持ちかけられているような気分だな」

 凍てつくような、鋭い声。
バジレットは、すっと目を細めると、顔つきを険しくした。

「……レーシアス伯、ご自慢の医療魔術をひけらかすのも良いが、よく考えて言葉を口にせよ。今までの話、そのまま受け取れば、アーベリトは、国王エルディオが命の危機に瀕していると知りながら、見て見ぬふりをし、その卓越した医療技術を独占していた、ということになる。……各街において、技術の独占権利は認められておるが、我が王都シュベルテは、長年に渡り、アーベリトの慈善事業に資金援助を行っていた。そなたらの医療技術、シュベルテには開示するのが、道理だとは思わぬか。これでは、アーベリトが我ら王族の治療を拒んだことと同義ぞ」

 広間の空気が、更に殺伐としたものに変わる。
だが、サミルは、決心したような目付きになると、毅然として返した。

「確かに、シュベルテからは、資金援助をして頂いておりました。しかし、リオット族の件をきっかけに、遺伝病の治療法を批判されるようになって以来、レーシアス家は没落。他の街との関係も、疎遠になってしまいましたし、『シュベルテに関わってくるな』と先にお命じになったのは、亡きエルディオ様ご自身です。それに、エルディオ様がお隠れになった原因は、治療不可能なものてあると、王太妃様は、ご存知なのではありませんか……?」

 ちらりとシルヴィアを一瞥して、サミルは続けた。

「アーベリトは、積極的に働きかけはしなかったものの、訪ねてきた患者に関しては、平等に、全力で治療して参りました。アーベリトには、必要以上に医療魔術を独占する気などなかったこと。そして、エルディオ様の崩御に、我々アーベリトの意思は関わっていないこと。王太妃様なら、ご理解して下さると信じております」

「…………」

 はっきりとそう言い放って、サミルは、バジレットの返事を待っている。
ルーフェンは、気が気じゃないといった表情で、沈黙するバジレットを凝視していた。

 まさかサミルが、こんなに好戦的な台詞を言うなんて、信じられなかった。
バジレットの返答次第では、サミルは投獄、最悪の場合、斬首の罪に問われるかもしれない。
水に打たれたような寒気と恐怖を感じながら、ルーフェンは、事態を見守っていた。

 長い間、バジレットは黙っていたが、しばらくすると、代わりにクラークが唇を開いた。

「……アーベリトの医療魔術が、卓越していることは認めましょう。ですが、その医療魔術は、真に信用に足る技術なのでしょうな? 先程のお話で思い出しましたが、アーベリトが確立したとされるあの、遺伝病の治療法とやら……。あれは、結局のところ、どうなのです? 本物ならば、リオット病に限らず、様々な遺伝病に応用できる治療法なのでしょうが、以前、ノーラデュースに落とされたリオット族には、症状が戻っていたというではありませんか。
召喚師様がご着目なさった、リオット族の地の魔術、あれは誠に素晴らしい……。あの魔術のお陰で、レドクイーン商会とカーノ商会に、莫大な利益をもたらしたんだとか。しかし、例の治療法とやらは、いまいち、信憑性に不安がありますな」

 綺麗に揃えられた口髭をいじりながら、クラークが言う。
サミルは、クラークの方に目線をやった。

「ノーラデュースでリオット病の症状が戻った原因に関しては、見当がついております。まだ調査自体は途中ですので、具体的な数値でご報告することはできませんが、いずれ結果が出たら、正式に提示いたしましょう」

 クラークは、やれやれといった風に首を振った。

「見当の段階で物を言われても、困りますなぁ。あの治療法が、本物だという確たる証拠がなければ、アーベリトを信用することは出来ませぬ。大体、召喚師様がリオット族にご注目なさったことを利用して、あんな二十年前の出来事を引っ張り出してくるなんて、少々未練がましいのでは? 過去の栄光にすがって、汚名返上に躍起になるというのは、いかがなものかと」

 一瞬、サミルの顔が強張る。
クラークとサミルが、無言で睨み合っていると、次に声をあげたのは、バスカであった。


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