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投稿日:2021年08月03日




 脚を組み直して、アレクシアは言った。

「だって、イージウス卿は、貴方やストンフリー卿に睨まれていたわけでしょう? その目をかい潜って、教会と連絡をとり続けるなんて、まず無理な話よ。新興騎士団の発足を促したのはイージウス卿かもしれないけれど、イシュカル教徒をまとめあげている人物は、他にいる……そう考えるのが妥当だわ。でもその人物は、軍部には力が及ばない立場だから、イージウス卿の権力を一時的に借りて、教会、すなわち新興騎士団の地位を確固たるものにするべく、密かに動いていた。そして、今回のシュベルテ襲撃を受け、魔導師団の信用が陥落した今を好機と見て、新興騎士団は見事、シュベルテの軍部の中心的存在になったのよ」

 ジークハルトは、周囲の怪我人たちがよく寝入っていることを確認してから、小声で返した。

「……つまり、今回の襲撃は、新興騎士団が支持を勝ち得るために仕組んだことだ、と言いたいのか?」

「さあ? それはどうかしら。はっきりと断言するには、材料が少なすぎるわね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今回の襲撃は、シュベルテの内部勢力とは全く関係のない、第三者によって引き起こされたもので、教会は、それを上手く利用しただけの可能性もあるじゃない?」

 あっさりとそう答えたアレクシアに、ジークハルトは、興味を失った様子で嘆息した。
妙に確信めいた口調で、新興騎士団の内情について語るものだから、もしや、襲撃を仕掛けるイシュカル教徒の姿でも視たのかと期待したのだが、どうやら全て、単なる憶測で言っていたらしい。

 ジークハルトの心境を察したのか、おかしそうに口端を上げると、アレクシアは告げた。

「襲撃の件はともかく、イージウス卿の意に反して、新興騎士団を動かしている人間がいることは確かよ。教会のネズミ共が足しげく通う先には、いつも同じ人間がいる。……誰だか知りたい?」

 不意に、アレクシアが寝台に手をついて、顔を覗き込んでくる。
ジークハルトが先を促すと、アレクシアは、耳元まで唇を寄せ、小さく囁いた。

「……モルティス・リラードよ」

 ジークハルトの目に、驚きの色が浮かぶ。
上品に口髭を整えた、小太りの男が脳裏をよぎって、ジークハルトは眉根を寄せた。

 モルティス・リラードは、政務次官ガラドに並び、王宮で事務次官を勤めている男だ。
軍部とはほとんど関わりを持たない男なので、ジークハルトも、顔を見たことがある程度である。
上がった意外な名前に、ジークハルトは、間近にいるアレクシアの顔を、睨むように見た。

「……どういうことだ? あの男が、イシュカル教徒の首魁しゅかいだというのか?」

 アレクシアは、肩をすくめた。

「そこまでは分からないわ。私はただ、視ただけだもの。あの豆狸が一体何を考え、教徒たちとこそこそ話しているのか……これ以上は、推測の域を出ないわね」

「…………」

 開きかけた口を閉じると、ジークハルトは、考え込むように顔をしかめる。
二人は、微かな燭台の光のもとで、しばらく黙り込んでいた。
やがて、ゆっくりとジークハルトから離れると、アレクシアが、唇を開いた。

「ねえ、私と取引しましょうよ」

 突然の提案に、ジークハルトが眉を歪める。
アレクシアは、すっと目を細めた。

「私、新興騎士団に入るわ。最近は魔導師団からも、教会側に寝返る離反者が出てきているのでしょう。その一人になって、内情を探ってくるの。今回の襲撃と教会に、関係があるのかどうか。奴らの狙いが何で、今後どう動くつもりなのか……全て調べて、貴方に教えてあげる。その代わり、私を宮廷魔導師にしてちょうだい」

 身構えていたジークハルトは、アレクシアの言葉に、意外そうに瞠目した。

「……お前、出世なんかに興味があったのか」

「当たり前じゃない。魔導師団って、思いの外つまらないんだもの。このまま下っ端魔導師をやって、世のため人のためーとか妄言を吐き散らして死ぬくらいなら、異端者として街中に隠れ住んでいた方が、まだマシだったと思い直していたところだったのよ。……でも、宮廷魔導師になれるなら、大抵のことは思い通りにできる、地位が手に入るものね」

 それを聞いて、ジークハルトは、呆れたように息を吐いた。
アレクシアという女から、まともな動機が聞けるとは思っていなかったが、まるで当然のように権力が目当てだと言われると、説教する気にもなれない。

 小さく首を振って、ジークハルトは答えた。

「……生憎だが、俺に取引を持ちかけても無駄だぞ。宮廷魔導師になるのは、そんなに簡単なことじゃない。そもそも俺には選択権がないし、仮に俺がお前を推薦しても、公を始めとする重役たちに功績を認められなければ、宮廷魔導師にはなれない」

「──その重役たちが、今回の襲撃であらかた死んだじゃない」

 ジークハルトの瞳が、微かに揺れる。
長い蒼髪をかきあげて、アレクシアは、不敵に笑った。

「宮廷魔導師になるのは簡単じゃない……そんなことは分かってるわ。だって、功績を認められたところで、媚びることができない反抗的な犬は、切り捨てられるのが落ちだもの。それが今までの、魔導師団の現実……。都合の悪いことはのうのうと隠蔽し、従順な人間しか認めない、意気地無しの口先集団。けれど、その腐敗した魔導師団は、今や崩壊寸前。……言っている意味が、分かる? 新たに魔導師団を立て直すなら、襲撃を受けた“今”が好機だって言ってるの。……貴方がやるのよ」

 アレクシアが、笑みを深める。
ジークハルトは、表情を暗くすると、再度首を振って見せた。

「……俺ではまだ、力不足だ。魔術の腕も、知識も、正しく世を見通せる眼も、俺には備わっていない。魔導師団の建て直しには、勿論尽力するつもりだが、宮廷魔導師団の上に立つには、まだ何もかもが足りない」

 そう返すと、アレクシアは、途端に冷めた目付きになった。

「あら、そう。怖じ気づいた言い訳をするなら、もっと可愛げのある弁解を考えれば? 言っておくけれど、私の言う意気地無し集団の中に、貴方も含まれているのよ。偶然父親が元宮廷魔導師で、たまたま不祥事を起こさなかったから、運良く出世できただけ。魔導師団の腐敗を目の当たりにして、『俺が魔導師団を変える』とか大層なことをほざきながら、今まで傍観してたんだもの。貴方が力不足だなんてことは、重々承知してるわ。それでも気概だけはあって、機会を伺ってるんだと思っていたけれど、まさか本当に口先だけだったってわけ?」

「……黙れ」

「ああ、それとも、今回の件で自信を失くしてしまったのかしら。そうよね、大半が死んで、貴方だけ惨めったらしく生き残ったんだものね。祝宴の場には、能無しの魔導師が一体何人いて、何人守れたの? カーライル公が、無事に目を覚ますといいわね。そうすれば貴方は、老いぼれと子供の二人だけは守れた、英雄になれるかもしれないわよ」

「黙れ」

 口調を強めると、ようやくアレクシアは黙った。
しかし、彼女の顔には、変わらぬ不敵な笑みが浮かんでいる。
アレクシアを睨むと、ジークハルトは、怒気のこもった声で告げた。

「お前がかつて受けた仕打ちを考えれば、魔導師団を責めたくもなるだろう。腐敗した内部を変える必要があるのも、今回の襲撃で俺がろくに立ち回れず、そのくせ惨めに生き残ったのも、否定しようのない事実だ。……だが、本気で国のために命を張った奴等がいることも、また事実だ。大義に殉じた者を侮辱することは、冗談でも許さん」

 低い声音で言い切ると、アレクシアは、反省する様子もなく、ふっと鼻を鳴らした。
彼女には、何を言い聞かせたところで、無駄なのだろう。
諦めたようにため息をついてから、ジークハルトは話を戻した。

「……俺はまず、この腕を治さねばならん。俺が戦線に復帰して、魔導師団を建て直すまでの間、新興騎士団が、何の動きも見せないことはないだろう。……情報が必要だ。お前、先程話していたこと、本当にできるのか」

 アレクシアの顔を真っ直ぐに見て、問いかける。
アレクシアは、満足げに口角をあげた。

「それって、取引成立ってこと?」

 ジークハルトは、平然と返した。

「阿呆、不正なんぞ許すか。……だが、もし本当に新興騎士団の思惑を暴き、間諜かんちょうとしての役目を遂げられたなら、お前は宮廷魔導師になっても不自然じゃない、優秀な魔導師だ」

 率直な言葉に、毒気を抜かれた様子で、アレクシアがぱちぱちと瞬く。
ややあって、おかしそうに唇を歪めると、アレクシアは、ジークハルトの顔を覗き込んだ。

「つまりは、成功が絶対条件ってことね。嫌だわ、私は最初からそのつもりだったのに。本当にできるか、なんて、一体誰に聞いてるのよ」

 からかい口調で言いながら、アレクシアは、ジークハルトの頬にぶすぶすと人差し指を突き刺す。
ジークハルトが、鬱陶しそうにアレクシアの手を振り払うと、彼女は、くすくすと笑った。

「貴方が見えないなら、私が貴方の目になってあげる。どんなに遠くのものでも、包み隠されたものでも、全て暴いて、教えてあげる。そして、魔導師団を変えるのよ……貴方と、私で」

 アレクシアはそう言うと、艶然と微笑んだのであった。



 サーフェリア歴、一四九五年。
アーベリトに王位が渡ってから、約六年の月日が経ち、シャルシス・カーライルが齢七を迎えた、この年──。
旧王都シュベルテの街並みを突如半壊させ、その権威をことごとく失墜させたこの襲撃は、歴史的にも名を残す惨事となる。

 王位を我が物にしようとしたアーベリトの仕業か、あるいは、魔導師優位の軍制崩壊を望む新興騎士団の策略か。
民間では、様々な憶測が真しやかに囁かれ、一層混乱を極めていく事態となるが、後に、この襲撃の真相を知らされた人々は、かつてないほどの恐怖と絶望に、震え上がることになる。
西方に位置する軍事都市、セントランスが、アーベリト、シュベルテ、ハーフェルンの三街に対し、宣戦布告をしてきたのだ。

 セントランスはかつて、御前でハーフェルン、アーベリトと王権を争い、敗れた街である。
シュベルテに次ぐ巨大な軍事都市であり、現在、サーフェリアを統治する三街とは、決裂状態にあった。
彼らは、シュベルテを襲った異形は召喚術によって産み出したものだと明かし、召喚師一族の力を保有できるのは、王都の特権ではないという文言と共に、詔書を送りつけてきた。
襲撃を受ける前であれば、このような世迷言を信じる者は、誰一人いなかっただろう。
しかし、その恫喝どうかつは、実際に街を喰った異形を目の当たりにし、魔導師団を失ったシュベルテの人々を震え上がらせるには、十分であった。

 現国王、サミル・レーシアスが敷いた、三街による統治体制が崩れたのは、この瞬間であった。


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