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投稿日:2021年08月03日
国王サミルに事情を説明すると、シルヴィア、および二名の魔導師の入城が認められた。
トワリスがシルヴィアの名を出すと、サミルはひどく驚いた様子であったが、シュベルテの襲撃時の状況を、魔導師たちから聞き出したいという気持ちもあったのだろう。
二つ返事で頷くと、サミルは城館でシルヴィアを保護し、同行していた魔導師一名を付き添わせて、もう一名は、御前に招いたのであった。
白亜の壁が四方を覆う、質朴な謁見の間に魔導師を通すと、サミルは、トワリスの他に、サイとハインツ、そして、アーベリトの総括を勤める、ロンダートら数人の自警団員と官僚たちを呼び寄せた。
シュベルテ襲撃の情報は、いきなり世間に公表するよりも、ひとまず限られた人数で共有したほうが、混乱を避けられるとの考えがあってのことだろう。
つづれ織りの壁掛けを背後に、サミルが王座につくと、中年の魔導師は、絨毯に膝をついて頭を下げた。
「国王陛下の寛大な御心に、深く感謝申し上げます。私は、中央隊所属のゲルナー・ハイデスと申します」
固い口調で進言し、ゲルナーは平伏する。
サミルは頷くと、穏やかに返した。
「顔をあげてください。シュベルテの惨状については、聞いています。前召喚師様をお守りし、よくぞアーベリトまで来てくれました。シルヴィア様は、この城館で治療させています。回復するまでの間、こちらも手を尽くしましょう」
「──は。ありがとうございます」
顔をあげるように言ったが、ゲルナーは、頭を下げたままであった。
言葉を次ごうとしているのか、更に深く、額を床につけるようにして伏せると、ゲルナーは続けた。
「……畏れながら、重ねてお願い申し上げます。ご容態に拘わらず、当面の間、前召喚師様のアーベリトでのご滞在をお許し頂けないでしょうか」
サミルが、驚いたように目を見開く。
話を聞いていた重鎮たちも、この申し出には、疑問を抱いたのだろう。
広間がざわりと揺らいで、各々怪訝に眉を潜めた。
そもそも、召喚師一族であるシルヴィアが、アーベリトまで運ばれてきたこと自体が、不自然だったのだ。
アーベリトを頼って来る怪我人の数を見る限り、シュベルテの医療機関が逼迫状態であることは明白であるが、だからといって、シルヴィアのような優先して治療すべき要人すら受け入れないというのは、本来考えられないことだ。
実際、アーベリトに流れてくるのは一般人ばかりで、それも、馬車での長旅に耐えられる程度の、重軽傷者が大半である。
外傷が目立たなかったとはいえ、いつ命を落とすとも分からぬシルヴィアを、意識不明の状態で運んでくるなど、よほどの理由があるに違いなかった。
「……シュベルテで、何が起きているのですか?」
神妙な面持ちでサミルが問うと、ゲルナーは、ようやく顔を上げる。
口に出すのを躊躇っているのか、わずかに視線を彷徨わせると、ゲルナーは、口を開いた。
「ここ数年の間、前召喚師様は、何度もお命を狙われているのです。差し向けられた刺客の素性は明らかになっておりませんが、おそらくは、イシュカル教会の急進派の者です。セントランスによる此度の襲撃で、我々魔導師団は、甚大な被害を受けました。結果、今シュベルテを取り仕切っておりますのは、教会によって発足された新興騎士団の者たちです。彼らは穏健派を名乗ってはおりますが、召喚師一族を疎ましく思っていることに変わりはございませぬ。また、由々しき問題なのは、旧王家に仕えていた世俗騎士団までもが、教会側に寝返りつつあるということです。今回の襲撃で、騎士団長レオン・イージウス卿、宮廷魔導師団長ヴァレイ・ストンフリー卿らを始めとする幹部陣が亡くなり、総指令部は実質解体状態となっております。公は未だ動けるような状態になく、現状、シュベルテを守っている新興騎士団、つまりはイシュカル教会を支持する民は増えていく一方です。故に、このまま前召喚師様をシュベルテに残すのは危険だと判断し、アーベリトまで参った次第でございます」
ゲルナーの額に、じっとりと汗が滲んでいる。
サミルは、苦々しい表情になった。
「……なるほど、事情は分かりました。しかし、なぜもっと早くに報告を上げて下さらなかったのです? イシュカル教会の存在は勿論把握していましたが、彼らが騎士団を発足したことも、シルヴィア様の暗殺を企てるまでに至っていることも、今、初めて耳にしました。もし彼らが、今回の混乱に乗じて、シュベルテの軍部を掌握するまでに勢力を伸ばすつもりなら、見過ごすことはできません。もっと早くに手を打つべきでした」
ゲルナーは、再び額を床につけた。
「お許しください。今までは、我ら魔導師団のみで制圧できていたのです。セントランスからの襲撃さえ、なければ……」
怒りと悔しさを抑え込んだような声で、ゲルナーが言う。
そのとき、文官の一人が、すっと手を上げた。
発言の許可を得て、一歩前に出ると、文官はゲルナーを見た。
「此度のセントランスによる宣戦布告と、新興騎士団の台頭に、繋がりがある可能性はござらんか? 貴公の話をお聞きする限りでは、セントランスの襲撃のおかげで、イシュカル教会が勢い付いた、とも解釈できますが」
ゲルナーは顔を上げると、弱々しく首を振った。
「申し訳ございません、明言はできませぬ。我々も当初、今回の襲撃は、教会が目論んだものではないかと疑っておりました。しかしながら、後日セントランスより宣戦布告が成され、少なくとも教会が主力でないことは、明らかになりました。教会の独力では、我ら魔導師団を壊滅させることなど不可能であること。また、今回の襲撃によって、新興騎士団内の権力者の一人であったと予想されるイージウス卿が、亡くなっていること。これらの事実を鑑みれば、教会が首謀である可能性は低いかと存じます。ですが、だからといって、必ずしも関係がないと否定することはできませぬ。花祭りの最中を狙った襲撃は、計画的なものでした。内通者がいないとも限りません」
ゲルナーの曖昧な答えに、文官は、苛立たしげに顔をしかめた。
「……重大なことですぞ。もし、セントランスと教会に繋がりがあり、そのことを貴公ら中央魔導師団が、見落としているのだとすれば……事態は一層深刻です。我らの敵は、セントランスだけではないということになるのです」
文官の言葉に、広間が静まり返った。
自分達が立たされている窮地を、改めて、はっきりと目の当たりにしたのだ。
アーベリトとハーフェルンは、セントランスに勝る兵力など持っていない。
軍事の要であったシュベルテが壊滅状態に追いやられ、その上、未だ反乱分子を抱えているのだとすれば、召喚師一族を頼る以外に、勝機はないだろう。
臣下たちが騒然とする中、畳み掛けようと口を開いた文官を、サミルが制した。
渋々引き下がった文官を一瞥し、蒼白なゲルナーの顔を見つめると、サミルは、落ち着いた声で言った。
「ひとまず今は、セントランスとどう対するかを考えましょう。内通する勢力がいるにせよ、いないにせよ、彼らの狙いが私たちを討つことならば、先の襲撃時に、街ごと焼き払われていてもおかしくありませんでした。しかし、そうならなかったということは、セントランス側にも限界がある、もしくは現時点では恫喝に留めた理由があるのでしょう。宣戦布告の詔書にもある通り、目的はあくまで王権の奪取なのかもしれません。であれば、まだ交渉の余地はあります」
サミルの発言に、シュベルテから引き入れられた文官たちが、難色を示した。
彼らは、遷都後にアーベリトへとやってきた官僚たちであったが、この数年間で、サミルの性格を理解している。
文官の一人が手を上げて、厳しい眼差しをサミルに向けた。
「恐れながら、陛下、一体何を交渉なさるというのですか。彼奴らは、シュベルテに甚大な被害をもたらしただけでなく、開戦の日に、二月後の『追悼儀礼の日』を指定してきたのです。先王の七度目の命日に開戦などと、これは明らかな侮辱ではございませんか! 交渉の場など設けたところで、何を要求されるかは明白です。どうか、開戦のご決断を!」
興奮した様子で、声を裏返す文官に、サミルは、静かに告げた。
「挑発に乗って争えば、それこそセントランスの思う壺でしょう。下手に出るつもりはありませんが、実際こちらが不利な状況です。相手側に分がある以上、安易に開戦に踏み切っては、犠牲が増えるだけです。交渉することで平和的に済むならば、それに越したことはありません」
サミルの言葉に、広間がざわついた。
国王自ら、自陣が劣勢であることを認めるのかと、批難の声が上がる。
日頃から、保守的とも取れるサミルの政策に疑念を抱いていた者達の不満が、この場で爆発したのであった。
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