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投稿日:2021年08月03日






 トワリスら魔導師と共に、下座でやりとりを聞いていたロンダートは、ハインツの後ろに隠れるように下がると、げんなりした表情で言った。

「なんだか、とんでもないことになってきたなぁ。開戦開戦って、戦うのはお前達じゃないだろうに……」

 ぶつぶつと文句をこぼしながら、ロンダートは、向かいで騒ぎ立てる文官たちを見る。
トワリスは、ため息混じりに答えた。

「でも、現状だと開戦が避けられないというのは、事実ですよね。平和的解決が一番とは言え、セントランスが王権を狙っているなら、その要求を飲むわけにはいきませんし。……ただ、陛下の言う通り、このまま真っ向からぶつかるには、まだ不安要素が多すぎる気がします。私、シュベルテの魔導師団が呆気なくやられたっていうのが、未だに信じられないんです」

 トワリスが言うと、隣にいたサイが、深刻な顔つきで頷いた。

「同感です。花祭りの最中だったということは、普段よりも警備は強化されていたはずですし、俄には信じがたいですね。詔書に、召喚術の行使を仄めかすような文面まで記載されていたと聞くので、その真偽も気になります」

 ロンダートが、顔をしかめた。

「そりゃあ、嘘に決まってるよ。だって召喚術は、召喚師一族にしか使えないはずなんだから。俺、魔術には詳しくないけど、召喚術って、召喚師様にしか読めない、なんとかって文字を使うんだろう?」

「──ええ。魔語、ですね」

 答えてから、サイは考え込むように、視線を床に落とした。

 通常、術式に使用されるのは古語であるが、召喚術の行使に必要なのは、魔語と呼ばれる、特別な言語であった。
召喚師一族は、まるで前世の記憶に刻み込まれているかの如く、生まれ落ちた瞬間から、魔語を読解できるのだという。
それが真実なのかは分からないし、今までに、魔語を習得しようとした研究者がいたかどうかも定かではないが、元々召喚術は、人が触れてはならない、神聖なものだという認識が強かった。
故に魔語は、召喚師一族だけが扱う、秘匿言語とされていたのだ。

 サイは、指を顎に添えると、淡々と続けた。

「一般の魔導師が召喚術を使おうなんて、そもそも方法の検討がつきませんし、私も単なる脅しだとは思います。しかし、宮廷魔導師団まで壊滅状態に追い込まれたとなると……信憑性が増してきますよね。あり得ない話ではありません。何百年も前のことですが、セントランスは、王都だった街です。その当時、召喚師一族がセントランスにいて、召喚術の行使方法に関する何かしらの記録を残していたのだとすれば、それを解き明かす者が出てもおかしくはないでしょう」

 ハインツの腕にしがみついて、ロンダートが、顔を青くする。
サイは、腕を掴まれてびくついたハインツのほうを見た。

「リオット族だって、地の魔術に長けた一族だと言われていますが、だからといって、リオット族以外の人間が、地の魔術を使えないというわけではありません。同様に、召喚術の使用条件が、実は血筋ではなく魔語の習得にあって、それを満たす者が、召喚師一族以外にも現れたのだとすれば……。まあ、こんなのは、私の憶測に過ぎませんが」

 これ以上は考えても無駄だと見切りをつけたのか、サイは肩をすくめると、口を閉ざした。
セントランスが召喚術の使用を仄めかしてきたことは、確かに、突き止めるべき重要事項ではあるが、問題の本質はそこではない。
召喚術であろうと、なかろうと、セントランスに、シュベルテを追い詰めるほどの力があることは、紛れもない真実なのだ。

 わずかに声を潜めて、トワリスが言った。

「内通者の存在も、気になりますよね。もし襲撃を手引きした者がいるなら、シュベルテが不意を突かれたのも頷けます。先程出た話では、内通者に関しては保留になりましたけど、もし本当にセントランスと繋がっている勢力がいるなら、早く炙り出さないとまずいですよ。いくら敵方を警戒したって、身内に裏切り者がいるんじゃ、こちらの情報は筒抜けになっているでしょうから」

 トワリスの発言に、ロンダートが眉を寄せた。

「内通者がいるんだとしたら、新興騎士団とやらを発足した教会の連中じゃないのか? さっき、話題にも上がってただろう。実際、今回の襲撃で、魔導師団は痛手を被って、教会は得をしたわけだし」

「ああ、はい。それは、そうなんですけど……。ただ、シュベルテで暮らしたことがあれば分かると思うんですけど、教会って、軍部の組織ではないので、大した情報は持ってないはずなんですよ。だから、台頭したことで注目を浴びてはいるけど、必ずしも教会が内通勢力とは限らないんじゃないかなって」

 トワリスが呟くと、ロンダートの顔色が、一層悪くなった。
くるくると周囲を見回してから、ロンダートが、震え声で言う。

「ちょっ、待って、トワリスちゃん。それって、内通者がどこに潜んでるか分からないってこと? そんな、こ、怖いこと言わないでくれ……。どうするんだよ、アーベリトに紛れてたら……」

 怯えるロンダートに、サイが補足をした。

「確かに、内通者が教会側の人間だと決めつけるのは、早計かもしれませんね。でも、シュベルテの人間であることは確かだと思いますよ」

「……そうなんですか?」

 トワリスが聞き返すと、サイは頷いた。

「考えてみてください。教会以上に、アーベリトやハーフェルンは、シュベルテの情報を持っていません。内通者がいたとして、その人物は、セントランスに様々な情報を売ったはずです。例えば、城を覆う結界の解除方法や、警備の配置、最適な侵入経路なんかが考えられますよね。でもこれって、全てシュベルテの人間──しかも、限られた軍部の人間しか知らない情報ですよね。となると、魔導師団に所属している、もしくは、魔導師団の動きを把握できるような権力を持った者にしか、内通者は勤まらないはずです」

「あ、そっか……それは、確かにそうですね」

 納得した様子で返事をしたトワリスに、サイは小声で言い募った。

「はっきり言ってしまうと、最も疑わしいのは、新興騎士団の発足に関与したとされる、世俗騎士団長、レオン・イージウス卿ですよね。彼なら、情報を握っているどころか、内部操作も可能な立場でした」

 ロンダートが、首をかしげる。

「だけど、イージウス卿は、今回の襲撃で亡くなっただろう?」

「──ええ。だからこそ怪しいんです」

 顔をしかめたロンダートとトワリスに、サイは向き直った。

「計画的かつ、出来すぎた襲撃です。内通者がいたかもしれない、なんて誰もが予想するでしょう。もし、内通者が捕まって、逆に情報を引き出されることになったら、セントランス的には面白くないはずです。セントランスと教会、そしてイージウス卿の関係について、詳しいことは分かりません。ですが、新興騎士団の勢力拡大を目論んだイージウス卿が、セントランスの王位簒奪に協力した後、最終的には用済みだと裏切られ処分された……なんて筋書きを考えると、辻褄が合うんです」

「…………」

 ロンダートとトワリスの顔が、更に険しくなる。
ハインツも、口を出そうとはしなかったが、事態は理解しているようで、鉄仮面の奥の表情を、微かに強張らせていた。

 押し黙ってしまった三人を見やって、サイは、微かに口調を軽くした。

「もちろん、可能性の話ですよ。私の予想に過ぎませんし、そもそも、内通者なんていないかもしれません。ただ、襲撃の周到さから考えて、内通者いたとしても、特定は困難でしょうね。証拠が残っているとは思えませんし、少なくとも、アーベリトにいる我々では、その痕跡を探ることすら出来ません。だから陛下も、今はセントランスと直接対峙することを考えるべきだ、と仰ったんじゃないでしょうか」

 言いながら、王座のサミルへと視線を移す。
それから、サイはふっと目を細めた。

 サミルに対する抗議の声は未だ止まず、文官たちは、もはや発言の許可を求めることもなく、口々に不満を申し立てている。
その一つ一つを往なしながらも、頑として開戦の宣言を出そうとはしないサミルに、文官たちは、苛立ちを募らせている様子であった。

「こちらにはまだ、召喚師様がいらっしゃいますし、シュベルテにも、ハーフェルンにも、戦力は残っております。機を逸すれば、我々はセントランスの属領とも成りかねませぬ!」

 文官の主張に、やはり、サミルは首を縦には振らなかった。

「セントランスに下ろうという訳ではありません。故郷であるシュベルテを攻められ、耐えられない貴殿方の気持ちも分かります。ですが、機を図った上で、争うならば言葉を交わしてからでも良いでしょうと言っているのです。ハーフェルンとシュベルテに残っている魔導師たちは、動かしません。その場に残して、守りに徹してもらいましょう」

「しかし──」

 食い下がろうとした文官たちを手で制すると、サミルは、揺らがぬ眼差しで臣下たちを見据えた。

「これ以上話すことはありません。ハイデスさん、シュベルテに関するご報告をありがとうございました。部屋を用意させますので、お連れの方と一緒に休むと良いでしょう。それから、ロンダートくん。自警団のほうでシュベルテに行き、負傷者の保護が済み次第、ルーフェンに戻るよう伝えて下さい。新興騎士団が今のシュベルテを取り仕切っているなら、召喚師が滞在するのは危険です」

「あっ、はい! 承りました!」

 突然名を呼ばれ、ロンダートが、慌てて敬礼をする。
緊張した面持ちで控えていたゲルナーも、安堵したように表情を和らげると、その場で再度頭を下げた。

 まだ何か言いたげな面々を無視して、サミルは、静かな声で言った。

「何か進展があれば、また召集をかけます。各自持ち場に下がってください」


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