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投稿日:2021年08月03日





「失礼いたします、サイ・ロザリエスです。陛下、こちらにいらっしゃったのですね。召喚師様におかれましては、シュベルテからのご帰還早々に、大変申し訳ありませんが、お二人にご相談したいことがございます。今、お時間よろしいでしょうか?」

 恭しく頭を下げたサイに対し、サミルとルーフェンは、視線を合わせる。
二人の間に流れる、重々しい空気感を感じ取ったのだろう。
サイは、あ、と声をこぼした。

「もしかして……お話の途中でしたか? 出直したほうがよろしければ、また後程伺います」

「……いや、構わないよ」

 再び礼をし、下がろうとしたサイを、ルーフェンが呼び止める。
サミルは、進言の許可をしてサイに頷きかけてから、ルーフェンに対し、小声で囁いた。

「……また今度、時間をください。話したいことがあります。シルヴィア様には、物見の東塔にお部屋をご用意しています。私はもちろん、トワリスにも様子を気にかけるよう、お願いしていますから……しばらくは、このまま滞在させるつもりです」

 柔らかい口調だが、意見を変える気はないと、確かな主張が込められた言い方であった。
ルーフェンは、微かに息を吐くと、同じく小声で答えた。

「……分かりました。でも、サミルさんたちは、あの女に関わらないで下さい」

 短く答えて、ルーフェンは、サイのほうに視線を移す。
サイは、躊躇いがちに本棚の並ぶ通路を抜けると、サミルとルーフェンの前に跪いた。

「お邪魔をしてしまい、大変申し訳ございません。お話は、よろしかったのですか?」

「うん。別に、大したことじゃないから。……で、相談って?」

 先程までの重い空気を感じさせない、軽い口調でルーフェンが尋ねる。
一方のサミルは、まだ緊張感を引きずっているのか、やや面持ちが硬い。
普段はにこやかなサミルの表情が、遠目でも分かるほど強ばっていたのだ。
決して“大したことではない”ようには見えなかったが、ルーフェンの態度を見る限り、これ以上は触れぬ方が良いのだろう。

 サイは、余計な詮索はすまいと唇を引き結ぶと、本題に移った。

「ご相談と言うのは、セントランスの件です。怪我人はシュベルテとアーベリトで分担し、あらかた病院に収容し終えましたが、人命救助と復旧にばかり、時間をかけているわけには参りません。セントランスが指定してきた『追悼儀礼の日』まで、あと一月半ほどです。陛下のご意向通り、近々、セントランスには交渉の申し入れをすることになるかと存じますが……その、城館内では、やはりセントランスは応じないだろう、という見方が強いようです。一度、シュベルテの被害状況も鑑みて、召喚師様のお考えもお聞かせ頂けないでしょうか」

 言いながら、サイは、懐から擦りきれた紙束を取り出した。
サイ自身でまとめて、書き記したものなのだろう。
その紙束には、今回の襲撃によるシュベルテでの被害状況や、セントランスからの宣戦布告の詔書内容などが、事細かに記録されていた。

 再び席に着いたサミルを一瞥すると、ルーフェンは、あっけらかんと返した。

「お考えも何も、陛下が交渉の場を設けるって言うなら、俺はそれに従うよ。今のシュベルテは、とても戦力換算できるような状態じゃないし、かといって、残るアーベリトとハーフェルンじゃ、セントランス相手に開戦すれば無傷ではいられない。宣戦布告に応じるのは、最終手段にしたいところだね」

 無傷ではいられないどころか、確実に敗北するだろう。
──とは口に出さなかったが、あまりにも平然としているルーフェンに、サイは戸惑いを隠せなかった。
セントランスの脅威に晒され、いつこの平穏が崩れ去るのだろうという恐怖心から、王都を含む三街の民たちは、皆、眠れぬ夜を過ごしている。
セントランスが絶対的優位に立っている現状では、交渉の余地などなく、開戦したところで勝機はない。
しかし、セントランスの要求を飲み、王権を捧げて支配下に入れば、それこそアーベリト側の未来が潰えることは分かりきっているだろう。

 神妙な顔つきのサイに、サミルは落ち着いた声で言った。

「皆さんのご意見は尤もですし、セントランスの領主であるアルヴァン侯の性格を考えても、話し合いで解決する、というのはなかなか難しいでしょう。しかし、先日の会議でもお話した通り、私は決して、投槍になっているわけではありません。どう転んでも三街を守り抜けるよう、手を打つつもりです。既に、セントランスに宛てた親書は認めてあります。この親書が返送されるか否かで、開戦に踏み切るかどうかを決定します。ですから、それまでは、交渉の申し入れを受け入れさせることに、賭けたいと思っています」

 手元にあった、厳重に封のされた書簡を、サミルが目で示す。
国王自筆の署名が入ったそれを見て、サイは、訝しげに眉を寄せた。

「……受け入れさせる、というと、何か策がおありなのでしょうか?」

 答えようとしたサミルを、ルーフェンが視線で制する。
ルーフェンは、肩をすくめて答えた。

「具体的なことは、まだなんにも。サイくん、だっけ。……どうすればいいと思う?」

 ここで問い返されるとは思わず、サイは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
ルーフェンは、一見微笑んでいたが、見ようによっては、挑発的な色を瞳に浮かべているようにも見えた。

 考え込んでうつむくと、サイは唇を開いた。

「……二案あります。一つは、我々と争わず、協力関係にあったほうが、セントランスにも利があると説得することです。シュベルテと関係を結ぶことは言わずもがな、ハーフェルンの持つ、他街との強い繋がりや交易路、そしてアーベリトの持つ医療技術には、金や領地には変えられぬ価値があると存じます。セントランスを懐に入れる是非は問われましょうが、もし、アルヴァン侯が三街の持つ価値に注目して下されば、ひとまず、争いの道は避けられるかもしれません」

 サミルが、小さく首を振った。

「それは……残念ながら、七年前に既に試みたことです。シュベルテから王権を譲り受ける際に、セントランスにも私達と協力関係を結ぶよう声をかけたのですが、一蹴されて終わってしまいました。アルヴァン侯は、なかなかに頭の堅いお方で……」

 苦々しく嘆息したサミルに、ルーフェンも、肩を怒らせて王都選定の場から出ていったセントランスの領主、バスカ・アルヴァンの姿を思い出した。
厳正な決闘を行い、次期国王を決定するべきだと主張していた彼は、アーベリトへの遷都が決まった瞬間に、腹を立てて謁見の間から出ていってしまったのだ。
今回の宣戦布告も、当時の蟠(わだかま)りが大いに関係しているはずだ。
再度和解を求めたところで、それをセントランスが受け入れることはないだろう。

 なるほど、と呟いてから、サイは、二つ目の案を出した。

「では、一か八か、こちらも脅しに出るというのはいかがでしょうか。セントランスが戦にこだわっているのは、歴史的な土地柄もありますが、必ず勝てるという確証があるからこそです。その勝機を奪って、弱みに付け入れば、交渉に応じる可能性が出てきます。……はっきり申し上げましょう、セントランスがシュベルテの襲撃時に使ったとされる異形の召喚術。あれを封じられるならば、活路は見出だせるかと」 

 サイの発言に、室内の空気が変わる。
ルーフェンは、唇で弧を描くと、跪くサイの前に屈んで、目線を合わせた。

「いいね、それ。召喚師一族の力を保有したとかなんとか、見え透いたホラを吹かれて、俺も不愉快だったんだ」

「と、言いますと……やはり、シュベルテを襲ったのは、召喚術由来の力ではないのですか……?」

「サイくんは、召喚術だったと思うの?」

 再び問い返されて、サイは、困ったように口ごもる。
逡巡の末、ルーフェンに向き直ると、サイは慎重に言葉を選んだ。

「決して、召喚師様のお力を軽んじるつもりはないのですが……正直、あり得ない話ではない、と考えておりました。セントランスは、過去に王権を持っていた都市でもありますから、何かしら召喚師一族に関する情報を持っていても、不思議ではありません。ただ、私は実際に、シュベルテを襲った異形を見たわけではありませんし、本物の召喚術を拝見したこともありません。悪魔というものが、一体どんな姿形をしているのか。魔語がどういった規則性を持った言語で、どれほどの効力と発現力を持ったものなのか……何一つ知りません。ですから、召喚師様が召喚術ではない、と仰るならば、きっとそうなのでしょう」

 ルーフェンは黙ったまま、しばらくサイの目を見つめていた。
だが、やがて立ち上がり、手近な本棚に背を預けると、小さく吐息をついた。

「俺も、異形とやらをこの目で見た訳じゃないけど、報告を聞く限りじゃ、召喚術でないのは確かだよ。仮に“召喚術を使えるのは召喚師一族だけ”っていう前提がひっくり返って、悪魔を従えた人間が他にいたのだとしても、召喚術は、並の人間一人分の魔力量で扱えるものじゃない。花祭りの場に、何人くらいのセントランスの魔術師が紛れていたのかは知らないけど、あの警戒の中じゃ、大勢入り込むのは難しいだろう。少なくとも、あの場で儀式的に大勢で召喚術を完成させることは、絶対に不可能だ」

 言い切ったルーフェンに、サイは眉を寄せた。

「しかし……遠隔から行使していたのであれば、必ずしも不可能とは言いきれないのではありませんか? 魔力供給を行う魔導師たちを他の場所に待機させ、召喚術の術式を彫った別の魔導師を、シュベルテに送り込むのです。そうすれば、火付け役の一名が潜入するだけでも、理論上行使は可能になるでしょう」

 サイの指摘に、ルーフェンは眉を上げた。

「……まあ、最後まで聞いて。理由は、他にもあるんだ。第一、召喚術なんて大層な名前がついているから、異形が出てくるような想像をされたのかもしれないけど、悪魔っていうのは本来“可視化された状態で呼び出したりしないんだよ”」

「え……?」

 サイが、驚きの声をこぼす。
ルーフェンは、淡々と言い募った。

「火や水でも、金属でも、そこに無いものを発現させる魔術っていうのは、大概ややこしいでしょ。その原理と一緒だよ。召喚師は、悪魔を召喚する時、“自分の身体を媒体に使うんだ”。そうすれば、悪魔を可視化させる余分な魔力を使うこと無く、術を行使することができる。つまり、化け物を呼び出して街を襲わせる、なんていう魔術自体が、召喚術でない証拠なんだよ。悪魔を見たことがない、平凡な魔導師たちの妄想に過ぎないってわけ。仮に召喚術を『膨大な魔力を消費する、魔語を用いた憑依術』だと定義するなら、今回の襲撃で用いられた術には、何一つ当てはまらないし、改めて考えてみても、“召喚術を使えるのは召喚師一族だけ”っていう前提が、覆せるとは思えない。……それに、もし、本物の召喚術だったんなら、宣戦布告なんて回りくどい真似をしなくても、最初からシュベルテごと吹っ飛ばすことだって出来ただろうしね」

 目を細めて、ルーフェンが微かに笑う。
強張った顔つきで話を聞いていたサイは、ルーフェンが口を閉じたあとも、額に汗を浮かべて沈黙していた。

 長い間、サイは、険しい顔つきで自分の掌を見つめていたが、ややあって、姿勢を正すと、静かな声で尋ねた。

「そもそも、悪魔とは、一体なんなのでしょうか……。魔語に関しても、それほどまでに読解が難しいものなのですか?」

 ルーフェンは、肩をすくめた。

「さあ? 悪魔の正体に関しては、俺も教えてほしいくらいだね。魔語についても、おそらく古語由来……いや、古語が魔語由来と言うべきか。とにかく、なんとなく規則性がある言語だっていうのは推測できるんだけど、それ以上は何も分からない。一つ言えるとすれば、魔語は無限にあるから、召喚師一族以外の人間が読解するのは、骨が折れるだろうってことかな」

「無限にある……? どういうことですか?」

「魔語は表語文字なんだよ」

「表語文字……」

 サイが、興味深そうに繰り返す。
ルーフェンは、変わらぬ笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。

 表語文字とは、一文字で意味を成す言語のことを指す。
元は絵に起源を持つとされ、会話に用いるための言語というよりは、事物を表すための記号や絵文字、と表現した方が近いだろう。
対して、特定の順序で並べたり、規則性に乗っ取って発音をすることで意味を成す言語を表音文字といい、一般的にサーフェリア内で使われる言語や、魔術に使われる古語は、こちらにあたる。

 ルーフェンは、ふと腕を上げると、指先を宙で動かした。
すると、その軌跡が光の帯となって残り、小さな魔法陣のような記号──魔語を形成していく。

 空に無数の魔語を書き終えたところで、ルーフェンは、その一つ一つを示していった。

「例えば、これは一文字で調和、次が対立、その隣が虚言を意味する魔語だよ。つまり、言葉の数だけ魔語は存在するってこと。召喚師一族は、初見でも意味が分かるけど、普通の魔導師にはただの記号にしか見えない。仮に、規則性や文法を見つけたとしても、無限にあることを考えると、一から読み解こうとなんて途方もないだろう?」

 ごくりと息を飲んで、サイは、光の帯を凝視している。
初めて目の当たりにする魔語に、こめかみの血管が、どくどくと音を立てていた。

 ルーフェンが魔語を消すと、サイは、我に返ったように口を開いた。

「……分かりました。では、召喚師様の仰ることをまとめますと、召喚術というのは、一般の魔導師一人分の魔力量では到底扱えず、そもそも、今回シュベルテを襲ったセントランスの魔術は、悪魔を身に宿す、という召喚術の定義には根本から当てはまらない。また、召喚術に使用される魔語は、謎に包まれた部分が多く、研究する者がいない現在では読解することはほぼ不可能。以上の点から“召喚術を使えるのは召喚師一族だけ”という前提が覆ることはない、と……」

「そういうこと」

 場に似合わぬ軽薄な声音で、ルーフェンが答える。
サイの言葉は的確で、表情もいたって落ち着いているように見えたが、彼の手がわずかに震えていることに、ルーフェンは気づいていた。

 サイは、床に額をつけた。

「……ありがとうございます、今のお話を聞いて、安心いたしました。それだけ否定材料があれば、セントランスに脅しをかけるには、十分そうですね」

 次いで、頭を上げると、サイはサミルのほうに向き直った。

「陛下、お願いがございます。私に、セントランスへの親書を届ける役目を、お任せ頂けないでしょうか」

 ルーフェンとサミルが、一瞬、目を見合わせる。
サイは、膝に置いた拳を、白くなるほど握りしめた。

「十日……いえ、七日ください。その間に、入院している者たちから、異形の目撃証言を集め、シュベルテを襲った“召喚術もどき”の正体を、私が明らかにいたします。そして、セントランスに親書を届けた際に、詔書に書かれていた召喚術が偽物であったことを指摘した上で、陛下との交渉の場を設けて頂けないか、伺ってみましょう」

 サイの真剣な眼差しが、サミルの視線と交差する。
サミルは、すぐには返事をしなかったが、答えは既に決まっている様子であった。

「……非常に危険な任です。セントランスの出方次第では、無事にアーベリトに戻って来られるか分かりません。……それでも、やって頂けますか?」

「はい。覚悟の上です」

 間髪入れずに、サイは迷いなく答える。
躊躇いの色が見え隠れするサミルから、一切目をそらさずに、サイは続けた。

「出過ぎた真似とは存じますが、自身の守護も固める必要がある今、召喚師様がアーベリトをお空けになるのは、得策ではありません。どうか、私にお任せください。アーベリトの魔導師として、必ずやり遂げてみせます」


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