トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年08月03日





  *  *  *


 初冬の鋭い空気に、耳鳴りがする。
サイとトワリスが、セントランスにたどり着いたのは、国境付近の移動陣を発ってから、四日目の夕刻であった。

 西方の大都市、セントランス──。
シュベルテには及ばないものの、ハーフェルンに並ぶ広大な領土を持ち、かつてはサーフェリアの王都としても栄えた、歴史ある軍事都市である。
分厚い石壁の家々が聳え立つ光景は、しかし、同じく石造建築が主なアーベリトの雰囲気とは程遠く、頑強で、粗野な印象を受ける。
冬晴れの空を突く煙突からは、ゆらゆらと黒煙が立ち上り、冷たい風が吹く度に、随所に掲げられた軍旗がはためいていた。

 街を東西に分断する大通りには、疎らに商店が並んでおり、都市の規模の割には、市場は閑散としていた。
品揃えも豊富とは言えず、そもそも、この街には商人が少ないのだろう。
道行く人々の中には、帯剣した武人らしき男たちが多く見られた。

 外套の頭巾を目深に被り、大通りを進みながら、トワリスは、ふと傍らを歩くサイを見た。

「……サイさん。この通りを抜ければ、アルヴァン侯の屋敷です。本当に、別行動でなくて大丈夫ですか?」

 何度も成された議論を、確認のために問うと、サイは、前を見つめながら答えた。

「はい。……見たところ、屋敷の周囲には二重の外郭が巡らされています。別々で行動したところで、万が一の事態に、一方が助けに入れるほど柔な警備体制ではないのでしょう」

「……分かりました」

 短い応酬が終わった後も、トワリスは、サイの様子を横目にうかがっていた。
己の行動次第で、開戦するか否かが決まるかもしれない──その重責に、彼も緊張しているのだろう。
サイは、終始街並みに目を配りながら、硬い表情で歩いていた。

 親書を渡す任に、トワリスも同行すると伝えた時、サイは、喜んでいたように見えた。
正直なところ、反対されると思っていたのだが、むしろ、心強いと安堵していたくらいである。
その時の、朗らかなサイの表情が、脳裏に浮かんでは消えていた。

 しばらく二人は、黙ったまま、領主邸へと歩を進めていった。
市街を抜け、更に人通りのない一本道を歩いていくと、やがて、目の前に、高い石組みの塀が現れる。
巨大な鉄門の奥から、複数の馬蹄の音が響いてくるアルヴァン邸には、戦前のような、殺伐とした空気が漂っていた。

 一度、トワリスと顔を見合わせてから、サイが長杖で鉄門を叩くと、ややあって、奥から声が聞こえてきた。

「何者か」

 隙のない、野太い男の声。
サイは、息を吸ってから、凛とした口調で答えた。

「突然失礼いたします。王都アーベリトから参りました、使いの者です。アルヴァン侯にお目にかかりたいのですが、お取り次ぎ頂けないでしょうか」

 一瞬、門の向こう側で、ざわめきが起きた。
外郭の中には、複数の門衛がいるのだろう。
サイとトワリスを入れるべきかどうか、相談しているようであったが、何を話しているのかは、トワリスの耳でもはっきりとは聞こえなかった。

 長い時間が経ってから、ようやく鉄門が開かれたかと思うと、中から、三人の武装した男たちが出てきた。
細身のサイと比べると、一回り以上も大きく見える、屈強な男たちである。
彼らは、まるで威圧するようにトワリスたちを囲むと、低い声で言った。

「侯は今、どなたともお会いにならない。お引き取りを」

 サイは、頭巾をとると、一歩も引かずに返した。

「我々は、停戦の申入をするために伺ったのです。陛下は、貴殿方セントランスとの争いを望んでおりません。どうか、アルヴァン侯にこのことをお伝え下さい。そして、お目通りの機会を、何卒」

「……それが国王のご意志だと、信ずる証拠は」

「私達は、シュベルテの魔導師団に属する、アーベリト直轄の魔導師です。勅令で動き、陛下からの親書も預かっております。……恐れながら、アルヴァン侯に拒否権はありません」

「…………」

 サイが魔導師の証である腕章と、王印の入った親書を見せると、門衛たちの目が、怪訝そうに細まった。
互いに顔を見合わせて確認を取りながら、門衛たちは、サイとトワリスのことを精察している。
少し間を置いて、一人が、サイの前に手を出した。

「失礼ですが、親書をこちらで改めさせて頂きたい」

「…………」

 サイは、つかの間躊躇ったが、小さく息を吐くと、親書を差し出した。
領主であるバスカ・アルヴァンに直接渡したかったが、ここで拒んで門前払いを食らっては、どの道、親書をバスカの元へと届けることはできなくなってしまう。
サイが親書を門衛に手渡す様子を、トワリスは、食い入るように見つめていた。

 親書を広げ、そして、王印を確かめると、門衛たちは、渋々鉄門への道を開けた。
内心面白くはないが、勅令で動いているという証拠を出されては、これ以上の口出しはできない、といったところだろう。
二人がかりで押して、ようやく動き始めた鉄門は、重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いた。

 門を潜ると、サイとトワリスは、内郭へと伸びる石畳の上を歩き始めた。
その周囲を固めるように、三人の門衛たちが、囲んで着いてくる。
夕闇に沈む視界の中で、外壁に設置された篝火(かがりび)だけが、煌々と明るく燃えていた。

 内郭の門に近づくと、不意に、前を歩いていた門衛が振り返った。

「ここから先は、武器の持ち込みが厳禁となります」

 そう言って、門衛が装備を解くようにと指示を出してくる。
たった二人とはいえ、敵を懐に入れるわけだから、当然の要求とも言えるだろう。
しかし、剣帯から双剣を抜こうとしたトワリスは、意に反して、柄を握る手に力を込めた。
ほとんど同時に、サイが長杖を構える。
──瞬間、背後から斬りかかってきた門衛の一振を、トワリスは、咄嗟に抜刀して受け止めた。

 重量のある一撃が上からのしかかり、威力では劣る双剣の片割れが、ぎりぎりと嫌な金属音を立てる。
剣が折れぬよう、わずかに刃の向きを変えて押し返すと、門衛は、驚いた様子で目を見張った。

 トワリスと背中合わせになると、サイは、門衛二人と対峙した。

「何のつもりですか。私達が陛下のご命令で動いていることは、先程もご説明したはずです。貴殿方も、アルヴァン侯に仕える身なら、主の許可無しに他街の人間を傷つければ、どうなるかくらい分かるでしょう。これは立派な、国に対する背反行為です。今ここで私達を殺しても、争いの火種に油を注ぐことにしかなりませんよ」

 門衛は、一切表情を変えずに、淡々と返した。

「これがセントランスの総意──侯のご意思ととって頂いて構いません。元より、我々は三街を根絶やしにし、レーシアスの時代に終止符を打つつもりです。油を注ぐことになるならば、それで結構」

 サイは、眉根を寄せた。

「──では、何故宣戦布告をし、開戦までに猶予を設けたのですか? 最初から三街を潰すことが目的だったのなら、シュベルテを襲撃したその足で、アーベリトやハーフェルンに向かえば良かったではありませんか。しかし、貴殿方はそうしなかった。あえて時間を置いたんです。これを、私は交渉の余地ありと見ていたのですが……違いますか?」

「…………」

 サイのこめかみに、脂汗が浮き出る。
これは、賭けであった。
本当に交渉の余地があるかどうかなど、実際のところは、分からなかったのだ。

 わずかに目を細めた門衛たちの、微々たる表情の変化も見逃すまいと、サイは、慎重に言葉を選んだ。

「それとも、他に時間をかけなければならない、事情があったのでしょうか。……例えば、シュベルテに対して使った、あの異形の魔術。詔書には、召喚術だ、などと書かれていましたが、違いますよね。実際は、かなり無理をして使ったのではありませんか? 強力な術を使うなら、当然、それに見合った代償が必要です。貴殿方は、さも我々を追い詰めたかのように振る舞っておられますが、その実、頼みの“召喚術もどき”を連続で使うことができず、宣戦布告という形をとって、時間を空けざるを得なかったんです」

 あえて挑発するような口調で、サイが言い募る。
門衛と剣を交差させ、拮抗した状態で、トワリスも、サイの言葉を注意深く聞いていた。

 もし、セントランスの望みが“王位だけ”ならば、苦渋の決断として、争いを避ける道はあっただろう。
要は、アーベリト側が、早々に敗北を認めれば良いのだ。
満身創痍のシュベルテと、ろくな戦力を持たないアーベリトとハーフェルン。
この三街を相手に、たとえ勝利を確信していたとしても、戦わずして王位と地を手に入れられるならば、セントランスにとって、これ以上に有益なことはないのである。

 しかし、当然アーベリトは、易々と王権を手放す気などない。
そんなことをして、セントランスの支配下に入れば、それこそ凄惨な結末を迎えることになることは、分かりきっているからだ。
そしておそらく、セントランスの狙いも、王位だけというわけではない。
セントランスは過去に、王都の座をシュベルテに奪われた歴史があり、また、七年前の王位選定の場では、ハーフェルンと言い争った末に、突如現れたアーベリトに王権を拐われている。
そういった怨みから、三街に報復を考えているのだとしたら、やはり、交渉の余地はない。

──であれば、もう、話し合いに持ち込む方法は一つだ。
セントランス同様、こちらも脅しに出るのだ。言わば、ハッタリである。
三街は劣勢ではないと鎌をかけ、もし、セントランスが余裕を失えば、それを好機と対等の交渉へと持ち込むことができる。
それがアーベリト側にできる、無血解決のための最後の足掻きであり、サイが負っている役目であった。

 サイは、一言一言を、強調するように言った。

「どうか、剣を下ろしてください。ここで私達を殺しても、何の益にもなりませんよ。シュベルテを落としたことで、優位に立ったと思っているのかもしれませんが、私達は、貴殿方の使った力が、召喚術でないことくらい分かっています。なんなら、セントランスがシュベルテを落とすために使った“からくり”を、今ここで、私がお見せしても構いません」

「…………」

 剣先を向けたまま、門衛たちは、サイを見据えている。
サイは、落ち着いた声で言い募った。

「もう一度言います。剣を下ろしてください。……陛下は、開戦を望んでおられませんが、そのために、貴殿方に膝を折る気はありません。我々は、あくまで対等な立場での話し合いをご提案しています。アルヴァン侯の御前で、その親書をよくご覧になってください。判断は、それからでも遅くないでしょう。決して、貴殿方にとって、損な話ばかりが書いてあるわけではありませんから」

 門衛たちは、尚も黙り込んで、長い間、考えあぐねている様子であった。
だが、やがて一人が目配せをすると、門衛たちはそろって納刀した。

 場に満ちた殺気が引いてから、サイとトワリスも、ようやく構えを解く。
門衛は、睨むような眼差しで二人を見ると、口を開いた。

「……どうぞ、ご無礼をお許しください。ですが、侯への目通りを願うならば、まず我々に従ってもらいましょう。ご承知頂ければ、屋敷をご案内します」

 威圧的な門衛の視線を受け、一瞬、躊躇ったように目を細める。
サイとトワリスは、互いに視線を合わせてから、小さく頷いたのだった。



- 115 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数148)