トップページへ
目次選択へ
投稿日:2021年08月03日




  *  *  *


 出迎えの侍従たちに案内されて、ルーフェンとハインツは、アルヴァン邸の謁見の間へと向かった。
広間に続く大扉の前には、番兵たちが、頭を下げることもなく、威圧するように立っている。
彼らの不快そうな視線に対し、にこやかに応ずると、ルーフェンたちは、広間へと踏み入ったのであった。

 椅子を用意しようと動いた侍従に、立ったままで良いと遠慮をすると、二人は、中央に伸びる青い敷物の上を進んだ。
広間の奥に設置された、床から数段高くなった首座には、セントランスの領主、バスカ・アルヴァンが鎮座している。
周囲には、百名近い魔導師たちが、長杖を携え林立りんりつしており、その中には、後ろ手に拘束されるサイとトワリスの姿もあった。

 ルーフェンは、正装用のローブを靡かせ、広間の中ほどまで歩み出ると、やがて、立ち止まった。
その背に隠れるようにして、ハインツも足を止める。
壁の如く佇立ちょりつする魔導師たちを見渡して、それから首座を見上げると、ルーフェンは口を開いた。

「ご招待頂いたので参りましたが、あまり歓迎はされていないようですね。お久しぶりです、アルヴァン侯。七年前、シュベルテの宮殿でお会いした時以来ですか」

 悠々とした口調のルーフェンに、バスカは、その太い眉を歪める。
鈍く光る頑強な鉄鎧を纏い、まるで戦場を前にしたような鋭い眼光でルーフェンを睨むと、バスカは、刺々しく返した。

「このような出で立ちで、誠に申し訳ございません。無礼とは存じましたが、どうかご容赦を。……まさか、入り込んだ鼠二匹の名を出しただけで、本当に召喚師様ご本人がいらっしゃるとは、思いもしなかったものですから」

 バスカが、捕らえられたサイとトワリスを目で示す。
ルーフェンは、肩をすくめた。

「部下想いで優しいって言ってもらえます? ほら、ご存知の通り、アーベリトにとって魔導師は貴重ですから、そう易々と手放したくはないんですよ。久々に、貴方ともお話したかったですしね」

 緊張感のないルーフェンの物言いに、ますますバスカの顔が歪む。
バスカは、忌々しげに舌打ちをした。

「……なるほど、初めから狙いはそれか。小癪なガキめが……」

 ルーフェンは、眉をあげた。

「はは、小癪? 貴方には言われたくないですね。親書を届けただけの、善良なアーベリトの魔導師を人質にとるなんて、それこそ小癪な手ってもんでしょう。とりあえず、こうして私たちはセントランスまでやって来たわけですから、そこの二人、返してもらえます? 格式高いアルヴァン侯爵様なら、約束は守ってくれますよね?」

「…………」

 挑発するようなルーフェンの口調に、バスカがぴきぴきと青筋を立てる。
怒りの衝動をなんとか飲み下すと、バスカは、サイを捕らえている兵に合図を送った。

 後ろから小突かれるような形で、前へと押し出されたサイが、乱暴に手枷を外され、ルーフェンたちの元へと戻される。
同じように、解放されるかと思われたトワリスであったが、しかし、ふと手を上げると、バスカは兵を止めた。

「……先ず、一人お返ししましょう。我々は、レーシアス王と召喚師様、お二人で来るようにとお伝えしたはず。我が邸に醜悪なリオット族を連れ込むとは、お話が違いますな」

 言いながら、バスカがハインツを指差すと、ハインツは、びくりと縮こまった。
ゆっくりとルーフェンたちに歩み寄ったサイは、緊張した面持ちで、トワリスのほうを見つめている。
一方、セントランスの兵に捕らわれたままのトワリスは、さして動揺の色も見せず、抵抗する様子もなかった。

 ルーフェンは、腰に手を当てると、困ったようにバスカを見上げた。

「勘弁してくださいよ。正式な交渉の場を設けて下さるなら、陛下と私、二人でセントランスに伺うつもりでした。でも、そちらが寄越してきた返事は、『捕らえた魔導師たちを殺されたくなければ、着の身着のまま来い』だなんていう脅迫文ですよ? 素直に全文了承するわけないじゃないですか。貴方たちが大暴れしたお陰で、今、こっちは混乱してるんです。そんな状況で、物騒な脅迫状のために、王が王都から離れるわけにはいきません。二人で来い、という言い分は聞き入れたんですから、大目に見てください」

 言い募ってから、ルーフェンは、やれやれと首を振った。

「……というか私は、こうして貴方達と言い争う気なんてないんですけどね。こちらとしては、もっと穏便な方法を希望します。陛下からの親書、ちゃんと読んでくれました?」

「はて、どうでしたかな。命乞いの書状、とでも言った方がよろしいのでは」

 鼻で笑って、バスカが言い捨てる。
片眉を上げたルーフェンに、バスカは、少し余裕を取り戻した様子で続けた。

「まあ、どうしてもと仰るならば、アーベリトの望む“穏便な方法”とやらをとっても構いませんよ。我々も、無抵抗の相手を嬲るほど、悪食ではございませぬ。もちろん、アーベリトが条件を飲んで下されば……の話ですが」

「……へぇ、それはそれは、ありがたいですね。で、その条件とは?」

「聞かずともお分かりでしょう。七年前、貴殿方がカーライル家から簒奪(さんだつ)した王位です」

 目元を歪ませ、バスカは、凄むような口調で答える。
ルーフェンは、わざとらしく嘆息した。

「やっぱりそうですか。いやぁ、困りましたね。他のご提案だったら検討できたと思うんですが、王位ばっかりは譲れません」

 バスカが、わずかに目を細める。

「……何故です? 数年後には、アーベリトはシュベルテに王位を返還するのでしょう。どちらにせよ手放すなら、今や崩壊間近のシュベルテに返還するより、我々セントランスに託したほうが、サーフェリアの為にもなるとは思いませぬか?」

「シュベルテを追い詰めたのは貴方たちなのに、随分な言いようですね。お断りしますよ。王位返還の約定は、他ならないシュベルテと交わしたものです。それに、アルヴァン侯は、私達のことがお嫌いでしょう? 貴方に統治権なんて握らせたら、絶対アーベリトやハーフェルンも落とされるじゃないですか。そんなの嫌ですもん」

 緊張感のない声で言って、ルーフェンは、へらへらと笑みを浮かべる。
その綽々(しゃくしゃく)とした物言いが気に入らないのか、バスカは、奥歯をぎりぎりと鳴らした。

 うーん、と考える素振りを見せながら、ルーフェンは、バスカに向き直った。

「何か、他の条件で妥協してもらえませんかね? シュベルテのことがあるので、お互い、今更仲直りしましょうって気分にはならないでしょうが……。仮にも私、召喚師なので、国の平和のために、できれば暴力的な解決はしたくないんですよね。ああ、そうだ、南大陸の鉱床くらいなら差し上げられますよ。あとは、今後良い取引をしてもらえるよう、ハーフェルンに口利きしても構いません。といっても、貴方はマルカン侯と仲良くするつもりなんて、毛頭ないかもしれませんが──」

 その時だった。
突然バスカが、首座の肘置きを、拳で強く打った。
広間全体に打撃音が響いて、置物の如く整列していたセントランスの魔導師たちも、思わず肩を震わせる。

 バスカは、しばらく黙ってルーフェンを見下ろしていたが、やがて、太い眉を吊り上げると、怒りを押し殺したような震え声で告げた。

「いい加減、その無駄によく回る口を閉じろ。我々は、呑気に話し合っているわけではない。勘違いをしないでもらおうか。これは交渉などではなく、一方的な蹂躙(じゅうりん)、そして脅迫なのだ。いいか、貴様らに与えられた選択肢は二つ──大人しく王位を譲るか、この場で殺されるかだ……!」

 血走った目を光らせ、バスカは、眼光鋭くルーフェンを睨む。
あまりの剣幕に、人々が息を飲む中、ルーフェンは、尚も軽薄な態度を崩さなかった。

「脅迫、ねぇ……正直、意外ですよ。好戦的な性格なのは存じ上げていましたが、貴方はもっと、正々堂々とした方なのかと思っていました。七年前は、やれ決闘だのなんだのと騒いでいたのに、王都に選定されなくてひねくれたんですか? それとも、こういう陰湿なやり方を、誰かが貴方に吹き込んだとか?」

「口を閉じろと言っているだろう! 自分たちの置かれている立場が、まだ分からないようだな……!」

 怒鳴りながら立ち上がると、バスカは、掲げた右腕を大きく振り下ろした。
すると、右翼の魔導師達が、寸分違わぬ動きで長杖を振り、その先端をルーフェンたちに向ける。

──次の瞬間。
眼球を灼(や)く熱線が宙に集い、その形状を視認する間もなく、勢い良く弾けた。
矢の如き光の射線が、唸りをあげ、石床さえも削りながら、ルーフェンたち目掛けて飛んでいく。

 雷鳴のような音が、耳をつんざいた。
白く染まった視界に、自分が目を閉じているのか、開けているのかも分からない。
しかし、衝撃に備えてうずくまったサイが、状況を探りながら身体を起こすと、己はどうやら、五体満足のようであった。
恐る恐る顔をあげれば、ルーフェンとサイの前に、岩壁のような巨躯きょく──ハインツが立っている。
三人を射貫くはずであった熱線は、ハインツの手中で抑え込まれ、形を失うと、その魔力を散らせたようであった。

 ハインツの掌から、しゅうしゅうと煙が上がっている。
といっても、岩肌のように硬く変化したハインツの腕には、火傷とも呼べないような、うっすらとした赤みが残っているだけだ。
つかの間、ハインツは、少し驚いた様子で掌を見つめていたが、やがて、ふぅふぅと腕に息を吹きかけると、何事もなかったかのように、ルーフェンの傍らに戻った。


- 117 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数148)