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投稿日:2021年08月03日




「……は? 死んだ……?」

 不意に、サイが唇を開く。
一同が視線を移すと、サイは、呆然とした面持ちで、バスカの死体を見つめていた。

「そんな……嘘だ、父上。本当に、死んだんですか……?」

 無感情な掠れ声で、サイは、バスカに向かって問い続ける。
何度も何度も、答えぬ亡骸に声をかけ、ややあって、その目から涙を溢れさせると、サイは、震えながら叫んだ。

「……ふ、ふざけるな! 父上、なんで、そんな……! 貴方が死んだら、私は一体、どうしたらいいんですか……!」

 ハインツの下で藻掻き、這い出ることが出来ないと悟ると、サイは、額を床につけて泣き出した。
ハインツが、狼狽えたようにルーフェンを見る。
嘆息したルーフェンが、ハインツにサイの拘束を解くように告げると、それと同時に、トワリスが動いた。

 解放されたサイの前に立ち、ぐっと拳を握ると、トワリスは、静かに尋ねた。

「……サイさん、どうしてこんなことをしたんですか。理由があったなら、教えてください。でないと、私たちは、貴方を罪人として殺さなければなりません」

 打たれたように顔をあげ、サイが、トワリスに目を向ける。
そして、驚いたように息を飲んだ。
冷静な口調とは裏腹に、トワリスは、ひどく悲しげな表情を浮かべていたからだ。

 諌(いさ)めるように声をかけてきたルーフェンを無視して、トワリスは、サイの前に膝をついた。

「……アルヴァン侯は、貴方のお父さんだったんですよね。だから、拒絶できなかったんですか? セントランスのために、シュベルテを落とすように父親に言われて……。実際サイさんには、それを成し遂げるだけの力があったから、逆らえなかった」

「…………」

 サイは、波立った胸中が凪いでいくのを感じながら、トワリスを見つめていた。

 ルーフェンが言っていたことは、ほとんど事実だ。
サイは、シュベルテの情報をセンスランスに売り、先の襲撃を助長した。
自らが考案した異形の召喚術をバスカに提言し、それが不完全であることを悟ると、ルーフェンに探りを入れ、そこから導き出した本物に近い召喚術の行使方法を、親書に紛れ込ませてセントランスに伝えたのだ。

 結果的に、大勢の人間が死んだ。
指揮をしていたのは、領主バスカ・アルヴァンだが、彼に従い、間接的に甚大な被害をもたらしたのは、サイ・ロザリエスという一人の魔導師である。
罪の全てをバスカに着せるなら、シュベルテの民に見せしめるのは、バスカの首一つで良いのかもしれない。
しかし、ルーフェンは、サイを生かしはしないだろう。
ルーフェンは、そうするべき立場にある。
敵になるならば、微塵の脅威も見逃す理由はないのだ。

 口を開きながらも、うまく言葉が出てこないサイに、トワリスは言い募った。

「もう絶対に、召喚術には手を出さないと誓ってください。禁忌魔術も同様です。その可能性を追求するために、うっかり寝食も忘れて没頭してしまうくらい、サイさんが魔術を好きなんだってことは、私もよく知っています。……でも、危険なものは、危険なんです。ハルゴン氏の魔導人形の件も、今回の件も、結末は悲惨なものにしかならなかったじゃないですか。きっと、純粋な知識欲で手を出して良いものじゃないです。お願いですから、約束してください。そして、アーベリトに帰って……罪を償ってください」

 トワリスの声が、微かに震えている。
その声を聞いている内に、サイの喉に、熱いものが込み上がってきた。

 贖罪(しょくざい)の意を並べ立てたところで、サイが三街の人間に受け入れられることはないだろう。
そんなことは、トワリスとて理解しているはずだ。
それでも尚、彼女は、サイに逃げ道を作ろうとしている。
そう思うと、視界がぼやけて、息が苦しくなった。

 サイは、緩く首を振った。

「……違います。違うんですよ、トワリスさん。……やはり貴女は、私のことを買い被りすぎている」

 喉の奥から絞り出すようにして、サイが呟く。
その声色には、どこか優しい響きも織り混ざっていた。

「私は確かに、魔術が好きです。でも、魔術そのものは、別にどうだっていいんです。……ただ、私の価値がそこにしかなかったから、魔術が好きなんですよ」

「え……?」

 トワリスの眉根が、意味を問うように寄せられる。
サイは、浅く呼吸を繰り返しながら、辿々しく答えた。

「……養子なんです、私。……少しだけ、人より速く読み書きができるようになって、魔術の覚えも良かったから、そこを評価されて、養父ちちに──アルヴァン家に引き取られました。……それだけです。本当に、私には、それだけなんです……」

 ぽつりぽつりと、涙がこぼれ落ちる。
サイは顔をあげると、歪んで見えないバスカの死体を、ぼんやりと眺めた。

「……ずっと、養父の言う通りに生きてきました。脅されたとか、逆らえなかったとか、そういうわけじゃありません。そうする以外に、私は生き方を知らないんです。……さっきの、私に対する養父の怒鳴り声、トワリスさんも聞いていたでしょう? ああやって、昔から、クズだの、ゴミだの、役立たずだの言われているとね。人間は、だんだん、何も考えられなくなってくるんですよ。自分に自信がなくなって、意思もなくなって……最終的には、誰かに言われないと、何もできない、私のような人間が出来上がっていくんです」

 サイは、微かに目を伏せた。

「養父に言われて……シュベルテの内情を諜報ちょうほうするために、魔導師団に入りました。……そこには、いろんな人がいましたよ。国を守りたいという、正義感から入団した人。遠く遥々上京して、家柄を背負い入団した人。中には、肉親の眼を奪われて、その復讐をするために入団した人や、自分を救ってくれた、アーベリトに恩返しをするために入団した人もいました。……そういう人達を見ていて、私は、自分がいかに空っぽな人間なのかを思い知ったんです」

 トワリスの目が、徐々に見開かれる。
小さく吐息を溢すと、サイは、泣き笑いを浮かべた。

「……地下牢で、どうしてアーベリトのためにそんなに頑張るのかと、そう問いましたね」

「……はい」

 虚ろだった目に、わずかな光が灯る。
サイは、もはや原型を留めていない真っ赤な手を、トワリスに伸ばした。

「あの時私は、アーベリトに仕えているから、と答えましたが、そんなのは嘘です。……私は、頑張っていません。ただ、養父に言われたことを、必死にやっていただけなんです。養父に言われたから、アーベリトに入り込み、養父に言われたから……シュベルテを討ち滅ぼせるような魔術を、ずっと探していました。言われたことを成せるなら、禁忌魔術にも、喜んで手を出そうと思っていました」

 サイの腕が、トワリスの肩に、ことりと力なく当たる。
もはや感覚などなく、思ったように動かすことも出来ないのだろう。
サイは、ふらふらと腕を動かしながら、ややあって、探るようにトワリスの頬に触れた。

「……トワリスさん。貴女に、ずっと憧れていました。どうして、いつもそんなに頑張っているんですか。……どうやったら、そんなに頑張ろうと思えるものに、出会えるんですか……」

「…………」

 頬から離れた指が、ゆっくりと下って、トワリスの首筋をなぞる。
無意識に、彼女の喉元を捉えて、サイは、吐息と共に呟いた。

「羨ましくて、眩しくて……いっそ、憎いとすら思いますよ……」

 そうして、サイの指に、ぐっと力がこもった時──。
横合いから、近づいてきたルーフェンに腹を蹴り飛ばされて、サイは、抵抗することもできずに転がった。

「──……っぐ」

 治まっていた吐き気が再度催し、ごぼごぼと咳き込む。
咳の衝撃が骨にまで響き、軋むような激痛が全身に走ると、サイは、背を丸めて呻うめいた。

「……悪いけど、どんな事情があろうと、君が取り返しのつかないことをしたのは事実だ。見逃すつもりはないよ」

 笑みを消したルーフェンが、平坦な口調で言い放つ。
サイは、起き上がることもできずに、仰向けになった。

「それは、そうでしょうね。分かっています。私も、許してほしいだなんて、言うつもりはありません。……最期まで、貴方たちと戦います」

 ルーフェンが、嘲るように答える。

「戦う? その身体で、一体どうやって。アルヴァン侯からろくな扱いを受けていなかった割に、随分と忠義に厚いんだね」

 サイは、乾いた笑みを溢した。

「……はは。だからこそ、ですよ。私みたいな、惨めな人間は、一度すがったものから、なかなか離れられないんです。いざ失うと、もうどうしたら良いのか、分からない。……理解できないでしょう、召喚師様。貴方のように、生まれつき、力にも地位にも恵まれた人間には、きっと、想像もつかないんだ」

「…………」

 ルーフェンは、返事をしなかった。
一瞬口を閉じてから、何かを言いかけたが、その前に、トワリスが立ち上がった。

 頬についたサイの血を拭うと、トワリスは、落ち着いた声で尋ねた。

「貴方の故郷は……何があっても、このセントランスなんですね。サイさん」

 微かに瞠目して、サイは、トワリスに視線を移す。
そのままサイは、しばらくトワリスのほうを眺めていたが、やがて、目元を緩めると、一言「……はい」と答えた。

 トワリスは、身を翻すと、倒れているバスカの方へと歩いていった。
まだ熱を帯びた死体から、突き立った大剣を引き抜いて、再びサイの元へと足を向ける。
ルーフェンとハインツが、その様子を、驚いたように見ていた。

(……私が、サイさんを殺す)

 トワリスは、剣を握る手に力を込めた。
鼓動が速くなり、嫌な汗がにじむ。
大きく息を吸い込めば、鼻の奥が、つんと痛んだ。

 今、サイのことを一番殺したくないと考えているのは、きっとトワリスである。
だからこそ、自分がやらなくてはいけないと思った。
サイがセントランスに従属するというなら、彼は、アーベリトにとっての敵だ。
仇なす敵を討つ──そこに、感情を挟んではいけないのだ。

 このまま見守れば、おそらくルーフェンが、サイのことを殺すだろう。
それではいけない。アーベリトを守るべき魔導師として、今、ここで目を反らしては、絶対にいけない。
ただ見届けるだけでは、魔導師になる前、孤児としてレーシアス邸に住んでいた頃と、同じになってしまう。


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