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投稿日:2025年12月31日




  *  *  *


 執務室で、トワリスと共にいたルーフェンは、性急に近付いてきた足音に、ふと顔をあげた。
ほどなくして、扉が叩かれ、顔をひきつらせたロンダートが入室してくる。
包帯で固定された左腕を見せつけながら、ロンダートは、半泣き状態でルーフェンの執務机にかじりついた。

「召喚師様ぁ! 見てくださいよ、この腕! ダナさんに聞いたら、全治一か月だって。シュベルテの門衛に、思いっきりぶん殴られたんです! 最終的には、抜き身で襲いかかってきて、俺もう二度とシュベルテには行きたくないですよ! あいつら、全然話を聞く気ないんですもん……!」

 大声で喚きながら、ロンダートが訴えてくる。
机の横で待機していたトワリスは、その話を聞くと、怪訝そうに顔をしかめた。

「手まで出してきたとなると、いよいよ無視できませんね。その門衛、記章はつけていましたか?」

「ああ、うん。言われた通り見てきたけど、胸元につけてたよ。十字の剣と杖、あとは、真ん中に女の人が描いてあった。それ以外の格好をした武官は、見かけなかったなぁ」

 ロンダートが、ずびずびと鼻をすすりながら答える。
記章のデザインを聞くと、椅子に座っていたルーフェンは、驚いた様子もなく嘆息した。

「やっぱりね。それは、世俗騎士団の記章じゃない」

 トワリスが、眉を寄せる。

「十字の剣と杖、女の人……見たことがありませんね。魔導師団の腕章とも違いますし……。そもそも、私がシュベルテにいた時と配備が変わっていなければ、城の周囲には、結界を保つための魔導師もいるはずなんです。それがいないってことは、警備体制自体が、丸々新興騎士団に乗っ取られている可能性があります」

「可能性もなにも、そういうことだろうね。記章の“女の人”は、大方、彼らが敬愛して止まない女神イシュカル様でしょ」

 ルーフェンが軽い口調で言って、やれやれと肩をすくめる。
トワリスとロンダートは、表情を曇らせると、悩ましげに俯いたのであった。

 サミル崩御ほうぎょの知らせと、バジレットとの謁見希望を申し出る文を、シュベルテに突き返されたのは、これで二回目のことである。
一回目は数名の自警団員に、二回目はハインツとロンダートに向かわせたが、両者共に、門前払いを食らった。
聞けば、城門前の警備兵が、「カーライル公は先の襲撃時の傷が癒えていないため、謁見は出来ない」といって聞かないのだという。
しかし、バジレット・カーライルが意識を取り戻したことは、以前の報告で分かっていることであったし、仮に容態が悪化していたのだとしても、王権を持たない今のシュベルテに、ルーフェンからの使いを拒否する権限はない。
これは、立派な背信行為であった。

 トワリスは、眉をひそめたまま言った。

「私の訓練生時代の知り合いに会えれば、シュベルテ内部の状況も聞けるんですが……。話を聞く限り、新興騎士団とやらの勢力は、城内にも及んでいるようですね。そもそも魔導師団は、今どうなっているんでしょうか」

 真剣なトワリスに対し、ルーフェンは、軽薄な態度で返した。

「言っておくけど、トワは行かせられないよ。話通じないっていうんで、門衛ぶん殴りそうだし」

「なっ、そんな誰彼構わず殴りませんよ!」

「いてっ」

 ルーフェンの頭を叩いて、トワリスが鼻を鳴らす。
いまいち緊張感のない、ルーフェンとトワリスのやりとりに見て、ロンダートは、唇をとがらせた。

「もう、召喚師様が直接行ってきてくださいよ。召喚師一族が来たら、シュベルテの連中も流石にビビって、バジレット様を呼んできてくれるかもしれないでしょ」

 ルーフェンは、片眉を上げた。

「それは構わないけど……。今、俺が空けて平気?」

 ルーフェンの問いに、ロンダートとトワリスが同時に瞬く。
ロンダートは、トワリスと目を見合わせてから、やけに演技がかった口調で答えた。

「嫌だなぁ、召喚師様。自警団を馬鹿にしないでください! 確かに俺達は頭悪いですけど、元々アーベリトは、自警団だけで守ってたんですよ? セントランスとの件も片付いたし、アーベリトには結界も張ってあります。数日くらい召喚師様がいなくたって、全く問題ありませんよ!」
 
 腕を包帯で固定された状態で言われても、なんの説得力もないが、ロンダートは、やけに自信ありげな顔つきでふんぞり返っている。
トワリスは、少し胡散臭そうにロンダートを見たが、意見は彼と同じようだった。

「そうですね。私やハインツもいますし、アーベリトのほうは平気ですよ。実際、召喚師様が行く以外に、方法はないと思いますし……。どちらにせよ、バジレット様のご容態が芳しくない以上、謁見の許可が下りたら、シュベルテに出向くことになるのはこちらです。一応召喚師様は、魔導師団の総括もしてる立場なんですから、その権威回復のためにも、直接本人が行くべきだと思います。責任者として」

 きりっと眉をつり上げて、トワリスが言い切る。
魔導師団の総括といっても、ルーフェンが籍を置いているのはアーベリトなので、一月に一度報告書に目を通すくらいで、ほとんど名ばかりの責任者である。
今の王都はアーベリトで、距離がある以上は仕方がないわけだが、そのせいで、現在の魔導師団に何が起こっているのか、さっぱり分からないのも事実だ。
まるでそのことを、意図せず責めてくるようなトワリスの口調に、ルーフェンは苦笑を浮かべた。

「手厳しいなぁ。まあ、そんなに言うなら、俺が行くけど……」

 言い淀んで、困ったように眉を下げる。
躊躇いがちな物言いに、ロンダートは、ルーフェンの背をばしっと右手で叩いた。

「だーいじょーぶですって! 召喚師様、妙に心配性なとこばっかりサミル先生に似ちゃったんだから。そんなに不安がらないで、俺達のこと信用してください。まあ、どうにもならなかったら、召喚師様を呼び戻しますから」

 サミルの名前に、トワリスがぴくりと反応して、ルーフェンを一瞥する。
しかし、そんなことはあえて気にしていない様子で、ロンダートはにかっと笑ったのであった。



 護衛も連れず、まるで一般の旅客のような装いでやって来た召喚師を見て、強面こわもて の門衛たちは、思わず硬直した。
土地勘のない余所者が、ふらふらと市街地から迷いこんできたのかと思えば、その頭巾の中身が銀髪銀目だったなんて、誰が予想できただろう。

 ルーフェンは、懐かしげにシュベルテの城壁を見上げてから、左右に並ぶ門衛二人に挨拶をした。

「こんにちは。何度かアーベリトの人間が訪ねて来ているかと思うんだけど、その時に対応したのも君達かな?」

 ルーフェンがにこやかに問うと、門衛たちの顔が、さっと強張る。
しかし、引くことはなく、鉄門の前で拒むように槍を交差させると、門衛の一人が言い放った。

「申し訳ございませんが、再三お伝えしている通り、現在入城はお断りしております。召喚師様であろうと、お通しすることはできません。お引き取りください」

 ルーフェンが、微かに目を細める。
嫌な汗を浮かべた門衛たちに、ルーフェンは、柔らかな声で告げた。

「悪いけど、はいそうですかと帰るわけにはいかないんだ。カーライル公に大事な話がある。どうしても駄目かな?」

「どのようなご用件であっても、通してはならないとのご命令です」

「……ふーん」

 気のない返事をしながら、ルーフェンが、不意に指先を鉄門に向け、動かす。
すると、重々しい金属音が響いて、門衛たちは目を剥いた。
鉄門の錠が、勝手に開いたのだ。

 ルーフェンは、淡々と続けた。

「命令に忠実なのは結構だけど、楯突く相手は考えたほうが良い。君達も、事を荒立てたくはないだろう。通してもらうよ」

 身構えた門衛たちが、焦った顔つきで、ルーフェンを凝視する。
攻撃してくるかとも思ったが、流石に召喚師と揉めるのは、得策ではないと考えたのだろう。
ややあって、構えを解くと、門衛の一人が返した。

「……カーライル公は、先のセントランスによる襲撃で、お怪我をされました。現状、まだ回復には至っておりません。お通ししたとしても、謁見できるような状態ではないのです」

 門衛たちはそう言って、鉄門の前から動こうとしない。
ルーフェンは、わずかに口調を強めた。

「意識は戻ったと聞いてる。公の容態を配慮したいところではあるけど、こちらも急ぎなんだ。謁見という形でなくても、話せる場があればそれで構わない」

「ですから、意識はあっても、話せる状況ではないと申し上げているのです!」

 ルーフェンの言葉に被せるように、門衛が声を荒らげる。
彼らは一瞬、感情的になったことを後悔した様子で、ルーフェンの顔色を伺ったが、それでも尚、この場を譲る気はないのだろう。
ルーフェンは、頑なな門衛たちの表情を黙って見つめていたが、やがて、ふっと笑みをこぼすと、唇を開いた。

「……なるほど。公は話すことすら出来ない状況……ということは、今この城の実権を握っているのは、旧王家じゃない。君達は、別の誰かの命令で動いているわけだ」

「──……!」

 門衛たちが、はっと息を飲む。
凍りついた二人に、ルーフェンは一歩、近づいた。

「教えてもらおうか。旧王家に代わり、今、君達イシュカル教徒の上に立っているのは、一体誰だ?」

「…………」

 わざと煽るような言い方をすると、途端に、門衛たちの顔つきが変わる。
彼らの目に、分かりやすく怒りと侮蔑の色が浮かぶと、ルーフェンは、内心ほくそ笑んだ。
教会が発足したという彼らは、騎士団を名乗ってはいるが、要は、武装したイシュカル教徒の集団である。
そもそもが、召喚師一族からの支配を忌み嫌う連中なのだから、彼らを扇動することなど、当の本人ルーフェンにとっては、容易いことであった。

 門衛たちが、ぐっと槍を握り直した──その時だった。
不意に、鉄門が引き開けられたかと思うと、奥から、官服を身に纏った小太りの男が現れた。

 数名の護衛騎士を携えたその男は、門衛たちを見遣ると、歪に口元を歪めた。

「どうにも騒がしいと思えば……お前たち、一体なにをしておるのだ」

 男の問いかけに、門衛たちが姿勢を正す。
胸元に拳を当て、敬礼をすると、門衛の一人が答えた。

「──は。申し訳ございません、大司祭様。それが……その、召喚師様が、お越しでして……」

(大司祭……?)

 眉を寄せたルーフェンに一瞥をくれて、門衛たちが言い淀む。
大司祭と呼ばれた男は、ルーフェンに視線を移すと、憎々しげに笑んだ。

「ほう……これはこれは、召喚師様ではございませんか。お久しゅうございます。覚えていらっしゃいますか? 私、以前は王宮にて事務次官を勤めておりました、モルティス・リラードと申します」

「…………」

 丁寧な口調とは裏腹に、頭を下げることもせず、モルティスは挨拶を終える。
事務次官、と聞いて、ルーフェンの脳裏に、微かな記憶が蘇った。
当時、ほとんど関わりはなかったが、モルティス・リラードと言えば、政務次官ガラド・アシュリーと並び、文官を取りまとめていた内の一人であった。

 ルーフェンは、訝しむように眉をあげた。

「……リラード卿、ええ、覚えていますよ。まさか、貴方が教会の関係者だったとは、知りませんでしたけどね。今は、大司祭などと呼ばれているんですか?」

 皮肉るような眼差しを向ければ、モルティスは、露骨に顔をしかめる。
嫌悪感を隠そうともせずに、ルーフェンに背を向けると、モルティスは、門衛二人に道を開けるよう指示した。

「立ち話もなんでしょう。我が騎士団の者が、無礼を働いたようで、大変失礼いたしました。歓迎いたしますよ。どうぞ、城の中へ──……」




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