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投稿日:2025年12月31日
城内で一等大きな客室に入ると、ルーフェンとモルティスは、向かい合って席についた。
まだ日が高い時刻だというのに、隔離されたように閉めきった客室は、不気味なほど静まり返っている。
薄暗い視界の中で、横長の卓に設置された燭台だけが光っており、周囲に並ぶ金銀の調度類が、きらきらとその灯りを反射していた。
飲物を運んできた侍女を下がらせると、モルティスは、卓の上に二つ、杯を並べて、黒々とした酒を注いだ。
つぎ終わると、銘柄の書かれていない酒瓶を置き、モルティスは、一方の杯を手渡してくる。
ルーフェンは、モルティスが自分の分を一杯、呷るのを確認してから、舌に触れるか触れないかの僅かな量を、口の中に含んで見せた。
「……いかがですかな。これは、黒糖と香草を混ぜた、秘蔵の混成酒なのですが」
「…………」
一度杯を卓に置くと、モルティスが尋ねてくる。
粘つくような甘味と、微かな苦味を舌の上で転がしながら、ルーフェンは微笑んだ。
「甘すぎるので、私はあまり好きではないですね」
「……おや、それは失敬。残念です」
モルティスが、わざとらしい口調で答える。
ルーフェンは、ふ、と鼻を鳴らすと、椅子に深く座り直した。
「で、ここまで通して下さったということは、カーライル公には取り次いで頂けるんでしょうね?」
銀の目を細めて、ルーフェンが問う。
モルティスは、もう一杯酒を呷ると、少し間を置いてから返した。
「先程、本日の公のご容態を宮廷医師に確認するよう、侍女に申し付けました。しかしながら、最近のご様子から拝察するに、やはり謁見は難しいでしょう。僭越ながら、このモルティスめがご用件をお伺いしたく存じますが、いかがでしょうか」
「……へえ、貴方が?」
嘲笑的に言えば、モルティスの頬の肉が、ぴくりと引きつる。
ルーフェンは、あえて挑発的な声で続けた。
「失礼ですが、リラード卿。貴方は今、シュベルテではどのようなお立場なのですか? この客室に来るまでの間、城内には、魔導師を一人も見かけませんでした。配備されているのは、貴方を大司祭だと崇める兵ばかり。魔導師団と世俗騎士団に代わり、新たに騎士修道会(新興騎士団)なるものが発足していることも、つい先日知りました。私の見ていないところで、随分と勝手に物事が進んでいるようですね。魔導師団を統括している身としては、こうも蔑ろにされると、流石に傷つくのですが……一体どういうおつもりなのでしょうか?」
「…………」
ちらりと視線を投げ掛けると、モルティスの表情が曇る。
しばらくの間、モルティスは黙っていたが、やがて、怒りを抑えるように息を吐くと、すっと頭を下げた。
「出過ぎた発言をいたしました。大変申し訳ございません。ですが、どうか誤解はされませぬよう。我々イシュカル教会は、あくまでシュベルテのため……いえ、サーフェリアのためを想い、動いているのです」
顔を上げると、モルティスはルーフェンを見つめた。
「ご存知かとは思いますが、先のセントランスによる襲撃で、シュベルテは崩落寸前まで追い詰められました。死者、負傷者共に多数、今までこの国の根幹を支えていたアシュリー卿やイージウス卿、ストンフリー卿までもが亡くなり、魔導師団も世俗騎士団も、存続不能な状況に陥ってしまいました。ですから、我々教会の人間が、新たにシュベルテの体制を編成しております。今まで城に仕えていた魔導師たちがいないのは、そのためです」
束の間、二人は見つめあったまま、互いの瞳の奥を探っていた。
だが、唇で弧を描くと、沈黙を破ったのはルーフェンであった。
「……なるほど。確かに、魔導師団と騎士団に代わり、負傷者の救護に当たって下さったのは、イシュカル教会だったと聞いています。我々アーベリトが、セントランスの宣戦布告に対し、迅速に対応できたのも、貴殿方がシュベルテを支えてくれていたおかげでしょう。勝手を責める前に、まず礼を言うべきでした。ありがとうございます」
打って変わって、穏やかな声で言うと、ルーフェンはモルティスに手を差し出した。
「どうでしょう。これを機に、仲直りしませんか? 昔から、イシュカル教会は召喚師一族の台頭を良く思っておらず、また私達も、そんな貴殿方の思惑を一方的に握り潰してきました。ですが、サーフェリアの安寧を願っている、という点では、我々の目指すべきところは同じです。争うのはやめて、共に国のために尽力しようではありませんか」
「…………」
モルティスは、表情を変えずに、じっとルーフェンの掌を見ていた。
しかし、その手を取ることはしない。
不意に、一気に残った酒を喉に流し込むと、モルティスは、力任せに杯を卓に戻した。
「……目指すべきところが同じ? 国のため? ふざけるのも大概にして頂きたい。真に国を想っているなら、今すぐ血族ごと消え失せろ。この邪悪な異端者めが……!」
抑えていたものが溢れたのか、唐突に、モルティスの形相が歪んでいく。
ルーフェンは、少し驚いたように目を見開いてから、くすくすと笑った。
「つれないですね、そこは嘘でもいいから、手を握っておけばいいのに。貴殿方は、どうにも敬虔すぎていけない」
「黙れ、その軽々しい口を閉じろ!」
憎々しい光を目に宿して、モルティスは、ルーフェンを睨み付ける。
ルーフェンは、差し出していた手を下ろした。
「ま、そう怒らないで下さい。安心しましたよ、本音が聞けて。貴殿方が召喚師一族を忌み嫌っていることは、当然分かっています。ただ、あれだけ王家に牙を剥いていたはずの教会が、現政権を乗っとるような形で城に居座っていたものですから、こちらとしても戸惑ったんです。……ついでに、色々と教えてもらえませんかね。貴殿方は、シュベルテをどうするつもりなんです?」
モルティスの腫れぼったい目が、鋭く細まる。
気分を落ち着かせるように、何度か呼吸を整えると、モルティスは、低い声で答えた。
「先程申し上げた通りですよ。我々イシュカル教会は、この国のため、シュベルテの体制を一新します。理解の悪い魔導師や騎士共は一掃し、我らが女神イシュカルの名の下、清らかな魂と不屈の意思を持って、このサーフェリアを作り替えるのです」
ルーフェンは、吐息と共に肩をすくめた。
「女神イシュカル、ね……。この国を分断し、四種族を隔絶させたとかいう、古の神様でしたっけ?」
モルティスは、食い気味に返事をした。
「ええ、その通りです。イシュカル神は、人間と他種族との関わりを断つことで、サーフェリアの地に蔓延る穢れを払い、我々を守って下さった。異端の力をひけらかし、人々を恐怖で支配する召喚師一族とは、対極に位置する清浄なる神です」
「清浄なる神、ですか……。そりゃあ、随分とご立派なことで」
言いながら、胸元の女神像を握ったモルティスに、ルーフェンが冷笑する。
不愉快そうに顔をしかめると、モルティスは尋ねた。
「何がおかしいのです?」
「……いや、申し訳ない。これが、清らかで不屈なはずのイシュカル教徒のやり方なのだと思ったら、どうにもおかしくて……」
モルティスが、眉間に皺を寄せる。
そんな彼の怒りを煽るように、ルーフェンは、客室の各所に視線を巡らせた。
「廊下に三人、天井裏に二人……隣部屋にも、何人かいますね。入城を許したのは、私を殺すためですか?」
モルティスの顔つきが、一層険しくなる。
ルーフェンは、笑みを深めた。
「一つ忠告しておくと、貴方の駒が私を殺すよりも、私が貴方を殺す方が速いと思いますよ。この距離ならね。……ああ、それとも、そろそろ酒に混ぜた毒が、効き始める予定でしたか?」
残念、飲んでないんです、と付け加えて、ルーフェンが舌先を出す。
モルティスは、苦虫を噛み潰したような顔で、しばらく黙っていたが、やがて、ふんと鼻を鳴らすと、開き直った様子で背もたれに寄りかかった。
「毒は、毒を以て制するべきだということです。しかし、ご安心を。周囲に控えている兵たちは、あくまで私の護衛です。今、この場で貴方様を殺そうなどと、恐れ多い考えはしておりません。我々イシュカル教会は、神聖なサーフェリア城の御座を血で汚すような真似はいたしませぬ。……貴方様が、我々に従って下さる限りは」
モルティスの口調に、凄むような響きが混ざる。
ルーフェンは、呆れたように返した。
「今、この場では、ね。要は、邪魔せず引っ込んでいろ……ということですか?」
モルティスは、その問いには答えず、間接的な肯定をした。
「勿論、このような脅し文句が、貴方様に通用するとは思っておりません。召喚師一族の力とやらを、間近で拝見したことはありませんが、それは絶大なものだと聞きます。おそらく、我々が何人の刺客を放とうとも、その力の前では、今までのように蹴散らされて終わってしまうのでしょう。……ですが、いくら我々教会の人間を殺そうとも、根本的な解決が成されないのは、貴方様も同じことです」
「……つまり?」
「今や、教会の考えが民意である、ということですよ」
モルティスの口元が、不敵に歪む。
笑みを消したルーフェンに、モルティスは続けた。
「召喚師一族は、その圧倒的な力で、幾度もイシュカル教徒を迫害し、殺戮してきました。その姿に恐怖し、嫌悪を抱いてきたのは、我ら教会の人間だけではないのですよ。加えてルーフェン様、貴方はリオット族などという逆賊に入れ込み、かつての騒擾の再来を危惧した民を蔑ろにして、彼らを王都に率いれた。正統なカーライル王家の系譜に、愚かにも参入したレーシアス王に加担し、遷都を強行して、シュベルテを見捨てたのも貴方様です。結果、民もまた、貴方様を見放しました。セントランスの件も、開戦前に退けて見せたルーフェン様に対し、英雄視するどころか、疑念を抱く者が多い始末。このシュベルテを貶めたのが、他でもない“召喚術”だったというのですから、仕方のない結果とも言えますがね。……対立する教会と召喚師一族、民意がどちらに傾いているかは、もうお分かりでしょう」
「…………」
ルーフェンの瞳に、殺気立った色が過る。
モルティスを真っ直ぐに見ると、ルーフェンは、鋭い声で言った。
「……教会の高潔な言い分は、よく分かりました。しかし、どうにも解せませんね。生まれつきの異質さや血統に固執した、貴殿方の排他的な考えには賛同しかねます。現状、反召喚師派の流れを作り出したのは、他でもない教会でしょう? 仕方のない結果、というよりは、露骨な印象操作による結果としか思えません。清らかな魂と不屈の意思を以て……でしたっけ? 随分ときな臭い清浄さをお持ちで」
モルティスは、嘲笑を浮かべた。
「何故そう否定なさるのです? お言葉ですが、我々の描く未来は、召喚師様ご本人の望みにも近いことだと思いますが」
ルーフェンが、意味を問うように目を細める
モルティスは、確信めいた口調で尋ねた。
「召喚師一族の在り方に、誰よりも辟易しているのは、召喚師様ご自身なのではありませんか? だからこそ七年前、ルーフェン様は、アーベリトに移ったものだと思っておりましたが。……少なくとも、シルヴィア様には、我々教会の総意をご理解頂けましたよ」
ルーフェンが、訝しげに眉を寄せる。
表情にこそ出さなかったが、このモルティスの発言には、動揺せざるを得なかった。
かつて、他でもないルーフェン自身が、召喚師への就任を拒否していたことは、当時、近しかった者しか知るはずのないことであったからだ。
幼少期、シュベルテの王宮で暮らしていた頃に、モルティスとは口をきいた覚えすらない。
だが、昔のルーフェンの様子を知っているということは、彼は、当時からイシュカル教会に属する人間だったのだろう。
事務次官として身を潜めながら、召喚師一族を廃するその時を、ずっと待っていたのだ。
イシュカル教会は元々、世間からも、狂信的な集団だという認識しかされていなかった。
しかし、それが今、着実に勢力を伸ばし、召喚師一族に牙を剥いている。
魔導師団や世俗騎士団の失墜を見逃さず、ようやく訪れたこの瞬間に食らいつき、この場で、ルーフェンと対峙しているのだ。
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