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投稿日:2025年12月31日




 黙り込んだルーフェンに、モルティスは畳み掛けた。

「武力で押さえつける独裁的な世は、もう時代遅れなのです、ルーフェン様。アーベリトの温ぬるい思想に染まった貴方様なら、お分かり頂けるのではありませんか? 召喚師一族は、絶対的な守護者などではない。人ならざる力を手にした、邪悪で異端な存在です。そのような人殺しの一族を上に立たせ、血で血を洗うような一方的な恐怖政治を続ければ、いずれこの国は、滅びることになるでしょう。我々人間は、同じように天を仰ぎ、祈りを捧げ、自らの力でこの国の平和を守っていくべきなのです」

「…………」

 モルティスの主張を聞いている間、ルーフェンは、一度も彼から目をそらさなかった。
話が終わった後も、長い間、黙ってモルティスを見ていたが、ややあって、静かな声で言った。

「召喚師一族が、守護者なんて言葉で片付けられるような、潔白な存在でないことは確かです。そんな私たちに傾倒する風潮を、間違っていると批難したくなるお気持ちも分かりますよ。痛いほどにね。……ですが、そこまで見損なわれていたとは心外です。私達が、いつ恐怖政治をしたというのです? 祈るだけで国の平和が保てるというのなら、とっくに召喚師一族は滅んでいるでしょう。私達は、上に立っているのではなく、いつだって“利用される側”だ。貴殿方が、今まで私達を生かしてきたのです。いつの世も、平穏の裏側には、召喚師一族のような存在が必要だから」

 いつの間にか、ルーフェンの声には、積み重なった怒りが混じっていた。
それは、モルティスに対する怒りというよりは、“守護者”という椅子に無理矢理座らせておきながら、今更になって“異端の独裁者”呼ばわりしてくる、シュベルテの民に対するものであった。

 冷静であらねばと思うのに、抑えきれない苛立ちが、思考を支配していく。
言葉がうまく出てこないのは、モルティスの横で、幼い自分が、こちらを指差して人殺しだと罵っていたからであった。

 モルティスは、冷ややかな口調で返した。

「現在に至るまでの過程や手段など、どうでも良いことなのですよ。ルーフェン様、貴殿がアーベリトに移っていた間に、シュベルテは変わりました。今のサーフェリアにとって、召喚師一族は、災いでしかありませぬ」

 言い終えてから、立ち上がると、モルティスは続けた。

「……最後にもう一度、お伺いしましょう。本日のご用件、このモルティスめにお聞かせください」

「…………」

 ルーフェンは、モルティスの方に視線を上げた。
何も言わず、黙ってモルティスを見つめていたが、やがて、口端を上げ、強気な笑みを浮かべると、吐き捨てるように言った。

「思惑通りに事が運んだからと言って、何か勘違いをしていらっしゃるようですね、リラード卿。貴方に話すことは、何もありませんよ」

 モルティスが、歯を食い縛ったのが分かった。
青筋を浮かべ、その肉厚な手を上げようとすると、周囲で静観していた複数人の気配が、ざわりと蠢く。

 途端に高まる泡立った空気に、ルーフェンが身構えた──その時であった。
不意に、扉が叩かれて、女の声が響いてきた。

「失礼いたします、大司祭様。ご準備が整いました」

「……今行く」

 興を削がれた様子で返事をして、モルティスは、扉の方へと歩いていく。
扉を開けると、外に控えていたのは、薄手の軽装鎧を纏った女騎士であった。
兜を被っているため、顔は見えないが、彼女もイシュカル教徒の一人なのだろう。
胸元には、イシュカル神が描かれた記章をつけていた。

 モルティスは、忌々しそうにルーフェンを睨むと、女騎士に耳打ちをした。

「召喚師様は、アーベリトからの長旅でお疲れだ。お休みの間、不遜な輩が入らぬように守れ」

「承知いたしました」

 女騎士が恭しく礼をすると、モルティスは、そのまま客室を出ていってしまう。
同時に、殺気立っていた気配も消えて、ルーフェンは、練り上げていた魔力を収めた。
辺りに潜んでいた者達は、モルティスと共に、移動したのだろう。
部屋にはルーフェンと、背の高い女騎士だけが残されていた。

 監禁されたも同然の状況に、小さく嘆息して、ルーフェンが椅子から立ち上がると、女騎士が、無遠慮にも近づいてきた。

「……ふぅん、貴方が噂の召喚師様ね」

 品定めするようにルーフェンを見て、女騎士は呟く。
先程までの、事務的な態度とは一転。
妙に馴れ馴れしく距離を詰めてきた女に、ルーフェンは眉を上げた。

「良い噂だといいんだけどね。……君は?」

 尋ねると、女騎士は一歩後ろに下がって、ゆっくりと兜を外した。
すると、持ち上がっていくしころの下から、鮮やかな蒼髪が広がり出てくる。
女は、長い髪をぱさりと掻き上げると、兜を小脇に抱えた。

「初めまして、召喚師様。私はアレクシア・フィオール。覚えておいてちょうだいね」

 そう言って、アレクシアは、艶気つやけのある笑みを浮かべる。
見たこともない、異質で派手な見た目の女に、ルーフェンは瞬いた。

「忘れようと思っても、忘れられなさそうだね。蒼い髪と目なんて、初めて見たよ」

 アレクシアは、わざとらしく首を振った。

「いまいちの反応ね。もうちょっと気の利いた台詞が言えないわけ?」

「……ああ、失礼。忘れられないくらい、綺麗な髪と瞳だねって言うべきだったかな?」

「取って付けたように言ったって駄目よ。どちらにせよ減点だわ」

 あしらうように言って、アレクシアはそっぽを向く。
ルーフェンは、微苦笑を浮かべてから、彼女に向き直った。

「それで、アレクシアちゃん? 俺に何か用でも?」

「…………」

 横目にルーフェンを見たアレクシアが、一瞬、その蒼色の睫毛を伏せる。
再び近づいてくると、アレクシアは、ルーフェンの耳元で囁いた。

「カーライル公は、王の寝室にいるわ。療養中には違いないけれど、意識ははっきりしている。教会側の主張は嘘よ」

 ルーフェンは、目に鋭い光を浮かべた。

「じゃあ、俺が今から、教会の目を掻い潜ってカーライル公に会いに行く……と言ったら?」

「止めはしないわ。でも、おすすめもしない。公の周辺には、新興騎士団の連中が厳重な警備を敷いている。私達だけではなく、公も身動きが取れない状態なのよ。行くなら、強行突破しか手はないし、仮にカーライル公に会えても、ゆっくり話す時間はないでしょうね」

 試すような口ぶりで、アレクシアが言い募る。
ルーフェンは、話を続けようとしたアレクシアの前に人差し指を出すと、彼女の言葉を制した。

「随分と内情に詳しいみたいだね、君は。先が気になるところだけど、その前に、どうして俺にそんな話をするのか、理由を聞いても?」

 アレクシアは、束の間口を閉じると、ルーフェンの人差し指を、手の甲で払った。
そして、更にもう一歩近づき、密着するようにルーフェンの肩に手を添えると、声を潜めて言った。

「……ふざけた教会の連中から、この城を奪還したいの。貴方の力を借りたいわ。カーライル公への謁見は一旦諦めて、この後、私が指示した場所に行ってくれない?」

 媚びるような、甘ったるい声で言いながら、アレクシアは、ちらりと上目にルーフェンを見る。
ルーフェンは、アレクシアの蒼い瞳を、探るように覗き込んだ。

「その口振りからして、君は教会の人間ではないみたいだね。……でも、すんなりそうだと信じるには、情報が少なすぎるかな」

 にっこりと微笑んで、首に回ったアレクシアの手を、そっと外す。
アレクシアは、途端につまらなさそうな顔になると、ルーフェンから離れた。

「あら、そう。意外に疑り深いのね。だったら、こうすれば信じてくれる?」

 言うなり、アレクシアは、首にかかっていた小さな女神像を、革紐ごと引きちぎった。
勢いよくそれを落とし、とどめとばかりに踏みつけて、ぐりぐりと床に擦り付ける。
足元で粉々になった女神像を見せると、アレクシアは、はっきりと言った。

「生憎私は、神なんて信じてないの。そんな形のないものにすがって、実際に助かった人間がいるのなら、是非会ってみたいものね。……これでどうかしら?」

 高飛車な物言いをしたアレクシアに、ルーフェンが、ぷっと吹き出す。
一頻り、くつくつと笑ってから、ルーフェンは肩をすくめた。

「十分だよ。差し詰め君は、教徒のふりをして新興騎士団に紛れ込んだ魔導師……ってところかな。他にも何人かいるんだろう、城を追われた魔導師たちが」

 あっさりと答えたルーフェンに、アレクシアは、細い眉を歪めた。

「いくらなんでも理解が速すぎるわね。貴方、私の正体に気づいていたんじゃない?」

 ルーフェンは、綽々と返した。

「最初から気づいていたわけではないよ。ただ、蒼髪の魔導師については聞いたことがあったんだ」

「…………」

 アレクシアが、冷ややかな眼差しをルーフェンに向ける。
それでも態度を変えないルーフェンに、アレクシアはため息をつくと、懐から、地図の覚書を取り出した。

「これ以上の無駄口を叩いて、私の失言を煽ろうたって、そうはいかないわよ。茶番に付き合わせたんだから、貴方もこちらに付き合いなさい」

 言いながら、覚書を握らせる。
ルーフェンが、手中に視線をやって、先を促すと、アレクシアは小声で続けた。

「貴方一人で、この場所に行って。……ここに、生き残った魔導師たちがいるわ」

「……君は?」

「私は、城内で見た教会の動きを、逐一報告するのが役目だもの。今も、モルティスが兵をかき集めて、何かしようとしている。この城を離れることはできないわ」

 アレクシアの瞳に、仄蒼い、不気味な光が灯る。
その光を見ながら、ルーフェンは、彼女の心中を推し量るように問うた。

「……いいの? そんなことまでバラして。見た感じ、現状優勢なのは教会側だ。俺が魔導師団を見捨てて、今聞いたことを全て教会に売ったら、君達はただじゃ済まないだろう」

 意地の悪い質問に、アレクシアが鼻を鳴らす。

「そうね。そうなったら、私達おしまいだわ。全員まとめて、仲良く処刑台送りになるでしょう」

 存外に潔い返し方をされて、ルーフェンはふっと笑った。
しかし、悠々として見えるアレクシアの表情に、一瞬、緊張の色が走ったのを、ルーフェンは見逃さなかった。
彼女たちにも、後はないのだろう。
裏切りの可能性も視野に入れた上で、召喚師に頼る他なかったのだ。

 ルーフェンは、覚書にざっと目を通すと、掌に魔力を込めて、すかさず燃やした。
赤らんで、みるみる縮んだ覚書が、やがて灰になる。
顔をしかめたアレクシアが、何かを言う前に、ルーフェンは口を開いた。

「安心して、物証は残さない方が良いと思っただけだよ。場所はもう覚えた。君達に協力しよう。立場的にも、俺は魔導師団を建て直さなくちゃいけない」

 ルーフェンは、真剣な顔つきになった。

「上手く行くかは賭けだけど、俺はしばらく、この客室で大人しくしているていのほうが良いだろう。君は扉の前で、リラード卿に言われた通り警備についていた……それでいい。もし、俺の不在を気づかれそうになったら、逃走経路を窓ということにして、開け放っておいて。あるいは、他に良い隠蔽策があるなら、君に任せるよ。出来るね?」

 顔をあげたアレクシアが、目を大きく見開く。
何かを見通すように、蒼い瞳をルーフェンに向けていたアレクシアは、やがて、その唇で弧を描くと、頷いたのであった。



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