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投稿日:2025年12月31日




  *  *  *


 サーフェリアの旧王都、シュベルテは、宮殿を頂点に扇状に広がっている街である。
今回、セントランスから襲撃を受けたのは、大通り沿いに家々が立ち並ぶ城下街──王宮周辺を含んだ中央区から北区にかけてであるが、その実、シュベルテの人口の半数以上が集中するのは、大規模な市場が展開される南区であった。

 強固な外郭にぐるりと覆われた南区には、地元の商人だけでなく、各地の行商人が入れ替わり立ち代わりで露店を開いており、物流のかなめである港湾都市ハーフェルンには劣るものの、そこらの宿場町と同等か、それ以上の賑わいを見せていた。
少し外れに入ると、貧民街に通じるので、決して治安が良いとは言えない場所であったが、一方で、王宮の目が届きづらい場所とも言える。
城から追われた魔導師たちの残党が、旧王都内で身を隠すには、うってつけの区画であった。

 ルーフェンが南区に踏み入ると、まず目の前に広がっているのは、野菜や果物、穀類や肉類を扱う市場であった。
露店の前では、盛んな呼び込みが行われ、点在する屋台からは、深鍋でぱちぱちと爆ぜる油の音が鳴り響いている。
しかし、食品市場を抜け、香ばしい香りが届かなくなる裏通りに出ると、そこは、まるで別世界に出たのではないかと思うほど、静かな空気に包まれていた。

 静かと言っても、閑散としているわけではなく、道にはいくつもの露台が並び、毛皮や衣服、装飾品などが売られている。
こうした服飾類を扱う店は、城下にも多く存在するが、南区の通りがこうも粛然しゅくぜんとしているのは、商人たちが、積極的に声をかけることはせず、客を選んでいるからだろう。
露台にかけられた布一枚、店の奥に立てられた衝立ついたて一枚を暴けば、おそらくそこには、非合法に仕入れられた武具や酒、薬品類が置かれている。
ここは、いわゆる闇市であった。

 素性がばれぬよう、頭巾を深く被ると、ルーフェンは、通りの一角に建つ、小さな木造の建物に足を踏み入れた。
かつては酒場か何かだったのか、蜘蛛の巣で真っ白になった壁棚には、酒瓶がびっしりと並べられている。
あとは、床に埃を被った卓や椅子、廃材が積み重なっているのみで、外見からも営業している様子はなかったが、中に入れば、それは一目瞭然であった。

 開けた正面扉が、音を立てて閉まると、木製の卓を囲んで、息を潜めるように話していた数人の男達が、一斉にこちらを見た。
男達は、薄汚い外套を纏っていたが、流暢りゅうちょうではきはきとした話し方からして、労働者階級の者ではないだろう。
彼らは、ルーフェンが探していた、城を追われた魔導師たちであった。

 魔導師たちは、警戒した様子で腰を浮かせたが、ルーフェンが頭巾をとると、目を剥いて凍りついた。
唯一、微動だにしなかった黒髪の魔導師も、少なからず驚いた様子で、ルーフェンを見上げている。

 ルーフェンは、こつこつと靴底を鳴らして、男たちに近づいていった。

「久しぶり、ジークくん。俺がシュベルテにいた時以来だね」

 そう言って、にこりと微笑めば、魔導師たちが、ルーフェンとジークハルトを交互に見る。
ジークハルトは、元々眉間に寄っていた皺を、更に深くすると、唸るように返した。

「お前、なんでここにいるんだ」

「なんでって……聞いてない? アレクシアちゃんに、ここに行くよう頼まれたんだけど。ほら、蒼い髪の女の子」

「……聞いてない」

 少し間を置いてから、ぴきりも青筋を立てたジークハルトに、他の魔導師たちも、ひくっと口元を引きつらせる。
どうやら、ルーフェンに声をかけたのは、アレクシアの完全なる独断だったようだ。
ルーフェンが王宮に来ていたことなど、魔導師たちは知る由もないので、たまたま宮殿にいたアレクシアが咄嗟の判断を下したのも、仕方のないことだったのかもしれない。
だが、彼らの反応から察するに、アレクシアの勝手は、日常的なもののようであった。

 なんとなく彼らの力関係が想像できて、ルーフェンが一笑する。
しかし、すぐに笑みを消すと、ルーフェンは真面目な顔つきになった。

「まあ、俺的には、現状が聞けて良かったけどね。……この一月くらいで、一体何があったの? セントランスの襲撃があった直後は、君たち魔導師が、城から締め出しを食らってることなんてなかったはずだ。教会の勢力が増してることは聞いていたけれど、まさか城を占拠してるなんて思わないだろう」

 言いながら、ルーフェンは、魔導師が勧めてきた椅子に座る。
向かい側に座っていたジークハルトは、苛々した顔で嘆息した。

「何があったのかなんて、そんなの、俺達が知りたいくらいだ。そもそも俺達は、襲撃時に負傷した奴がほとんどで、しばらく仮設の施療院に放り込まれていたんだ。で、ようやく立って歩けるようになったと思った頃に、城を訪ねたらこの有り様だ。魔導師団や世俗騎士団は解体されたことになっているし、カーライル公に謁見しようとしても、教会所属の騎士に拒まれる。何人か武力行使に出た奴もいたが、捕らえられて地下牢行き、悪けりゃさらし首だ。襲撃後の復興を行ったという理由で、街の奴らは新興騎士団を英雄扱いしてやがるし、この現状に耐えかねて、教会側に寝返った魔導師や騎士も多くいる。アレクシアには、そういう奴らに紛れて、城に残るよう指示したんだ」

 そう語ったジークハルトの表情には、色濃い疲れが滲んでいた。
今のジークハルトは、ルーフェンが記憶していた十四の頃よりも、ずっと背丈が伸び、大人びた顔つきをしていたが、それでも、当時よりやつれて、くすんだ瞳をしているように見える。
他の魔導師たちも、心身共に相当疲弊しているのだろう。
傷も治り切らぬ内に、城を追われ、浮浪者のような生活を強いられていたのかもしれない。
皆一様に俯き、生気のない顔をしていた。

 魔導師の一人が、悔しげに唇を噛んだ。

「くそっ、教会の奴ら、一体どういうつもりなんだ。確かに、街を復興させたのは新興騎士団ですが、セントランスの化物と直接戦って、退けたのは俺達なんです! それを、まるで惨敗した役立たずみたいな扱いをしやがって……」

「そうです! イシュカル教徒が出張ってきたのは、戦いが全て終わった後だったんですよ。そのくせ、シュベルテを救った英雄みたいな顔して、街を闊歩かっぽして」

「あいつら、俺達に嫌がらせをしているつもりなんでしょう。俺達魔導師団は、教会が調子付かないように、活動規制の強化や、団からの離反者を処分対象として扱ってきましたから。きっと、それを根に持って……」

 ルーフェンに対して、魔導師たちが、口々に訴えかけてくる。
その一言一言に耳を傾けながら、ルーフェンは、考え込むように顎に手を添えた。

「……想像以上に、事態は深刻だね。前々から思っていたけれど、セントランスの襲撃とイシュカル教会の台頭、この二つのタイミングが、どうにも良すぎるんだ。今のところ、両者に関係があったと考えられる証拠は何もないけど、教会勢力が看過できないほどに勃興ぼっこうしたのは、今回の襲撃がきっかけだ。偶然という言葉で片付けるには、教会の都合が良いように出来すぎている」

 ジークハルトは、同調して頷いた。

「ああ、俺も、セントランスの思惑とは別で、今回の襲撃には、教会が一枚噛んでいると思っている。祭典中に宮殿が襲われた時も、魔導師団の腕章をつけた魔導師を一人、見かけたからな。腕章だけでははっきりと判断がつかんが、おそらくそいつは、教会の手の者だったんだろう」

 魔導師が、躊躇いがちに発言した。

「しかし、バーンズ卿がお見かけしたというその魔導師は、セントランスの人間である可能性も高いのではありませんか? あえて偽の腕章をつけ、素性を偽って内部に侵入したのです」

 魔導師の言葉に、ルーフェンが首を振る。

「いや、それは考えづらいだろう。素性を隠して襲撃を行うことが目的だったのなら、後に堂々とセントランスが名前を明かして、宣戦布告してきた説明がつかない。シュベルテを落とす目的で、襲撃を実行したのはセントランスだけど、やはりその水面下で、第三者──つまり教会が関わっていたと推測するのが妥当だね」

 ルーフェンは、静かな声で言い募った。

「教会は、この短期間で街の復興に着手し、民意を勝ち取って、宮殿を占拠するまでに至った。こんなこと、たまたま起きたセントランスによる襲撃を利用して、突発的に動いただけでは成し得ないだろう。こうなることを予見していた、もしくは実際にセントランスに加担して、時間をかけて計画立てていた人間がいるはずだ。……それがおそらく、事務次官、もといイシュカル教会大司祭、モルティス・リラード卿」

「…………」

 室内に、重たい沈黙が降りる。
ジークハルトが何も言わないことを確認すると、魔導師の一人が、すがるようにルーフェンを見た。

「あの、召喚師様……。召喚師様のお力で、なんとか教会を抑え込むことはできないでしょうか。このままでは、城どころか、街を追われてしまいます。カーライル公もご無事かどうか、確かめるすべがありませんし、もう我々には、召喚師様しかおりません。あんな、神に祈るしか能がない連中に熱を上げるなんて、この街は、襲撃以降おかしくなってしまったんです」

 魔導師の悲痛な訴えに、ルーフェンは、困ったように眉を下げた。

「完全に抑え込むことは、もう無理だろうね。民間にも教会の思想が広まっている以上、相手として母体が大きすぎる。……ジークくん、仮にこちらが討って出るとして、何人集められる?」

「……ここにいない奴らも含めて、せいぜい千だろうな」

「でしょう? そもそも魔導師は数が少ないし、世俗騎士団の人間をかき集めるにしても、内密に連絡を取り合って呼び寄せるのでは、時間がかかりすぎる。それに、今この状態で内戦を起こすのは、絶対に避けた方が良いだろう。俺が介入して無理矢理開城させたとしても、街を戦火に巻き込めば、後々反発を食らうのは俺達だ。少数派がこちらになりつつある以上、頭のリラード卿を討てば良いとか、新興騎士団を解散させれば良いとか、その程度では収まらなくなっている。できて、魔導師団を建て直すところまで、だね」

 魔導師たちの顔から、すーっと血の気が引いていく。
もはや、最後の希望も絶たれ、絶望と後悔に胸中を支配されている様子であった。

 今更誰かの責任を問うつもりはないが、せめて、襲撃が起きる前に教会を止められていたなら、事態は大きく違っていたのだろうと思う。
こうして表沙汰になるまで、サミルもルーフェンも、ここまでイシュカル教会が勢力を拡大させていたなんて全く知らなかったし、そのような報告は、一切受けていなかった。
おそらく、魔導師団内にも様々な思惑があって、アーベリトに助けを求めることはしなかったのだろうが、その判断が、命取りになったとも言える。
今でこそ召喚師にすがってきているが、遷都したことを良く思っていない魔導師は多く、彼らの中には、サミルやルーフェンに頼らずとも解決してみせるという、意地のようなものもあったのだろう。
そういった、旧王都民としての誇りやおごりが、今回の事態を招いたのであった。

 ルーフェンは、落ち着いた口調で続けた。

「黒か白か、みたいな極端な考えは、一度やめよう。こうなった以上、どこかで折り合いをつけて、教会の考えも受け入れていくしかない。元々シュベルテには、イシュカル教会に限らず、利他りたの精神……と言えばいいのかな。まあ、そういう祈祷の文化というか、宗教思想は数多くあるんだ。召喚師一族への信仰だって、それに近いしね。つまり、教会が台頭したことの問題は“そこ”じゃない。問題なのは、その考え一辺倒に染まることだ」

「しかし、それは……っ」

 一瞬、魔導師の一人が、反論したげに口を挟んだ。
だが、すぐに唇を引き結ぶと、謝罪をして、椅子に座り直す。
おそらく、襲撃に関わった疑いのある教会を受け入れるなんて有り得ないと、そう続けたかったのだろう。
しかし、この場でルーフェンに食ってかかるのは、得策でないと思い直したらしい。

 ルーフェンは、あえてその反論には触れず、そのまま言葉を継いだ。

「……王宮でリラード卿と話したとき、彼は、このシュベルテの体制を一新すると話していた。その体制とやらが、どんなものになるのかは分からないけれど、教会本位のものになることだけは阻止しよう。今からでも魔導師団を建て直して、新興騎士団と対立させる形で、その体制の中に組み込むんだ。教会を叩き出すには遅いけど、その侵攻を食い止めるだけなら、まだ間に合うだろう」

 黙って聞いていたジークハルトは、ルーフェンが口を閉じてから、不意に眉を動かした。
話のどこかに、違和感を感じたのだろう。
ルーフェンに制止をかけると、ジークハルトは口を開いた。

「待て、お前、リラード卿と話したのか? 王宮の外ではなく、中で」

「え? ああ、うん。それがどうかした?」

 質問の意図を図りかねて、ルーフェンが問い返す。
しかし、すぐには答えず、ジークハルトは再び沈黙した。
彼自身も、自分が何に引っ掛かったのか、はっきりとは分かっていない様子である。

 少しの逡巡の末、ジークハルトは首を振った。

「……いや、ただ、少し驚いただけだ。ここ数日、教会は徹底して教徒以外の入城を拒んでいたからな。召喚師であるお前を入れるなんて、気まぐれにしては、妙だと思って」

 そのまま語尾を濁したジークハルトに、ルーフェンも、微かに顔をしかめた。
言われてみれば、確かにそうだ。
今の教会にとって、ルーフェンは、最も懐に入れたくない相手と言えよう。
それなのに、門前で一悶着あったとはいえ、モルティス自身がルーフェンを城に引き入れたのは、少し意外であった。

(俺を殺すこと、動向を探ること……目的があるとしたら、やはりその辺りか)

 考えを巡らせながら、ふっと目を細める。
卓の一点を見つめて、ルーフェンは訥々とつとつと返した。

「……多分、追い返すよりも、城の内部に引き入れて、上手くいけば俺を殺そう、くらいのことを考えていたんだろう。実際、毒を盛られたし、周囲には何人も兵が控えている状態だった。あるいは、俺の動向を探る意味もあったんじゃないかな。俺の目的はカーライル公に会うことだったし、手がかりになるようなことは何も言っていないけど……」

 毒、という単語に、魔導師たちがぎょっと目を丸くする。
ジークハルトも、呆れたようにルーフェンを見ると、深々と嘆息した。

「馬鹿が。それで本当に殺されていたら、どうするつもりだったんだ。こんな時に、護衛もつけずにフラフラと出歩きやがって……相変わらず危機感の薄い奴だな」

 ルーフェンは、肩をすくめた。

「嫌だな、そう簡単には殺されないよ。仕方ないだろう、アーベリトを手薄にするわけにいかないし……どうしても、カーライル公と話さなきゃいけないことがあったんだ」

「話さなきゃいけないこと? なんだ、それは」

 尋ねてきたジークハルトに、一瞬、言葉を詰まらせる。
話さなきゃいけないこと──それは、サミルの死と、その後の統治体制についてだ。
だがそれは、魔導師団の人間が相手だからといって、気軽に明かして良いことではない。


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