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投稿日:2025年12月31日




第五章──淋漓たる終焉
第五話『隠匿いんとく





 雨は、その後もしばらく、止むことなく降り続けた。
冬の終わりを予感していた木々も、凍てつく霖雨りんうに打たれて、その蕾を固く閉ざす。
アーベリトの陥落と、国王の崩御ほうぎょが世間に知らされたのは、そんな晩冬のことであった。

 陥落の原因については明言されなかったため、様々な憶測が飛び交ったが、予想通りというべきか、その凄惨さと教会の印象操作から、自然と首謀者に召喚師一族の名前は上がっていた。
宮廷魔導師、ジークハルト・バーンズに査問さもんされた教会は、襲撃への関与を否定したが、その審判の決着がつく前に、魔導師団の復権とルーフェンらの登城を許した。
おそらく、執拗に言及されるのは、教会にとっても都合が良くなかったのだろう。
ルーフェンとシルヴィア、双方が生き残った上、送り込んだ教徒たちが一掃されたことも、予想外だったに違いない。
世俗騎士団と魔導師団の追放や、民の救済という名目でアーベリトに騎士修道会を進軍させたことが、全て大司祭モルティス・リラードの独断で行われたことだという事実を暴かれた時点で、教会は、一時的に身を潜めた。
それ以上は、決定的な証拠が出なかったため、ジークハルトも追及は出来なかったが、教会もまた、掘り返して食い下がってくることはしなかった。

 アーベリトで、術式が発動される前に、東区の孤児院に避難した者たちは、無事に生き残っていた。
生存者は、元々その孤児院にいた子供たちや、運良く魔法陣の外にいた者たちを含め、たったの百数十名程度であったが、それでも、あの最中で生き延びた者がいたということは、トワリスたちにとって心の救いである。
彼らは今、バジレット・カーライルの計らいで、一時解放したシュベルテ城近くの講堂で生活しているようであった。

 バジレットの意向で保護されたアーベリトの難民に漏れず、トワリスとハインツも、しばらくは城内でかくまわれることになった。
この件に関しては、バジレットというより、ルーフェンの意向であったが、トワリスとハインツは、アーベリト陥落の一部始終を見ていた唯一の生き残りであったので、城内の者にも、納得がいく対応として受け入れられた。

 襲撃の際に負った怪我が原因で、トワリスとハインツは、数日間寝たきりの生活を余儀なくされたが、その間も、情報を届けてくれていたのは、ジークハルトであった。
彼は、魔導師団復権の中心的人物として、忙しなくシュベルテ中を駆けずり回っていたが、それでも、日に一度はトワリスたちの元に訪れ、難民たちの様子や上層部の動きを教えてくれた。
アーベリト陥落の元凶と疑われ、勾留こうりゅうされたルーフェンが動けない分、自分が役目を果たさねば、という思いもあったのだろう。
結局、ルーフェンに見逃されたシルヴィアが、地下牢に入れられたことも、トワリスたちは、ジークハルトから知らされたのであった。

 勾留されている間、ルーフェンは、魔導師たちの厳重な監視下に置かれていたが、幸いにも、バジレットとの謁見は叶った。
というより、登城して早々に、バジレットのほうから、直接出向いてきたのだ。

 シュベルテの襲撃時に負った怪我が原因で、一時生死を彷徨った彼女は、その後、体調が回復してからも、新興騎士団に周囲を固められ、思うように動けなかったのだと言う。
教会の人間ばかりが城内を彷徨うろつくようになったので、外界の情報も耳に入らなくなり、当然訝しんだが、実際にシュベルテの窮地を救ったのが、新興騎士団だったということもあり、なかなか手が出せなかった。
その結果、気づいた時には既に遅く、魔導師団が解散状態になり、アーベリトに新興騎士団が進軍を果たしていたのだ。
バジレットは、そう経緯を説明して、ルーフェンに頭を下げた。
意図せず三街の協定を破ってしまい、バジレットは、ひどく思い詰めている様子であった。

 七年前、最後に見たときと比べて、バジレットは、かなり弱っているように見えた。
心臓に持病があり、元より華奢な老女であったが、その身体は一層細くなり、何より、瞳に浮かぶ光が弱くなっていた。
それが、年をとったせいなのか、襲撃時に負った怪我のせいなのかは分からない。
ただ、彼女もまた、老いた身の内に残酷な責を抱えた一人なのだ。
そう思うと、シュベルテに対する怒りは、薄寒い虚しさに変わっていったのだった。

 慌てる魔導師たちに諌められても、謝罪を撤回しないバジレットに、ルーフェンは言った。

「……謝罪なんて必要ありませんよ、カーライル公。確かに、教会を止められていれば、事態は大きく変わっていたでしょう。ですが、それを私が責める道理はありません。実際にアーベリトを滅ぼしたのは、私達召喚師一族ですから」

 ルーフェンの言葉に、バジレットはようやく顔をあげた。
事態を見守っていた二名の魔導師が、安堵したように息をつく。

 城内の寝室にて、天蓋付きの寝台に座っていたバジレットは、布団に寄りかかるようにして背を預けると、吐息混じりに答えた。

「教会の目に余る行いについては、厳正に処罰を下す。政権を握ろうなどと、もっての他だ。しかし、彼奴きゃつらが市民権を得てしまったことも、また事実。完全に失脚させるのは、得策とは言えぬだろう」

 一拍置いて、バジレットの顔つきが険しくなる。
寝台横の椅子に座るルーフェンを見ると、バジレットは、決意したように言った。

「次の王位は、私が継ごう。教会の行きすぎた台頭を防ぐためにも、今、この国には、王という絶対的な権力者が必要だ。王権を持てば、その下に立つ教会の動きを、抑制することができる。……したらばルーフェン、そなたも教会に並び、私の下に立て」

「…………」

 バジレットの目を見れば、彼女が、私欲で王位を継ぐなどと言っているわけではないことは、すぐに分かった。
分かっていて尚、視線を反らすと、ルーフェンは言った。

「……前王は、シャルシス様が成人なさるまでは王は立てず、分権させよと」

「ああ、そうであったな。だが、最終的には、そなたの意向に従えとも、遺書に記しておる」

 間髪入れずに反論して、バジレットは、ルーフェンの目を見つめてくる。
彼女はルーフェンに、選べ、と言っているのだ。
次期国王を、立てるかどうかも含め──すなわち、この国の行く末を、この場で選び、決めろと言っている。
そう告げてきたバジレットの瞳には、かつてと同じ、強い光が戻っているような気がした。

 ルーフェンは、束の間沈黙していたが、やがて、小さく笑むと、静かな声で返した。

「……そうですね。貴女が良いと仰るならば、王は立てるべきでしょう。ハーフェルンのマルカン侯も、前王太妃が継ぐというなら、口の出しようがないはずです。私も異論はありません。……ただ、一つだけ、お願いがございます」

 目を細めたバジレットが、先を促す。
ルーフェンは、淡々とした声の調子のまま続けた。

「……軍部における召喚師制を、廃止にして頂きたいのです」

 バジレットが、大きく目を見開く。
この発言には、監視役の魔導師たちも驚いたのか、思わず身動いだ。

 バジレットは、厳しい口調で尋ねた。

「どういうことだ。そなたは、私に仕えることを、拒むというのか」

「……そういうことになりますね」

 躊躇いなく答えたルーフェンに、魔導師たちが殺気立つ。
彼らを目線で制すると、バジレットは、ルーフェンに向き直った。

「何のつもりだ。今、そなたは、私を次期国王に選ぶと言った。王命に背くことは、極刑に値する重罪ぞ」

 バジレットの言葉を、ルーフェンは鼻で笑った。
途端、彼女の眉間に、深く皺が寄る。
ルーフェンは、寝台の方に身体を向けると、軽く頭を下げた。

「いえ、失礼いたしました。昔、ご子息のエルディオ様からも、同じようなことを言われたことがあったなと、思い出しまして……。私がまだ、次期召喚師であった頃のことですが」

 険しい表情のまま、バジレットは、ルーフェンを睨んでいる。
ふと、目を伏せると、ルーフェンは言い募った。

「私を処刑台に立たせたいなら、お好きになされば良いでしょう。まあそうなれば、結局、召喚師制は廃止になりますがね。……カーライル公、貴女には出来ませんよ。少なくとも、私が召喚師である内は」

 ルーフェンは、薄く微笑んで見せた。

「義理の娘を殺され、息子も殺され……それでも貴女は、シルヴィアを殺しませんでした。なぜなら彼女は、当時召喚師であったから。殺しておけば良かったのに、殺さなかったんですよ。……私も、貴女も」

「…………」

 銀色の睫毛が、ふっと影を落とす。
涼やかな表情とは裏腹に、膝上で握られていたルーフェンの拳には、力が入っているようであった。

 眉をひそめて、バジレットは問うた。

「……何故そこまで、そなたは召喚師でいることを拒むのだ。理由があるなら、申してみよ」

 寝台を照らす燭台の炎が、ゆらゆらと揺れる。
本来は日が高い時間帯であったが、外は連日の雨模様で、室内も薄暗かった。


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