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投稿日:2025年12月31日






 不意に、笑みを消すと、ルーフェンは唇を開いた。

「……カーライル公、貴女にだけは、真実をお話しておこうと思っていました。ですがこれは、決して、誰にも知られてはならないことです。どうか、お人払いをお願いしたい」

 そう言って、控えている魔導師たちのほうを一瞥すると、魔導師たちは、さっと顔を強張らせた。

「召喚師様、恐れながら、我々は貴方様から目を離さぬようにと仰せつかっております。この場を去るわけにはいきません」

 ルーフェンは、肩をすくめた。

「まあ、そう言われるかとは思ってましたが。街を焼いたような人殺しを信じる気にはなれないでしょうが、誓って、次期国王を傷つけるような暴挙には出ませんよ。信じてもらえませんか?」

「し、信じる信じないの問題ではなく……!」

 抗議した魔導師たちを、手をあげて止め、バジレットは、ルーフェンを見た。
しばらくの間、バジレットは、探るようにルーフェンを眺めていたが、ややあって嘆息すると、魔導師たちのほうに振り返った。

「下がれ。私が呼ぶまで、この部屋には誰も近づけるでない」

「閣下!」

 目を剥いて、声をあげた魔導師たちが、考え直すようにと言い含める。
しかし、バジレットの意見が変わらないと悟ると、魔導師たちは、渋々寝室を出ていったのであった。

 彼らが退室してから、周囲に他の気配がないかを探ると、ルーフェンは、意外そうに眉をあげた。

「……ありがとうございます。寛大なご処置に、感謝いたします」

 バジレットは、息をついて答えた。

「御託は良い。知られてはならぬ話とは、一体なんだ」

 ルーフェンは、真剣な顔つきになると、同じ言葉を繰り返した。

「……今からお話しすることは、言うなれば、失われていくべき遺物のようなものです。絶対に口外しないと、約束してください。勿論、シャルシス様にも」

 念押しされて、バジレットは目を細めた。
内容も聞かぬ内に返事をするのは、躊躇いがあったのだろう。
だが、口外しないと誓うまでは話さない、といったルーフェンの態度に、バジレットは、ややあって首肯した。

 ルーフェンは、一度座り直すと、間を置いてから、静かな声で告げた。

「……召喚術は、決して一族特有のものではなく、誰にでも使えるものなのです」

 バジレットが、その言葉の真意を探るように、ルーフェンを見つめる。
まだ、事の重大さに、気づいていないのだろう。
ルーフェンは言い募った。

「皆の言う召喚師一族というのは、ただ単に生まれ持っての魔力量が多く、元から“悪魔”という存在を憑依させているだけの人間に過ぎません。言わば、悪魔を入れておくための“生きた器”なのです。普通の人間でも、悪魔と呼ばれるものを作り出し、召喚することはできます。条件は、召喚に必要な魔力分の人間の死、それだけです。有り体に言えば、大勢の人間を生け贄に差し出せば、誰でも召喚術を行使できるということです。今までは、召喚術は召喚師にしか使えない、という、ある種の暗示に近いような、確固たる先入観がありました。故に、自分が召喚術を使おうなんて、思い付く者すらいませんでしたが、ふとしたきっかけで、それに気づいた者がいます。数月すうつき前、シュベルテを襲ったセントランスが、まさにそうです」

 バジレットの顔色が変わる。
ルーフェンは頷いて、そのまま続けた。

「これは私の推測ですが、おそらく召喚術は、生体に関する禁忌魔術、もしくは生体を扱うような高度な錬金術、精製術、それらに近いたぐいのものなのでしょう。禁忌魔術は、絶大な効力を発揮する代わりに、相応の代償を必要とする魔術です。境界線は曖昧ですが、広義に括れば、召喚術も当てはまります。悪魔の正体に関しては、私もはっきりとは分かりません。ですが、私達の始祖は、召喚術を見出だし、そして、それを秘匿の魔術としたかったのでしょう。そのために、まず、魔語という、召喚師一族しか読解できない隠語を作り出した。ただの隠語に過ぎませんから、突き詰めて調べれば、きっと魔語を従来の古語で書き表すことも可能でしょう。ただ、魔語と古語では、かなり言語体系が違うので、今のところはその表し方が分かっていない、というだけの話です。その上で、始祖は時間をかけ、『召喚術は召喚師にしか使えない』という“前提”を作り、それをまるで史実であるかのように伝えてきた。なぜなら、こんな力を、日常的に誰でも使うようになれば、それこそサーフェリアが……いえ、この世界が、崩壊してしまうからです」

 ルーフェンは、自分の掌に視線を落とした。

「正直私は、何故見出だした時点で、こんな恐ろしい力を世から消し去らなかったのか、不思議でなりません。捨てるには惜しかったのか、あるいは何か理由があったのか……そればかりは、先人にしか分からないことでしょう。ですが、その先人たちの意向を踏みにじってでも、私は、この召喚術を封じるべきだと思っています。こんな力、人間が持っているべきではない。幸いというべきか、セントランスの件は既に片付いていますし、関与した可能性がある教会も、わざわざシルヴィアを消しかけたということは、召喚術が一般にも使えるなどとは気づいていないのでしょう。召喚術は、召喚師の系譜にしか扱えない──この認識が浸透している内に、今すぐにでも、召喚師制を廃止にし、召喚術という存在そのものを、人々の認識から消し去るべきです。サーフェリアの召喚師は、私が最後で良い」

「…………」

 どこか冷ややかな響きを以て、そう言い切ったルーフェンを、バジレットは、信じられぬものを見るように凝視していた。
束の間、重苦しい静寂が、室内を包む。
ゆっくりと息を吐くと、バジレットは、震える手で額を覆った。

「……そなたの言いたいことは、分かった。……だが、ならぬ」

 それだけ言って、バジレットは黙ってしまった。
だが、やがて手を下ろすと、再び口を開いた。

「海を越えた先にある他国にも、召喚師は存在すると聞く。その脅威がある以上、そなたの力を手放すわけにはいかぬ。召喚師一族以外が、召喚術を使うべきではないというなら、尚更だ。……要は、今までのように、『召喚術は召喚師にしか使えない』という認識を保ち続けながら、それを使おうと考える者を出さなければ良いのだろう。ならば、そのようにして、私に仕えよ。長年、この国の中枢にいたという意味では、我らカーライルの一族と、そなたらシェイルハートの一族は同じだ。今更、死ぬことでその歴史を終わらせようなどと……そのような考えは、許されぬ。少なくとも、この時代が変わるまでは」

 ルーフェンは、困ったように眉を下げた。

「……反召喚師派が増えている、今が、その時代の変わり時かと思って言ったんですがね。まあ、貴女の目が黒い内は、従来の体制を貫くと……そういうことでしたら、私は従わざるを得ません」

 案外あっさりと引いたルーフェンに、バジレットが、驚いたように瞠目する。
ルーフェンの声音から、先程までの冷ややかさは消えていた。

「……ルーフェン、そなた」

「半分冗談ですよ。ただの“お願い”でしたからね。どこまで聞いてくださるのか、試しただけです。教会との衝突や、魔導師団の建て直しのこともありますし、今はまだ、この国には召喚師が必要でしょう。それに背くほど、私は薄情じゃありません。何より、先程は、貴女が私を殺せるはずがないと確信していたから、大見得を切ったんです。召喚術を消し去るためとはいえ、今すぐ処刑されるなんて流石に御免です」

 次いで、遠くを見るように目を伏せると、ルーフェンは言葉を継いだ。

「……ただ、召喚師を私の代で最後にする、というのは本気です。だからこそ、私の就任中は、今お話ししたことが、世間に広まるようなことがあってはなりません。セントランスで起きたことも、アーベリトで起きたことも、知られるわけにはいかない。シルヴィアが悪魔の餌食にしたアーベリトの人々を、私は、殺さざるを得なかった。ですが、そんなことを明言すれば、シルヴィアが召喚術を使ったことが明らかになってしまう。人によっては、何故召喚師でないはずのシルヴィアが、召喚術を行使できたのかと、疑問に思う者も出てくるでしょう。そうなれば、認識は一気に崩れます。現に、崩れかけたと私は思っています」

「…………」

 神妙な面持ちのバジレットに、ルーフェンは、微苦笑を向けた。

「きっと、楽じゃありませんよ。召喚術は、冷酷でおっかない、天下の召喚師様にしか使えないんです。なんなら、口に出すのも憚られるような、忌むべき存在だと敬遠されるくらいがちょうど良い。ですから、アーベリトを陥落させた罪は、私が全て被ります。これから、反召喚師派の人間はどんどん増えていくでしょう。そんな中で、私を城に置こうというのですから、貴女も難癖をつけられるかもしれませんね、陛下」

 ふざけた調子でありつつも、沈んだ声色のルーフェンに、バジレットは溜め息をついた。
少し疲れを滲ませた様子で目を閉じ、バジレットは、長い間黙っていたが、ふと、目を開くと、低い声で言った。

「……そなた一人に、全てを負わせるつもりはない。現状、アーベリト陥落の首魁しゅかいとして疑われているのは、ルーフェン、そなただ。召喚術が召喚師一族のものであると突き通す以上、それは否定出来ぬし、疑われてあるべきだというそなたの言い分も、今の話で理解した。だが、大罪人は処罰せねばならない。そなたを私の元に置く、大義名分が必要だ」

 居住まいを正すと、バジレットは、ルーフェンをまっすぐに見た。

「──反逆罪で、シルヴィア・シェイルハートを処刑する。そなたが執行しろ。そして、全ての罪が、あの女にあることを公言してみせよ。それが真実があっても、なくてもだ。それでもそなたを疑う者、シルヴィアが召喚術を行使したことに疑問を持つ者は出るだろう。しかし、あの女も元は召喚師だ。普通の人間が行使したと出回るよりは、誤魔化しが利く。そなたは無辜むこの召喚師として、私に仕えるのだ」

 ルーフェンは、瞬きを忘れて、バジレットを見つめていた。
予想範囲内の提案だったというのに、不思議と、返す言葉が浮かばなかった。

 沈黙したルーフェンに、バジレットは、厳しく言い放った。

「躊躇うな。あの女が、全ての元凶であることは、事実だろう」

 我に返って、ルーフェンは首を振った。

「躊躇ってませんよ。頼まれなくとも、申し出るつもりでした。私が適任でしょう」

「…………」

 小さく笑みをこぼしたルーフェンに、バジレットが表情を曇らせる。
その時、不意に、カーン、カーンと、伸びやかな鐘の音が響いてきた。
正午を知らせる、鐘の音だ。

 ルーフェンは、窓の方を見て、鬱屈とした空模様を眺めた。

「あまり長話をすると、追い出された魔導師たちが怒りそうですね。この話は、終わりにしましょう」

「……良い。表向き示しをつける必要があっただけで、近々、そなたの監視は無くすつもりであった」

「それは、ありがとうございます。ですが、陛下をこのまま一人にするわけにはいかないでしょう。……彼らを呼び戻してきます」

 言いながら、ルーフェンが椅子から立ち上がる。
扉から出ていこうとしたルーフェンの背中に、バジレットは声をかけた。

「……そなたを解放してやることができず、すまない」

 取手に手を掛けたところで、一瞬、ルーフェンは動きを止めた。
振り返らずに、「いいえ」とだけ答えると、ルーフェンは寝室を出ていったのであった。


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