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投稿日:2025年12月31日
* * *
ジークハルトから、シルヴィアの処刑が決まったことを知らされたのは、トワリスとハインツが、ようやく立って歩けるようになった頃であった。
珍しく、朝からアレクシアを連れ立って、二人が寝泊まりしている居館を訪れたジークハルトは、バジレットが出した布告について、トワリスたちに語って聞かせた。
サミルに代わり、前王太妃であるバジレットが次期国王になること。
勾留を解かれたルーフェンが、シュベルテに籍を戻し、教会率いる騎士団と並んで、魔導師団を総括する召喚師として立つこと。
そして、アーベリトを侵した反逆の罪で、シルヴィアの処刑が決まったこと。
城下は今、これらの話で持ち切りなのだという。
居館の客室を借りて、ジークハルトの話を聞いていたトワリスとハインツは、聞き終えた後も、釈然としない顔つきをしていた。
触れは出たものの、バジレットは、トワリスたちが伝えたアーベリト陥落までの経緯を、他の誰にも公表しなかったからだ。
シルヴィアの処刑が決まったとはいえ、世間では、未だ多くの憶測が飛び交っていた。
例えば、アーベリトを攻め落としたのは、セントランスの残党だとか、シュベルテの遷都反対派だとか、そういった、出所不明の噂である。
そして、何より横行していたのは、ルーフェンが今の地位を守るために、シルヴィアに罪を被せたのではないか、というものであった。
当事者であるトワリスたちからすれば、声を大にして否定したいところであるが、こんな噂が立ってしまうのも、仕方のないことであった。
そもそも、大半の人間は、シルヴィアがアーベリトにいたこと自体、知らなかったはずだ。
とりわけ、魔術に詳しくない一般人は、既に召喚師の座から下りたはずのシルヴィアが、街一つを潰すほどの力を持っているなんて思わないだろう。
アーベリトの被害状況を聞けば、教会側の人間でなくとも、現召喚師を疑いたくなるのは分かる。
だからこそトワリスは、自分達が見聞きしたものをバジレットに伝えたのというのに、彼女は、一向にそれを世間に公開しようとせず、噂を否定することもしない。
それどころか、アーベリトで見たことは、決して他言しないようにと口止めまでしてきた。
たった一言だけでも、ルーフェンの無実を訴えてくれれば良いのに、バジレットは唐突に、シルヴィアを処刑するという決定事項のみを公表したのだ。
人々が、素直に受け入れられず、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのは、自然な流れのように思えた。
長机を挟み、向かいの長椅子に座っているトワリスとハインツを見て、ジークハルトは嘆息した。
先程から、トワリスたちは、用意された紅茶の湯気を見つめたまま、ずっと押し黙っている。
バジレットの布告内容を、反芻しているのだろう。
居心地が悪そうに身動ぐと、ジークハルトは口を開いた。
「気持ちは分かるが、今は無理にでも納得してくれ。俺達もカーライル公──陛下には、民への情報開示を願い出たんだが、逆に城外での箝口令を敷かれてしまった。直前まで、陛下はルーフェンと話し合っていたようだから、二人で取り決めたことなんだろう」
豪奢な室内を見回して、ジークハルトは、わずかに声をひそめる。
トワリスは、浮かない表情のまま、返事をした。
「色々と計らってくださって、ありがとうございます。別に、バーンズさんたちに不満があるとか、そういうことではないんです。……ただ、やっぱり、こんなのおかしいと思って。召喚師様は、ずっとアーベリトを守ってきた人なのに……」
ジークハルトの隣で、長椅子の手すりに寄りかかっていたアレクシアが、面倒臭そうに口を挟んだ。
「ようやく起き上がったって言うから来てみれば、うじうじと鬱陶しいわね。陛下が一方的に決めたわけじゃないなら、召喚師様は、自分が疑われ続ける可能性も予測していたってことでしょう? だったらいいじゃない。罰せられるのは、結局のところ前召喚師のほうなんだし」
「それはそうだけど……。誰かがはっきり噂を否定しないと、間違った話が広がっていくばかりじゃないか。シルヴィア様が処刑されて、はい、それで解決、とか……そんな簡単に片付けて良い話じゃないだろ」
反論してきたトワリスに、アレクシアが片眉をあげる。
声を抑えろ、と注意してきたジークハルトを無視して、アレクシアは、手の爪をいじりながら答えた。
「あながち間違いでもないじゃない。きっかけは前召喚師のほうだったのかもしれないけど、実際にアーベリトを炎上させて、被害を拡大させたのは現召喚師なんでしょう? どっちもどっちってところね」
トワリスは、きっとアレクシアを睨みつけた。
「違う! 召喚師様がアーベリトを焼いたのは、シルヴィア様を止めるためだったんだよ。理由もなくやったわけじゃない」
「ふーん? じゃあその理由とやらの詳細を言ってみなさいよ。言えないんでしょう。陛下に口止めされているから」
「そ、それは──」
「あのね、言えない理由なんて、部外者からすれば、ないのと同じなの。仮に貴女が、理由は言えないけど噂は嘘ですって馬鹿みたいに否定して回ったところで、所詮は出所も分からない噂を言い触らしている、有象無象と同列になるのが落ちよ。つまり、ここでぐちぐち文句を垂らしても、意味がないわけ。お分かり? ああ、これだから脳筋獣女は……」
熱が入ってきた言い争いに、困惑したハインツがおろおろと視線を動かし、ジークハルトが頭を抱える。
衝撃で長机を揺らし、勢い良く立ち上がると、トワリスは言った。
「今、私のことは関係ないだろ! 大体、アレクシアはあの場にいなかったじゃないか。どっちもどっちとか、いい加減なこと言わないで!」
アレクシアは、やけに演技がかった口調で返した。
「いたわよ。私、新興騎士団の連中に紛れてたんだもの。まあ、戦いに巻き込まれたくなかったから、離れたところで視てたけれど、眺めてて感じたわ。現召喚師様は、やたらと力を誇示して、随分簡単に人を殺すのねって。でも、そう思われたって仕方がないでしょう? あの隊列の中にいたのは、元が世俗騎士団や、魔導師団に所属していた人間がほとんどだったもの。言わば、私達はかつての仲間を、見るも無惨に殺されたってわけ。それでもって、アーベリトの人間まで燃やしたって言うんだから、私には“あの”召喚師様が、ただの殺人狂にしか見えなかったわね」
「あの時は、そっちが先に襲いかかってきたんじゃないか! かつての仲間って言ったって、教会側に寝返った人達だろう!」
「城を追われて、裏切りざるを得なかった人もいたかもしれないじゃない。それに、教会側でなくたって、アーベリトが王都に選出されたことや、そもそも召喚師制に反対している人は沢山いるわ。そういう反対派は、全員殺されて当然だっていうの?」
「そんなこと言ってないでしょ! どうして私達を悪者にしたがるのさ。アレクシアはもう黙ってて!」
トワリスは、今にも殴りかかりそうな勢いで声を荒らげたが、アレクシアは、大袈裟な口ぶりで続けた。
「シュベルテを見捨てたと思ったら、今度はアーベリトまで焼き払った異端の一族。反対派は持ち前の召喚術で武力制圧、血も涙もない冷酷無慈悲な死神、圧制者。自分が批判を浴びたら、その罪を全て母親に擦り付け、母親は死刑、自分は平然と召喚師の座へ。ああ、召喚師一族とはなんと恐ろしく、穢らわしいのでしょう。邪悪で下劣、権力と暴力を振りかざす諸悪の根源。召喚師一族なんて、いなくなってしまえばいいのに……」
いよいよ目つきを鋭くしたトワリスが、毛を逆立てるようにいきり立つ。
しかし、彼女が牙を剥く前に、アレクシアは、ぐいと顔を近づけて、言った。
「──って、召喚師様が、私達にそう思わせるための、演出に見えたけど?」
「……演出?」
動きを止めたトワリスが、ぱちぱちと瞬く。
トワリスから身を引いて、アレクシアは、ふっと鼻を鳴らした。
「そ、演出。異分子を袋叩きにするの、皆大好きでしょ?」
言い置いて、アレクシアは、トワリスたちにくるりと背を向けた。
「なーんか、全部思い通りにされてるって感じで、気に入らないわね。掌で踊らされてるって言うの? 私、踊る側になりたくないから、さっさと舞台から下りるわ」
突然熱が冷めたのか、アレクシアは、そう言いながら、軽い足取りで客室を出ていってしまう。
残された三人は、そんな彼女の後ろ姿を、しばらくぽかんとして見送っていた。
「あいつ、見舞いに来たんじゃなかったのかよ……」
ふと、ジークハルトが、呆れたように呟く。
やれやれと首を振って、ジークハルトは、トワリスたちに向き直った。
「分かっていると思うが、アレクシアの言ったことは気にするな。アーベリトに来た新興騎士団の連中は、確かに見知った顔が多かったが、どんな理由があろうと、本来の矜持を無くした離反者には変わりない。それに、戦場での出来事だ。武器を手にした以上、殺した殺されたで文句は言えないはずだ」
「……はい。すみません、私、つい言い返してしまって……」
ジークハルトに返事をしながら、トワリスは、椅子に腰を下ろした。
喉が渇いたのか、ジークハルトが、すっかり冷めてしまった紅茶のカップを手にとって、一杯すする。
沈黙が気まずくなって、トワリスも紅茶を飲むと、それを見たハインツも、何故か慌てたようにカップを持った。
三人はしばらく、黙ったまま、意味もなく紅茶をすすっていたが、不意に、カップを卓に戻すと、ジークハルトが切り出した。
「……悪かったな。あの日、王宮に行ったルーフェンを、俺達が引き留めたんだ。何事もなく、あいつがアーベリトに戻っていれば、あんなことにはならなかったかもしれん」
はっと顔をあげて、ジークハルトを見る。
あの日、というのは、アーベリトがシルヴィアによって落とされた日のことだろう。
トワリスは、慌てて首を振った。
「そんな……謝らないでください。予測し得なかったことですし、むしろ、バーンズさんには沢山助けて頂きました。あのことは、アーベリトにいたのに、食い止められなかった私達にも原因はあります」
そう言って、俯いたトワリスに、ジークハルトは尋ねた。
「……お前たちは、これからどうするつもりなんだ」
「どう、とは?」
「魔導師を続けるのか?」
はっきりと聞かれて、トワリスは目を丸くした。
最近まで、精神的にも肉体的にも余裕がなかったので、今後のことは、あまり考えていなかった。
本来であれば、別の勤務地に赴き、そこでまた魔導師として働くことになるのだろうが、今は、シュベルテの魔導師団本部が、壊滅しているような状態である。
ジークハルトを手伝って、魔導師団の建て直しに尽力するか、あるいは別の道を探すか、選ぶなら今の内だろう。
一度、ルーフェンにも相談してみたかったが、もうアーベリトにいた時のように、気軽に会えるかどうかは分からなかった。
返事に迷った様子で、紅茶をちびちびと飲んでいるトワリスに、ジークハルトは、事も無げに言った。
「……これは、ただの提案なんだが、お前たち、宮廷魔導師にならないか」
瞬間、紅茶を噴き出しかけて、トワリスは激しくむせ返った。
何事かと目を剥いたハインツが、トワリスの背中を叩く。
口元を拭い、なんとか呼吸を整えると、トワリスはジークハルトを見た。
「きゅっ、宮廷魔導師……って仰いました?」
「ああ」
平然と頷いたジークハルトに、トワリスの表情が固まる。
宮廷魔導師とは、魔導師の中でも特に優れた武勇を持ち、かつ国王と召喚師に選出された者のみが与えられる、最高位の称号だ。
去年、ジークハルトが二十歳で最年少の宮廷魔導師となり、ちょっとした騒ぎになっていたのを覚えている。
きょとんとして首を傾げるハインツに、トワリスは、辿々しく説明をした。
「あ、あの、宮廷魔導師って言うのはね、王宮お抱えの魔導師みたいなものなんだけど……。私達みたいな新人が、おいそれとなれるようなものじゃないんだよ……」
言いながら、ハインツからジークハルトへと視線を移し、本気で言っているのかと顔色を伺う。
ジークハルトは、背もたれに寄りかかると、泰然と返した。
「従来の宮廷魔導師団とは、また違う形になっていくだろうがな。俺以外の宮廷魔導師は、セントランスから襲撃を受けたときに、殉職したんだ。今は、やれ選定だの、叙任式だの、そんなことをやっている暇はない。だから、勤まりそうな奴に、俺から声をかけている。まあ、そこのリオット族のお前……ハインツだったか。お前は、正式には魔導師ではないし、リオット族は召喚師に個人で雇われているようなものだから、もし宮廷魔導師になるなら、一度訓練生から学ぶ形になるとは思うが」
「…………」
有り難いような、恐れ多いようなジークハルトの言葉を、トワリスとハインツは、目を白黒させながら聞いていた。
滅茶苦茶な卒業試験を終え、ハーフェルンで、雇い主に煙草の煙を吹き掛けられながら働いていた魔導師一年目のトワリスが、その一年後くらいに、宮廷魔導師にならないかと誘われているなんて知ったら、一体どんな顔をしただろう。
追い付かない思考を回しながら、背筋を伸ばすと、トワリスは尋ねた。
「いえ、その……とっても、光栄なお話です。でも、本当に私達なんかで勤まるでしょうか」
「知らん。それはお前たち次第だ」
「で、ですよね……」
容赦なく撥ね付けられて、思わず身体を縮ませる。
ただ、と付け加えて、ジークハルトは言った。
「──お前たちは、召喚術などという化け物じみた力を相手に、最後まで戦った。状況は違うが、シュベルテが襲撃を受けたときは、今まで幾度も修羅場をくぐり抜けてきたような騎士や魔導師でも、恐怖で動けなくなったんだ。そいつらがどうという話ではなく、今回は、それくらい異常な事態だった。話を聞く限りでは、アーベリトもそうだったんだろう。……だが、お前たちは戦った。それは誇るべきことだ」
「…………」
一瞬、ロンダートたちの顔が浮かんで、トワリスは言葉を詰まらせた。
最後まで戦ったのは、自分たちだけではない。
アーベリトを守ろうとしたのも、自分たちだけではなかったのだ。
次いで、ジークハルトは、何か嫌なことを思い出したように、眉を寄せた。
「それに、あいつも宮廷魔導師になるしな……」
「……あいつ?」
「アレクシアだ」
今度は、持っていた紅茶のカップを落としそうになって、トワリスが慌てる。
何故彼女が、と目で訴えると、ジークハルトは舌打ちをした。
「新興騎士団に紛れて、うまく俺達に情報を流せたら、宮廷魔導師に推薦するという約束をしてしまったんだ」
「……な、なるほど。確かに、訓練生時代から、アレクシアはいろんな意味で強かったですが……」
当時のことを思い出して、トワリスが、ひくっと口元を引きつらせる。
ジークハルトは、深々とため息をついた。
「アレクシアに関しては、全てにおいて問題しかないが……ただまあ、あいつは眼が良いだろう。あれは、優れた才能というか、他の誰も持っていない強みだと思う」
率直に言い切ったジークハルトを、トワリスは、少し驚いたように見つめた。
ジークハルトとアレクシアが、いつ頃から知り合いなのかは分からないが、思えば、卒業試験後に彼女が謹慎していた時、二人で会っていたから、案外古い付き合いなのかもしれない。
口ぶりからして、ジークハルトはアレクシアの眼のことを知っているようだったし、それに対して、悪い印象を抱いている様子もなかった。
ジークハルトは、懐から腕章を二つ取り出すと、それを長机に並べた。
「あの、これは……?」
「宮廷魔導師の腕章だ」
ぎょっとして、トワリスが目を見開く。
普通に腕章に触ろうとしたハインツの手を叩き落として、トワリスは言った。
「あの、まだお返事してません」
ジークハルトは、分かっている、という風に頷いた。
「別に、そういう意味じゃない。お前たち、体調が回復したら、アーベリトの避難民たちのところに行くだろう。今、講堂は一般の魔導師じゃ入れないから、この腕章を預けておく。行ったときに、衛兵に提示するといい。俺の名前を出して、宮廷魔導師の腕章を見せれば、通してもらえるはずだ」
「あ、ありがとうございます」
ほっとしたように肩を撫で下ろして、トワリスが頭を下げる。
飲み終わった紅茶のカップを置いて、立ち上がると、ジークハルトは言った。
「宮廷魔導師になるかどうかの件は、迷うくらいならやめておけ。最近までは、名誉なことだと馬鹿みたいに囃し立てられる立場だったが、世情を考えると、この先はどうなるか分からん。明日にでも、教会の急進派に襲撃されて潰れるかもしれないし、魔導師団自体が見限られて、立ち行かなくなるかもしれない。……それでも、魔導師としてやっていくつもりなら、俺に言え」
ふっと目を細めると、ジークハルトは、威圧的な光を瞳に浮かべて、トワリスとハインツを見た。
それから、背もたれにかけていたローブを羽織ると、さっさと客室を出ていってしまう。
サーフェリアの国章が彫られた、宮廷魔導師の腕章。
机に置かれたその腕章を、トワリスは、じっと目を凝らして見つめていたのだった。
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