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投稿日:2021年02月24日






 先にトワリスを仕留めようと考えたのか、刃を向けて、男が近づいてくる。
しかし、その次の瞬間。
長廊下の奥から、慌ただしく足音が聞こえてきたかと思うと、今度は、駆けてきたロンダートが、男に斬りかかった。

 咄嗟に反応した男が、後ろに跳びずさって、ロンダートの剣を避ける。
刹那、ロンダートが緊急事態を知らせるための非常笛を吹くと、階上がざわざわと騒がしくなり始めた。
騒ぎを聞き付けて、使用人たちが起き出したのだ。

 大人数が集まってきては、流石に分が悪いと思ったのだろう。
男が踵を返して、宿舎から素早く走り出た。
ロンダートは、それを追おうとして、しかし、足を止めると、トワリスたちの方に戻ってきた。

「二人とも、大丈夫ですか!」

 剣を納めて、ロンダートがミュゼを抱き起こす。
ミュゼは、腰を擦りながら立ち上がると、トワリスの方に歩いてきた。

「ええ、大丈夫、大丈夫……。私は、腰を打っただけよ。トワリスちゃんは?」

「……平気、です」

 なんとか自力で立って、頷く。
ロンダートは、次いで、倒れた自警団員の脈を取りながら、 信じられない、といった顔つきで言った。

「なんなんだ、あいつ……。自警団員を殺してまで侵入してくるなんて、こんなこと、今までのアーベリトには、なかった……」

 怯えた様子で、ミュゼもぎゅっと手を握る。

「お手洗いに降りて来たら、トワリスちゃんが襲われていたから、咄嗟に出ていっちゃったけど……あれは、ただの強盗ってわけでもなさそうだったわ。剣以外にも、沢山の小刀を腰に提げていたもの。殺し目的じゃなきゃ、あんな格好はしないはず……」

「…………」

 三人の間に、沈黙が流れる。
トワリスは、ミュゼとロンダートの暗い表情を 見ながら、先程の男の言動を思い出していた。
そして、はっと顔をあげると、口を開いた。

「本邸……本邸に、行ってるかも……」

 ロンダートたちの視線が、トワリスに向く。
トワリスは、強張った顔でロンダートにすがり付くと、早口で言った。

「さっきの男の人、サミル・レーシアスはどこだって、そう聞いてきたんです! もしかしたら、サミルさんのこと、狙ってるのかも……!」

 ロンダートの顔が、さっと青くなった。
剣の柄を握ると、ロンダートは、二人に背を向けた。

「とにかく、ミュゼさんとトワリスちゃんは、宿舎に残っていてください! 鍵を閉めて、他の使用人たちも絶対に外に出ないように! あいつは、自警団でどうにかします!」

 同じく蒼白な顔つきで頷くミュゼを尻目に、ロンダートが、外へと駆け出していく。
だが、そんなロンダートを追い越して、トワリスも宿舎の外に飛び出した。

 慌てて呼び止めてくるミュゼの声を無視して、本邸の方に走り出す。
戦うことはできなくても、鼻の利く自分なら、誰よりも早くサミルのことを見つけられるはずだ。
あの黒装束の男よりも先に、サミルを見つけ、身の安全を確保できれば、きっと最悪の事態は免れる。

 もし、宿舎にこもって守られている間に、サミルが殺されてしまったら──。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。

 宿舎と本邸を繋ぐ灌木の並びを抜けると、トワリスは、吹き抜けの長廊下に踏み入れた。
このまま廊下を突っ切って、角を曲がれば、サミルの部屋にたどり着く。
何事もなければ、サミルはそこにいるはずであった。

 厚い雲が月を覆う、不気味な夜だった。
ざわざわと鳴る葉擦れの音を聞きながら、トワリスは、ひたすらに走った。
しかし、廊下を出て、角を曲がる直前、トワリスは足を止めた。

 唸るような風が吹いて、流れた雲の隙間から、細い月が顔を出す。
その薄い月明かりに照らされて、目前に広がる庭園は、どこか幻想的に浮かび上がっていた。

 草地は月光に縁取られ、柔らかな光を帯びていたが、そこに鞠のように転がる男達の死体は、血に汚れて沈んでいる。
ただ、その中に佇むルーフェンの銀糸だけが、異様なほど美しく、ゆらゆらと揺らめいていた。

「…………」

 トワリスは、浅く呼吸しながら、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 ルーフェンを取り囲むように、男が四人、草地に倒れている。
その内の一人は、先程宿舎で、トワリスたちを襲った男であった。

 かろうじて息があったのか、ふと宙を掻くように、男の一人が手を伸ばす。
それに気づくと、すっと目を細めたルーフェンが、口を開いた。

「……もう一度、聞こうか。あんたたち、どこから来た?」

 聞いたこともないような、鋭い声。
ルーフェンは、まるでトワリスのことなど見えていないかのように、じっと這いつくばる男を見下ろしていた。

 男は、しばらくの間、無言ではくはくと口を動かしていた。
それが、話そうとしているのではなく、舌を噛みきろうとしているのだと気づくと、ルーフェンは、男が提げていた剣を取って、何の躊躇いもなく、振り下ろした。

「────っ!」

 肉を貫く嫌な音がして、男の喉から、血のあぶくが噴き出す。
必死に胸部に突き刺さった刃を掴みながら、男はびくびくと痙攣していたが、やがて、ルーフェンが剣を引き抜くと、糸が切れたように絶命した。

 途端、強烈な金臭さと恐怖が押し寄せてきて、トワリスは口をおさえた。
そうでもしなければ、吐きそうだった。

 目の前にいるのは、トワリスの知っているルーフェンではなかった。
纏っている空気も、声も、まるでいつもとは別人だ。
返り血を浴びても、表情一つ変えないルーフェンの暗い瞳には、殺戮を楽しんでいるような、狂気的な色さえ滲んでいるように見えた。

「──ルーフェン!」

 不意に、サミルの声が響いてくる。
長廊下の角から、慌てた様子のサミルとダナが走ってくると、一瞬、我に返ったように、ルーフェンの目に光が戻った。

「サミルさん……」

 垣間見えた凶暴な影は失せ、ルーフェンが呟く。
サミルは、眼前に広がる凄絶な光景に、一瞬、たじろいで立ち止まったが、ルーフェンを一瞥して、それからトワリスの方を見ると、ほっと息を吐いた。

「良かった、無事でしたか……」

 怪我がないか確かめるように、トワリスの腕に触れて、サミルがルーフェンに向き直る。
ルーフェンは、そんなサミルを見つめて、散らばる骸の中心に立ったままでいた。

 ややあって、必死にトワリスを追いかけてきたらしいロンダートが、息を切らしながら合流した。

「いっ、今、どういう状況ですか……!」

 おそらく、全員が事態を飲み込めていない中で、自然と、視線がルーフェンに集まる。
ルーフェンは、目を伏せてから、足元で息絶えている男たちを示した。

「……サミルさんを狙った、襲撃です。どこから来たのか吐かせようとしたんですが、口を割りませんでした」

 淡々と告げて、持っていた剣を、その場に捨てる。
剣は、持ち主の男の死体から、のろのろと流れ出る血の海に落ちて、どす黒く染まっていった。

 サミルは、眉を寄せると、ゆっくりとルーフェンに近づいていった。

「大丈夫なんですか……?」

 サミルの問いかけに、ルーフェンが頷く。

「……はい、もう心配ないと思います。幸い、この屋敷で働いている人達は全員顔見知りだし、残党が潜んでいたとしても、すぐに見つかる。このあと、一度屋敷の人達を集めましょう。もし不審な奴がいたら、すぐに俺が始末して──」

「──そうではなくて……!」

 ルーフェンの肩を掴んで、サミルが声を荒げる。
言葉を止めたルーフェンに、サミルは、悲しそうに目元を歪めた。

「君は、大丈夫なんですか……?」

「…………」

 ルーフェンの目が、微かに見開かれる。
驚いたのか、しばらくそのまま黙っていたが、やがて、微かに俯くと、ルーフェンはくすくすと笑い出した。

「やだな、俺が負けると思ったんですか? こんな奴等、殺すのは簡単だ。侵入に気づいてさえいれば、もっと早く片付けられた」

 サミルが、顔つきを厳しくする。
一瞬、元に戻ったかのように思われたルーフェンの瞳は、興奮した獣のように、爛々と光っていた。

 口調こそ普段通りだが、やはり、ルーフェンの様子がおかしい。
サミルも、ダナも、ロンダートも、訝しげに眉を潜めて、ルーフェンのことを見つめている。
ルーフェンに対する得体の知れない恐怖を感じていたのは、トワリスだけではないようであった。

「召喚術を、使ったんでしょう……?」

 ルーフェンの表情を伺いながら、サミルが、緊張した面持ちで尋ねる。
ルーフェンは、だからなんだ、とでも言いたげに、男達の死体を見下ろして、ほくそ笑んだ。

「使いましたが、使うまでもなかった。こいつら、どうせシュベルテかセントランス辺りの、野良魔導師かなんかでしょう。こんな雑魚、気にする価値もない」

「…………」

 場の雰囲気が凍りついて、誰もが言葉を失う。
いつものルーフェンなら、こんなことは絶対に言わないはずだ。
残虐な空気を纏った今のルーフェンには、声をかけることすら躊躇われた。


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